ではまた。 by かえる

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かえるのラストブログ

最後となるブログの原稿を書き進めている。

これが最後の更新になるらしい。今まで書いていた私の拙い文章を、どこかの誰かが、あるいは必死に机に向かっている受験生が読んでくれていたのだと思うと、なんだか不思議な心持ちになる。

1年間、慣れない文章を、ああでもないこうでもないと捻り出してきた。受験生のため、などと大層な目的を掲げてはいたが、結局のところ、ブログというものを書いてみたいと思って道場に立候補し、私が私を納得させるために書いていたような気もしている。それでも、私の言葉の端切れや受験テクニックが、誰かの合格への数点にでも繋がっていたなら、それはもう望外の喜びというやつだ。

この記事は最後ということもあり、いかにも楽しげな診断士ライフというかえるの一つの姿を少しだけ横に置いて、あまり語ってこなかった私自身の話や、この道場という場所のこと、そして、これからを担う17代目への、少しばかりお節介な言葉でも綴ってみようと思う。できるだけ赤裸々に、とりとめなく、つらつらと。

中小企業診断士試験に合格したのは、去年の1月のことだった。合格発表の朝、シャワーを浴びて、湿った髪のまま、少しだけ指先を震わせながらスマホの画面をなぞっていた。自分の番号を見つけた瞬間、特に叫び声を上げることも、飛び跳ねることも、ドラマのように涙を流すこともなく、込み上げてきたのは深いため息に似た安堵だった。私はいえーい!と両手を上げて喜べるタイプの人間ではない。そういう人を見るといいなあと思う側の人間だ。ただ、重い荷物をようやく下ろした時のような、もう二度と2次試験の勉強をしなくて良いんだという解放感だけがそこにあった。

X(旧 Twitter)で合格を呟けば、200を超えるいいねが届き、見ず知らずの人々から祝福の言葉が降り注いだ。診断士の世界というのは、妙に温度が高い。他人の成功をこれほどまでに無条件で祝える人たちがいることに、どこか浮世離れした温かさを感じ、ぼんやりと画面を眺めていた。

合格後は、有給休暇の交渉、実務補習と実務従事の手続きを進めていった。実務補修の申し込み合戦に勝つために、朝からPCの前でF5キーを連打したのも、今となっては思い出だ。これから忙しくなるんだろうな、診断士ってどんなのだろうな、どんな景色を見るんだろうな、そんな、微かな期待を含んだ未来を思い描いていた。

しかし、合格からわずか1ヶ月後、実務補習初日の前日に、私は34年間の人生で最も深く悲しい出来事に直面した。あんなに頑張って、精一杯生きてきたつもりだった。なのに、なぜ今、このタイミングでこんなことが起こるのか。診断士に合格した達成感やじんわりとした喜びなど、瞬く間に雲散霧消した。

夜、眠れない。天井を見つめていると、思考が泥のように重く沈んでいく。心は完全に死んでいるのに、身体だけはやけに元気で、それが余計に気味悪かった。適応障害ぽいなと自覚しつつ、茫然自失のまま、本業の仕事と、実務補修、実務従事に向かっていった。実家に身を寄せ、他人の優しさに、あるいはただ流れる時間に、縋るようにして生きていた。

あの時期に私と話してくださった皆さん、明らかにテンションが低くて扱いにくい人間だったと思います。それでも普通に接してくださって、本当にありがとうございました。

実務補修、実務従事が終わったあと、何もしていないと悲しみに一直線で沈んでいくので、とにかく動いたほうがマシだと判断した。なんとなく申し込みだけしていた保育士試験の存在を思い出し、とりあえずこれをやるかと勉強を始めた。

目標があるというのは良いものだ。悲しい気持ちも、絶望的な現実も、勉強している間だけは健全に後回しにできる。何も予定がない日は12時間くらい勉強していた。今思えばちょっと異常だが、そのときの私にとっては、それが正常のラインだった。

4月末に保育士の筆記試験が終わると、また何も予定がなくなって、悲しみが堂々と再来した。6月に実技試験があったが、課題は「保育園で楽しそうに遊ぶ保育士と園児の絵を描く」ことと「ハッピーバースデーをピアノで弾く」こと。心が死んでいる人間に「ハッピーバースデー」を練習させるのは、さすがに参った。今の私が、一体どんな顔をして、誰の誕生日を祝う歌をピアノで弾けばいいのか。

ピアノの練習をする気にもならなかったので、やることがなくなった。やることがなくなると、思考の余白に悲しみがどんどん侵入してくる。そこで「もう外に出よう」と開き直り、普段なら絶対に参加しないタイプの人間なのに、飲み会に顔を出しまくる生活が始まった。

考えすぎる前に外に出なければならない。それまで飲み会などあまり参加しなかった私が、暇を見つけては酒の席に顔を出すようになった。家族、友人、16代目の仲間、自習の森コミュニティのメンバー。ゴールデンウィーク前後、どうやら20日くらい連続で飲んでいたらしい。

6月頃、ようやく心の傷が塞がり始め、ピアノの鍵盤を叩くことも楽しくなってきた頃、手元に残ったのは飲み歩くという習慣だけだった。昔からなんでみんなそんなに飲むんだろうと冷めた目で見ていたのに、自分がその立場になって初めて、ああ、こうやって飲み会依存って生まれるんだ、と合点がいった。昼間から飲んでいるおじちゃん、おばちゃん、きっとそれぞれに、飲み始めるきっかけがあって、そのまま続けている人もいるのだろう。今なら、その気持ちが痛いほどわかる。一緒に乾杯しましょう。

同じ3月頃、道場16代目の顔合わせがあった。慣れないブログの書き方を学んだり、セミナーの準備に追われたり。やることが山ほどあって、それがむしろ救いだった。予定がぎっしり詰まっていると、悲しみが入り込む隙間がなくなるからだ。

当時、16代目のみんなは「かえるは率先して色々やってくれる」と褒めてくれたが、実際のところ、止まると心が死ぬからという理由のほうが大きかった。あの頃の私は、まるで何かに追われるように、生き急いでいた。

迷惑をかけるかもしれないと思って、早めに事情を話していたのだが、16代目のメンバーは皆、驚くほど優しかった。似たような経験をしているメンバーもいて、共感してくれたり、飲みに連れて行ってくれたり、心の温度が少し上がるようなメッセージをくれたりした。

あの時期の私は本当にギリギリだったので、自分のことを気にかけてくれる人がいるという事実に、かなり救われた。今こうして穏やかに過ごせているのは、間違いなく16代目のみんなのおかげだ。

正直、あの状況で診断士に合格していなかったら、自分がどうなっていたかを考えるだけでゾッとする。資格もなく、やることもなく、絶望の中で診断士リベンジをする未来。それはそれで熱い物語なのかもしれないが、遠慮したいルートだった。

そして、取った資格が診断士で本当に良かったと思う。診断士の人たちは、総じてノリが良くて、人柄の良い人が多い。何か学びたいことがあれば勉強会やセミナーがあふれるほどあるし、人恋しくなれば飲み会に顔を出せば誰かがいる。

診断士資格のメリットとして稼げる可能性はよく語られるし、実際にバリバリ稼いでいる人もたくさんいる。でも私にとっては、もう一つの価値のほうが大きかった。それは、いつでも参加できる、自己研鑽好きな良い人が集まるコミュニティとの接点を得られることだ。10年前に取ったけれど、ずっと休眠していて最近復活した、という人にも何人か出会った。そういう人を、普通に受け入れる空気がある。

ある意味、勉強・学習・コミュニティの、ちょっと変わったセーフティネットを手に入れた感覚がある。人間、いつ立ち止まるかわからないし、いつ躓くかもわからない。そんなときにとりあえずここに戻れば誰かしらいるという場所があるのは、想像以上に心強いなと思う。

16代目の同期たちというのは、みんなほんとうによくやっている。転職した人、社内でぐんぐん頭角を現している人、なかには独立してしまった人まで、診断士という資格をちゃんと人生の武器として使いこなしている。すごいと思う。

正直に言う。かえるがこの1年間でやってきたことは、ほぼ飲み歩きである。人脈と言えば聞こえがいいが、それは烏滸がましいという言葉がとても似合う表現であって、実態はただ飲み友達を増やしていただけだ。ここから何かに繋がればいいなと薄ぼんやり思ってはいるが、それは願望というより祈りに近い。

そもそも、かえるはコンサルに向いていない気がしている。向いていないというか、向いているかどうかを確かめる前に、なんとなく別の方向に歩いてしまっている感じがある。診断士の活かし方としての本流、つまりがっつりコンサルタントとして経営に関わっていく道は、おそらくかえるが踏み込まないほうがいい道なのではないかと思う日々だ。根拠はないただの直感だけど。

だから2年目のこれからも、きっとかえるは飲み続けるだろう。頻度は多少減るだろうが。診断士界隈と、その外の世界をゆるやかにつなぎながら、飲み会に参加したり開催したりすることは続けていこうと思っている。そしてひとつだけ自分を慰めるように言い訳を添えるなら、かえるが主催した飲み会がきっかけで、誰かのビジネスが動いたことが実際にある。だから診断士としてもまあ、多少は意義のあることをしているんじゃないかな、と思うようにしている。ただの言い聞かせである。この記事を読んでいる診断士のみなさん、ぜひ飲みに行きましょう。かえるが喜んで付き合います。

さて、かえるの本業の話をすると、これがまた事例Iとはだいぶ遠い世界に生きている。所属しているのは中小企業で、やっていることはお客さんへの技術コンサルか、さもなければ研究開発という名の個人技だ。人と関わることが少ない仕事である。なんとなく必要そうな研究開発プロジェクトを自分で考えて、これは絶対必要なんで予算をくださいと社長に向かって提案し、そのうちタイミングよく使えそうな助成金が見つかれば申請書を書いて出す。たまには展示会に出て営業をしたり、提案書を書いたり、特許を出したりもする。

仕事の多くの時間は、暗室の中にある。光学の実験をやっているので、光を遮断した部屋で実験装置を黙々と組み上げ、データを取り続けるという時間も結構ある。誰とも喋らず、ひとりで機器を調整し、数値を眺め、また調整する。診断士の勉強をしていたとき、組織論や人材マネジメントについてあれだけ学んだのに、かえるの現場は暗くて静かな部屋ひとつだ。組織というものが存在しているのかどうかも怪しい規模感のなかで、毎日実験セットと向き合っている。

私かえるは人の感情を把握するのが苦手だ。表情や身振り手振りといったノンバーバルな情報から相手の気持ちを読み取る能力が、低い。世の中の人たちは、相手の顔を一瞬見るだけで、なんとなく今どんな気持ちかをパッと掴んでいるらしい。どういう仕組みになっているのかがまるでわからない。魔法としか言いようがない。そんな魔法を当たり前のように使いこなしているこの社会で、魔法書を持たずに生きている気持ちになる。

MBTIで言えばT型で、これは疑いようがない。特に共感性の高い人たちが集まる場や、女性が多めのグループにいると、その差を感じる。周りの人たちはお互いの気持ちをなんとなく察し合って、うなずき合って、空気を共有している。そのなかで自分だけが、言語も文化もわからない外国に迷い込んでしまったような気持ちになる。

ドキュメンタリーは好きだ。事実と論理が積み重なって進んでいくものは、どこまでも追いかけられる。でも感情表現がベースの小説や映画は、あまり楽しめない。登場人物が何を感じているかよりも、何をしたかのほうが気になってしまう。よくある比喩表現、たとえばいま来たばっかりだという人が持っているコップの氷が溶けていることで実はずっと前から到着していたとわかる、みたいなやつも、だいたい気づかない。終わったあと解説ブログを読んで、そういうことか、となる。AさんはBさんのことが好きだったよね、と言われてもポカーンとしている。えっそうなの、と思ったときにはもう話が先に進んでいる。国語のテストも、論説文は得意だったが小説は壊滅的だった。登場人物の気持ちを答えなさいという問いが、かえるにとっては最も答えられない種類の問いだった。

だから表情や雰囲気からではなく、その人が置かれている状況や、積み重なってきた行動のパターンから、意識的に相手の気持ちを推測するようになった。感じるのではなく、考える。直感ではなく、論理で組み立てる。これが唯一かえるに使える方法だ。

言葉は文字通りに受け取る。これが本当によくトラブルの原因になる。かえるくんは〜できていいよね、と言われたとき、かえるは純粋に褒められたと思って嬉しくなっていた。そのあと別の人から、さっき嫌味言われてたよ気にしなくていいよ、と教えてもらって初めて気がついた。え、あれ嫌味だったの。嫌味だったと気づいた瞬間よりも、嬉しがっていた瞬間のほうが幸せだったのだから、まあいいかという気もしている。

自分の特性はある程度わかっているので、誰かにフィードバックをするときはかなり丁寧にやっているつもりだ。申し訳なさと謙虚さと、それでも伝えなければならないという気持ちをうまく混ぜながら、これができていなかったからこうしたほうがいいと思う、と伝えた。そうしたら相手が泣き出したことがある。今でも正直あのとき何がまずかったのかよくわかっていない。タイミングなのか声のトーンなのかニュアンスなのか、何かが致命的にずれていたのだろうとは思う。けれど何がどうずれていたのかは、わからないままだ。

子どものころに人にやられて嫌なことはするなと習った。その教えを真剣に受け取ったかえるは、じゃあ自分が嫌じゃないことはやっていいのかと解釈して行動した。その結果トラブルになったことが何度もある。

意識して考えれば、相手の気持ちに近いものに辿り着けることもある。状況を整理して、この人はいまこういう立場にいて、こういう経緯があって、だからきっとこう感じているはずだ、と順番に組み立てていくと、なんとなく同じ気持ちになれる瞬間がある。それが共感というものなのかどうかはわからないが、少なくとも共感力はゼロではないらしい、とは思っている。

ただ、意識しないと動かない機能なので、疲れているときや酔っているときはほぼ機能しない。翌朝になってあのときのあれはまずかったなと気がつく、というサイクルを何度繰り返したかわからない。最近はようやく、それがかえるという人間の仕様なのだと受け入れてきた。直そうとするより、把握して付き合っていくほうが現実的だ。しょうがないか、と思えるようになっただけで、だいぶ楽になった。

最近になるまで、ここまで自覚していなかった。自分がこれほど人の感情を読めない人間だとは。でも振り返ってみると、潜在意識ではずっと前から薄々気づいていたのかもしれない。

かえるが通っていたのは、ロボットやエンジンを設計するような工学系の学科だった。機械を作る、構造を解析する、そういう世界にいたはずなのに、卒業論文のテーマとして選んだのは脳科学だった。さらに大学院では心理学に近いことを研究していた。自分でも当時はなぜそちらへ向かったのかよくわかっていなかった。人の心がどういう仕組みで動いているのか、自分には見えていないものが見えているようにできるのか、そういう問いを抱えてたのかなとも思う。

これは完全に偏見なのでそうじゃない人には申し訳ないのだが、心理学を選ぶ人の一定数は、自分自身に何らかの悩みや疑問を抱えている人なんじゃないかと思っている。他者を理解したい、自分を理解したい、あるいは自分がなぜうまくいかないのかを知りたい、そういう動機から入ってくる人が少なくないのではないか。

勉強を続けるうちに、世の中にはほんとうにさまざまな特性を持った人がいるということがわかってきた。感情の処理の仕方も、情報の受け取り方も、コミュニケーションのスタイルも、人によってまったく違う。かえるが当たり前だと思っていたことが当たり前でない人もいるし、かえるには難しいことが無意識にできてしまう人もいる。そういう多様性が実際に存在しているということを、知識として理解できるようになった。

ただ、困ったことがある。多様性についての知識が増えても、目の前にいる具体的な一人の人間が何を感じていて何を求めているのかは、依然としてよくわからないのだ。世の中にはこういう特性の人がいます、というのは理解できる。でもあなたはいまどういう特性の人ですか、どういう気持ですか、何を求めていますか、という問いには答えられない。

それでも、まったく変わっていないかと言えばそうでもない。社会性や認知特性について勉強を続け、失敗を記録して、何がまずかったのかを考え、次に活かす、というPDCAを地道に回してきた結果、昔よりはマシになってきた気がする。変だねと言われることは今でもたまにあるが。こういった特性が少しずつ認知され、受け入れられる社会になってきていることを、嬉しく思っている。変なやつがいる、ではなく、そういう人もいる、という見方ができる人が増えてきた気がする。

組織での活動が苦手で、ずっと逃げ続けてきた。中学でも高校でも部活動には入らなかった。大学でもサークルには入らず、特に不自由も感じないまま過ごした。集団の中で何かをやる、チームで目標に向かう、そういう営みがどこか肌に合わなかったのだと思う。社会人になってからも本業は研究開発で、あまり人との折衝や調整が必要にならない仕事を選んで続けている。意図的に避けてきたのか、気づいたらそうなっていたのかは正直わからないが。両方だろう。

そんなかえるが、組織とは何か、場とは何か、人と人がどうやって動いていくのかということに初めて真剣に興味を持ったのは、自習の森というコミュニティの運営を始めたときだった。

きっかけはたいしたことではない。社会人になってから、暇なときに大学時代の友人と一緒に作業したり勉強したりすることがよくあった。あるとき友人からどうせなら知らない人も集めてやろうよと誘われた。かえるはウェブサイトを立ち上げ、イベントをひたすら開催した。するとほんとうに見知らぬ人が集まってきた。それぞれが自分のやりたいことを持ち寄って、同じ空間で黙々とやる。自分が主体になって人を集めて、場を作って、会を回す。それを続けるうちに、いろいろなことが気になり始めた。

どうすれば初めて来た人が自然に馴染めるだろうか。どんな声がけをすれば、みんなが自発的に動いてくれるようになるだろうか。場の空気はどこで決まるのか。なぜ同じことをやっていても、日によって場の雰囲気がまったく違うのか。これまで組織から逃げ続けてきた人間が、組織というものに初めて興味を持った気がする。

集まってくる人たちも、予想以上に多様だった。弁護士、官僚、起業家といった、普通に生きていたらまず話す機会のないような人たちが来た。転職活動中の人、資格の勉強をしている人、何らかの事情を抱えながらも前に進もうとしている人、そして特に目的はないけど自分の趣味活動をするためだけに来ている人もいた。ひとりひとりの事情や背景はよく見えなかったが、同じ空間に集まって各自が何かに取り組んでいる、その事実だけでなんとなく豊かな気持ちになった。

懇親会も企画するようになった。自習が終わったあと、希望者で近くの店に行く。そこでまた違う会話が生まれる。自習中は黙って画面を見ていた人が、懇親会ではよく喋る。反対に、自習中は積極的に声をかけてきた人が、懇親会では静かになる。人というのは場面によってまったく違う顔を持っているということを、かえるはこの経験で学んだ。そしてその違いを作っているのが、場の設計や声のかけ方だったりするということも、少しずつわかってきた。自分の失敗と観察の積み重ねで、じわじわと理解していった。

そしてこの自習の森の中で、中小企業診断士という資格の存在を知った。参加者の誰かが勉強していたのか、話題に出たのかは正確には覚えていないが、そこで初めてその名前を知り、面白そうだなと思って勉強を始めた。組織とは何か、経営とは何か、人はどう動くのか、そういうことへの関心がちょうど育ってきていた時期だったから、タイミングとしてもよかったのだと思う。

道場に立候補しようと思ったのには、いくつか理由がある。15代目のセミナーや、それ以前の先輩方が書いた記事にお世話になったという恩義のような気持ちもたしかにあった。でもそれと同じくらい、コミュニティに飛び込んで手を上げて動くと、ただ外から眺めているよりもずっと多くのことが学べると、自習の森の経験から身をもって知っていたからだ。

道場には選考があると聞いていた。だからかえるは診断士受験生のころから、道場が開くセミナーに足を運んで、15代目の方々と積極的に話すようにしていた。かえるという、動物の名前そのままの覚えやすいハンドルネームを使い、できるだけ印象に残るように動いた。今思えばなかなか姑息なやり方だとは自覚している。でも、組織で活動するとか、業界で仕事をもらうとか、そういう世界では顔を覚えてもらうことがまず大事だと診断士業界でもよく言われるし、そんなものかなとも最近思ってきている。

道場の活動には、いくつか特徴がある。そのなかでかえるが一番驚き、そして一番影響を受けたのが、同期メンバー同士ではタメ語で話すというルールだった。最初に聞いたとき、正直大丈夫かなと思った。メンバーの年齢層は20代から50代まで幅広い。社会人経験も立場もばらばらな人たちが、初対面からいきなりタメ語で話す。ちょっとむず痒い感じで16代目は始まった。

でも実際にやってみると、なんということもなく自然になっていった。タメ語というのは言葉の距離感をそのまま縮める力があるらしく、最初はぎこちなくても、繰り返しているうちにお互いへの壁が薄くなっていく。今では何でも話せる友達みたいな感覚で話せている。心理的安全性という言葉があるが、そういうものが自然と生まれていた気がする。仕組みとして距離を縮める環境を作るというのは、こういうことなのかと腑に落ちた。

もともとかえるは人との距離感がよくわからない人間だった。表情や雰囲気から相手の気持ちを読めないので、距離の詰め方というものが本当にわからない。だから社会人になってからは、基本的に誰に対しても敬語で話すことにしていた。敬語でいれば最低限の礼儀は保てるし、失礼にはならない。それは安全策として機能していたが、同時に距離を一定以上縮められない壁にもなっていたのだと、道場に入って初めて気がついた。

タメ語を半ば強制される環境に置かれたことで、敬語では得られなかった何かが生まれた。それが何かをうまく言語化できないが、もう少し踏み込んで相手のことを知ろうとする気持ち、とでも言えばいいだろうか。言葉の形式が変わるだけで、関係の質がここまで変わるものかと驚いた。かえるにとっては単なるコミュニティ活動ではなく、人との距離感を学ぶ場になっていた。

社会人になってしまうと、タメ語で話せる新しい友人をつくる機会は極端に減る。会社では上下関係があり、取引先ではなおさらだ。学生時代のように、出会ってすぐ自然にタメ語になる、という経験がほぼなくなる。だからこそ道場のようなフラットな場で、年齢も職種もバラバラな人たちと対等に話す経験を得られて良かった。

タメ語の話もしたが、16代目でかえるがもうひとつ面白いと思ったのが、13人いるのにリーダーを置かないという組織の形だった。普通、会社でもコミュニティでも、何かを動かすには中心になる人間がいる。ボスや幹部がいて、そこから指示が下りてくる。でも16代目はあえてその構造を作らなかった。セミナーのたびに誰かが手を上げて幹事になり、数名がサポートに回る。それが自然と持ち回りで続いていった。

最初はちゃんと回るのかと思っていた。リーダーがいないと物事が決まらない、責任の所在がぼやける、そういう話はよく聞く。でも実際に動かしてみると、むしろ全員が当事者になるという効果があった。結果として、ひとりのリーダーが引っ張るより、全体として力が出たような気がしている。

毎週火曜日に定例会議を開いていた。全員が集まって、進捗を確認したり、次の企画を考えたり、意見をぶつけ合ったりする時間だった。議論が白熱することも何度もあった。そしてその白熱のきっかけが、ある程度の頻度でかえるの提案だったと思う。思い返すと少し申し訳ない気持ちもあるが、道場16代目のみんながそのたびに話を聞いてくれたのは、ほんとうにありがたかった。こんなかえるを受け入れてくれて、ありがとうという気持ちは今も変わらない。

白熱するといっても、喧嘩になったことは一度もなかった。それぞれが思っていることを率直に話すが、相手の言葉をちゃんと聞いて、理解しようとして、ときに譲り合い、ときに代案を出す。建設的に話せる集団というのはこういうものかと、はじめて身近な場所で体験した。診断士の試験勉強で、バーナードの組織の3要件というものを学んだ。共通目的、貢献意欲、コミュニケーション。教科書で読んだときはふうんと思っていたが、道場の活動を通じてその言葉が急にリアルになった。16代目はその3つが、かなりの精度で揃っていた組織だったと思う。学んだことが、まさかこんな形で腑に落ちるとは思っていなかった。

やることは多かった。記事を書いて、セミナーを企画して、広報をして、当日の進行をこなす。それを仕事や生活と並行してやるのだから、忙しいことは忙しかった。でも不思議と、しんどいという感覚があまりなかった。話しやすい人たちと一緒にやっているということが、負荷の感じ方をこれほど変えるものかと、これもまた学びだった。環境と人間関係が整っていれば、同じ量の仕事がまったく違う重さになる。これは知識ではなく、体験として知ったことだ。

そして気づいたら、かえるには今まで持っていなかった力がついていた。セミナーを企画するには、何が受験生に刺さるかを考える企画力がいる。人を集めるには告知の文章や発信の方法を工夫する広報力がいる。記事を書くには、伝わる順番と言葉を選ぶ執筆力がいる。どれも最初からあったわけではなく、PDCAを回しながら少しずつ身についたものだ。失敗してフィードバックをもらって、また考えてやり直す。それを繰り返していたら、いつの間にかできることが増えていた。道場をやってよかったなと思っている。

道場に関わってきたすべての人に、感謝を伝えたい。セミナーに来てくれた受験生のみなさん、記事を読んでくれた人、さらにコメントまでくれた人。そういう人たちがいたから、この1年は成立していた。このような機会を与えていただいてありがとうございました。

診断士活動の1年、道場活動の1年、本当にたくさんの人にお世話になった。ここで改めてひとりひとりへの感謝を書いておきたい。

まず道場を作ってくれた初代の方々へ。かえるが受験生だったころにはすでに道場は15年以上の歴史を持っていて、それだけで十分すごいことだとは思っていた。でも実際に16代目として中に入って活動してみて、これが16年間続いてきた理由が少しわかった気がした。JCさんとハカセさんには、今でも飲み会をご一緒していただくことが多く、16代目のことをよく気にかけていただいている。ただ仕組みを作って終わりではなく、ずっと後ろで見守り続けている。その面倒見の良さと器の大きさが、道場という場所をこれだけ長く続けさせてきたのだと思う。組織は仕組みではなく人で持つのだということを、改めて感じている。

15代目をはじめとする先代の方々にも、深くお礼を言いたい。道場を運営して、記事を書いて、受験生に向けて情報を発信し続けることがどれほどの労力か、実際にやってみて初めてわかった。かえるが試験勉強をしていたころ、道場の記事には何度も助けてもらった。わからないことを検索するたびに道場の記事が出てきて、ああそういうことかと理解できたことが何度もあった。ありがとうございました。

特に15代目のしんさん、ばんさん、おーちゃんさん、AZUKIさん、サトシさんには、本業でお忙しいなか、16代目が企画するセミナーに何度もお手伝いいただいた。自分たちの代ではないのに来てくれる、それがどれほどありがたいことかは、運営側になって初めて実感した。こんなにも快く動いてくれる人たちがいることが、道場という場所の財産だと思っている。

そして野網先生こと9代目のきゃっしいさんには、本当にお世話になりました。春セミナーへのご登壇、2次直前セミナーへのご参加、2次試験後のお疲れ様会、道場模試の事例企業の作成、まとめシートの校正、研究会でのフォロー。数え上げると本当に多岐にわたる。様々な場面で助けていただいて、本当にありがとうございました。

そして16代目のみんな、本当にありがとうございました。ひとりずつ書かせてほしい。

ダイキは、社長としての風格と広報マーケターとしての経験を、道場の場でも惜しまず使ってくれた人だった。16代目の議論が行き詰まったとき、みんなの気持ちをちゃんと汲みながら、誰もが納得できそうな方向性をさらっと提案してくれた。社長業にタキプロに子育てと、どう考えても時間が足りないはずなのに、かえるの道場外の活動にも顔を出して手伝ってくれた。長年の課題だったサーバーの更新まで引き受けてくれて、つくづく守備範囲が広い人だと思った。

ヒロは、全体をよく見ている人だった。クリティカルなところを見逃さず、かえるのセミナーにミスがあれば、ちゃんと指摘してくれた。指摘してくれる人がいるというのはありがたいことで、言ってくれなければそのまま気づかずにいたことが何度もあったと思う。飲み会でもセミナーでも場を盛り上げるサポートをしてくれて、除夜の筋トレと称して108回ベンチプレスをやるなど、ユーモアの方向性も独特でよかった。

ひでまるは、16代目のなかで異彩を放つ視点を持ってきてくれた。ブログ記事の分析、AIの活用、合理的で最適解に近い案を即座に出してくる。プロジェクトの議論でひでまるが発言するたびに、そうか、そういう見方があったかと思わされた。そして計画性が凄まじく、4月の時点ですでにラストブログを書き終えていたという事実は今でも笑える。道場のブログは毎朝6時公開だが、かえるはだいたい当日の朝方に眠い目をこすりながら書いていた。ひでまるを見習わねば。

ダーヤスは、コテコテの大阪弁と独特のユーモアで場を温め続けてくれた。ふざけているようでいて、お金の管理はきっちりやってくれるし、16代目が困ったときにズバッと一言言ってくれる頼もしさもある。合宿で作ってくれた料理が美味しかったことも忘れていない。この活動の中で独立まで果たして、やっぱりこういう人は本当に強いなと思った。

りょうは、16代目のムードメーカーだった。定例会議ではみんなの意見を丁寧に尊重しながら進めてくれるのに、会議が終わった途端に駄弁り始めるのが毎回印象的だった。冗談も多くて、その場にいるだけで雰囲気が柔らかくなる。かえるが辛かったときも、りょうは側にいてくれた。そして福島県から毎回東京まで来てくれていた。そのフットワークの軽さには、距離的な問題だけではない何かがある気がしている。

tomiは、頼れるお兄さんという言葉がそのまま当てはまる人だった。トレイルランで100キロを走る体力を持ちながら、愛知から東京まで毎回来てくれる行動力もある。司会を率先してやってくれて、場の流れを読むのがうまく、それとなく周りに気を配っている。かえるはよくtomiに愚痴をこぼしていた。受け止めてくれてありがとうと思っている。

だいだいは、気遣いの精度が人間離れしていた。16代目全体を見渡して足りないところがあれば、すぐに自分がやると手を上げてくれる。かえるが何か失言をしたとき、さりげなくフォローしてくれたのが何度もあった。気づいているかどうかもわからないくらいの自然さで動いてくれるので、なおさらありがたかった。おしゃれでデザインセンスもあり、全体のバランスを見ながら発言する。見習うことが多すぎて困る。

なつは、年下だということを忘れるほど大人で、しっかりしていて、コミュニケーション力があった。事業再生という専門性も持ちながら、かえるが企画したイベントにもノリよく参加して場を盛り上げてくれた。ときどき自虐も混ぜながら16代目のいじられキャラを自ら引き受けてくれていて、その立ち回りの器用さには感心するしかなかった。かえるの記事への登場回数はおそらくなつがトップだ。

じょにーは、子育てで本当に忙しい中、時間を見つけて記事を書き、会議にも来てくれた。その記事がいつも熱くて、真剣で、愛に溢れていた。記事を書くだけでなく、一発合格道場というコミュニティそのものの将来を真剣に考えて提案してくれていた。16代目で一番熱い人間はじょにーだったと思う。じょにーの姿を見ていると、自分も頑張らなければという気持ちになった。

さくらは、いつも明るく、場を自然と和ませてくれていた。話し上手で全体を見ながら動いて、意見があればはっきり言う。そして不思議なのが、さくらが言ったことはなんとなくそのとおりになるという現象が何度もあったことだ。信頼されているというのはそういうことなのだと思った。カレー会にも顔を出してくれて、ノリもよく、一緒にいて楽しい人だった。

sevenseaも、年下とは思えないほど落ち着いていて、しっかりしていた。かえるがふわふわした発言をしていると、ちゃんとまとめて整理してくれる。おそらく人生2周目なのではないかと疑っている。本業が忙しいなか、家族のサポートやコミュニティ活動まで両立していて、タイムマネジメントの概念が違う次元にあると思った。配信や音響にも詳しく、ハイブリッドセミナーのときに何度も頼りにした。

まさきは、冗談と自虐とで場を和ませるのが抜群にうまかった。ふざけているように見えて、プロコンに参加したり、大きな協会イベントを運営したりと、やっていることは全然ちゃんとしている。そのギャップが本人の強みだと思う。かえるが辛かったとき、まさきが飲みに連れて行ってくれた。あのときのことは忘れない。本当にありがとう。

16代目のみんな、空気を読むのがあまり得意でないかえるを、1年間温かく迎えてくれてありがとうございました。始まりは正直しんどい状態だったが、楽しく穏やかに過ごせたのはみんなのおかげだ。個性豊かで、それぞれに強みがあって、一緒にいるだけで学べることが多い人たちだった。これからもどうかよろしくお願いします。

17代目のみなさんへ。記事を書いたりセミナーを企画したりと、大変なことはたしかにあると思います。でも自分から手を挙げて動いていくと、その大変さをはるかに超えるものが返ってくると、かえるは身をもって感じました。だからあまり構えすぎず、面白そうだと思ったら迷わず手を挙げてほしいです。これからはいち読者として、17代目の記事を楽しみに読んでいきます。機会があればぜひ飲みに行きましょう。

最後に、こんなに長い文章をここまで読んでくれた読者のみなさんへ。セミナーでいつも読んでいますと声をかけてもらったとき、コメントをもらったとき、そのひとつひとつが本当に励みになっていた。1年間書き続けてきたが、読んでくれた誰かが少しでも楽しんでくれていたら、あるいは診断士試験に向かうための力に少しでもなっていたなら、それだけで十分だったと思っています。

ここまで読んでくださった皆様とどこかで会えれば嬉しいです。ではまた。

一発合格道場 16代目 かえる

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