ピグマリオン効果
ピグマリオン~ギリシャ神話の彫刻家
ピグマリオンは現実の女性に失望し
自らが理想の女性ガラテアを彫刻した
その彫刻をこの上なく愛してしまい
現実の人間にならぬものかと熱烈に願った
愛と美の女神アフロディーテはその願いを叶え
彫刻ガラテアに命を与えた
こうしてピグマリオンの切なる願いは叶えられた
こんにちは、 Xレイ です。
冒頭、ギリシャ神話とはいかにも胡散臭い。
その通り、今日はゆるわだ『精神論』です。
年度初め、多忙な中での試験学習。
その合間の息抜きと思っていただければと。
精神論
『君ならできる、だから、がんばれ!』
『結局最後は気持ちの問題、気合だ!』
こんな感じでしょうか。
評判悪いですね、この論。
論理的な説明が難しいからでしょう。
そんな私も、学生時分は生粋の理系脳。物理、数学、大得意。
『精神論?それで空は飛べるのかい?』といった具合。
そんな無理難題ふっかけて、論破した気になっていた若かりし頃。
そこから思考も志向も嗜好も随分変化した。
ならば今一度、『精神論』について、考えてみようかと。
そこで、今日の議題はこちら。
『君ならできる、だから、がんばれ!!!』
これ、いってみましょう。
・ピグマリオン効果~『期待は能力を向上させる。』
さて、冒頭のお話になぞらえて、命名されたこの効果。
人材マネジメント関連で目にする『ホーソン効果』や、偽薬の『プラセボ効果』と類似の概念でしょうか。
抜群のネーミングセンスゆえ、事実であって欲しいとも考えますが、
未だ賛否両論のようです。
提唱者ローゼンタールは、アメリカでこのような実験を行いました。
その知能テスト、実は学力判断とは無関係なものであった。
しかし、そのこと教師には伏せておいた。
数日後、クラスのうち数名の生徒を無作為に選んで
「テストの結果、この子たちは伸びる」
と偽りの情報を教師に与えた。
そして数ヵ月後。
他の生徒と比べ、その数名の生徒の成績が本当に伸びていた・・・
その後、他の学者が再実験を行ったところ効果は確認されなかった。
よって、効果の真偽は不明ということに。
しかし、最初の実験から、上の結果が得られたことは事実。
ならば、そこでは何が起こったのでしょうか。
ピグマリオン効果に否定的・肯定的の双方の視点から考えてみます。
(1) ピグマリオン効果に否定的見解
① 選ばれた数名の生徒と他の生徒の教育内容が異なっていた
② 偶然『伸びる子』が選ばれていた
まず、考えられるのは①。
選ばれた生徒に手厚い教育を施した。
さすがに、これでは実験の目的を果たしていない。
よって、教育水準は同一であったと推測し、①は排除。
とはいえ、人のやること。全く同一条件であったかどうか。
次に②。
この可能性はある。
というより、否定するならこれが本丸。
今日は反対側の夢のあるほうをやりたいので
どんな要因が・・確率が・・といったようなことは省略。
(2) ピグマリオン効果に肯定的見解
③ 教師が『伸びる子』に期待をかけた
④ 教師の期待を感じとった生徒の態度が変化した
これは、上記①、②の図式と異なり、
③が前提となり④を生み出すという構図。
まずは、③。
生徒が『期待されている』と感じる態度を教師がとった。
これは、ピグマリオン効果に必須の前提です。
言い換えると、数名の生徒に好意的な態度をとった。
いわゆる『えこひいき』のような感じでしょうか。
そして④。
教師の好意的な態度をプラスに感じ、生徒の態度が変化した。
態度の変化=学習の強化 ということ。
ここで、肯定的見解の過程を整理すると、
期待 ⇒ 態度の変化(学習の強化)⇒ 学力向上
期待が、学習意欲を向上させる原動力となった。
その結果、他の生徒より学習し学力が向上した。
ということですか。
これはあり得る。
そういえば学生時分、好意的な関係にある教師の科目は、意欲的に学習したような気がします。
しかし否定派に『期待されなくても、やる子はやるんじゃないの?』
と言われたら・・・
肯定的見解に立って、もう少し考えてみましょう。
・快楽原則と現実原則~フロイト提唱の基本原則
人は本能的に不快な状態を避ける(快楽原則)
しかし、その先に相応の欲求があるならば、
それを満たすため不快を受け入れる(現実原則)
寓話『アリとキリギリス』
キリギリスが快楽原則、アリが現実原則に従って行動。
解りやすく言うと、そんな感じです。
これを使って肯定的見解のメカニズムを説明すると、説得力が上がるかもしれません。
それでは学習に例えて
『学習をしよう。でも、面倒・大変。やっぱりやめよう。』(快楽原則)
『学習をしよう。でも、面倒・大変。でも、がんばろう。』(現実原則)
実験では、数名の生徒に下のメカニズムが働いた。
つまり、まずは全員が学習に対し『でも、面倒・大変』とネガティブに反応をする。(快楽原則)
しかし、数名の生徒は『でも、がんばろう』とそれをポジティブに反転し行動した。(現実原則)
そこで、1回目をネガティブ『でも』、2回目をポジティブ『でも』として
ネガ『でも』 < ポジ『でも』
となったとき現実原則で行動する、ということでいかがでしょうか。
肯定的見解では、そのポジ『でも』の源泉が他者からの期待だった。
他の生徒にはそれが無かった、あるいは小さかった。
そのため、ネガ『でも』優位のままだった、ということでどうですか。
議論を発展させて、他者からではなく自分から自身への期待ではどうか。
例えば、試験において合格への強い欲求が生み出す『絶対合格したい』という気持ちなど。
このように内的に生み出せるものも、ポジ『でも』の源泉となり得るのなら
「期待されなくても、やる子はやる」の説明ができますか。
さらに言うならば、効果が確認できなかったとした再実験。
実は効果はあったが、他の生徒も上のような別の源泉を得たため
差がつかなかっただけかもしれない、という推論はどうでしょう。
それでは、各々『でも』の源泉を定量化して比較検討を・・・
といければ、なかなかのものなのですが、そこが難しいから『精神論』。
残念ながらここまでです。
今日の議題
『君ならできる、だから、がんばれ!!!』
どのようにお考えでしょうか。
『学習の意欲と行動』について考えてみました。
これからさらに数ヶ月以上、試験準備期間は続きます。
日々の学習を継続していくことは、決して楽なことではありません。
実現するのには、確かな原動力が必要でしょう。
『家族の支え』、『学習仲間の存在』、『公言して責務化』等をよく目にしますが、それらを源泉として各々ポジ『でも』優位を築ければよいのかな、と考えています。
この時期、多忙を極め志半ばで断念する方が多い、と伺ったものでこのような話題を。具体的な試験対策からかけ離れたこと、お詫びいたします。
それでは、また。 Xレイ