【企業経営理論+財務】アップルが配当再開!?
こんにちは、こぐまです。
今週、アップルが17年ぶりの配当再開と自社株買いの実施を発表しました。故スティーブ・ジョブス氏がCEOであった期間は、研究開発、製品開発へ資金を投入することを優先し、無配を続けていましたが、大きな方針転換が行われました。
このニュースを診断士試験の観点から見て、アップルの置かれている状況を「妄想」してみました。
◆ファイナンス理論◆
□過去問から
まず、先週の「財務・会計 橋げたの構築・財務編(下)」のMM理論で言及した平成23年度第17問の設問2をご覧いただけますか?
要約すると、
完全市場であり、税金や取引コストが存在しないという前提で、保有している現金全額を配当した場合と当該現金で自社株買いを行った場合、それぞれにおいて既存株主が得る価値に与える影響はどう異なるか
を問う問題です。
問題の条件は、現金1,000万円、固定資産9,000万円、全額自己資本(1億円)、現在の株価は100円、発行済み株式数は100万株です。
①現金配当の場合
1株当たり配当金は1,000万円÷100万株=10円で、株価は100円から90円に下がります(設問1)。いわゆる「配当落ち」です。
結局は配当金10円が株主の手元に入るため、株主にとってのトータルの価値は90+10=100円で、配当前の株価100円と同じです。
②自社株買いの場合
1株100円で自己株式を買い戻すという前提ですので、1,000万円÷100円=10万株を取得することになり、発行済み株式数は90万株に減ります。
自社株買いにより自己資本が1億円から9,000万円へ減少しますが、株式数も減っているので、株価は9,000万円÷90万株=100円で変化ありません。
よって、株主にとっての価値は自社株買い前と同じです。
つまり、現金配当の場合も自社株買いの場合も、株主が得る価値に変化はないということになります。
これは、「資本構成に変化がない限り、配当政策は株主価値に影響しない」というMM理論のひとつです。
□配当は必要?
この問題をベースにして、MM理論を逆用しながら今回のアップルの配当政策変更について考えてみましょう。
現実には受取配当金には所得税がかかりますね。ですから、上記のMM理論は厳密には成立しません(株主価値は下がります)。
つまり株主から見れば、成長を続けている(株主価値が増大している)会社から配当をもらっても、税金やその他関連費用分だけ損ということになりますね。
配当せずにその分、内部で研究開発などに投資して成長に結びつけ、利益を出して株主価値をさらに上げて欲しい、ひいては株価を上げて欲しいというのがファイナンス理論では合理的な考え方です。
アップルが長期間、無配であったのはそういう背景があったためと考えられ、現実に新規投資を続けることで新製品やサービスを開発し急成長を遂げました。
そして株主は、アップルへ資金を提供したことの見返りとして、株価の上昇益(キャピタル・ゲイン)を得たわけです。
マイクロソフトやグーグルも同様で、成長段階にある企業は配当等で社外流出させることなく、獲得したキャッシュを投資に回し、さらなる成長を実現することにより株主価値を向上させるというのがファイナンス理論の定石です。
配当を重視する日本の伝統的な経営や株主の考え方とは相当、違いますね。
そのアップルが配当を再開するということは、何を意味しているのか?
報道によれば、手元現預金が8兆円と大幅に積み上がっているため、株主還元にも応じていくとのことです。株主還元策は短期的には歓迎され、株価も上がるでしょうが、敢えて意地悪い見方をすれば、成長の源泉となるべき投資先が見出しにくくなってきているのではないか、とも捉えられます(そういう指摘をしている報道もあります)。
新規の投資先が減って現預金を貯め込むなら、そのお金を還元してほしいという声なき声(株主の圧力)がかかってきているという事情もあるのかもしれません(邪推です、念のため)。
今日の記事のテーマは企業経営理論ですが、たまたまアップルのニュースに接し興味が湧き、過去問から関連するファイナンス理論を引いてみました。
企業価値や資本構成など、今年の二次試験で問われてもおかしくない論点でもあると考えたためでもあります。
こういう見方をしてみると、現実にはありえないモデルですが、財務政策を検討するための基礎理論として、MM理論も役に立つのかもしれません(先週の前言撤回)。
だから、診断士試験でも繰り返し出題されるのかも?
◆企業経営理論◆
では、企業経営理論の見地では、このアップルの決断はどう考えられるでしょうか?
今までは、スティーブ・ジョブス前CEOのもと、投資に次ぐ投資を行い、ご存じのような革新的な製品やサービスを世に送り続け、右肩上がりの急成長を実現してきました。
しかしながら、製品開発に鎬を削り、研究開発に巨額の資金を投じて、激しい競争を繰り広げている世界です。
消費者のニーズや技術革新に対応して、自社の製品・サービス群も短期間のうちにめまぐるしく変化していきます。
□製品ライフサイクル
企業経営理論の重要な論点の一つに「製品ライフサイクル」がありますね。
製品は、「導入期→成長期→成熟期→衰退期」という各段階を経て最終的に市場から消えていくというものです。
アップルの製品・サービス群は成長期にあると多くの人が考えていると思います。
しかしながら、上述のように意地悪い見方をすると、徐々に成長が鈍化し、成熟期にさしかかっていて、次の成長のための投資先がなかなか定めにくくなっているのかもしれません。
□PPMで考えると?
製品ライフサイクルと経験曲線の理論を基礎にしているのが、「PPM(Product Portfolio Management)」です。
ご理解されていると思いますが、PPMのマトリクスでは、
問題児→花形→金のなる木
へと、事業や製品の位置づけが動いていくのが理想です。
PPMは、多角化した事業や製品の管理に使用され、特にキャッシュの出入りに着目し、最も有効と思われる資金配分を行う目的で開発されたものです。
「花形」の製品については、市場シェアも高いですが、成長率も高く、必要とする投資や販売費用も多額に上り、キャッシュの流入も多い代わりに流出も多いとされます。
「金のなる木」の製品は、市場シェアは高いですが、成長率が頭打ちとなっているという位置づけですね。シェアが高いのでキャッシュの流入は大きいです。一方、市場が成熟段階にあるため、投資などのためのキャッシュはそれほど多くを必要としないと考えられます。
「問題児」の製品は、成長率が高く多額の投資を必要とします。一方、市場シェアはまだ低いため、流入するキャッシュはどうしても少ないです。将来、「花形」にするべく、「金のなる木」から得た資金を投じて育成していくという位置づけです。
アップルは「花形」の製品を多く持っていると同時に、将来を担うであろう「問題児」も育成しているはずです。
少なくとも今まではそうだったはずで、だからこそ敢えて無配を続け、ライバルを圧倒するために新事業や新製品開発のための莫大な投資を行っていたわけです。また、そのような企業戦略が株主に支持されていたと思います。
しかしながら、花形製品が徐々に「金のなる木」へ移り始め、「花形」や花形候補の「問題児」がなかなか増えないのかもしれませんね。
その結果、現預金がこれだけ膨らみ、企業としては、配当や自社株買いなど株主への還元策へキャッシュを振り向け始めざるを得なくなっているという見方もできなくはないです。
アップルにも転換期が訪れているのかもしれませんね。
天下のアップルを材料に、ただの一診断士の卵がこんなことを言うのも噴飯ものですが、せっかく習った理論や知識を使って「妄想」を羽ばたかせてみるのもこれまた自由。
◆GWへ向けて◆
さて、TACストレート本科生の方は、来月には全7科目の基本講義を終了することになりますね。
ここまでくると、企業経営理論と他科目とが有機的に関連していることが実感できていると思います。
今回は、脱線気味でしたが、企業の成長戦略と配当政策とを結び付け、企業経営理論と財務・会計を合わせた記事としてみました。
また、経済や運営管理、中小などとの関連も深い科目です。
例えば、次の過去問は別科目のような問題です。
H18-8 → 中小(産業集積)
H19-3 → 経済(生産数量や費用構造の変動が企業の競争状況に与える影響)
H20-1 → 運営管理、財務・会計(ガントチャート、線形計画法、待ち行列理論、DCF法等)
現在は、講義中の科目に集中するのがベストですが、もし自信がまだないのであれば、来るGWを有効に使うためにも、財務・会計に加え、企業経営理論の主要論点を自分の言葉で理解し説明できるレベルになっているかどうか、再確認してみてください。
GW前までに、あやふやな論点は、テキスト、スピ問等を使って攻略しておき、GWは運営管理や経済、情報、法務など、もう忘れかかっている科目にも集中して取り組みたいところです。
◆収穫逓減?◆
重要科目と申し上げるわりには矛盾したことを言いますが、試験テクニック的には、企業経営理論は投入したリソース(時間)とリターン(点数)の効率があまり高くない科目だと思います。
どんなに頑張っても80点以上は非常に困難。50点台からせいぜい75点くらいまでの範囲に収まってくるのではないでしょうか?
この科目を苦手としていた私の負け惜しみかもしれませんが、やればやるほど点数が上がる他の6科目と異なり、「収穫逓減」の性格を持った科目のように思います。
従って、基本的な論点をカバーしたら、過去問でこの科目独特の言い回しや用語、選択肢の消去法などに慣れることを中心とし、むやみに時間をかけることなく、その分は他の科目へ投入した方がよいと個人的には考えています。
さて、来週は1週間、各執筆陣による「経営法務」シリーズをお届けする予定です。
by こぐま