2022年版 中小企業白書 第1部 令和3年度(2021年度)の中小企業の動向 第1章 中小企業・小規模事業者の動向 本章では、我が国経済の動向について概観するとともに、中小企業・小規模事業者の動向及び中小企業・小規模事業者を取り巻く経営環境について見ていく。 第1節 我が国経済の現状 始めに、我が国経済の動向について概観する。2021年は、新型コロナウイルス感染症(以下、「感染症」という。)の世界的流行が続き、我が国経済も大きな影響を受けた。実質GDP成長率の推移を確認すると、2021年は前年比1.6%増となった。2021年を通じた動きを見ると、2021年初頭から発出された2回目の緊急事態宣言と時期を重ねるように、第1四半期にはマイナス成長に転じた。その後は感染状況に左右されながら、2021年第4四半期は前期比1.1%増とプラス成長となった(第1-1-1図)。 次に、業況や生産活動の動向について概観する。 業種別の業況について、日本銀行「全国企業短観経済観測調査」(以下、「日銀短観」という。)の業況判断DIの推移を用いて確認する(第1-1-2図)。業況判断DIは、2020年第2四半期を底に回復傾向にあり、2021年第4四半期には全産業でプラスに転じた。 続いて、経済産業省「鉱工業生産指数」を用いて鉱工業の生産活動の状況を確認する(第1-1-3図)。感染症の影響により、2020年2月から5月まで鉱工業生産指数は大幅に低下した後、同年6月以降は一転し、勢いのある上昇が続いた。2021年は、7月から9月において再び低下した後、10月から上昇し持ち直しの動きが見られているが、足元では、供給制約などが下押ししている。 第1-1-4図は、経済産業省「第3次産業活動指数」によって、非製造業や広義のサービス業などの第3次産業に属する業種の生産活動を見たものである。指数は感染症の拡大に伴い、2020年5月にかけて大幅な低下となった。その後、回復傾向にあったものの、3回目の緊急事態宣言が発出された直後の2021年5月には一時的に低下するなど、感染症流行の状況に左右されながら変動している様子が分かる。 第1-1-5図は、内閣府「消費総合指数」によって、2015年を100とした指数で消費の動向を見たものである。消費総合指数は2020年5月を底に上昇に転じたものの、6月以降は上昇と低下を繰り返し、足元では、依然として感染症流行前の水準には戻っていない。 続いて、経済産業省「商業動態統計」により消費の動向を供給側から確認する(第1-1-6図)。卸売業は、2020年3月から5月にかけて大幅に低下したが、同年6月以降は緩やかに持ち直し、足元では感染症流行前の水準まで戻って推移している。小売業については、2020年3月から4月にかけて大幅に低下したが、その後、同年6月に大きく持ち直し、感染症流行前の水準まで戻って推移をしている。 第1-1-7図は、総務省「サービス産業動向調査」を用いて、サービス産業の売上高について前年同月比を見たものである。2021年のサービス産業全体の動きを見ると、第2回緊急事態宣言が解除された直後の2021年4月には前年同月を上回る水準に転じ、5月には前年同月比で大幅に増加した。その後は、感染症が再び拡大する中で、前年同月比での増加幅が縮小している。 また、サービス産業の中で、「宿泊業, 飲食サービス業」、「生活関連サービス業, 娯楽業」は2021年4月にはそれぞれ前年同月比で大幅に増加したが、6月以降は再び低下した。足元では、いずれの業種も前年を上回っている。一方で、「情報通信業」は期間全体を通じてほとんど変わらない水準で推移しており、産業ごとに感染症流行による影響の度合いが異なる状況が見て取れる。 次に、輸出入や海外現地法人の活動状況など対外経済関係の動向について見ていく。 第1-1-8図及び第1-1-9図は、地域別の輸出入数量指数の推移について見たものである。輸出数量指数は、2020年5月にかけて急速に低下した後、上昇傾向で推移していたが、その後増勢が鈍化。足元では、おおむね横ばいで推移している。また、地域別には足元、米国向けは弱含む一方、アジアやEU向けは100を超える水準となった。 輸入数量指数は、2021年上半期に感染症流行前の水準に回復しつつも、上昇と下落を繰り返しながら推移している。また、地域別には足元、米国からの輸入は依然として感染症流行前の水準まで回復していないが、アジアやEUからの輸入は100を超える水準となった。 続いて、我が国企業の海外現地法人の売上高の推移を見たものが第1-1-10図である。各地域においておおむね回復傾向にあり、北米を除き、感染症流行前の水準まで回復している。 第2節 中小企業・小規模事業者の現状 本節では、中小企業・小規模事業者に焦点を当て、業況、収益、投資、資金繰り、倒産状況などといった中小企業・小規模事業者の動向や中小企業・小規模事業者を取り巻く状況について確認していく。 1.業況 始めに、中小企業の業況について、中小企業庁・(独)中小企業基盤整備機構「中小企業景況調査」(以下、「景況調査」という。)の業況判断DIの推移を確認する(第1-1-11図)。中小企業の業況は、リーマン・ショック後に大きく落ち込み、その後は東日本大震災や2014年4月の消費税率引上げの影響によりところどころで落ち込みはあるものの、総じて緩やかな回復基調で推移してきた。2020年には感染症流行による経済社会活動の停滞により、業況判断DIは急速に低下し、第2四半期にリーマン・ショック時を超える大幅な低下となったが、その後は2期連続で上昇した。2021年は上昇と低下を繰り返しながら推移しており、2022年第1四半期は再び低下した。 また、中規模企業においては感染症流行前を上回る水準まで回復したものの、小規模事業者においては戻り切れていない状況であり、中小企業の中でも規模ごとに回復の程度が異なることが見て取れる。 この業況判断DIを地域別に見たものが第1-1-12図であるが、多くの地域において、2021年は上昇と低下を繰り返しており、2022年第1四半期はいずれの地域も低下した。 続いて、業種別に業況判断DIを確認すると、建設業を除き、2020年第2四半期はリーマン・ショック時を下回る水準となったが、その後いずれの業種でも2期連続で回復した。その後は業種ごとに傾向は異なるが、2022年第1四半期においては、製造業を除いて低下した(第1-1-13図)。また、2020年第2四半期に最も大きく低下したサービス業について、更に詳細な業種別の動きを確認すると、特に宿泊業、飲食業においては、2021年9月末に緊急事態宣言が解除されてから上昇したが、2022年第1四半期に再び低下している様子が分かる(第1-1-14図)。 2.業績 次に、中小企業の業績について売上高と経常利益の状況を見ていく。 中小企業の売上高は、リーマン・ショック後及び2011年の東日本大震災後に大きく落ち込み、2013年頃から横ばいで推移した後、2016年半ばより増加傾向となっていた。2019年以降は減少傾向に転じた中で、感染症の影響により更に減少したが、2021年第1四半期を底に緩やかな増加傾向に転じている(第1-1-15図)。 続いて、業種別に前年同期と比較した中小企業の売上高の動向を見ると、2021年第2四半期から多くの業種で、前年同期と比べて売上高が回復した(第1-1-16図)。一方で、2019年同期比と比較すると、依然として多くの業種で売上高が回復しておらず、特に「生活関連サービス業、娯楽業」、「宿泊業、飲食サービス業」においてそれぞれ大幅減となっており、引き続き厳しい状況にあることが分かる(第1-1-17図)。 中小企業の経常利益は売上高同様、リーマン・ショック後に大きく落ち込んだ後は緩やかな回復基調が続いてきたが、2020年に入ると、感染症の影響により減少に転じた。その後は、2020年第3四半期を底に中小企業の経常利益は再び緩やかな増加傾向にある(第1-1-18図)。 3.設備投資・ソフトウェア投資・研究開発投資・能力開発投資 次に、中小企業の投資の動向について見ていく。 まず、中小企業の設備投資は、2020年には減少傾向となったが、2021年に入ると僅かに増加している(第1-1-19図)。 続いて、設備の過不足感について生産・営業用設備判断DIの推移を確認する。全体的に、2009年をピークに設備の過剰感が徐々に解消され、非製造業では2013年半ば、製造業では2017年前半に生産・営業用設備判断DIはマイナスに転じた。その後、製造業は2018年後半から不足感が弱まる傾向で推移していた。2020年に入ると急激に過剰感が強まったが、2020年第3四半期以降は過剰感が和らいでいる。非製造業においては2020年に設備の不足感が弱まったが、足元では、特に中小企業において再び不足感が強まっている(第1-1-20図)。 第1-1-21図は、中小企業の設備投資計画について見たものである。2020年度設備投資計画が感染症の影響を受けて、例年よりも低い水準で推移していたこともあり、2021年度は6月調査以降の設備投資計画が前年度比で増加。感染症による影響による先行きの見通しづらさはあるものの、昨年度よりも積極的な投資の動きが見られる。 次に、IT関連指標としてソフトウェア投資の推移について確認する。中小企業のソフトウェア投資は、長期にわたって横ばい傾向で推移してきたが、2021年に入ると増加傾向となり、足元ではおおむね横ばいで推移している(第1-1-22図)。また、中小企業の設備投資に占めるソフトウェア投資の比率についても、2021年に入ると増加し、足元ではおおむね横ばいで推移している(第1-1-23図)。 次に、企業が新たな製品・サービスを生み出すための研究開発活動について見ていく。第1-1-24図は、研究開発費と売上高に占める研究開発費の割合の推移である。これを見ると、中小企業における研究開発費は緩やかな増加傾向であるものの、売上高に占める研究開発費の割合は横ばいの傾向が続いており、同業種の大企業と比べて低水準にあることが分かる。 続いて、第1-1-25図は、能力開発費と売上高に占める能力開発費の割合の推移である。これを見ると、中小企業の能力開発費は大企業と比較して規模が小さいものの、増加傾向にある。一方で、売上高に占める能力開発費の割合を見ると、業種にかかわらず、ほぼ横ばいで推移している。ただし、同業種の大企業に比べて研究開発費ほどの格差は存在していないことが分かる。 4.資金繰りと倒産・休廃業 次に、中小企業の資金繰りの状況について景況調査を用いて確認する(第1-1-26図)。中小企業の資金繰りDIは、リーマン・ショック後に大きく落ち込み、その後は東日本大震災や2014年4月の消費税率引上げに伴い一時的に落ち込みが見られたものの、改善傾向で推移してきた。感染症流行による売上げの急激な減少と、それに伴うキャッシュフローの悪化により、2020年第2四半期に大きく下落したが、第3四半期には大きく回復した。しかしながら、2021年以降、その回復のテンポは弱まっており、特に小規模事業者においては感染症流行前の水準には戻っていない。 続いて、第1-1-27図は借入金月商倍率を見たものであるが、多くの業種で感染症流行前と比べて借入金月商倍率が上昇している。特にサービス業や小売業は2020年第2四半期、2021年第2四半期に借入金月商倍率が上昇している様子が分かる。感染症流行に左右されながら、借入金の返済余力が低下している可能性がうかがえる。 また、中小企業向けの貸出金についても確認すると、2012年まではおおむね横ばいで推移してきたが、2013年以降は右肩上がりで増加し、2021年も堅調に増加している(第1-1-28図)。 続いて、我が国の倒産件数の推移について確認する(第1-1-29図)。倒産件数は2009年以降、減少傾向で推移してきた中で、2021年は資金繰り支援策などの効果もあり57年ぶりの低水準となった。また、これを規模別に見ると、倒産件数の大部分を小規模企業が占めていることが分かる(第1-1-30図)。 また、休廃業・解散件数は(株)東京商工リサーチの「休廃業・解散企業」動向調査によると、2021年の休廃業・解散件数は4万4,377件で、前年比10.7%減となった。また、(株)帝国データバンクの全国企業「休廃業・解散」動向調査によると、2021年の休廃業・解散件数は5万4,709件で、前年比2.5%減となった(第1-1-31図)。 倒産件数や休廃業・解散件数は資金繰り支援などの各種支援策の奏功もあり、いずれも前年の件数を下回る結果となった。 一方で、前述の通り、資金繰りの回復のテンポが弱まっており、借入金の返済余力が低下している業種もある中で、今後の倒産件数や休廃業・解散件数の動向に留意する必要がある。 5. 商店街の現状 ここでは、商店街について、現状を見ていく。まず、商店街の最近の景況について確認すると、2021年度は「衰退の恐れがある/衰退している」と回答した割合が67.2%と最も多くなっているものの、2009年度と比べるとその割合は低下しており、景況は一定の改善が見られる(第1-1-32図)。 また、これを立地市区町村の人口規模別に見ると、人口規模が小さくなるにつれて「衰退の恐れがある/衰退している」と回答した割合が高くなっている(第1-1-33図)。 次に、第1-1-34図は各調査時点における最近3年間の来街者数の変化を見たものであるが、2021年度は「減った」と回答した割合が前回調査よりも増加し約7割となった。続いて、来街者が減少した要因について見ると、2021年度は「魅力のある店舗の減少」が最も多くなっているが、特に「集客イベント等の未実施」を来街者の減少要因として回答する割合が、2018年度から2021年度にかけて大きく増加していることが見て取れる(第1-1-35図)。 6.開廃業の状況 続いて、我が国の開業率及び廃業率について現状把握を行う。 我が国の開業率は、1988年度をピークとして低下傾向に転じた後、2000年代を通じて緩やかな上昇傾向で推移してきたが、2018年度に再び低下傾向に転じた。足元では再び5%台に回復している。廃業率は、1996年度以降増加傾向で推移していたが、2010年度からは低下傾向で推移している(第1-1-36図)。 続いて、業種別に開廃業の状況を確認する(第1-1-37図)。開業率について見ると、「宿泊業, 飲食サービス業」が最も高く、「生活関連サービス業, 娯楽業」、「電気・ガス・熱供給・水道業」と続いている。また、廃業率について見ると、「宿泊業, 飲食サービス業」が最も高く、「生活関連サービス業, 娯楽業」、「金融業, 保険業」と続いている。 開業率と廃業率が共に高く、事業所の入れ替わりが盛んな業種は、「宿泊業, 飲食サービス業」、「生活関連サービス業, 娯楽業」であることが分かる。一方で、開業率と廃業率が共に低い業種は、「運輸業, 郵便業」、「鉱業, 採石業, 砂利採取業」、「複合サービス事業」となっている。 第1-1-38図は、都道府県別に開廃業の状況を見たものである。開業率について見ると、沖縄県が最も高く、埼玉県、東京都、福岡県、愛知県と続く。また、廃業率について見ると、大分県が最も高く、島根県、高知県、徳島県、佐賀県と続いている。 第1-1-39図は、諸外国の開廃業率の推移と比較したものである。各国ごとに統計の性質が異なるため、単純な比較はできないものの、国際的に見ると我が国の開廃業率は相当程度低水準であることが分かる。 7.海外展開 中小企業の海外展開の現状について、経済産業省「企業活動基本調査」を用いて確認する。第1-1-40図は、企業規模別に見た直接輸出企業割合の推移である。これを見ると、中小企業の直接輸出企業割合は長期的に増加しているが、足元では横ばいで推移している。また、中小企業の輸出額と売上高に占める輸出額の割合の推移を見ると、ともに2016年度までおおむね増加傾向であったが、その後は減少傾向に転じている(第1-1-41図)。 第1-1-42図は、企業規模別の直接投資企業割合の推移である。これを見ると、中小企業の直接投資企業割合についても長期的に増加傾向にあるものの、足元では横ばいとなっている。 第3節 雇用の動向 感染症は企業の事業活動に大きな影響をもたらし、企業で雇用される労働者にも様々な影響が生じている。本節では、感染症流行による雇用環境への影響を概観するとともに、中小企業における雇用状況について見ていく。 1.我が国の雇用環境 始めに、雇用情勢を示す代表的な指標として、完全失業率と有効求人倍率の推移について確認する(第1-1-43図)。完全失業率は、2009年中頃をピークに長期的に低下傾向で推移してきたが、2020年に入ると上昇傾向に転じ、その後は再び低下傾向で推移している。また、有効求人倍率も2020年に入り、大きく低下したものの、再び緩やかな上昇傾向となっている。 続いて、従業者と休業者の動きについて確認する(第1-1-44図)。感染症の拡大を受けて第1回緊急事態宣言が発令された2020年4月に休業者数と従業者数で大きな変動があったが2021年に入ると、月によって増減を繰り返しながら推移し、足元では従業者が減少傾向、休業者が増加傾向となっている。 次に、雇用者数の動きを確認する。第1-1-45図は、雇用形態別に見た雇用者数の前年差の推移を見たものである。「正規の職員・従業員」の雇用者数は2015年から毎年前年から増加しているのに対して、「非正規の職員・従業員」の雇用者数は2020年に大きく減少し、2021年も2020年と比べて減少幅が小さいものの、引き続き前年から減少している。また、月別に前年同月差を見ると、2020年の初め頃から「非正規の職員・従業員」の雇用者数は減少し、2021年4月頃にその傾向が一時的に収まったが、8月頃から再び減少している。12月は正規・非正規ともに前年同月より増加しているものの、その増加幅は小さい(第1-1-46図)。 次に、業種別に雇用者数の動向を確認すると、特に感染症による影響を受けた「宿泊業,飲食サービス業」や「生活関連サービス業,娯楽業」は、2020年に引き続き2021年においても前年同月と比べて減少している。2021年12月時点においてもおおむね前年同月を下回っていることから依然として雇用者数が戻っていない様子が分かる。 一方で「情報通信業」の雇用者数は2020年に引き続き2021年においても前年同月を上回っており、業種ごとに異なる傾向となっている(第1-1-47図)。 2.中小企業の雇用状況 ここからは、中小企業の雇用をめぐる状況について見ていく。 第1-1-48図は、景況調査を用いて、業種別に従業員の過不足状況を見たものである。2013年第4四半期に全ての業種で従業員数過不足DIがマイナスになり、その後は人手不足感が高まる傾向で推移してきた。2020年に入ると、この傾向が一転して、第2四半期には急速に不足感が弱まり、製造業と卸売業では従業員数過不足DIがプラスとなった。足元では、いずれの業種も従業員数過不足DIはマイナスとなっているが、製造業を除き僅かに人手不足感が弱まっている。 第1-1-49図は、従業者規模別に雇用者数の前年同月差の推移を見たものである。どの従業者規模においても2020年4月頃から特に非正規の職員・従業員数が減少しているが、特に従業者規模が「1〜29人」の企業においては、他の従業者規模の区分と比べて減少幅が大きい状況が見て取れる。 次に、従業員規模別に各業種における雇用者数の動向を確認する。従業員規模が「1〜29人」の区分では、特に感染症による影響を受けた「宿泊業,飲食サービス業」や「生活関連サービス業,娯楽業」において、2021年も前年同月比で減少している月が多く、依然として雇用者数が戻っていない様子が分かる。 一方で、「情報通信業」の雇用者数は、他業種と比較して感染症下にあっても前年同月を上回る月が多い(第1-1-50図)。 従業員規模が「30〜99人」の区分では、「宿泊業,飲食サービス業」において、2021年も前年同月比で大きく減少して推移している状況が見て取れる。また、「生活関連サービス業,娯楽業」においては、2021年後半から足元にかけて前年同月比で見た減少率が高まっており、雇用者数の減少が加速している様子が分かる(第1-1-51図)。 第4節 原油・原材料価格の高騰 本節では、感染症のみならず多様なリスクと共に変動をする資源価格の動向を概観するとともに、企業間取引の状況について確認をしていく。 1.資源価格の変動 我が国経済は国内だけでなく、経済活動のグローバル化に伴い国境を越えてサプライチェーンが構築されているため、国内外で発生する多様なリスクの影響はサプライチェーンを通じて直接的又は間接的に受けうる状況にある。 足元では、感染症の流行に加え、ウクライナ情勢の緊迫化などの地政学リスクが高まっている中、燃料や非鉄金属などの取引価格が大きく変動している。このため、まずは国内企業物価や輸入物価に影響を与える国際商品市況の動向を概観する。 第1-1-52図は、原油先物取引の価格の推移であるが、2020年4月頃に感染症の流行に伴う経済活動の停滞により大幅に低下したのち、上昇傾向に転じた。その後、上昇の傾向が続き、2022年2月下旬頃からその増加幅が更に大きくなった。3月上旬に一度低下に転じるもその後は再び増加傾向に戻った。 原油と並んで代表的な化石燃料である天然ガスの先物取引価格について見ると、2021年後半から価格が上昇したが、主要調達先であるロシアからの供給不足が懸念される中で、3月上旬には1メガワット時当たり200ユーロを超える水準を記録した(第1-1-53図)。 次に、非鉄金属の先物取引価格について確認する。第1-1-54図は、アルミニウム先物取引の価格の推移であるが、2020年5月頃から価格が上昇し、2022年2月下旬頃にその上昇幅が更に大きくなった。3月上旬に一度低下に転じるもその後は再び上昇傾向に戻った。また、銅先物取引の価格についても2020年3月頃から価格が上昇したのち、高止まりが続いている(第1-1-55図)。 また、資源価格の高騰が続けば、資源を材料として使用する業種から影響が生じることが考えられる。第1-1-56図は、産業連関表を用いて、原油・石炭・天然ガス部門の輸入価格が10%上昇した場合に、各部門の産出(販売)価格が何%上昇するか試算を行ったものである。これを見ると、石油・石炭製品部門では6.1%、電力・ガス・熱供給部門では3.6%と、原油・石炭・天然ガスの投入が多い部門において産出価格が特に上昇する。また、鉄鋼部門では0.7%、運輸・郵便部門では0.6%となっているが、石油・石炭製品の価格上昇に伴って、間接的な費用が増加することで産出価格の上昇につながっている。 第1-1-57図は、これらの産出価格の上昇率の高い部門に対応する中小企業について、中小企業全体における、企業数、従業者数及び付加価値額の割合を示したものである。これを見ると、上位10部門に対応する中小企業が、中小企業全体に占める割合は、従業者数で12.5%、付加価値額で15.1%となっていることが分かる。 2.企業間取引の状況 続いて、中小企業の取引環境を概観する。日銀短観を用いて、企業規模別に仕入価格DIと販売価格DIの動向を確認すると、2018年頃から仕入価格DI、販売価格DI共に低下に転じており、2020年上半期もこの低下傾向が続いた。しかし、2020年下半期からは仕入価格DI、販売価格DI共に上昇に再び転じており、2021年に入ってから急激に上昇している(第1-1-58図)。 また、販売価格DIから仕入価格DIを引いた数値である交易条件指数の推移について見ると、足元では仕入価格DIの上昇が販売価格DIの上昇よりも大きいため、交易条件指数は悪化の傾向にある。こうした状況から、事業者によっては仕入価格の上昇分を販売価格に転嫁することが必ずしも十分にはできていない様子がうかがえる(第1-1-59図)。 次に、国内企業物価指数及び消費者物価指数の動向を確認する。国内企業物価指数は、生産者の出荷又は卸売段階における財の物価の動きを、消費者物価指数は、小売段階の物価の動きを反映する指標として、それぞれの動向が注目されるが、国内企業物価指数は2020年12月から、消費者物価指数は2021年1月から上昇傾向に転じた。また、2021年以降におけるそれぞれの物価指数の推移を見ると、国内企業物価指数が消費者物価指数の変化を上回って急激に上昇している(第1-1-60図)。 続いて、需要段階別に企業物価指数を見ると、足元では素原材料価格が大きく上昇し、中間財価格も上昇の傾向にある。一方で、最終財価格が大きな変動を見せていないことから足元の燃料や非鉄金属などの資源価格の高騰が、最終財に必ずしも十分には転嫁されていない様子が分かる(第1-1-61図)。 続いて、第1-1-62図は、(株)日本政策金融公庫総合研究所が実施したアンケート調査による原油・石油製品の仕入価格の変化を示したものであるが、約7割の中小企業が3か月前と比較して仕入価格が上昇していると回答している。 また、第1-1-63図は原油・石油製品の価格高騰によるコスト上昇分を自社の製品・サービスの価格にどれだけ転嫁できているかの分布を示したものであるが、全く転嫁できていないとする割合は全体の約7割を占める。 こうした中で、今後の価格転嫁の見通しについて「転嫁は困難」「転嫁はやや困難」を選んだ割合が9割にも上る(第1-1-64図)。価格転嫁が困難な理由については、「販売先との交渉が困難」(63.4%)、「市場での競争が激しい」(52.4%)の順で割合が高い(第1-1-65図)。 第5節 事業継続計画(BCP)の取組 第4節ではリスクに伴う企業活動への影響について概観したが、近年も大雨、地震などの自然災害や感染症流行など、中小企業に大きな影響を与える事象が相次いで発生している。こうした事象は、順調に事業活動を行っていたとしても、不測の事態から事業の継続が困難になることがある。本節では、不測の事態に対して、事業を継続していくための取組について見ていく。 1.自然災害の影響 第1-1-66図は、2021年に発生した災害のうち、災害救助法の適用を受けたものを示している。2021年においても、大雨、大雪、地震、大規模火災など、災害救助法の適用を受ける災害が多く発生した。 2.リスクに対する備え 災害に代表されるような不測の事態が発生しても、重要な業務を中断させることなく、また中断が生じても可能な限り短期間で復旧させるために、方針や体制及び手順を示した「事業継続計画」(BCP:Business Continuity Plan)(以下、「BCP」という。)について、その取組状況を見ていきたい。 第1-1-67図は、中小企業における直近3年間のBCPの策定状況を見たものである。これを見ると、策定している企業は、毎年増加傾向にあるものの、半数近くは時期によらず策定していないという回答となっている。 次に、第1-1-68図は、BCPを「策定している」、「現在、策定中」、「策定を検討している」と回答した企業に対して、事業の継続が困難になると想定しているリスクを聞いたものである。これを見ると、「自然災害」と「感染症」がリスクとして高く認識されていることが分かる。 続いて第1-1-69図は、同様の調査を2019年と2020年の2か年で比較したものである。2020年は感染症による在宅勤務の推奨や、従業員の感染による出勤停止に伴う稼働停止など、事業の継続が困難となる事態が懸念されたためか、「感染症」を想定するリスクとして回答した企業の割合は2019年から急増した。また、毎年のように発生する大規模な大雨や地震、大雪といった自然災害についても想定するリスクとして2019年に引き続き高い割合で推移している。 次に、BCP策定の効果について見ていく。第1-1-70図は、BCPを「策定している」と回答した企業が感じている効果を示したものであるが、「従業員のリスクに対する意識が向上した」という回答が半数以上存在するほか、「事業の優先順位が明確」や「業務の定型化・マニュアル化」「業務の改善・効率化」など、日頃の業務改善にも効果が表れていることが見て取れる。また「取引先からの信頼」といったように、自社の価値向上にもつながっていることが示唆される。 次に、第1-1-67図で示したように、「策定していない」と答えた企業の割合が半数近くある中で、その背景にある課題について確認する。第1-1-71図は、BCPを「策定していない」と回答した企業に対して、その理由を尋ねたものである。これを見ると、「策定に必要なスキル・ノウハウがない」や「実践的に使える計画にすることが難しい」など、BCPに対する敷居の高さが存在する可能性が示唆される。一方で、「策定する人材や時間の確保ができない」や「策定の効果が期待できない」に加え、2割程度が「必要性を感じない」と回答するなど、BCPに対する優先度が高くないことが示唆される。 自然災害はもとより昨今の情勢下では、予測不能な事態が発生する可能性が高まっている。そうした事態の発生において、損害を最小限にとどめ、事業活動の中断を防止することや、中断が生じた際の早期復旧を可能とさせるためにも、BCPに対する意識の向上とBCP策定の浸透が望まれる。 第6節 労働生産性と分配 将来的に人口減少が見込まれる中、我が国経済の更なる成長のためには、企業全体の99.7%を占める中小企業の労働生産性を高めることが重要である。本節では、中小企業・小規模事業者の労働生産性について現状を把握していく。 1.中小企業・小規模事業者の労働生産性と分配 第1-1-72図は、企業規模別に従業員一人当たり付加価値額(労働生産性)の推移を示したものである。これを見ると、中小企業の労働生産性は製造業、非製造業共に、大きな落ち込みはないものの、長らく横ばい傾向が続いていることが分かる。 第1-1-73図は、企業規模別に上位10%、中央値、下位10%の労働生産性の水準を示している。これを見ると、いずれの区分においても、企業規模が大きくなるにつれて、労働生産性が高くなっている。しかし、中小企業の上位10%の水準は大企業の中央値を上回っており、中小企業の中にも高い労働生産性の企業が一定程度存在していることが分かる。反対に、大企業の下位10%の水準は中小企業の中央値を下回っており、企業規模は大きいが労働生産性の低い企業も存在している。 第1-1-74図は、企業規模別、業種別に労働生産性の中央値を比較したものである。これを見ると、業種にかかわらず、企業規模が大きくなるにつれて労働生産性が高くなることが見て取れる。 第1-1-75図は、大企業と中小企業の労働生産性の差分を用いて、労働生産性の規模間格差を業種別に示したものである。これを見ると、「建設業」や「情報通信業」、「卸売業」では大企業と中小企業の労働生産性の格差が大きいことが分かる。一方で、「小売業」や「宿泊業, 飲食サービス業」、「生活関連サービス業, 娯楽業」では、大企業も含め業種全体での労働生産性が低いこともあり、企業規模間の格差は比較的小さい。 第1-1-76図は、我が国の労働生産性について国際比較したものである。日本の労働生産性については、OECD加盟国38か国中28位とOECD平均を下回り、首位のアイルランドの約4割弱程度の水準である。 また、我が国の中小企業は感染症による経済活動への影響や高齢化・人口減少などといった構造的な変化に直面する一方で、残業規制や同一労働同一賃金といった「働き方改革」を始め、最低賃金の継続的な引上げなどへの対応が必要となっている(第1-1-77図)。 また、第1-1-78図は企業規模別に見た労働分配率の推移であるが、大企業に比べて、中規模企業及び小規模企業では、労働分配率が長年にわたって高止まりしていることが分かる。 経済・社会環境の変化に対応しつつ、企業としての成長や事業の拡大を継続的に図っていくためには、収益拡大から賃金引上げへの好循環を継続させることが必要であり、起点となる企業が生み出す付加価値自体を増大させていくことが重要であると考えられる。 第7節 経営資源の有効活用 我が国の高齢化の進展に伴い、経営者の高齢化も進む中で中小企業の事業承継は社会的な課題として認識されている。我が国経済が持続的に成長するためには、中小企業がこれまで培ってきた価値ある経営資源を次世代に承継していくことが重要である。 本節では、休廃業・解散や経営者の高齢化の状況も踏まえつつ、事業承継やM&Aを通じた経営資源の有効活用について見ていく。 まず、休廃業・解散と経営者の高齢化の状況について確認する。 第1-1-79図は、休廃業・解散件数と我が国企業の経営者平均年齢の推移について見たものである。2021年の休廃業・解散件数は、4万4,377件であり、2020年、2018年に次ぐ、高水準である。また、経営者の平均年齢は上昇傾向にあり、休廃業・解散件数増加の背景には経営者の高齢化が一因にあると考えられ、引き続き、こうした状況への対応は喫緊の課題である。 第1-1-80図は、休廃業・解散企業の代表者年齢について見たものである。2021年は、70代の割合が最も高く、42.7%となっている。また、70代以上が全体に占める割合は年々高まっており、2021年は6割超となっている。 第1-1-81図は、休廃業・解散企業の損益別構成比について見たものである。これを見ると、2014年以降一貫して過半数の休廃業・解散企業が黒字であったことが分かる。一方で、2021年は黒字企業の割合が前年から低下し、6割未満となっている。 第1-1-82図は、感染症による影響が長引いた場合に廃業を検討する可能性について見たものである。これを見ると、9割以上の企業では廃業について検討する可能性はないとする一方、1割未満ではあるものの、廃業を検討する可能性がある企業が存在することが分かる。 第1-1-83図は、廃業検討状況別に、2022年1月の売上高の分布について見たものである。これを見ると、感染症の影響が長引いた場合に廃業を検討する可能性がある企業では、2019年同月比の売上高の減少幅が大きい企業の割合が相対的に高いことが分かる。 第1-1-84図は、感染症の影響が長引いた場合に廃業を検討する可能性のある企業の廃業を検討する時期について見たものである。これを見ると、3割程度の企業では1年以内に検討するとしていることが分かる。 第1-1-85図は、業種別に、廃業を検討する可能性のある企業の割合について見たものである。これを見ると、飲食店では4割程度と最も高く、続いて、宿泊業や織物・衣服・身の回り品小売業で廃業を検討する可能性がある企業の割合が高いことが分かる。 第1-1-86図は、年代別に中小企業の経営者年齢の分布について見たものである。これを見ると、2000年に経営者年齢のピーク(最も多い層)が「50歳〜54歳」であったのに対して、2015年には経営者年齢のピークは「65歳〜69歳」となっており、経営者年齢の高齢化が進んできたことが分かる。2020年を見ると、経営者年齢の多い層が「60歳〜64歳」、「65歳〜69歳」、「70歳〜74歳」に分散しており、これまでピークを形成していた団塊世代の経営者が事業承継や廃業などにより経営者を引退していることが示唆される。一方で、70歳以上の経営者の割合は2020年も高まっていることから、経営者年齢の上昇に伴い事業承継を実施した企業と実施していない企業に二極化している様子が見て取れる。 第1-1-87図は、後継者不在企業の割合(以下、「後継者不在率」という。)の推移について見たものである。後継者不在率は、2017年の66.5%をピークに近年は微減傾向にあり、2021年は前年比3.6ポイント減となる61.5%となっている。 第1-1-88図は、経営者年齢別に試行錯誤(トライアンドエラー)を許容する組織風土の有無を見たものである。これを見ると、経営者年齢が若い企業ほど、試行錯誤(トライアンドエラー)を許容する組織風土があるとする企業の割合が高い傾向にあることが分かる。また、第1-1-89図は、経営者年齢別に新事業分野進出の状況について見たものである。これを見ると、経営者年齢が若い企業では、積極的に新事業分野進出への取組を実施している様子が見て取れる。こうしたことから、経営者年齢が若い企業では新たな取組に果敢にチャレンジする企業が多いことが示唆される。また、過去の中小企業白書においても、経営者年齢が若い企業ほど、長期的な視野に立って経営を行って事業を拡大しようとする意向が強くなる可能性を指摘している。事業承継を適切に実施し、次世代の後継者に引き継ぐことで、中小企業の更なる成長が期待される。 ここからは、中小企業における事業承継の選択肢の一つとして、近年関心が高まっているM&Aの動向について確認する。 第1-1-90図は、M&A件数の推移について見たものである。(株)レコフデータの調べによると、M&A件数は近年増加傾向で推移しており、2021年は過去最多の4,280件となった。これはあくまでも公表されている件数であるが、M&Aについては未公表のものも一定数存在することを考慮すると、我が国におけるM&Aは更に活発化していることが推察される。 続いて、第1-1-91図は、中小企業におけるM&Aの実施状況について見たものである。中小企業のM&Aの実施状況は、公表されていないことも多く、データの制約も大きい。そこで、中小企業のM&A仲介を手掛ける東証一部上場の3社((株)日本M&Aセンター、(株)ストライク、M&Aキャピタルパートナーズ(株))の成約件数及び、全国に設置されている事業承継・引継ぎ支援センターの成約件数について確認する。これを見ると、中小企業M&A仲介上場3社、事業承継・引継ぎ支援センターのいずれも成約件数が増加傾向にあることが分かる。 ここからは、買い手としてのM&A実施の状況について確認する。 第1-1-92図は、買い手としてのM&A実施意向のある企業の相手先企業の探し方について見たものである。金融機関に探索を依頼する企業が7割超と最も高く、続いて専門仲介機関に探索を依頼する企業が4割超となっている。なお、M&A件数の増加に伴い、M&A支援機関の数も増加する中、十分な知見・ノウハウなどを有しないM&A支援機関の参入も懸念されつつあることから、中小企業庁では、2021年8月に「M&A支援機関登録制度」を創設し、中小企業が安心してM&Aに取り組める基盤の構築に取り組んでいる。 第1-1-93図は、買い手としてのM&Aを実施する際の障壁について見たものである。「期待する効果が得られるかよく分からない」、「判断材料としての情報が不足している」、「相手先従業員等の理解が得られるか不安がある」が上位となっている。このような障壁を解決するためには、まず、M&AプロセスにおいてM&A支援機関による調査などを有効活用し、情報収集や判断の助言などのサポートを受けることが重要となる。他方で、M&Aプロセスだけで全てを解決することはできないため、M&A後の円滑な統合作業(PMI)が必要となる。また、売り手においても、従業員や取引先との信頼関係の構築を重視する声が多く、これらについてもM&A実施後の統合作業(PMI)において意識的に取り組むことが重要である。 第1-1-94図は、M&A実施後の満足度別に、M&A実施の具体的効果について見たものである。これを見ると、「期待どおり、期待以上の満足度」の企業では、「商圏の拡大による売上・利益の増加」や「商品・サービスの拡充による売上・利益の増加」といった売上・利益面の向上を通じ、付加価値向上を実感している割合が「期待を下回る満足度」の企業よりも高いことが分かる。 続いて、売り手としてのM&Aについて確認する。 第1-1-95図は、買い手企業に、M&Aの相手先企業の経営者年齢について確認したものである。これを見ると、60歳代が約5割、70歳以上が約2割と、60歳代以上の構成比が7割程度と高いことが分かる。 第1-1-96図は、買い手企業に対し、相手先企業の経営者年齢別にM&Aの相手先企業のM&Aの目的について確認したものである。これを見ると、相手先経営者の年齢が「60歳代」や「70歳以上」の場合、「事業の承継」を目的とする割合が最も高いことが分かる。一方で、経営者年齢が「40歳代以下」の場合は、「事業の成長・発展」を目的としてM&Aを行う割合が他の年代よりも高くなっており、企業の成長戦略としてM&Aが活用されていることがうかがえる。 第1-1-97図は、売り手としてのM&A実施意向のある企業の相手先企業の探し方について見たものである。これを見ると、金融機関や専門仲介機関に依頼する企業の割合が相対的に高いことが分かる。また、第1-1-92図で見た買い手としての意向がある企業と比較すると、「事業引継ぎ支援センター」や「商工会議所・商工会」に紹介を依頼する割合が相対的に高く、身近な公的機関に相談するケースも多い様子が見て取れる。 第1-1-98図は、売り手としてのM&Aを実施する際の障壁について見たものである。「経営者としての責任感や後ろめたさ」が最も高く、M&Aの意志決定の際にこうした心理的側面が影響していることが分かる。また、「相手先(買い手)が見付からない」や「仲介等の手数料が高い」といった実務的な障壁の割合も高く、売り手としてのM&Aを支援する仕組みの更なる充実が期待される。 事例1-1-1は、感染症の影響により閉店を決断した豆腐店を第三者承継し、事業多角化にチャレンジする中小企業の事例である。また、事例1-1-2は、既存の経営資源をいかして、後継者が積極的に新たな取組に挑戦する中小企業の事例である。 後継者不在の中小企業は、M&Aによって廃業等を回避できる可能性もある一方で、買い手企業が見つからないなどM&Aを実施できない場合には廃業等に移行せざるを得ないが、こうした場合でも経営資源の一部を引き継いでいくことが重要である。こうした経営資源を創業希望者が引き継ぐことは、創業希望者にとっても創業時におけるリスクやコストを抑える上で有用なケースも少なくないと考えられる。 第1-1-99図は、起業後の成長意向別に起業準備者が引き継ぎたい経営資源について見たものである。これを見ると、起業後の成長意向が強いほど、経営資源の引継ぎを希望する割合が高いことが分かる。経営資源の引継ぎを支援することは、成長意向の強い起業家の支援につながる可能性が高いと考えられる。 第1-1-100図は、起業準備者が経営資源を引き継ぎたい理由について見たものである。他者から引継ぎを依頼されていなくても、経営資源を引き継ぎたいと考える起業準備者が多いことが分かる。また、「設備(居抜きを含む)」、「不動産」では「金銭的コストを抑えられるから」と回答した者の割合が最も高い一方で、「顧客・販売先」、「事業のノウハウ」、「役員・従業員」、「ブランド(店名・商品名等)」では「一から作り上げるのが困難だから」と回答した者の割合の方が高いことが分かる。 第1-1-101図は、経営資源の引継ぎの相談相手について見たものである。これを見ると、全ての経営資源について、「相談しない(自分で解決する)」の割合が最も高く、また「その他」の割合も高いことが分かる。有形資産では、「相談しない」以外では「不動産・人材などの仲介業者(ウェブ除く)」が多い一方、無形資産では、「不動産・人材などの仲介業者(ウェブ除く)」が非常に低いこと、「商工会議所・商工会」、「士業(公認会計士・税理士・弁護士・中小企業診断士等)」が相対的に高いことが分かる。各支援機関が、経営資源の引継ぎへの支援に関する情報を発信していくことも、経営資源の引継ぎの促進につながるものと考えられる。 事例1-1-3は、感染症の影響を受けながらも、事業承継を実施した事例である。 第8節 まとめ 中小企業・小規模事業者を取り巻く経営環境は、2年に及ぶ感染症の流行や原油・原材料価格の高騰、部材調達難、人材不足といった供給面の制約もある中で、引き続き厳しい状況にある。 こうした中、中小企業・小規模事業者の業況や業績は、感染症の流行直後において多くの業種で急激に悪化した状態から、緩やかな回復傾向にあるものの、依然として感染症流行前の水準まで回復していない業種も多い。一方で、感染症の流行により影響を受けている中小企業・小規模事業者に対して行われた資金繰り支援策の効果などにより倒産は低水準にとどまっている。 ただし、資金繰りの状況は回復のテンポが弱まっており、特に小規模事業者においては感染症の影響を受ける前の水準に戻っていない状況にある。 雇用環境については、依然として人手不足の状況が続いていることや、特に感染症の影響を受けた「宿泊業、飲食サービス業」、「生活関連サービス業、娯楽業」においては、いまだ雇用者数が戻っていない様子が明らかとなった。 今後は感染症だけでなく多様なリスクがもたらす影響により、厳しい経営環境が続く可能性もある中、中小企業・小規模事業者においては様々な経営課題に対応することが求められている。 第2部 新たな時代へ向けた自己変革力 第1章 中小企業における足下の感染症への対応 本章では、新型コロナウイルス感染症(以下、「感染症」という。)がもたらした人々の生活や企業業績への影響について、各種データを用いて確認していく。また、感染症下における事業再構築の実施状況についても確認していく。 第1節 オルタナティブデータから見る感染症の影響 感染症という未曽有の事態は、これまで企業や個人の生活に大きな支障をもたらしてきた。感染症の流行に伴い、足元における経済動向を把握する重要性が高まったが、公的統計をはじめとする伝統的な経済情報は速報性や網羅性といった課題を有することも同時に顕在化したとされる1。こうした中、国内外の政府・中央銀行や国際機関において、政策判断や公的統計の補完に活用する観点から「オルタナティブデータ」2を活用する動きが広がっている。本節でも既存の公的統計も活用しつつ、こうしたオルタナティブデータを用いて、感染症がもたらした影響について概観、分析していく。 1.感染症がもたらした人流の変化 第2-1-1図は、厚生労働省の「新規陽性者の推移(日別)」を用いて、2020年1月から2021年12月までの感染症の新規陽性者数の推移を地域ごとに示したものである。これを見ると、これまで発生した第1波から第5波の動きが顕著に表れていることが読み取れる。2021年8月中旬から9月初頭にかけて、1日に2万人を超える新規陽性者が確認されるなど第5波により感染が拡大したことが見て取れる。 「オミクロン株」が主流となった、2022年以降の感染者の推移は、第2-1-2図である。第2-1-1図で示した2021年12月までの状況と比較し、第6波として急激な感染拡大を引き起こしていることが読み取れる。 第2-1-3図は、内閣官房新型コロナウイルス感染症対策推進室の特設サイト上で公開されている「モバイル空間統計」を用いて、主要駅等周辺における、感染症流行前と比較した15時台の人口変動増減率の推移を示したものである。ここでは、全国の主要9地点を見ているが、これを見ると、札幌駅周辺や沖縄県庁前周辺では人流が感染症流行前よりも増加となっている日が多く観測され、それ以外の地点では人流が減少している日が多く観測されている。 2.感染症がもたらした企業業績への影響 陸運業、小売業、宿泊業、飲食サービス業、生活関連サービス業、娯楽業、医療福祉業の7業種は、〔1〕手元資産、〔2〕自己資本比率、〔3〕赤字転落の減収率の三つの財務指標から、感染症の影響を特に大きく受けた業種との指摘がある。第2-1-4図は、2019年同期比の営業利益を見たものであり、飲食サービス業、宿泊業、生活関連サービス業において、大半の時期で営業利益が大きく減少していることが分かる。 また、第2-1-5図は、業種別に2019年比の中小企業の借入金を見たものである。飲食サービス業、小売業、生活関連サービス業において、2019年と比べて借入金が増加しており、特に飲食サービス業においては、2021年第2四半期に、2019年から倍増している。足元においても、2021年第4四半期は多くの業種で借入金が増加している。感染症下における資金繰りを借入金で賄っていることが示唆される。 続いて、業種別の消費動向について、消費支出のデータを用いて確認する。第2-1-6図、第2-1-7図は、第1回の緊急事態宣言発令時に、特に感染症の影響を大きく受けた業種について、消費支出の推移を示したものである。第2-1-6図を見ると、緊急事態宣言・まん延防止等重点措置が発令されている期間に、外食、交通、娯楽、宿泊、旅行などの消費支出が感染症流行前の水準から大きく減少し、特に宿泊と旅行は減少幅が大きくなっていることが分かる。 また、より細かい業種で見たものが、第2-1-7図である。映画館のように足元で回復傾向がみられる業種がある一方、カラオケや居酒屋、航空旅客のように引き続き消費が感染症流行前の水準と比べて低水準で推移している業種があることが分かる。 次に、アンケート調査の結果から企業業績への影響を見ていく。第2-1-8図は、(株)東京商工リサーチが行った「第20回新型コロナウイルスに関するアンケート調査」を用いて、感染症による中小企業の企業活動への影響を確認したものである。これを見ると、約8割の中小企業がこれまでに感染症の影響を受けており、現在においても、7割以上の企業で影響が継続していることが分かる。 また、第2-1-9図は、(株)東京商工リサーチが行った「第5回過剰債務に関するアンケート調査」を用いて、感染症流行前後における中小企業の債務の過剰感について確認したものである。これを見ると、約2割の中小企業において債務の過剰感があると回答している。 続いて、中小企業の倒産の状況を見ていく。第2-1-10図、第2-1-11図は、(株)東京商工リサーチが調査を行った「『新型コロナウイルス』関連破たん状況」を示したものであり、2022年2月28日時点で、新型コロナウイルス関連の破たん(負債1,000万円以上)は累計2,827件(倒産2,696件、弁護士一任・準備中131件)となっている。破たん件数は、2021年2月以降、毎月100件を超える水準で推移し、12月に2020年2月以降最多の174件が判明した。業種別に見ると、飲食店が最多で480件、次いで建設業が302件となっている。 3.地域経済への影響 経済産業省では、各地の経済動向を把握するために、「地域経済産業の動向」として、地域ごとの生産や個人消費、設備投資等に関する経済指標を毎月取りまとめている。本項では、この「地域経済産業の動向」の指標の中から、「全国鉱工業生産指数」、「小売業販売額」、「自動車登録台数」、「延べ宿泊者数」を用いて、感染症が流行する以前の2019年同月比と比較した地域経済への影響について分析を行っている。 〔1〕全国鉱工業生産指数(IIP) 第2-1-12図は、経済産業省「鉱工業生産指数」を用いて、感染症下における全国の鉱工業の活動状況を見たものである。 第1波であった2020年5月においては、2019年同月比で大きく低下したが、その後の推移を見ると、第2波から第5波の影響は第1波より小さいことが分かる。また、地域別に見ると、東海地域においては第1波の時期に大きく低下したが、東北地域では2021年以降は2019年同月比で上昇した月が多く、やや持ち直しの傾向が見て取れる。 〔2〕小売業販売額 第2-1-13図は、経済産業省「商業動態統計調査」に基づき、小売業6業態12における全国の状況を示したものである。いずれの地域においても第1波、第2波、第5波の時期に大きな落ち込みが見て取れるものの、一方で第4波が観測された時期については、全国的に落ち込みは弱くなっていることが見て取れる。東日本地域では関東や東北において、2019年同月比を上回る月も確認できるが、西日本地域に限定して見ると、近畿は他の地域と比べて、各月における2019年同月比の変化率が最も大きく、2019年同月比の水準を上回る月がほとんど確認できない。 〔3〕自動車新規登録台数 第2-1-14図は、(一社)日本自動車販売協会連合会、(一社)全国軽自動車協会連合会が公表する、乗用車の新車登録台数と軽自動車の新車販売台数を用いて示したものである。これを見ると、2020年10月から12月頃にかけて2019年同月比でプラスとなっており、これは観光庁の「Go To トラベル事業」の時期に合致するほか、自宅から1〜2時間圏内の観光を指す「マイクロツーリズム」の増加により、自家用車を新しく購入する需要が増加していた可能性も考えられる。 〔4〕延べ宿泊者数 第2-1-15図は、観光庁「宿泊旅行統計調査」を用いて示したものである。これを見ると、2020年1月を最後に、その後は2019年同月比で、マイナスで推移している。また、観光庁「Go To トラベル事業」の時期に回復の傾向が見られるが、感染症流行前の水準を上回るまでには至っていないことが分かる。 4.キャッシュレスが生み出した付加価値の例 経済産業省では、2019年10月1日の消費税増税による景気の落ち込みを緩和するため、2020年6月30日まで「キャッシュレス・ポイント還元事業」を実施した。この事業から得られた結果については、2021年3月に「キャッシュレス加盟店数(ポイント還元事業)」、2021年7月に「キャッシュレス決済データ(ポイント還元事業)」として、地域経済分析システム(RESAS)に掲載している。 本項においては、消費税増税に加え、非接触で現金等の受け渡しを行う手段として衛生面から注目されているキャッシュレス決済の実態について、地域経済分析システム(RESAS)の公開データに基づき、地域別に把握していく。 〔1〕決済回数の地域別割合 第2-1-16図は、地域別に見た決済回数の割合を各月末日時点で示したものである。これを見ると、関東地域で約5割を占めていることが見て取れる一方、第2-1-17図のように、人口1万人当たりの決済回数で見ると、中国地域での決済回数が多いことが分かる 〔2〕決済金額の割合 第2-1-18図は、地域別に見た決済金額の割合を示したものである。関東地域では、第2-1-16図で示した決済回数の比率に比べ、決済金額の占める割合が5%程度低下しており、このことは、関東地域では他地域と比べて少額決済においてキャッシュレス決済が使われている場合が多い可能性が示唆される。また、人口1万人当たりの決済金額を示したものが第2-1-19図であり、これを見ると、中国地域と中部地域で、他地域と比べて決済金額がやや大きくなっていることが分かる。 〔3〕決済手段の比較 ここでは、決済手段別に見た、決済回数と決済金額について比較を行う。第2-1-20図は、決済手段別に見た決済回数である。これを見ると、どの地域においても、その他電子マネー等(以下、「電子マネー」という。)が多数を占め、次に、クレジットカード、QRコードと続いている。この背景には、公共交通機関を用いた通勤や通学等の移動において交通系ICカードが普及していることや、利用に当たって事前審査の手続がない15ことなどが背景として考えられる。 次に第2-1-21図は、決済手段別に見た決済金額である。これを見ると、クレジットカードの比率が5割を超える地域が半数を占めていることが確認できる。また、第2-1-20図の決済回数を踏まえると、クレジットカードは高額決済に、電子マネーは少額決済に用いられている場合が多いことが示唆される。 〔4〕キャッシュレスの利用シーン別の決済回数、決済金額 ここでは、期間中にどの用途16で決済が行われたか、キャッシュレスの利用シーン別に決済回数や決済金額について見ていく。第2-1-22図は、利用シーン別に見た決済回数を示している。いずれの地域においても、コンビニエンスストアや、食料品において決済回数が多いことが見て取れる。 次に第2-1-23図で、利用シーン別に見た決済金額を示してみた。これを見ると、決済回数と比較して、コンビニエンスストアにおける決済金額の割合が小さい一方、飲食業やドラッグストア等を含む「その他小売」、タクシーやクリーニング店といった「その他サービス」において、決済金額の割合が高いことが見て取れる。 〔5〕キャッシュレスの決済単価 ここでは、キャッシュレスの決済単価について見ていく。第2-1-24図は、平日または休日の一日当たりの平均決済金額を一日当たりの平均決済回数で除して算出したものである。これを見ると、いずれの地域においても、平日よりも休日の方が、決済単価が高いことが分かる。また、平日における決済単価を地域別に見ると、四国地域が最も高く、休日においては中部地域が最も高いことが見て取れる。 これまでの分析結果から、本事業の期間中において、電子マネーは比較的単価が安い場面で、クレジットカードは比較的単価が高い場面で使用される機会が多いことや、平日よりも休日の方がキャッシュレス決済による支払単価が多いこと、利用シーン別ではコンビニエンスストアやガソリンスタンド、食料品を扱う店舗において、キャッシュレス決済が行われる傾向にあったことなどが分かった。 第2節 感染症下の中小企業政策 売上高の減少により、利益水準の低下や、運転資金の確保、将来の不確実性に備えた資金繰りの確保等のために、資金調達が必要となる企業が増加した。このような状況下で、政府や金融機関による大規模な資金繰り支援が実施・継続された。本節では、感染症流行後に実施された代表的な各種資金繰り支援策の実績について確認していく。 1.給付金・助成金 感染症の影響を受ける事業者の事業継続を下支えするため、持続化給付金や家賃支援給付金などによる支援が実施された。第2-1-25図は、持続化給付金の申請件数の推移を、第2-1-26図は給付件数の推移を見たものである。持続化給付金は、2020年5月1日に申請受付を開始し、事業終了の2021年3月末時点で全体の申請件数は約441万件、給付件数は約424万件、給付総額は約5.5兆円となった。 第2-1-27図は、持続化給付金の都道府県別給付実績(比率)と業種別給付実績(比率)を見たものである。都道府県別給付実績(比率)は、東京都が17.2%、大阪府が8.6%、神奈川県が6.5%と、全国に占める給付比率が高い結果となった。また、業種別給付実績(比率)は、建設業が19.3%、卸売業、小売業が12.7%、宿泊業、飲食サービス業が12.6%と、全業種に占める割合が高い結果となった。 第2-1-28図は、持続化給付金において、売上減少対象月の割合を見たものである。売上げの減少対象月は2020年4月が37%と最も高く、次いで同5月の22%、同3月の10%となっている。 第2-1-29図は、持続化給付金の給付対象企業において、資本金別の売上減少率を見たものである。資本金が250万円以下の企業を売上減少率が小さい順に並べ変えて分布を見た場合、75%の位置にある企業の売上減少率は約9割を占める。持続化給付金は、単月で50%以上の売上減少が支給基準の一つとなっているが、基準を大きく超えて売上げが減少した企業が多いことが分かる。 第2-1-30図は、家賃支援給付金の申請件数の推移を、第2-1-31図は給付件数の推移を見たものである。家賃支援給付金は、事業終了の2021年3月末時点で全体の給付件数は約104万件、給付総額は約9,000億円となった。 第2-1-32図は、家賃支援給付金の都道府県別給付実績(比率)と業種別給付実績(比率)を見たものである。都道府県別給付実績(比率)は、東京都が24.9%、大阪府が11.4%、神奈川県が7.2%と、全国に占める給付比率が高い結果となった。また、家賃支援給付金の業種別給付実績(比率)は、宿泊業、飲食サービス業が26.8%、卸売業、小売業が13.9%、建設業が9.9%と、全業種に占める割合が高い結果となった。 第2-1-33図は、家賃支援給付金において、売上減少対象月の割合を見たものである。売上減少対象月は2020年5月が57%と最も高く、次いで同6月の14%、同7月の10%となっている。 第2-1-34図は、雇用調整助成金(新型コロナウイルス感染症の影響に伴う特例)の支給実績について見たものである。雇用調整助成金は、2020年1月24日以降の期間、感染症の影響を受けて事業が縮小した事業者に対して累次の特例措置を講じ、2022年3月4日までに約592万件、約5.4兆円の支給を行った。 最後に、給付金の効果について検証した学術研究を紹介する。川口康平氏、児玉直美氏、熊埜御堂央氏、田中万理氏は、2020年5月、7月、11月、2021年2月に、経営者、自営業者、自由業者本人含む従業員20人以下の小規模事業者に「新型コロナ下の小規模企業経営者調査(マクロミル主体のモニターに対するアンケート調査)」を実施し、持続化給付金の受給が事業の継続に与える影響を分析した。2020年7月、11月の調査に係る分析の結果、100万円の持続化給付金を受給する場合、2020年末までの事業継続見込みが、7月調査時点で10.5ポイント、11月調査時点で18.1ポイント改善することが示された(第2-1-35図)。また、100万円の持続化給付金を受給した場合、実際の2020年末までの事業継続率が4-5ポイント改善するという結果も得られている(第2-1-36図)。 2.融資・保証・条件変更 感染症の影響を受ける事業者の資金繰りを下支えするため、政府系金融機関や保証協会制度を利用した民間金融機関による融資が実施された。第2-1-37図は、政府系金融機関である(株)日本政策金融公庫及び(株)商工組合中央金庫における融資承諾件数の推移について見たものである。(株)日本政策金融公庫は、外的要因により一時的に業況が悪化している企業への貸付制度「セーフティネット貸付」に加えて、2020年3月17日に「新型コロナウイルス特別貸付」の取扱いを開始し、申込みが急増した。また、(株)商工組合中央金庫でも危機対応業務の一つとして「新型コロナウイルス感染症特別貸付」を立ち上げ、申込みが急増した。2021年においては、融資承諾件数が再び急増することはなく、足元でおおむね横ばいとなっている。 第2-1-38図は、政府系金融機関である(株)日本政策金融公庫及び(株)商工組合中央金庫における新型コロナ対策資本性劣後ローンの承諾件数の推移について見たものである。資本性劣後ローンは、借入金でありながら、民間金融機関等の債務者の評価において、「自己資本」と見なして取り扱うことが可能であり、借り手の企業にとっては、債務超過の解消等で財務の安全性が高まったという評価を得ることで、民間金融機関から追加融資を受けやすくなる効果が期待できるものである。令和2年度第2次補正予算で措置され、2020年8月から取扱いを開始。2022年2月末時点で、約6,100件、約8,700億円の融資を承諾している。 第2-1-39図は、信用保証協会への信用保証の承諾件数の推移について見たものである。2020年3月までにセーフティネット保証4号、同5号、危機関連保証の認定制度が立ち上がり、5月1日から民間金融機関における実質無利子・無担保融資制度が立ち上がると、これに伴う信用保証の申込件数が急増した。この民間金融機関における実質無利子・無担保融資制度の申込みは2021年3月末をもって終了した。 その後、2021年4月より、金融機関による中小企業に対する継続的な伴走支援や経営行動計画書の作成等を条件に、信用保証料の事業者負担を大幅に引き下げる「伴走支援型特別保証制度」が設けられた。週次の承諾件数にはばらつきがあるものの、承諾件数は2021年末にかけて増加した(第2-1-40図)。 金融機関による資金繰り支援には、新規融資の実行のほか、既往債務の条件変更がある。第2-1-41図は、民間金融機関における貸付条件の変更の申込み・実行件数の推移について見たものである。2020年3月以降の銀行における貸付条件変更の申込みは4月にピークを迎え、その後減少傾向にあったが、2021年3月に再び増加。その後減少傾向となるも毎月相応の申込みが続いているところ、実行率は99%となっている。 既存の借入金の返済猶予に関する相談については、金融機関のほか、中小企業再生支援協議会にも窓口が設置された。第2-1-42図は、2020年4月以降の中小企業再生支援協議会における一次相談対応件数の推移について見たものである。2020年4月1日に「新型コロナウイルス感染症特例リスケジュール実施要領」が制定されると、中小企業再生支援協議会に対する支援の相談が増加した。2021年は相談件数が減少したが、足元は再び増加傾向にあり、一定水準を保って推移している。 第2-1-43図は、中小企業向け貸出残高の推移について、中小企業向けに貸出しを行う金融機関の業態別に見たものである。減少傾向にあった政府系金融機関の貸出残高が2020年に入り大幅に増加していることが分かる。また、リーマン・ショックの起きた2008年以降は、国内銀行・信託では貸出残高が減少傾向にあったが、感染症下では大幅に増加している。民間金融機関においても、実質無利子・無担保融資制度を活用しながら、積極的な融資姿勢を示したことが推察される。 第3節 感染症下の事業再構築 感染症下において、中小企業を取り巻く事業環境は大きく変化した。中小企業は事業環境の変化に応じ、自社が競争優位に立てる事業領域へ進出することが必要であり18、事業再構築は、足元の事業継続だけでなく、事業の成長にも寄与する点でも重要である。そこで本節では、(株)東京商工リサーチが「令和3年度中小企業実態調査委託費(中小企業の経営戦略及びデジタル化の動向に関する調査研究)」において実施した、中小企業・小規模事業者を対象としたアンケート「中小企業の経営理念・経営戦略に関するアンケート」を用いて、中小企業における事業再構築20の実施状況及びその効果について確認する。 1.事業再構築の実施状況 第2-1-44図は、感染症下における事業再構築の実施状況を確認したものである21。これを見ると、「既に行っている」と回答した企業の割合は12.7%、「1年以内に行う予定」と回答した企業の割合は9.8%であり、事業再構築を実施済み又は実施予定の企業は合わせて22.5%となっている。 続いて、第2-1-45図は、事業再構築の実施状況を従業員規模別に示したものである。これを見ると、101人以上の従業員規模の企業において、既に事業再構築を行っている企業の割合が高くなっているものの、全体として従業員規模別で実施状況に大きな差はないことが分かる。また、第2-1-46図は、事業再構築の実施状況を業種別に示したものである。これを見ると、宿泊業・飲食サービス業において特に事業再構築を行っている割合が高くなっており、実施予定の企業を含めると、小売業や生活関連サービス業・娯楽業の割合が高くなっていることが分かる。これらの業種は感染症流行の影響をより受けた業種でもあり、売上減少が続く中で事業再構築を実施している様子がうかがえる。 第2-1-47図は、事業再構築の実施状況別に、2019年から2020年にかけての売上高の変化を示したものである。「行う予定はない」と回答した企業と比較して、「既に行っている」、「1年以内に行う予定」と回答した企業の方が、売上高の減少率が高い傾向にあることが分かる。先ほどの第2-1-46図において業種別で確認したように、特に感染症の影響が大きかった企業において事業再構築を実施・検討している様子がうかがえる。 続いて、第2-1-48図は、事業再構築の実施状況を経営戦略の見直し頻度別に示したものである。これを見ると、経営戦略の見直しを行っている企業の方が「既に行っている」、「1年以内に行う予定」と回答した企業の割合が高くなっていることが分かる。定期的に経営戦略の見直しを行うことで、事業再構築の必要性や機会に気付き、事業再構築に取り組むに至っている様子がうかがえる。 次に、実際に行われた又は行われる予定の事業再構築はどういったものであるのかを確認する(第2-1-49図)。これを見ると、「既存の市場・販路×新規の製品・商品・サービス」の回答割合が最も高くなっていることが分かる。 第2-1-50図は、事業再構築の開始時期を示したものである。これを見ると、感染症の影響があった最初の年である2020年12月以前に開始した企業が61.7%となっている一方で、感染症の影響が長引く中で、2021年に入ってから事業再構築に着手する企業も一定数存在していることが分かる。 続いて、第2-1-51図は、事業再構築の事業規模を示したものである。これを見ると、現在の企業全体の売上高に対して20%未満と回答した企業の割合が7割を超えていることが分かる。ここでの事業再構築は、主力の事業を入れ替えるような大がかりなものというよりは、新たな柱の一つとなる事業の構築を目指す規模のものが多い様子がうかがえる。 2.事業再構築の効果 ここでは事業再構築を実施することによる効果について確認していく。 第2-1-52図は、事業再構築による売上面での効果を確認したものである。「効果が出る見込みは薄い」及び「既に撤退している」と回答した企業を除いた割合は96.0%となっており、事業再構築の実施は売上面で一定の効果が期待できることが分かる。また、事業再構築の開始時期別に見ると、2021年1月以降に事業再構築を開始した企業の方が、「既に効果が出始めている」と回答した企業の割合が低くなっていることが分かる(第2-1-53図)。売上面での効果が出るには一定程度の期間を要することから、早めに取組を開始することが重要といえよう。 最後に、事業再構築を実施したことによる売上面以外の効果を確認する。第2-1-54図を見ると、「既存事業とのシナジー効果」の回答割合が38.5%と最も高くなっていることが分かる。事業再構築を実施することで、実施した事業以外への波及効果も期待できるといえよう ここまで見てきたように、感染症の影響により、事業再構築を実施している企業及び実施を予定している企業は2割程度となっている。一方、実際に事業再構築を実施している企業は、売上面での効果だけでなく、「既存事業とのシナジー効果」や「従業員の意欲・能力向上」といった売上面以外での効果を感じていることが確認できた。 事例2-1-1や事例2-1-2では、感染症の影響で主力事業が落ち込んだ中で、新たに事業の柱となるような事業を育てられるよう、事業再構築に取り組んでいる企業を紹介している。また、こうした事業再構築は行っていないとした企業の中でも、感染症下において、既存の市場、既存商品・既存のサービスの下で、情報発信の強化や商品・サービスの向上を図る取組を行う事業者も存在する。事業環境の変化の激しい時代においては、自社が構築している競争優位を常に保つことができるとは限らないため、現在の事業について常に見直しを検討し、必要に応じて事業再構築を実施していくことが重要といえるのではないだろうか。 第4節 まとめ 本章では、感染症がもたらした人々の生活や企業業績への影響について、各種データを用いて確認するとともに、感染症下における事業再構築の実施状況について分析した。 第1節では、既存の統計に加えオルタナティブデータを用いて、感染症がもたらした人々の行動、企業業績、地域経済への影響について概観した。緊急事態宣言やまん延防止措置が発令された時期には、全国の主要地点の多くで人口変動率が2019年同月比で減少していたことを確認した。同時期には特に外食、宿泊などの消費支出が大きく減少している。また、多くの中小企業が感染症により企業活動に影響を受け、企業利益が減少したことも確認した。地域経済においては、感染症の拡大に伴って生産・設備投資の停滞が見られたが、足元で持ち直しの傾向を確認した。加えて、キャッシュレス化の進展など、人々の行動様式への影響も確認した。 第2節では、感染症下で実施された中小企業政策の実績について概観した。最初に感染症が流行した時期に講じられた資金繰り支援策について、感染症による影響の収束と共に終了した支援策がある一方、感染症の再流行と共に再び利用が増加する支援策もあることを確認した。また、売上高の減少や利益水準の低下への対応に限らず、将来の不確実性に備え、多くの中小企業が資金調達を実施していることを確認した。 第3節では、感染症下での事業再構築の実施状況について分析した。事業再構築を実施した企業の大半が売上面での効果が既にある又は見込まれるとしており、売上面以外でも、既存事業とのシナジー効果などを感じている企業も存在していることを確認し、事業環境が大きく変化する中で、事業再構築の実施を検討することの重要性について、事例を交えて示した。 第2章 企業の成長を促す経営力と組織 第1章では、感染症下の厳しい環境において、中小企業が足元の事業継続とその後の成長につなげていく方法の一つとして、事業再構築が重要であることを確認した。第2章では、「アフターコロナ」を見据えて、中長期で成長を目指す中小企業が自らの潜在的な成長可能性を引き出す上で重要な取組について考察する。 1990年代以降の日本経済の現状として、潜在成長率は米国などの先進国と比べても低水準で推移し、国際競争力も継続的に低下するなどの状況が続いている。現在は国際的に活躍している国内の大企業もその黎明期には中小企業として、技術やビジネスモデルのイノベーションを創出し、日本経済を牽引していた。地域の生活・コミュニティを支えるといった役割など多様な役割を担う中小企業の存在を踏まえれば、必ずしも全ての中小企業に高い成長性を求めることはできないものの、中小企業が有する経営判断のスピードやニッチな市場への参入といった特性から、より多くの中小企業に事業規模を拡大し、成長を目指してもらうことが日本経済にとって重要であり、こうした企業の成長を政策的に支援していくことも求められる。 中小企業が付加価値を向上しながら成長するための方法としては、労働力の確保や有形資産投資の増加なども考えられるが、ブランドや人材の質といった「無形資産」への投資も付加価値向上を促す方法とされる。 特に無形資産投資は、4S(Scalability, Sunk, Spillover, Synergy)と称した、イノベーションをよりもたらすとされる経済的特性から近年注目を集めている。また、過去のOECD報告書でも無形資産投資の増加が有形資産投資と比べて生産性をより向上させるといった分析が示されているように、無形資産投資が成長に与える可能性が指摘されていることも踏まえ、第1節以降ではブランドの構築・維持や人的資本への投資などについて取り上げ、その重要性を確認する(第2-2-1図)。 第1節 ブランドの構築・維持に向けた取組 本節では、(株)東京商工リサーチが実施した「中小企業の経営理念・経営戦略に関するアンケート」の調査結果を基に、中小企業におけるブランドの構築に向けた取組の実施状況及びその内容や効果を確認する。また、デザインを企業価値向上のための重要な経営資源として活用する経営であるデザイン経営について、取組状況や効果などについて確認していく。 1.ブランドの構築・維持のための取組 ここではブランドの定義を「顧客に認識される、企業や商品・サービスなどのイメージの総体」5とし、自社のブランドの構築・維持のための取組状況について確認していく。 第2-2-2図は、ブランドの構築・維持のための取組について実施有無を示したものである。これを見ると、取組を実施している企業は3分の1程度となっている。 さらに、取引先属性別に示したものが第2-2-3図である。これを見ると、消費者向け(BtoC)の販売が多い企業の方がブランドの構築・維持のための取組を実施している割合が高い一方で、事業者向け(BtoB)の販売が多い企業においても、取組を実施している企業が一定数存在することが分かる。 続いて、第2-2-4図はブランドの構築・維持のための取組の実施有無別に、売上総利益率の水準を比較したものである。これを見ると、取組を行っている企業の方が、取組を行っていない企業と比較して売上総利益率の水準がやや高いことが分かる。また、第2-2-5図はブランドの構築・維持のための取組の有無別に取引価格への寄与を見たものである。これを見ると、取組を行っている企業の方が、取組を行っていない企業と比較して、ブランドが取引価格の維持・引上げに寄与している企業の割合が高くなっていることが分かる。売上総利益率を引き上げる要因としては、コストの削減などもあるため、今回の調査からは一概にはいえないものの、ブランドの構築・維持に取り組むことにより、差別化が図られ、取引価格の維持・引上げが可能となり、売上総利益率の向上など企業業績へのプラスの影響が生まれている可能性が考えられる。 第2-2-6図は、ブランドの構築・維持のための取組内容を示したものである7。これを見ると、「顧客や社会へのブランドメッセージの発信」の回答割合が最も高く、次いで「自社ブランドの立ち位置の把握」、「ブランドコンセプトの明確化」の回答割合が高くなっていることが分かる。次に、ブランドの取引価格への寄与状況別に見たものが第2-2-7図である。これを見ると、取引価格に寄与していると回答した企業において、「顧客や社会へのブランドメッセージの発信」などのブランドの構築・維持に係る取組の回答割合が高いことが分かる。また、取引価格に「大いに寄与している」企業と「ほとんど寄与していない」企業を比較すると、「自社ブランドの立ち位置の把握」や「ブランドコンセプトの明確化」において、回答割合に大きな違いがあることから、こうした取組の重要性がうかがえる。 続いて、第2-2-8図はブランドの構築・維持に取り組む企業が活用しているブランドの要素を示したものである。これを見ると、「企業のロゴ、マーク」、「商品・サービスの固有名称」と回答した企業の割合が高くなっていることが分かる。また、ブランドの取引価格への寄与状況別に見たものが、第2-2-9図である。取引価格に「大いに寄与している」企業と「ほとんど寄与していない」企業を比較すると、「企業、商品・サービスなどのブランドカラー」や「キャッチフレーズ、スローガン」において、回答割合に違いがあることが分かる。 新たな商品やサービスを開発する際には、顧客の声に耳を傾けることが重要である8。第2-2-10図は、顧客志向の商品・サービス・事業開発の実践状況別に、ブランドの取引価格への寄与を示したものである。これを見ると、顧客志向の商品・サービス・事業開発を実践できている企業において、ブランドの取引価格への寄与が高い傾向にあることが分かる。顧客のニーズにあった商品・サービス・事業を開発することで、顧客からのブランドの評価が高くなり、取引価格の維持・引上げにつながっている可能性が考えられる。 ここまで見てきたように、ブランドの構築・維持に取り組んでいる企業では、自社のブランドが取引価格の維持・引上げにつながっていることを確認した。また、取引価格の維持・引上げに寄与していると回答した企業においては、対外的なブランドの発信に加え、自社のブランドの立ち位置の把握やブランドコンセプトの明確化を実施している割合が高く、こうした取組が重要であることが示唆される。 事例2-2-1は、海外展開を実施するも伸び悩んでいた自社ブランドについて、ブランディングデザイナーの支援などを受けて、時代にあったブランドへの見直しを実施し、ブランド力の向上につながった事例である。自社のブランド力を高めるには、自社のブランドコンセプトの明確化に取り組み、社内外に対してブランドを浸透・発信し企業文化の醸成を行うことが有効といえるのではないだろうか。 コラム2-2-1では、標準化について紹介している。自社の持つ技術の優位性を対外的にアピールしていく際に、JISなどによる標準化を行うことで客観的な数字によりその優位性を示すことができれば顧客に訴求しやすくなる。またコラム2-2-2ではブランド戦略を検討する際に重要となる、商標権について紹介している。商標権は、自社の模倣品対策の観点でも重要であると同時に、自社が新たに商品開発を行う上では他社の商標を侵害していないかという観点でも注意を払う必要がある。 2.デザイン経営 デザイン経営とは、デザインを企業価値向上のための重要な経営資源として活用する経営である。ここでいうデザインには、ブランド構築に資するデザインとイノベーションに資するデザインの二つがあり、前者は企業が大切にしている価値や意志を表現する営み、後者は顧客の潜在ニーズを基に事業を構想する営みとして捉えられている。デザイン経営のための具体的な取組としては、経営者や経営層がデザイン責任者となり、商品・サービス・事業開発の上流工程や、経営戦略の策定段階からデザインの専門人材を活用することなどが挙げられる。 大手企業においては、BtoC企業のみならず、BtoB企業においても、デザインを企業の経営戦略の中心に据えている例も見られ、欧米ではデザインへの投資を行う企業が高いパフォーマンスを上げているとの調査結果も示されている。 〔1〕デザイン経営の認知状況及び取組状況 第2-2-11図は、デザイン経営の認知状況及びデザイン経営の取組状況を示したものである。これを見ると、認知状況によらず、既に取り組んでいる企業の割合は12.2%にとどまっていることが分かる。また、デザイン経営について「元々知っている」と回答した企業の割合も13.7%となっており、デザイン経営の認知度は一部にとどまっている様子がうかがえる。 続いて、第2-2-12図はデザイン経営の取組状況を、従業員規模別に示したものである。これを見ると、デザイン経営に既に取り組んでいる企業や、今後取り組むことを検討している企業の割合は、従業員規模によって大きな差はないことが分かる。 続いて、第2-2-13図はデザイン経営に「既に取り組み、定着している」企業における、デザイン経営の体制を確認したものである。これを見ると、「経営者がデザイン責任者」と回答している企業の割合が最も高くなっており、デザイン経営の取組においては、経営者による関与が重要といえよう。 〔2〕デザイン経営の効果 第2-2-14図は、デザイン経営に取り組むことよる効果を示したものである。これを見ると、「企業のブランド構築やブランド力向上」、「魅力ある商品・サービス・事業の創出」、「従業員の意欲や自社への愛着心の向上」と回答した企業の割合が高くなっていることが分かる。デザイン経営に取り組むことにより、ブランド力の向上が図られるだけでなく、新たな商品などの創出によるイノベーションや従業員の意欲向上といったインターナル・ブランディングにもつながっている様子がうかがえる。 最後に、デザイン経営の取組状況別に、ブランドの取引価格への寄与を確認すると、「既に取り組み、定着している」と回答した企業において、ブランドが取引価格の維持・引上げに寄与している企業の割合が最も高くなっていることが分かる(第2-2-15図)。デザイン経営に取り組むことで、ブランド力の向上につながり、取引価格の維持・引上げにつながっているものと考えられる。 ここまで見てきたように、企業規模に関わらずデザイン経営の取組は大きく進んではいないものの、デザイン経営に取り組み定着している企業においては、ブランド力の向上のみならず、新たな商品・サービスの開発や、取引価格の維持・引上げに寄与しているとの効果を実感していることを確認した。事例2-2-2では、デザインの知識を持った人材が全くいなかった企業において、外部のアートディレクターとの出会いを契機にデザイン経営に取り組み、自社のブランド力の向上につながった事例を紹介している。中小企業は大企業と比べ、経営者がリーダーシップを発揮することで全社的な取組を行いやすいため、デザイン経営の取組を検討することは有用といえるのではないだろうか。また、コラム2-2-3では経済産業省・特許庁が中小企業向けにデザイン経営の要素や実践例をまとめた「中小企業のデザイン経営ハンドブック」を紹介している。 第2節 人的資本への投資と組織の柔軟性、外部人材の活用 企業活動における経営資源は、「ヒト」、「モノ」、「カネ」、「情報」と大別されることが多いが、その中でも「ヒト」は、他の経営資源を使う主体であり、特に重視されることが多い。また、他の経営資源と異なり、「ヒト」には、個性や感情があることや、獲得した後の教育や訓練によって、そのパフォーマンスに差が出ることが特徴として挙げられる。そのため、企業は従業員の能力開発を行い、また、適切な人事施策により従業員の能力やモチベーションを高める取組を実施することが重要である。 このように、人材を重要な経営資源として捉え、教育、評価、報酬などの人事施策を体系的に構築・運用する仕組みは、人的資源管理(HRM)と呼ばれている。これまでHRMと企業業績との関係については多くの研究が行われ、HRMと企業業績間には正の関係が見いだされている(咸(2016)など)。本節では、(株)帝国データバンクが実施した「中小企業の経営力及び組織に関する調査」を用いて、人的資源管理(HRM)の要素である、従業員の能力開発、人事評価、賃金などについて、分析する。また、近年は、中小企業においてもフリーランス人材や副業人材など社外の人材を活用しやすい環境も整ってきている。本節では、中小企業における組織の柔軟性や外部人材の活用についても分析する。 1.能力開発への意識と取組 ここでは、従業員の能力開発に対する経営者の意識と中小企業の能力開発の取組状況について見ていく。 〔1〕従業員の能力開発に対する経営者の意識 第2-2-16図は、直面する経営課題のうち重視する経営課題について見たものである。これを見ると、「人材」についての経営課題を重要と認識している割合が8割超と最も高く、経営者の「人材」に対する関心が特に高いことが分かる。 第2-2-17図は、経営者が従業員に求めるスキルについて見たものである。現在と5年前のいずれも、「チームワーク」や「コミュニケーション力」、「職種特有の技術力」が上位となっている。また、現在と5年前との差異について見ると、「マネジメント」や「IT」の割合が20ポイント程度高まっており、特に重要性が増してきている様子が見て取れる。 第2-2-18図は、経営者の年齢別に、従業員の能力開発に対する積極性について見たものである。これを見ると、年齢が若い経営者ほど、従業員の能力開発について積極的である様子が見て取れる。 第2-2-19図は、能力開発に対する積極性別に、従業員の仕事に対する意欲について見たものである。これを見ると、経営者が従業員の能力開発に積極的である企業では、従業員の仕事に対する意欲も高い傾向にあることが分かる。経営者が積極的に従業員の能力開発に取り組む姿勢が、従業員の仕事に対する意欲の向上につながっている様子が見て取れる。 第2-2-20図は、業種別に、従業員の能力開発の目的について見たものである。建設業や情報通信業では「技術力向上」の割合が最も高く、製造業では「生産性向上」、卸売業や小売業、サービス業・その他では「顧客満足の向上」、「社内の活性化」などが上位となっている。 第2-2-21図は、能力開発に対する積極性別に、能力開発計画や方針の有無について見たものである。これを見ると、能力開発に積極的な企業ほど、能力開発計画や方針が明確化されている様子が見て取れる。 さらに、第2-2-22図は、能力開発に対する積極性別に、求める人材像や従業員の目指す姿の明確化の状況について見たものである。能力開発に積極的な企業ほど、求める人材像や従業員の目指す姿を公表したり、明文化したりしている割合が高いことが分かる。 続いて、第2-2-23図は、従業員の能力開発計画や方針の有無別に、売上高増加率について見たものである。「明文化された能力開発計画や方針がある」企業では特に、売上高増加率が高い。 また、第2-2-24図は、求める人材像や従業員の目指す姿の明確化の状況別に、売上高増加率について見たものである。これを見ると、人材像を公表していたり、明文化したりしている企業ほど、売上高増加率が高いことが分かる。 従業員の能力開発に当たっては、能力開発計画や方針、従業員の目指す姿を具体化した上で、計画的に取り組むことが企業の成長につながることが示唆される。 〔2〕従業員の能力開発に関する取組 第2-2-25図は、業種別に、計画的なOJT研修の実施有無について見たものである。情報通信業や製造業では、実施している企業が5割程度であるのに対し、卸売業や小売業では4割未満となっており、業種によって実施状況に差異が見られる。 第2-2-26図は、売上高増加率の水準別に、OJT研修の効果を高めるための取組について見たものである。売上高増加率の水準に関わらず、「必要なスキルの明確化」や「目標や達成基準などを記入した育成計画の作成」、「業務マニュアルの作成」が上位となっている。また、「必要なスキルの明確化」や「担当業務の明確化」は、売上高増加率の水準による差異が大きく、企業の成長に向けてはOJT研修と合わせてこれらの取組を実施することが重要と示唆される。 第2-2-27図は、業種別に、OFF-JT研修の実施有無について見たものである。情報通信業や建設業では、半数近くの企業でOFF-JT研修が実施されているものの、卸売業では実施している企業は4割未満となっている。 第2-2-28図は、業種別に、実施しているOFF-JT研修の内容について見たものである。「技能の習得」や「マネジメント」に関するOFF-JT研修を実施している企業が多い。そのほかにも、製造業では「品質管理」、情報通信業では、「ビジネスマナー等のビジネスの基礎知識」や「プログラム、システムを自ら開発又は運用できるスキル」、卸売業や小売業では「営業スキル」などの割合も高く、従業員に求めるスキルに応じて、OFF-JT研修を実施している様子が見て取れる。一方で、第2-2-17図で、従業員のITスキルに対する経営者の意識が高まっていることを確認したが、「業務を遂行する上で有益なITリテラシー」や「プログラム、システムを自ら開発又は運用できるスキル」については、情報通信業以外の業種では実施割合が低い。組織としてITリテラシーを高め、デジタル化を推進するためには、企業側が従業員に対して、こうした研修や学習の機会を積極的に提供することが期待される。 第2-2-29図は、能力開発に対する積極性別に、従業員一人当たりのOFF-JT研修に関する年間支出額を見たものである。経営者が能力開発に積極的な企業ほどOFF-JT研修に関する支出額が大きいことが分かる。 第2-2-30図は、計画的なOJT研修及びOFF-JT研修の実施状況について見たものである。いずれも実施している企業は3割程度であり、いずれか片方のみを実施している企業が合わせて3割程度、いずれも実施していない企業が4割程度となっている。 第2-2-31図は、計画的なOJT研修及びOFF-JT研修の実施状況別に、売上高増加率について見たものである。これを見ると、いずれも実施している企業では売上高増加率が最も高く、いずれも実施していない企業では最も低いことが分かる。企業の成長に当たっては、計画的なOJT研修やOFF-JT研修を実施し、従業員の能力開発を進めることが重要であることが示唆される。 続いて、第2-2-32図は、業種別に、従業員に対する自己啓発支援の実施有無について見たものである。建設業や情報通信業では、6割以上の企業で実施しているのに対し、小売業や製造業、卸売業では、実施している企業は5割未満となっている。 第2-2-33図は、業種別に、実施している自己啓発支援の内容について見たものである。業種に関わらず、「資格取得の費用補助」や「研修やセミナーの費用補助」が上位となっている。感染症の流行を契機に注目された「eラーニングや通信教育等の費用補助」については、情報通信業以外の業種では、実施している企業は2割程度と低いことが分かる。 第2-2-34図は、求める人材像や従業員の目指す姿の明確化の状況別に、従業員一人当たりの自己啓発支援に対する年間支出額について見たものである。これを見ると、人材像や目指す姿を公表したり、明確化したりしている企業では、自己啓発支援に対する支出額が大きいことが分かる。人材像や目指す姿を明確化することで、従業員一人一人の自己啓発に対する意欲が高まる可能性が示唆される。 最後に、第2-2-35図は、能力開発の取組状況別に、従業員の仕事に対する意欲について見たものである。これを見ると、いずれの取組においても実施している企業の方が従業員の仕事に対する意欲が高いことが分かる。従業員の働きがいやモチベーション向上という観点からも、企業が積極的に能力開発の機会を提供することが重要といえる。 事例2-2-3は、オンライン研修を活用するなど、従前から組織全体に学ぶ文化が根付いていたことで、感染症流行の影響を受けながらも、従業員一人一人の工夫により急回復している企業の事例である。また、事例2-2-4は、社内に『ものづくり大学』を開校し、楽しみながら知識や技術を習得できる仕組みを従業員に提供する企業の事例である。 2.人事評価制度、賃金制度、福利厚生施策 従業員の仕事に対する意欲や能力を引き出すためには、能力開発に取り組むだけでなく、企業の特性に応じた人事評価制度や賃金制度を整備したり、福利厚生施策を実施したりするなど、体系的に人事施策を実施することも重要である。ここでは、人事評価制度、賃金制度、福利厚生施策について、中小企業の取組実態を見ていく。 〔1〕人事評価制度 第2-2-36図は、従業員規模別に、人事評価制度の有無について見たものである。従業員5〜20人の企業では、人事評価制度があるのは4割未満であるのに対し、101人以上の企業では9割程度となっており、企業規模による差異が大きいことが分かる。 第2-2-37図は、従業員規模別に、導入している人事評価制度の手法について見たものである。半数以上の企業で、「目標管理制度」が導入されている。また、「360度評価」や「コンピテンシー評価制度」といった比較的新しい評価手法についても一定程度導入されていることが分かる。 第2-2-38図は、従業員規模別及び人事評価制度の有無別に、売上高増加率について見たものである。いずれの従業員規模においても、人事評価制度がある企業の方が、売上高増加率が高いことが分かる。一般的に、人事評価制度は、従業員の配置や処遇の基準になるだけでなく、企業のビジョンや経営方針の浸透、適切なフィードバックによる従業員の育成などにも効果があるといわれているが、企業の成長性の面から見ても、人事評価制度を導入することの重要性が示唆される。ただし、人事評価制度は、導入すればよいというものではなく、導入後に、適切に整備・運用し、公正な評価を行うことが必要であり、こうした観点も忘れてはならない。 また、第2-2-39図は、人事評価制度の見直し状況別に、売上高増加率について見たものである。人事評価制度を定期的に見直している企業では、売上高増加率が高く、10年以上見直していない企業では、特に低いことが分かる。企業の成長に当たっては、人事評価制度を導入するだけでなく、外部環境や内部環境の変化に合わせて制度を見直していくことが重要である。 第2-2-40図は、従業員規模別に、人事評価制度を設けていない理由について見たものである。従業員規模が小さい企業では、「従業員が少なく、経営者が全従業員の状況を把握しているため」の割合が高い。一方で、規模が大きい企業では、「制度を設けても運用が困難であるため」の割合が高い。自社単独で人事評価制度を導入・運用することが難しい場合は、支援機関やコンサルタントなども活用しながら、自社に適した人事評価制度を定着させていくことが有益である。 〔2〕賃金制度 第2-2-41図は、従業員規模別に、導入している賃金制度・給与体系について見たものである。いずれの規模においても、職能給を中心に年齢給や職務給を組み合わせながら、賃金制度を整備している様子が見て取れる。一方で、規模が小さい企業を中心に「明確な賃金制度・給与体系は定めていない」とする企業が一定程度存在することが分かる。明確な賃金制度・給与体系を構築することは、従業員のモチベーションや公平感を高めると考えられ、明確な給与体系や賃金制度を定めていない企業においては、一度検討してみることも有益であろう。 第2-2-42図は、業種別に、直近5年間の賃上げの実施状況について見たものである。これを見ると、業種に関わらず、おおむね8割程度の企業で賃上げを実施したことが分かる。 第2-2-43図は、業種別に、直近5年間の賞与・一時金の支給状況について見たものである。毎年支給した企業の割合は、卸売業や建設業では9割超となっている一方で、情報通信業では8割程度となっており、業種により多少の差異が見られるが、多くの企業で賞与・一時金の支給を実施していることが分かる。 第2-2-44図は、直近5年間の賃上げ実施及び賞与・一時金の支給状況別に、売上高増加率の水準について見たものである。賃上げを実施している企業や賞与・一時金の支給を実施している企業の方が、売上高増加率が高いことが分かる。どちらが起点となるかという論点はあるものの、賃上げや賞与・一時金の支給を実施し、従業員のモチベーションを高め、企業が成長し、更に賃上げや賞与・一時金の支給を実施するという好循環を作り出すことが重要である。 〔3〕福利厚生施策 第2-2-45図は、実施している福利厚生施策について見たものである。「慶弔休暇」や「慶弔見舞金」、「育児休業」が上位となっており、多くの企業で実施していることが分かる。また、「特にない」とする企業は少なく、ほとんどの企業では何らかの福利厚生施策を実施していることが分かる。 第2-2-46図は、従業員の仕事に対する意欲別に、福利厚生施策を実施する背景について見たものである。従業員の仕事に対する意欲に関わらず、「従業員のモチベーション向上」の割合が8割程度と最も高い。また、「従業員の心身の健康維持」については、従業員の仕事に対する意欲による差異が大きく、従業員が意欲的である企業では6割超となっている。近年、ワーク・ライフ・バランスの概念が浸透してきており、こうした観点に配慮して福利厚生施策を検討することで、従業員の仕事に対する意欲が高まる可能性が示唆される。 事例2-2-5は、斜陽産業といわれる業界にありながら、独自の人事評価制度を導入し、従業員の自主性を育むことで、高収益体質を実現する企業の事例である。事例2-2-6は、従業員とともに働きやすい職場環境を実現することで感染症下においても5期連続の増収増益を達成している企業の事例である。また、人事施策の見直しに当たっては、定期的、客観的に、従業員の考えや思いを把握することも有益である。事例2-2-7は、モラルサーベイを活用して人事施策を改善するなど、従業員満足度を高める経営で業務の質を向上させている企業の事例である。 3.組織の柔軟性と外部人材の活用 ここまで、成長している企業の多くは、人的資本への投資などを通じて、従業員の能力や仕事に対する意欲を高めていることを確認した。これらの取組に加えて、組織体制のあり方についても、硬直化させることなく、柔軟性を持たせることで、環境変化に対応していくことがVUCA時代における一つの対策であると考えられる。そこで本項では、中小企業における組織体制の見直しや人事異動の実施状況について確認する。また、経営資源の乏しい中小企業においては、社内人材のみで組織の柔軟性を高めることには限界がある。そうした企業にとっては、近年身近な存在になりつつある、フリーランス人材や副業人材などの外部人材の活用も有益であると考えられる。そこで本項では、中小企業における外部人材の活用状況についても確認する。 〔1〕組織の柔軟性を高める取組 第2-2-47図は、従業員規模別に、直近5年間での組織体制の見直しの状況について見たものである。従業員規模が101人以上の企業では、8割超が実施しているのに対し、5〜20人の企業では、4割程度となっており、規模の大きい企業ほど実施していることが分かる。 第2-2-48図は、組織体制の見直しのきっかけについて見たものである。これを見ると、半数以上の企業で、経営戦略や経営計画の見直しを踏まえて、組織体制の見直しを実施していることが分かる。多くの企業では、経営戦略や経営計画を見直した際に、それらを実現するためにふさわしい組織体制になっているかについても合わせて見直している様子が見て取れる。 第2-2-49図は、従業員規模別及び組織体制の見直し状況別に、売上高増加率について見たものである。これを見ると、いずれの規模においても、組織体制の見直しを実施している企業の方が、売上高増加率が高いことが分かる。企業の成長に当たっては、自社の方針の見直しや環境変化に対応して、柔軟に組織体制の見直しを図っていくことが重要といえよう。 第2-2-50図は、従業員規模別に、定期的な人事異動の実施有無について見たものである。従業員規模101人以上の企業では、7割程度の企業で定期的な人事異動がある一方、5〜20人の企業では2割未満となっており、企業規模による差異が大きいことが分かる。 第2-2-51図は、従業員規模別に人事異動の際に最も重視する基準について見たものである。半数以上の企業で「従業員の能力」を最も重視していることが分かる。こうしたことからも、企業が能力開発の機会を積極的に提供し、意識的に従業員の能力を高めることの重要性が示唆される。 事例2-2-8は、20代社員を新支社長に抜てきするなど、大胆な組織体制の刷新を行い、外部環境の変化に対応する企業の事例である。 〔2〕外部人材の活用 第2-2-52図は、業種別に、外部人材の活用意向について見たものである。情報通信業では外部人材を「既に活用している」企業の割合が高く、6割程度となっているが、そのほかの業種では2割から3割程度となっている。 第2-2-53図は、従業員規模別に、外部人材を活用したい分野について見たものである。これを見ると、規模に関わらず、幅広い分野で外部人材の活用を望む様子が見て取れる。規模による差異について見ると、規模が小さい企業では「営業・販売促進」の割合が相対的に高く、規模の大きい企業では「IT導入」や「新規事業開発」の割合が相対的に高い。 第2-2-54図は、従業員規模別に、外部人材の活用意向がある理由について見たものである。規模に関わらず、「専門的な技術やノウハウを活用するため」や「人手不足を補うため」が上位となっている。従業員規模が5〜20人の企業では、「人手不足を補うため」の割合が特に高く、社内の人的資源の不足への対応として、外部人材の活用を検討している企業が多いことが分かる。また、規模の大きい企業では、「専門的な技術やノウハウを活用するため」の割合が高く、社内にはない技術やノウハウの獲得のために外部人材の活用を検討している企業が多いことが分かる。 第2-2-55図は、外部人材の活用状況別に、売上高増加率について見たものである。これを見ると、「既に活用している」企業では、特に売上高増加率が高いことが分かる。外部人材を活用することで、社内にはない専門的な技術やノウハウを獲得したり、人手不足による機会損失を防いだりすることで、企業の競争力が高まっている可能性が示唆される。 第2-2-56図は、外部人材の活用状況別に、活用に当たっての課題・障壁について見たものである。活用有無に関わらず、「フリーランスや副業人材の能力の見極め」が課題・障壁であるとする割合が最も高い。また、活用有無による差異について見ると、「活用したことはないが、活用してみたい」企業では、「フリーランスや副業人材との出会い・マッチング」や「労働条件や契約条件の調整」を、課題・障壁として挙げる割合が、20ポイント程度高いことが分かる。中小企業における外部人材の活用に当たっては、マッチング機会の充実や個別の条件の調整といった専門的な助言などの更なる支援が求められる。 事例2-2-9及び事例2-2-10は、新規事業展開のために副業人材の知見を活用したり、業務改善のためにフリーランス人材を活用している企業の事例である。これらの事例のように、自社の経営課題に応じて、専門性を持った人材の知見やノウハウを活用できることも外部人材活用のメリットであり、社内人材のみで克服が難しい経営課題に直面した場合は、外部人材を活用してみることも一つの選択肢であろう。 第3節 中小企業経営者の経営力を高める取組 1.中小企業における経営理念・ビジョンの浸透 本節では、(株)東京商工リサーチが実施した「中小企業の経営理念・経営戦略に関するアンケート」を主に用いて、中小企業における経営理念・ビジョンの浸透について分析していく。 〔1〕経営理念・ビジョン策定の現状 Collins・Porras(1995)は、経営理念・ビジョンとは〔1〕コアバリュー、〔2〕パーパス、〔3〕ミッションの三つの要素で構成されると説明し、経営理念・ビジョンと経営戦略、経営戦術の関係を示している(第2-2-57図)。その中で、優れた企業が持つ経営理念・ビジョンとして、「明確さ」(組織内できちんと理解されていること)と、「共有」(組織成員が賛同し、組織に浸透していること)の二つの条件を指摘し、これらが満たされることで経営理念・ビジョンが初めて真の効果を発揮すると説明している。他方で、二つの条件を満たしていない組織は、取り巻く環境の変化や課題に対する経営戦略が曖昧となり、対症療法的な経営判断や戦術遂行とならざるを得ないと指摘している。 そこで(株)東京商工リサーチが実施した今回の調査では、調査対象企業に対して自社が掲げる経営理念・ビジョンの明確化の現状や組織における浸透状況、理解及び浸透に向けた取組について確認した。 第2-2-58図は、経営理念・ビジョンの明文化の状況を示したものである。これを見ると、約9割の企業が経営理念・ビジョンを定めており、明文化していない企業は1割程度であることが分かる。 第2-2-59図は、取引先属性別に見た、経営理念・ビジョンの内容を示したものである。これを見ると属性を問わず、「顧客満足、信頼獲得」を掲げる割合が最も高く、次いで「社員の幸福」、「社会への貢献・社会的使命」が高いことが分かる。特にBtoCは、顧客を意識した経営理念・ビジョンを掲げる企業がBtoBと比べて1割程度高くなっており、約9割が顧客からの信頼獲得を念頭に置いている。BtoBは、「高品質、技術・サービスの向上、イノベーション」を回答する企業がBtoCと比べて2割程度高くなっており、約6割が掲げている。自社の企業活動における付加価値を高めていく意識の傾向が見て取れる。 第2-2-60図は、経営理念・ビジョンの内容別に見た、労働生産性の上昇幅を示したものである。今回の調査結果で一概にはいえないが、経営理念・ビジョンを明文化している企業は明文化していない企業と比べて、労働生産性の上昇幅が大きい結果が確認される。経営理念・ビジョンを明文化していない企業は、Collins・Porrasが指摘するように、経営理念・ビジョンが明確となっていないことから目の前の課題に対する経営戦略が曖昧となっている企業も少なくないとみられ、結果として感染症流行前後での企業業績にも影響を与えている可能性が考えられる。 次に、明文化していると回答した企業に対して、経営理念・ビジョンの具体的な内容を確認したものが第2-2-61図である。調査対象企業は任意の自由回答形式で回答しており、(株)東京商工リサーチがアフターコーディングの方法により集計している。これを見ると、「顧客・取引先」、「社会」、「社員」といったステークホルダーを意識した経営理念・ビジョンを掲げる企業が多く、第2-2-59図の結果とおおむね整合している。また、「貢献」、「信頼・信用」、「安心・安全」、「価値」といった言葉からは、ステークホルダーと向き合う中で、経営者が重視する価値観や考え方が想起される。 第2-2-62図は、ステークホルダーに関する経営理念・ビジョンを掲げる企業について示したものである。これを見ると、8割以上の企業は、複数の利害関係者を意識した経営理念・ビジョンとなっている。 近江商人の「三方よしの精神」に代表されるように、特定の利害関係者ではなく、企業を取り巻く複数のステークホルダーとの共生を追求した経営理念・ビジョンを掲げる企業が少なくないことが見て取れる。 さらに第2-2-63図は、社員・顧客・取引先に関する経営理念・ビジョンと社会への貢献を掲げる企業との関係を示したものである。これを見ると、社員や顧客・取引先に関する経営理念・ビジョンを掲げる企業は、6割以上が社会への貢献も経営理念・ビジョンに含んでいる。社会的な貢献も念頭に置いた経営理念・ビジョンを打ち出すことで、社会における自社の存在意義も追求していることが見て取れる。 ステークホルダーへの貢献・信頼獲得を重視したパーパス経営が世界的に注目されている中で、今回の調査結果を鑑みると、我が国の中小企業は、企業を取り巻く利害関係者(顧客・社員・取引先・社会)との結びつきを意識してきた企業が一定数存在することが確認される。 次に、現在の経営理念・ビジョンを策定した経営者について確認していく(第2-2-64図)。これを見ると、現経営者が策定した企業と歴代の経営者が策定した経営理念・ビジョンを継承している企業がそれぞれ約5割となっている。 歴代の経営者が策定した経営理念・ビジョンを継承している企業を見ると、現経営者が事業承継するに当たり、3割以上は経営理念・ビジョンについて教育や指導を直接受ける機会があったことが分かる(第2-2-65図)。他方で、「特になし」と回答した企業など直接的な教育や指導がなかった企業も少なくないことが分かる。 第2-2-66図は、継承方法別に見た、感染症下において、経営理念・ビジョンに立ち返り経営判断を下した機会について示したものである。これを見ると、事業の承継に際し、創業者・歴代経営者から教育を受けて直接的に経営理念・ビジョンを学んだ企業は、間接的に学習・理解した企業に比べ、経営理念・ビジョンに基づいて経営判断を下した割合が高いことが確認できる。経営理念・ビジョンを直接的に継承してきた企業は、感染症下という有事に的確な経営判断を下す基準が求められる中で、経営理念・ビジョンを経営判断のよりどころの一つとしていたことがうかがえる。 円滑な事業承継を目指す企業は、事業承継ガイドラインでも示されているとおり、後継者と早い段階から対話を重ね、自社の存在意義や目指す未来像をしっかりと後継者に教育や指導していくことが重要といえよう。 次に、経営理念・ビジョンを策定した動機・きっかけを確認する(第2-2-67図)。これを見ると、約4割の企業が「事業の継承・経営者の交代」を機に策定したことが分かる。中小企業白書(2021)において、後継者が事業承継後に意識的に取り組んだこととして「経営理念の再構築」が上位に挙げられているが、今回の結果からも、事業承継が経営理念・ビジョンを策定する動機・きっかけとなったことが見て取れる。 また、「事業の継承・経営者の交代」、「会社創業」に次いで、「企業規模の拡大・事業内容の変化」、「外部環境の変化」が挙げられている。経営体制の変化のみならず、事業内容や外部環境の変化を機に経営理念・ビジョンを策定した企業も確認できる。 前掲の結果を踏まえて、経営体制・事業内容・外部環境の変化(以下、「社内外の変化」とする。)を機に策定した経営理念・ビジョンに着目する。第2-2-68図は、策定の動機・きっかけ別に見た、感染症下において、経営理念・ビジョンに立ち返り経営判断を下した機会を示したものである。これを見ると、社内外の変化を機に経営理念・ビジョンを策定した企業は、会社創業を機に策定した企業と比べ、経営理念・ビジョンに立ち返って経営判断を下した割合が高いことが分かる。外部環境が大きく変化した感染症下という局面において、社内外の変化を機に策定した経営理念・ビジョンが重要な役割を担っていた様子がうかがえる。 第2-2-69図は、前掲の第2-2-68図と同様に、策定の動機・きっかけ別に見た、従業員の統率やモチベーション向上に寄与した機会を示したものである。経営者側から確認した調査ではあるが、社内外の変化を機に経営理念・ビジョンを策定した企業は、会社創業を機に策定した企業に比べ、従業員の統率やモチベーション向上に寄与した機会を実感していることが確認できる。 第2-2-70図は、経営理念・ビジョンを見直した経験別に見た、経営戦略との整合性を示したものである。これを見ると、見直した企業の6割以上は、経営理念・ビジョンと経営戦略との整合性を重視していることが分かる。他方で、経営理念・ビジョンは経営戦略と有機的に本来結びつくものだが、見直した経験がない企業は、整合性を重視している割合が4割を下回ることが見て取れる。 Collins・Porrasは、経営理念・ビジョンの構成要素であるコアバリューとパーパスは普遍的な存在としつつも、ミッションは達成されるたびに中長期的なサイクルで見直されることが優れた企業の特長であると指摘している。会社創業時から掲げる経営理念・ビジョンが形骸化している場合には、経営理念・ビジョンを再構築し、経営戦略と結びつけていくことも重要な取組の一つといえるのではないだろうか。 以上、中小企業が掲げる経営理念・ビジョンの内容や策定した動機、見直しの状況を確認した。 事例2-2-11では、事業承継を機に経営理念・ビジョンの再構築に着手し、社内の組織風土の変革に取り組んだ企業の事例を紹介する。 〔2〕経営理念・ビジョンの浸透 ここからは経営理念・ビジョンの組織における浸透について確認していく。?(2009)は、組織成員における経営理念の浸透プロセスとして、経営理念への共感が行動への反映を促す効果を持つと分析し、経営理念に関する認識や理解の深まりも行動を促進すると指摘している。 今回の調査では、経営理念・ビジョンに対する従業員の受け止め方について、(1)認知、(2)理解、(3)共感・共鳴、(4)行動への結びつきという4段階に分けて確認した(第2-2-71図)。これを見ると、経営理念・ビジョンについて従業員が理解している企業は8割以上と確認される。前目では明文化した経営理念・ビジョンを脈々と継承できている企業や社内外の変化を機に経営理念・ビジョンを策定した企業の存在を指摘したが、これらの企業は優れた経営理念・ビジョンの第1条件である「明確さ」をある程度満たしていると考えられる。 他方で、従業員の自律的な行動にまで結びついている企業は5割を下回っており、第2条件である「共有」すなわち組織における浸透を課題とする企業は少なくないと推察される。 次に第2-2-72図は、経営理念・ビジョンに対する従業員の受け止め方や反応別に見た、経営理念・ビジョンの浸透状況を示したものである。これを見ると、従業員が経営理念・ビジョンに共感・共鳴して行動に結びついている企業は、経営理念・ビジョンが全社的に浸透している割合が7割以上となっている。他方で、行動に結びついていない企業は、全社的に浸透している割合が3割を下回るように、行動へ結びつくステップから遠いほど、全社的に浸透している割合は低くなっている。階層を問わず全社的に浸透させていくには、経営理念・ビジョンを組織内の認知から行動へと着実にステップアップさせていくことが重要と考えられる。 第2-2-73図は、経営理念・ビジョンの浸透状況別に見た、2015年から2021年にかけての労働生産性の上昇幅を見たものである。一概に今回の調査結果のみで説明はできないものの、全社的に浸透している企業は、労働生産性の上昇幅が大きい結果となっている。経営理念・ビジョンの浸透による効果(第2-2-76図にて後述)を通じて、企業業績にもプラスの効果が生まれている可能性が考えられる。 明確な自社の存在意義やゴールを組織で一体化させている企業が感染症下という未曽有の経営環境を乗り越えている様子がうかがえる。 第2-2-74図は、経営理念・ビジョンの浸透状況別に見た、経営者が経営理念・ビジョンの浸透に向けて重要と考えていることを確認したものである。これを見ると、全社的に浸透している企業は、「経営者からの積極的なメッセージの発信」を重視する割合が高いことが分かる。経営理念・ビジョンを社内に浸透させていくには、自社の存在意義や目指すべき姿を自らの言葉でしっかりと伝えていくことが経営者の重要な役割の一つと考えられる。 また、経営理念・ビジョンの内容自体が従業員の納得感を得ていることも浸透していない企業との差が大きいことが見て取れる。浸透していない企業は、従業員からの共感・共鳴を得られる内容に再構築していくことも有力な選択肢になりうるのではないだろうか。 第2-2-75図は、経営理念・ビジョンの浸透状況別に見た、浸透に向けて取り組んだ行動・取組を示したものである。これを見ると、全社的に浸透している企業は「従業員との日々のコミュニケーションでの啓もう」に5割以上が取り組んでいることが分かる。また、全社的に浸透している状況に近づくほど、取り組んでいる傾向も確認される。個別のコミュニケーションによる社員の理解度の底上げは、浸透尺度を高める一因となると考えられるほか、社員の意見を通じて納得感のある経営理念・ビジョンを再整備・発展させていくヒントにもつながっていると示唆される。 「社内研修などを通じた教育」も全社的に浸透している状況に近づくほど、取り組んでいる傾向にある。第2-2-66図で後継者教育の一環として経営理念・ビジョンに関する直接的な指導・教育を実施する意義を指摘したが、従業員に対しても社内での教育を図ることによる効果が示唆される。 全社的に浸透している企業は、いずれの行動・取組についても総じて取り組んでいる傾向にある。経営理念・ビジョンの浸透に悩む企業は自社の状況に照らして効果的な取組を幅広く取り組んでいくことも重要と考えられる。 最後に第2-2-76図は、経営理念・ビジョンの浸透状況別に見た、浸透による効果について示したものである。これを見ると、全社的に浸透している企業が総じて効果を実感している傾向にあることが分かる。 従業員に与えた効果として、自律的な働き方の実現やモチベーション向上を実感する割合は全社的に浸透している状況に近づくほど、高い傾向となっている。また、自社に対するエンゲージメントの高まりも見て取れる。経営理念・ビジョンが浸透したことで、従業員の行動変容につながり職場の活性化に寄与している様子がうかがえる。 企業自体の事業活動に関する効果として、経営判断のよりどころとなっている割合も全社的に浸透している状況に近づくほど、高い傾向となっている。自社の存在意義や目指すべきゴールに対する従業員からの賛同を得ていることで、経営理念・ビジョンに軸足を置いた経営判断を下しやすくなった可能性も考えられる。顧客・取引先との関係強化についても同様の傾向が見られる。ステークホルダーを念頭に置いた経営理念・ビジョンを掲げる企業が多い中で、組織全体がステークホルダーとの関係を意識した企業活動を行っている結果、対外的な関係強化につながったと考えられる。 以上、経営理念・ビジョンの浸透について確認した。経営理念の浸透には、経営者からの明確なメッセージの発信や従業員との小まめな意思疎通による啓もう、社内教育の実践が有効であることが確認された。 最後に事例2-2-12では、新社長が創業時からの原点に立ち返り、経営理念の浸透を通じた社内の意識改革に取り組み経営危機からの復活を遂げた企業、事例2-2-13ではステークホルダーとの共存を念頭に置いた経営理念を社内に浸透させ、新たな事業の柱を構築した事例を紹介する。 2.事業環境の分析を踏まえた経営戦略の策定 経営戦略を策定する上では、自社を取り巻く外部環境や、自社の経営資源といった内部環境の分析を行い、自社の置かれた状況を把握することが重要である。 本項では、(株)東京商工リサーチが実施した「中小企業の経営理念・経営戦略に関するアンケート」の調査結果を基に、中小企業における経営戦略の策定過程における外部環境及び内部環境の分析状況を確認する。また、自社の事業領域の見直し状況や、経営戦略の見直し状況・浸透状況についても確認していく。 〔1〕自社を取り巻く事業環境の分析 ここでは、経営戦略の策定に際して行う自社を取り巻く外部環境や内部環境に係る情報収集・分析の状況について確認していく。 (1)外部環境に関する情報収集・分析状況 自社を取り巻く外部環境は、法制度や規制の改正や金利などのマクロ環境に加え、顧客企業や仕入先の動向などの市場環境、競合他社の状況など多岐にわたる。 第2-2-77図は、経営戦略の策定に際して行う政治(法規制、税制など)や経済(景気や経済成長、金利・為替・株価など)、社会(人口動態の変化など)、技術(新技術の開発や特許、フィンテック・AIなど)といったマクロ環境に関する情報収集・分析の状況を示したものである。これを見ると、いずれの項目も8割前後の企業において、情報収集を行っていることが分かる。一方で、経営戦略に反映している割合は2割未満にとどまっている。 自社を取り巻く外部環境について、ここでは自社製品の市場規模や成長性といった「自社製品・サービスの市場動向」、自社の製品・サービスを販売する「顧客の動向」、原材料や商品を購入する「仕入先の動向」、自社の属する業界の製品と同じ機能を持つような「代替製品の動向」、自社の属する業界への「潜在的な新規参入企業の動向」、の五つの市場環境について情報収集・分析状況を確認していく。 第2-2-78図は、上記の市場環境に関する情報収集・分析の状況を見たものである。これを見ると、「自社製品・サービスの市場動向」や「顧客の動向」については、経営戦略に反映していると回答した割合が3割を超えており、マクロ環境と比較し、情報収集・分析を行った上で、経営戦略に反映している様子が見て取れる。一方で、「代替製品の動向」や「潜在的な新規参入企業の動向」については、経営戦略に反映できていると回答した割合が他の項目と比較して低くなっている。こうした項目について情報収集・分析を行う必要性が薄れている、又は必要性に気付いていない可能性が考えられる。 続いて、自社の属する業界の競合他社に関する情報収集・分析状況について確認する。第2-2-79図は、競合他社の市場シェアや収益性、今後の動向に関する情報収集・分析の状況を見たものである。自社製品・サービスの市場動向や、顧客・仕入先の動向と比べ、情報収集・分析を行い、経営戦略に反映させている企業の割合は少ない傾向にある。特に、競合他社の収益性に関する情報収集の実施割合が低く、競合他社となる企業情報の収集において一定のハードルがある可能性がうかがえる。 第2-2-80図は外部環境の情報収集に当たり活用している手段を見たものである。「日々の営業活動の中で収集」や「日常的にメディア媒体から収集」と回答した企業の割合が高くなっている一方、経営戦略の策定を目的とした情報収集を行っている企業の割合は1割程度と低くなっていることが分かる。 (2)内部環境に関する情報収集・分析状況 自社の強み・弱みを把握する上では、様々な面から内部環境を分析する必要がある。ここでは、「財務分析」に加えて、自社の組織体制や、社内の人材のスキルなどを把握する「組織分析」、自社の事業の商流を理解し、強み・弱みを把握する「バリューチェーン分析」、経営管理の状況を把握する「マネジメント分析」、自社の扱う製品・商品・サービスごとの特徴を把握する「製品分析」の五つの観点から、内部環境に係る情報収集・分析の実施状況を確認していく。 第2-2-81図は、上記の内部環境に係る五つの項目について、情報収集・分析状況を確認したものである。これを見ると、財務や組織の分析を行い、経営戦略に反映している企業の割合がそれぞれ39.3%、33.6%となっており、他の項目と比較して高くなっていることが分かる。他方、バリューチェーンについては情報収集・分析を行っていないと回答した企業の割合が25.3%であり、自社がバリューチェーン上で担っている機能を十分に把握できてない企業が一定数存在することが分かる。 最後に、ここまで見てきた外部環境及び内部環境の項目ごとに、「全て経営戦略に反映させている」企業と、「全て少なくとも分析を行っている」企業、「その他」の企業に分けて労働生産性の水準を確認したものが、第2-2-82図、第2-2-83図、第2-2-84図及び第2-2-85図である。各項目において、「全て経営戦略に反映させている」企業の労働生産性の水準が最も高くなっていることが分かる。今回の調査だけでは一概にはいえないものの、外部環境や内部環境の分析を行い、経営戦略に反映させることで、自社の強みをいかせる市場への進出などを通じて、企業業績にプラスの影響を及ぼしている可能性が考えられる。 以上、ここでは経営戦略の策定に当たり行う自社を取り巻く外部環境及び内部環境に関する情報収集・分析の状況を確認した。情報収集・分析状況は項目ごとに差異があることや、収集した情報を経営戦略に反映している企業は一定程度にとどまっていることを確認した。 事例2-2-14は、社内のマーケティング部門などを通じて様々な情報収集を行い、自社の経営戦略の策定にいかしている企業の事例である。本事例のように、事業環境の分析を行い、事業機会を捉えていくことが重要といえよう。 〔2〕事業領域の見直し 自社を取り巻く事業環境の変化によっては会社の存続基盤である競争優位が毀損し、現状の事業領域の見直しを迫られることもある。ここでは、事業領域の見直し状況について確認していく。 第2-2-86図は、過去に事業領域の見直し経験があるかを確認したものである。見直しを経験した企業は36.0%であり、64.0%の企業が自社の事業領域を見直したことがないことが分かる。 続いて、過去に事業領域を見直した経験があると回答した企業について、見直した時期を確認したものが第2-2-87図である。これを見ると、リーマン・ショックや東日本大震災、新型コロナウイルス感染症拡大を契機としている企業が多いことが分かる。経済ショックなどが起こった際には、売上げ、利益の減少や、サプライチェーンへの影響といった企業の事業継続に係る影響が生じることから、事業領域の見直しを迫られたものと推察される。 続いて、事業領域を見直した経験別に、事業環境の分析状況について確認する。第2-2-88図を見ると、事業領域を見直した経験がある企業は、見直した経験がない企業と比較して、各項目において分析を行い、経営戦略に反映させている「全て経営戦略に反映させている」企業及び「全て少なくとも分析を行っている」企業の割合が高い傾向にあることが分かる。 第2-2-89図は過去に事業領域を見直した経験がある企業について、事業領域の見直し時に何を重視したかを確認したものである。「既存事業の技術・ノウハウがいかされる」の回答割合が最も高く、次に「市場規模が大きい・市場規模の成長性が見込まれる」の回答割合が高くなっていることが分かる。現在の事業領域の見直しが必要と考えている企業においては、こうした項目を意識して、自社を取り巻く事業環境の分析を行うことが有効といえよう。 最後に、事例2-2-15では、自社の事業領域を把握し、事業環境の変化に合わせて自社の持つ強みをいかし、顧客にどのような価値提供をするのかという観点で事業領域を見直し、事業を拡大させた企業を紹介している。自社を取り巻く事業環境の変化に応じて、自らの強みをいかせる事業領域がどこであるかを判断し、常に見直しを行っていくことが重要といえよう。 〔3〕経営戦略の運用 ここでは、経営戦略の運用に関して、経営戦略の見直し、経営計画への落とし込み、経営戦略の浸透、KPIによる経営管理の状況について確認していく。 (1)経営戦略の見直し はじめに、経営戦略の見直し状況を確認していく。第2-2-90図は、経営戦略の見直し頻度を確認したものである。これを見ると、6割以上の企業は、年に1回以上の頻度で経営戦略の見直しを行っている一方で、経営戦略の定期的な見直しを行っていない企業も一定程度存在することが分かる。 続いて、第2-2-91図は経営戦略の見直し頻度別に、労働生産性の水準を示したものである。経営戦略の見直しを行っていない企業と比べ、見直しを行っている企業の方が労働生産性の水準がやや高い傾向にあることが分かる。今回の調査では一概にはいえないものの、自社を取り巻く事業環境の変化に合わせ、定期的な経営戦略の見直しを実施することの重要性が示唆される。 (2)経営計画への落とし込み状況と経営戦略の浸透度 第2-2-92図は経営戦略を、損益計画、財務計画、営業計画、人員計画のそれぞれにどの程度落とし込んでいるかを確認したものである。損益計画や営業計画に比べ、設備投資を含んだ財務計画や従業員の採用・配置を含む人員計画に落とし込んでいる企業の割合はやや低いことが分かる。 第2-2-93図は経営戦略の浸透度を確認したものである。これを見ると、管理職以外の従業員にまで浸透している企業が20.0%となっている一方で、浸透していない企業も20.6%と一定数存在することが分かる。 続いて、第2-2-94図は、経営戦略の浸透度を、経営計画への落とし込み状況別に見たものである。いずれの項目においても、経営計画へ十分に記載されているほど、経営戦略が社内に広く浸透していることが分かる。策定された経営戦略を従業員に浸透させていく上では、具体的な数値や施策を計画に落とし込み、内容を充実させることが重要といえよう。 続いて、第2-2-95図は、経営戦略の浸透度別に、労働生産性の水準を示したものである。これを見ると、経営戦略の浸透度が高い企業において、労働生産性の水準が高い傾向にあることが分かる。経営者側から見た調査であり、今回の調査だけでは一概にはいえないものの、経営戦略が全社的に浸透することで、従業員が何をするべきかが明確化され、企業業績にもプラスの効果が生まれている可能性が考えられる。 (3)KPIによる経営管理 経営戦略を策定し、具体的な施策に落とし込んだ経営計画に基づいて事業を行っていく上で、計画が順調に進んでいるかを管理するために用いられるものとしてKPIが挙げられる。ここでは、KPIによる経営管理の状況について確認する。 第2-2-96図は、KPIの利用状況を見たものである。KPIを利用している企業は36.7%と一定数存在するものの、利用していない企業の方が多くなっている。 ここからは、KPIを利用している企業について見ていく。第2-2-97図はKPIの社内における認識状況を示したものである。経営者側から見た調査ではあるものの、従業員の多くまでKPIを認識している企業は12.5%にとどまっていることが分かる。 また、KPIの社内における認識状況別に、労働生産性の水準を見ると、従業員の多くがKPIを認識している企業において、労働生産性の水準が最も高いことが分かる(第2-2-98図)。今回の調査だけは一概にはいえないものの、自社の経営目標を達成するため企業活動が順調に進んでいるかどうかを示す指標であるKPIを従業員の多くが認識することで、従業員が企業業績を高めるために取るべき行動を実施しやすくなり、企業業績にプラスの効果が生まれている可能性が考えられる。 最後に、経営層によるKPIの確認頻度を見ると、月に1回以上確認している企業が約7割となっている(第2-2-99図)。また、確認頻度別に、労働生産性の水準を見ると、年に1回程度又は確認していない企業と比べて、半期に1回以上確認している企業の方が労働生産性の水準が高い傾向にあることが分かる(第2-2-100図)。今回の調査だけでは一概にはいえないものの、KPIをより高い頻度で定期的に確認することで、自社の経営目標達成に向けてPDCAサイクルを有効に回すことができ、企業業績にプラスの効果が生まれている可能性が考えられる。 以上、ここでは経営戦略の見直しや経営戦略の浸透状況、経営戦略の管理におけるKPIの活用状況について確認してきた。 最後に、事例2-2-16は、自社の経営理念や経営戦略を手帳型の冊子にまとめて全従業員に配布し、社内に浸透させることで、従業員の意識がそろい、成長につなげている企業の事例を紹介している。 3.中小企業経営者の経営力を高める取組 本項では、中小企業の「経営者」に着目し、全体像を概観した後、中小企業経営者の特徴や経営力を高める学習・取組、経営者に求められる知識・スキルについて分析する。 〔1〕中小企業経営者の全体像 我が国の中小企業数は2016年時点で357万社超存在しており、多種多様な存在である。当然ながら、それらの中小企業を経営する経営者についても年齢、就任経緯、経営歴など様々であるが、まず、我が国における中小企業経営者の全体像について概観する。 第2-2-101図は、業種別に、経営者年齢の構成比について見たものである。中小企業の経営者年齢の構成比は、業種に関わらず、50代から70代の割合がそれぞれ2割前後と広く分散していることが分かる。大企業の経営者年齢の構成比は、60代が5割前後と、比較的集中していることと比べると、中小企業においては、経営者年齢が幅広い年代で構成されていることが分かる。 第2-2-102図は、業種別に、経営者の就任経緯について見たものである。中小企業では、「創業者」と「同族継承」の割合が高く、合わせて8割程度に達する。また、中小製造業では、「同族継承」が5割超であるのに対し、中小サービス業では、「創業者」が5割超となっており、中小企業の中でも業種による差異が見られる。一方で、大企業では、「内部昇格」や「親会社や取引先からの派遣・招へい」の割合が高く、大企業と中小企業では傾向が大きく異なっている。 第2-2-103図は、業種別に、経営者の経営歴について見たものである。中小企業では、経営歴が「10年以上」である割合が最も高く、6割程度に達する。大企業では、「3年未満」や「3年以上10年未満」の割合が比較的高いことと比べると、中小企業の経営者は経営歴が長い傾向にあることが分かる。 〔2〕中小企業経営者に関する特徴 ここまで見たとおり、中小企業経営者は、大企業経営者と比べても多様な存在である。さらに、経営歴が比較的長い傾向にあり、中小企業経営者が企業に及ぼす影響は大きいものと推察される。こうした背景を踏まえつつ、ここからは、(株)帝国データバンクが実施した「中小企業の経営力及び組織に関する調査」を用いて、中小企業経営者の特徴について深掘りしていく。 まず、第2-2-104図は、経営者の就任経緯別に、経営者に就任した年齢について見たものである。「創業者」は、30代以下が6割超と若い年代で経営者に就任する割合が高い一方、「内部昇格」や「親会社や取引先からの派遣・招へい、買収、その他」では、50代以上で経営者に就任する割合が高いことが分かる。 第2-2-105図は、経営者の就任経緯別に、就任前の他社企業での勤務経験について見たものである。「創業者」や「親会社や取引先からの派遣・招へい、買収、その他」では、他社企業で勤務経験がある者が9割超と高い。一方で、「同族承継」や「内部昇格」では、他社企業での勤務経験がない経営者の割合が比較的高いことが分かる。 第2-2-106図は、経営者就任時の年齢別に、経営者就任前に経験した職域について見たものである。就任時の年齢に関わらず、「営業」を経験している割合が最も高い。一方、「経営幹部」は、就任時の年齢による差異が大きく、30代以下では2割程度であるのに対し、60代以上では5割を超えている。経営者就任時の年齢が高い経営者は、一定程度経営経験を積んだ後に就任している様子がうかがえる。 続いて、第2-2-107図は、経営者の就任経緯別に、経営者に就任した動機について見たものである。「創業者」では、「自己実現のため」や「自分の裁量で自由に仕事をするため」が上位となっている。「同族承継」や「内部昇格」では、「従業員の雇用や取引先との関係を維持するため」や「会社の歴史を守るため」が上位となっており、これまでの企業活動を次世代につなぐ動機が上位となっている。また、「親会社や取引先からの派遣・招へい、買収、その他」では、「自身の知識や経験をいかすため」が最も高い。 第2-2-108図は、経営者就任時の動機と現在、会社を経営する動機について見たものである。経営者就任時と現在との差異について見ると、「従業員の雇用や取引先との関係を維持するため」や「社会に貢献するため」の割合が20ポイント以上高くなっている。経営者としてのキャリアを重ねる中で、従業員や取引先といったステークホルダーや社会に対する意識が高まっている様子がうかがえる。 第2-2-109図は、経営者の年齢別に、5年前と現在の利益の主な使い道について見たものである。5年前について見ると、経営者の年齢に関わらず、「内部留保」が3割超となっている。一方で、現在は、年齢が若い経営者を始めとして「内部留保」の割合が低下しており、また、いずれの年齢においても、「従業員に還元」の割合が3割程度となっている。5年前に比べ、利益を従業員に還元する意識が高い経営者が増加している様子が見て取れる。 第2-2-110図は、利益の主な使い道別に、売上高増加率について見たものである。利益の主な使い道について、「研究開発」や「設備投資」、「従業員に還元」としている企業では、売上高増加率が相対的に高く、こうした投資行動が企業の成長につながっている可能性が示唆される。一方で、「内部留保」としている企業では、売上高増加率が相対的に低いことが分かる。 第2-2-111図は、従業員規模別に、経営者の経営・マネジメント業務に充てる時間の比率について見たものである。規模の大きい企業ほど経営者が経営・マネジメント業務に充てる時間が長い傾向にあることが分かる。従業員規模が20人以下の企業では、経営・マネジメント業務の比率が3割未満となっている経営者が2割超存在しており、経営・マネジメント業務に充てる時間を十分に確保できていない様子が見て取れる。 第2-2-112図は、経営者の経営・マネジメント業務に充てる時間の比率別に、売上高増加率について見たものである。経営者の経営・マネジメント業務の比率が6割以上である企業では、相対的に売上高増加率が高いことが分かる。企業の成長に当たっては、経営者が、現場業務だけでなく、企業の方針策定や組織体制の整備といった経営・マネジメント業務にも一定程度の時間を確保することが重要といえよう。 〔3〕経営者自身の経営力を高めるための学習・取組 経営者は、会社の方針を定めたり、意思決定をしたりと、一従業員と異なる知識・スキルが求められる。こうした経営知識・スキルを高めていくためには、日々の経営の中で経験値を高めていくことも重要であるが、経営者自身が社内外の学習機会を活用することが有益である。本項では、経営者の経営力を高めるための学習や取組について確認する。 第2-2-113図は、経営者の経営に関する学習時間に対する自己評価について見たものである。これを見ると、「十分な時間を確保できていない」が6割超となっており、多くの経営者が経営に関する学習時間を十分に確保できていないと認識していることが分かる。 第2-2-114図は、経営方針別に、経営者の経営に関する学習時間確保の状況について見たものである。これを見ると、「売上拡大」や「利益拡大」といった前向きな経営方針を採る経営者は、学習時間を意図的に確保している割合が高いことが分かる。 第2-2-115図は、経営者の経営に関する学習時間確保の状況別に、売上高増加率について見たものである。これを見ると、経営者が学習時間を意図的に確保している企業の方が、売上高増加率が高い傾向にあることが分かる。経営者が意図的に経営に関する学習時間を確保し、経営力を高めることで、企業の成長につながることが示唆される。 第2-2-116図は、経営者の経営に関する学習時間確保の状況別に、1か月の平均学習時間について見たものである。これを見ると、学習時間を意図的に確保している経営者の方が学習時間が長い傾向にあることが分かる。多忙な経営者業務の中で学習時間を確保するためには、意識して学習時間を作り出す姿勢が重要である。 続いて、第2-2-117図は経営方針別に、経営に関する知識・スキルを習得するために経営者が直近5年間に実施した取組について見たものである。「売上拡大・利益拡大」といった前向きな経営方針を採っている経営者は、「専門誌やビジネス書の読書」や「無料の経営者向けの研修やセミナーの受講」を始め、積極的に経営に関する知識・スキルを習得するための取組を実施していることが分かる。一方で、経営方針が「売上拡大・利益拡大以外」である経営者の3割超が「特にない」としており、前向きな経営方針を採る経営者と比較すると、経営に関する学習に消極的である様子が見て取れる。 第2-2-118図は、経営者の経営に関する学習時間確保の状況別に、学習の動機について見たものである。「不足する知識・スキルの習得」や「経営者としての責任感」は、学習時間確保の状況に関わらず、5割超となっている。また、学習時間確保の状況による差異について見ると、「先進的な知識・スキルの習得」や「具体的な経営課題の解決」は特に差異が大きく、学習意欲の高い経営者はこれらの動機により学習時間を確保している様子がうかがえる。 第2-2-119図は、「先進的な知識・スキルの習得」と「具体的な経営課題の解決」を学習の動機としている経営者の学習内容について見たものである。「先進的な知識・スキルの習得」を動機としている経営者とそれ以外の動機としている経営者を比較すると、「専門誌やビジネス書の読書」は特に実施割合の差異が大きいことが分かる。また、「具体的な経営課題の解決」を動機としている経営者とそれ以外の動機としている経営者を比較すると、「自社の状況に応じたコンサルティングやコーチング」は特に実施割合の差異が大きい。 第2-2-120図は、学習内容の実践状況別に、売上高増加率について見たものである。これを見ると、経営者が学習で得た内容をすぐに経営・業務で実施している企業の方が、売上高増加率が高いことが分かる。経営者は、経営に関して学習するだけでなく、学習で得た内容をすぐに経営・業務で実践することが重要といえよう。 第2-2-121図は、経営に関する知識・スキルを習得するために有益な学習機会について見たものである。「税理士やコンサルタント」や「業界団体や同業者・取引先とのネットワーク」、「金融機関」といった日頃の業務における関わりの中で、経営に関する知識・スキルを効果的に習得している様子が見て取れる。また、「研修、セミナーを主催する民間企業」の割合も高く、専門的な学習機会が有益であるとする経営者も多いことが分かる。 第2-2-117図で見たとおり、意識的に経営に関する学習をせずに経営に当たっている経営者も一定数存在する。 第2-2-122図は、経営に関する学習をしない理由について見たものである。これを見ると、「必要性を感じない」とする経営者が最も多く、過半数となっている。第2-2-115図や第2-2-120図で確認したとおり、経営者の学習状況と企業の成長性には一定の相関関係が見られる。学習機会の中で、顕在的な課題解決だけでなく、経営者自身も気がついていない潜在的な課題を認識することも想定され、現時点で必要性を感じていない経営者においても、一度立ち止まって自身の知識・スキルの状況を見直し、不足する分野や伸ばしたい分野について学習してみることも有益だろう。 事例2-2-17及び事例2-2-18は、経営者が経営に関する学習を通じて、知識・スキルを高め、経営で実践することで、業績を向上させている企業の事例である。 〔4〕企業の成長に寄与する経営者の知識・スキル ここまで確認したとおり、中小企業経営者は、経営・マネジメント業務と現場業務を両立させつつ、経営者としてのキャリアを重ね、経営経験や経営に関する学習を積み重ねることで経営力を高め、企業を成長させている。一方で、一般的に経営者が身につけるべき知識・スキルは一従業員が身につけるべき知識・スキルとは異なると想定されるが、経営者の状況や企業が置かれている環境などにより、経営者に求められる知識・スキルは多様であるため、必要な知識・スキルを体系的に整理した研究は少ない。そこで、本項では、アンケートから得られたデータについて因子分析を実施することで、中小企業の経営者が身につけている資質に共通する要素を抽出し、企業の成長に寄与する経営者の知識・スキルを類型化する。経営者自身の状況と照らし合わせて、経営力を高める際の参考にされたい。なお、本分析では、経営者に必要と仮定した35の資質を基に分析を実施しており、必ずしも全ての知識・スキルが網羅されていない点に留意されたい。 第2-2-123図は、経営者に必要と仮定した35の資質について、因子分析を実施した上で、共通性が認められる資質ごとに分類し、類型化したものである。本分析から六つの知識・スキルが得られた。一つ目は、「臨機応変に対応し、意思決定する力」である。二つ目は、「傾聴し、人を導く力」である。三つ目は、「理論的に考えて本質を見抜き、適切に表現する力」である。四つ目は、「計数管理・計画能力」である。五つ目は、「問題意識を持ち、自己変革する力」である。六つ目は、「業界に精通する力」である。 第2-2-124図は、因子分析により得られた六つの知識・スキルについて整理したものである。これらの六つの知識・スキルについて、経営者自身の強み・弱みと比較し、不足する知識・スキルについては意識的に習得することが重要である。 第2-2-125図は、経営者の強みとする知識・スキル別に、利益の主な使い道について見たものである。「臨機応変に対応し、意思決定する力を強みとする経営者」や「理論的に考えて本質を見抜き、適切に表現する力を強みとする経営者」は、主な利益の使い道について、研究開発とする割合が相対的に高い。また、「問題意識を持ち、自己変革する力を強みとする経営者」は、主な利益の使い道について、設備投資とする割合が相対的に高い。第2-2-110図で見たとおり、投資行動と企業の成長性は関連しており、経営者の身につけている知識・スキルがこうした前向きな投資行動につながり、企業の成長を促している可能性が示唆される。 第2-2-126図は、経営者の強みとする知識・スキル別に、従業員の仕事に対する意欲について見たものである。「傾聴し、人を導く力を強みとする経営者」や「理論的に考えて本質を見抜き、適切に表現する力を強みとする経営者」の経営する企業では、従業員の仕事に対する意欲について、「とても意欲的である」割合が高い。従業員の仕事に対する意欲を引き出すためには、経営者がこうした知識・スキルを身につけることも有益であろう。 第2-2-127図は、売上高増加率の水準別に、六つの知識・スキルの高さについて見たものである。これを見ると、売上高増加率の高い企業群では、それぞれの知識・スキルについても高い傾向にあることが分かる。個々の知識・スキルは必ずしも網羅的ではなく、経営者がこれらを高めただけでは、企業が必ずしも成長できるとは限らないものの、企業の成長を実現していく上で経営者が高めるべき知識・スキルの要素であるといえる。 第2-2-128図は、六つの知識・スキルの高さの水準別に、経営に関する学習時間について見たものである。いずれの知識・スキルについても水準が高い経営者ほど、学習時間が長い傾向にあることが分かる。知識・スキルの向上に当たっては、日々の経営経験の中で自然と身につけるだけでなく、意識して学習することが重要と示唆される。 第4節 中小企業が対応を迫られる外部環境 本節では、中小企業の感染症下における海外展開の状況を確認するほか、企業における取組が世界的に求められつつある脱炭素化への取組や人権尊重に係る取組の実施状況、感染症下での借入金の過剰感が増した企業の状況についても確認していく。 1.海外展開 感染症の流行以降、海外への往来が制限され、海外とのビジネスが以前のように行うことが難しい状況が長期化している。しかしながら、我が国の人口が減少する中で、成長を目指していく企業においては海外需要の獲得は重要である。 本項では、中小企業の海外展開の状況について確認し、感染症下で活発となっている越境ECの状況などを見ていく。 〔1〕海外展開の現状 海外需要の取り込みにおいて、感染症流行以前では増加するインバウンド需要の取り込みは重要な取組であった。第2-2-129図はインバウンド需要の動向を示したものである。これを見ると、2011年から2019年にかけて一貫して増加傾向で推移していたものの、2020年の感染症流行以降大幅に減少しており、感染症流行以前の水準まで回復するには一定程度の時間を要する状況である。 こうした状況を踏まえ、続いて輸出や海外直接投資といった海外展開の現状について確認する。第1-1-40図(再掲)は、企業規模別に直接輸出企業の割合を見たものである。これを見ると、中小企業における輸出企業の割合は、長期的には増加傾向にあったものの、足元ではおおむね横ばいで推移している。また、直接投資企業の割合においても、中小企業では、長期的には増加傾向であったものの、足元ではおおむね横ばいで推移していることが分かる(第1-1-42図(再掲))。 足元における中小企業の海外展開の状況と今後の意向について確認すると、多くの企業において、海外展開の意向を持っていない一方で、海外展開について今後更に拡大を図る企業、今後新たに海外展開に取り組む意向である企業が一定程度存在することが分かる(第2-2-130図)。 〔2〕海外展開における課題、輸出におけるECの活用 感染症流行の影響が長引く中で、中小企業が海外展開において感じている課題について確認する。第2-2-131図は、既に海外展開を実施している企業が最も強く感じている課題を示したものである。これを見ると「販売先の確保」と回答した企業の割合が最も高くなっていることが分かる。また、現在海外展開を実施していないものの、今後新たに取り組みたいと考えている企業における課題についても、「販売先の確保」の回答割合が最も高くなっていることが分かる(第2-2-132図)。中小企業白書(2014)では、海外展開における課題は今回の調査と同様に、「販売先の確保」が最も重要な課題となっており、海外展開における課題は大きくは変わっていない様子がうかがえる。 一方で、海外展開の環境については、近年において変化が見られる。感染症流行以降、生活様式の変化などにより、EC(電子商取引)の市場規模が世界的に拡大しており(第2-2-133図)、国境を越えた取引(越境EC)も活発になっている。特に、市場規模の大きい米国及び中国の消費者による日本の事業者からのEC購入額の推移を確認すると、いずれも年々拡大していることが分かる(第2-2-134図)。 続いて、実際に販売でECを活用している企業のうち、越境ECを利用している企業の割合を見ると、中小企業においても2016年以降増加傾向にあることが分かる(第2-2-135図)。 ここまで見てきたように、海外需要を取り込む上では、当面はインバウンド需要の獲得は見込みづらい状況にあるため、足元での感染症の影響などを踏まえ、実際に市場規模が拡大しつつある越境ECを含め輸出などの海外展開を検討することも必要である。 コラム2-2-4では、越境EC事業における国や公的機関による支援策と合わせて越境ECに取り組む企業の事例を紹介している。また直接投資による海外展開においては、海外企業のM&Aを活用する選択肢も存在する。事例2-2-19では感染症下においても、リモート会議を活用し、現地のM&A支援会社などの協力を受けながら、海外M&Aを実施し、海外展開を進めている企業を紹介している。なお、輸出などによる海外展開と比較すると、海外M&Aを含めた海外直接投資はリスクが大きい点には留意が必要である。 2.共通価値としての「脱炭素化」と「ビジネスと人権」への対応 感染症の影響が長引く中でも、SDGsへの社会的な認知の高まりに代表されるように、グリーンや人権といった課題に対して企業も積極的に取り組む機運が高まってきている(第2-2-136図)。 ここでは、脱炭素化に向けた取組状況やその効果、またビジネスと人権に係る取組状況について確認していく。 〔1〕脱炭素化に向けた取組 近年、期限付きでのカーボンニュートラル目標を表明する国地域が増加しており、世界的に脱炭素化に向けた動きが加速している。我が国においても、2020年10月に温室効果ガスの排出を2050年までに実質ゼロを目指すことを宣言するなど、脱炭素社会の実現に向けた社会的気運が高まっている。 昨今、グローバル企業を中心にRE100やSBTなどの脱炭素経営に向けた企業の取組が急速に広がり、自らの事業活動に伴う排出だけでなく、原材料や部品の調達、製品の仕様段階も含めて排出量を削減する動きが出てきており、中小企業にとっても対応が必要となる可能性が高まってきている。 ここでは、まず中小企業における温室効果ガスの排出量の把握状況を確認し、脱炭素化に向けた取組の実施状況や取組の課題や効果について確認していく。 (1)温室効果ガスの把握状況 脱炭素化の動きに対応し、脱炭素化に向けた計画を策定していく上では、まずは現在の自社における温室効果ガスの排出量を把握することが重要となる。第2-2-137図は、中小企業における、自社が排出する温室効果ガスの排出量の把握状況を確認したものである。把握している企業の割合は16.5%となっている一方で、「今後実施する予定はない」と回答した企業の割合が5割を超えており、中小企業において自社の排出する温室効果ガスの排出量の把握自体が進んでいない状況が見て取れる。 続いて、第2-2-138図は業種別に確認したものである。建設業や製造業、運輸・郵便業において、既に実施している又は今後実施する方針の企業の割合が高くなっている。一方で、情報通信業においては、「今後実施する予定はない」と回答した企業の割合が高くなっており、業種によっても温室効果ガス排出量の把握状況に差がある様子が見て取れる。 (2)脱炭素化に向けた取組 第2-2-139図は脱炭素化に向けた取組の実施状況を確認したものである。既に脱炭素化に向けた取組を実施している企業の割合は17.4%となっており、脱炭素化に向けた取組についても十分には進んでいないことが分かる。 続いて、第2-2-140図は脱炭素化に向けた取組の実施状況を、従業員規模別に確認したものである。従業員規模の大きい企業ほど脱炭素化の取組を実施している企業の割合が高いことが分かる。また、第2-2-141図は、取引先からの脱炭素化に向けた取組の要請状況を、従業員規模別に確認したものである。従業員規模の大きい企業ほど脱炭素化の取組を取引先から要請されている企業の割合が高いことが分かる。従業員規模が大きい企業においては、取引先から取組を求められ、それに対応する形で脱炭素化に向けた取組を実施している企業の割合が高くなっている一方で、従業員規模が小さい企業では、取引先からの対応をあまり求められておらず、取組を実施している企業の割合が低くなっている可能性が考えられる。 続いて、脱炭素化に向けた取組を実施している企業の取組内容について確認すると、「エネルギー効率の高い機器・設備の導入」の回答割合が最も高くなっており、次いで「太陽光発電設備の設置」、「電化の促進」、「使用エネルギーの見える化」の回答割合が高くなっていることが分かる(第2-2-142図)。 (3)脱炭素化に向けた課題と脱炭素化の取組による効果 第2-2-143図は、脱炭素化に向けて取組を実施していない理由を確認したものである。これを見ると、「自社の排出量は少ないと思うため」の回答割合が最も高くなっており、次いで「取引先からの要請がないため」の回答割合が高くなっていることが分かる。脱炭素化の取組の必要性を感じていないことが、中小企業において取組が進んでいない理由と考えられる。一方で、脱炭素化の取組状況別に、温室効果ガス排出量の把握状況を確認すると、脱炭素化の取組を今後実施する予定のない企業の93.0%は自社の排出量自体を把握した上で少ないと判断しているわけではないことが分かる(第2-2-144図)。 第2-2-145図は、脱炭素化の取組を実施する予定がない企業について、どのような効果があれば脱炭素化の取組を前向きに検討するかを確認したものである。これを見ると、「顧客からの評価向上」の回答割合が最も高くなっており、次いで「コストカット」の回答割合が高くなっていることが分かる。 続いて、第2-2-146図は脱炭素化を進めることによる効果を確認したものである。これを見ると、「光熱費・燃料費の低減」の割合が最も高く、次いで「市場での競争力の強化」の割合が高くなっている。第2-2-145図で、前向きとなる効果として挙げられていたコスト削減や自社の企業価値を高める効果を、実際に脱炭素化の取組を行うことで感じている企業が多くいることからも、現状脱炭素化に向けた取組を実施する予定はない企業においても、脱炭素化に向けた取組を実施していくことは有効であるといえよう。 ここまで見てきたように、脱炭素化に向けた取組は、その前提となる温室効果ガス排出量の把握から十分に進んでいないのが現状である。一方で、既に取組を実施している企業においては、コスト削減効果だけでなく自社の企業価値を高める効果を感じる企業も存在していることが確認された。 今後、中小企業においても脱炭素化に向けた取組への対応が求められることが予想されることからも、まずは自社の温室効果ガス排出量の把握を行い、自社にできる取組から始めていくことが重要である。 事例2-2-20では、自社で発電する太陽光発電を活用し、サプライチェーンまで含めた脱炭素化に取り組むことで企業価値を高めている企業を、事例2-2-21では、再生原料に着目し製造過程において脱炭素化に早くから取り組む企業を紹介している。これらの事例のように、早い段階から脱炭素化に取り組むことで、他社との差別化につながり、新たな販路開拓や企業の知名度アップなどの効果も期待できるといえよう。 〔2〕ビジネスと人権 2011年の国連人権理事会において支持された「ビジネスと人権に関する指導原則」では、人権の尊重は、全ての企業に期待されるグローバルな行動基準であり、企業の社会的責務であるとされている。また、近年、国際社会において人権問題への関心が高まる中、日本政府は2020年10月に「ビジネスと人権」に関する行動計画(以下、「行動計画」という。)を策定した(第2-2-147図)。行動計画において、その規模、業種などにかかわらず日本企業に対して、人権デュー・ディリジェンス(以下、「人権DD」とする。)のプロセス導入への期待を表明しており、中小企業においても今後対応が求められている。 ここでは、(株)東京商工リサーチが実施した「令和3年度取引条件改善状況調査」の結果を主に用いて、中小企業の事業活動における、人権に対する取組状況について現状を確認していく。 (1)人権尊重に対する認識 第2-2-148図は、従業員規模別に中小企業の企業活動における人権尊重の認識状況を示したものである。従業員規模が大きい企業ほど、企業活動における人権尊重を認識している割合が高くなっており、いずれの従業員規模においても7割超の企業が「認識している」と回答していることが分かる。 (2)人権に関する取組の実施状況 第2-2-149図は、従業員規模別に人権方針の策定状況を示したものである。301人以上の企業では3割以上で既に策定している一方で、50人以下の企業においては策定している企業の割合が1割以下にとどまっていることが分かる。 第2-2-150図は、従業員規模別に人権DDの実施状況を示したものである。301人以上の企業では2割以上が少なくとも自社について既に実施している一方で、50人以下の企業においては1割以下にとどまっていることが分かる。 続いて、第2-2-151図は、販売先からの人権尊重に関する取組の働きかけや要請の有無を、従業員規模別に示したものである。これを見ると、301人以上の企業において、「ある」と回答した企業の割合が1割を超えているものの、実際に販売先から働きかけや要請まで受けている企業は一部の企業に限られていることが分かる。多くの企業において取引先から要請を受けていないこともあり、人権尊重に関する取組を実施する必要性に迫られておらず、人権方針の策定などに至っていないものと推察される。 近年、欧米を中心に人権尊重を理由とする法規制の導入が進む中、企業として取組の強化が求められていることへの留意が必要である。特に、直接・間接問わず海外との取引を行っている企業においては、海外の人権関連の動向を注視しておく必要がある。コラム2-2-5では、ビジネスと人権を巡る国際動向と日本政府の取組について紹介しているので、参照いただきたい。また、事例2-2-22ではサプライチェーンにおける人権尊重に積極的に取り組む中小企業を紹介している。 3.過剰債務の現状とエクイティ・ファイナンスの検討 第1部で確認したように、感染症流行後、補助金や実質無利子の融資制度といった大規模な資金繰り支援策が講じられ、こうした施策もあり企業の倒産件数は低水準となった(第1-1-29図)。一方で、感染症の影響が長引く中で収益力が十分に回復せずに借入金が増加し、債務の過剰感を持っている企業が増えている傾向にある。ここでは、企業が感じる借入金の過剰感の現状を確認しつつ、成長のための資金調達の手段としてエクイティ・ファイナンスの活用意向について確認していく。 〔1〕借入金の過剰感 第2-2-152図は感染症流行前(2020年1月)、及び現在の借入金の過剰感を確認したものである。これを見ると、感染症流行前に比べて、借入金の過剰感を感じていると回答した企業の割合が増加していることが分かる。 借入金の過剰感別に、借入金の水準を確認したものが第2-2-153図である。これを見ると、「大いに感じている」と回答した企業では、借入金月商倍率が5倍を超える企業が半数以上となっている一方で、借入金の過剰感を「ほとんど感じていない」と回答した企業では、多くの企業で借入金月商倍率が2倍以下となっている。 続いて、第2-2-154図は借入金の過剰感別に、借入金の返済見通しを確認したものである。これを見ると、借入金の過剰感を感じている企業ほど、借入金の返済見通しに懸念を感じていることが分かる。また、第2-2-155図は、借入金の過剰感別に、新たな資金調達ができなくなることの懸念感を確認したものである。これを見ると、借入金の過剰感を感じている企業ほど、新たな資金調達ができなくなることへの懸念を感じている企業の割合が高くなっていることが分かる。借入金の過剰感を感じている企業の中には、借入金の返済見通しに懸念があり、借入れを含めた新たな資金調達を行うことが難しい状況に陥っている企業が一定数存在する様子がうかがえる。 〔2〕成長のための資金としてのエクイティ・ファイナンスの検討 第2-2-156図は、借入金の過剰感別に、感染症収束後の事業の方向性を確認したものである。これを見ると、「成長を目指す」と回答している企業の割合に大きな差はなく、債務の過剰感とは関係なく、感染症収束後には成長を目指したいと考えている企業が半数以上存在する様子がうかがえる。 ここからは、(株)三菱総合研究所が「令和3年度中小企業実態調査事業 中小企業に対する直接金融に係る調査」において実施したアンケート調査の結果を用いて、成長投資のための資金調達の現状について確認する。 第2-2-157図は、過去(直近5年間程度)における、資金調達の方法を確認したものである。これを見ると、全体において、「銀行等金融機関からの借入(社債含む)」の回答割合が最も高くなっていることが分かる。一方で、増資による資金調達を実施した企業の割合は総じて低くなっている。また、売上規模別では、1億円以上10億円未満の企業において、補助金を活用している企業の割合が高いことが分かる。 続いて、第2-2-158図は、増資ではなく、借入れによる資金調達を選択した理由について確認したものである。全体では、「借入先に融資を前提に相談した(資金調達として、それ以外に思い当たらなかった)」、「借入先に資金調達についての相談をした結果、提案されたのが融資であった」と回答した企業の割合が合わせて76%となっており、多くの事業者が増資による資金調達自体を検討せずに借入れによる資金調達を選択している様子がうかがえる。 第2-2-159図は、成長投資への資金を借入れで調達したことへの考えを示したものである。全体では、「何も問題はない」と回答した企業の割合が最も大きいものの、「借入金の返済に向けて投資した事業から早期に利益を生み出さなければならず、大きなチャレンジはしにくかった」や「希望した金額を調達することができず、当初の予定よりも小規模な取組みしかできなかった」と回答した企業の割合の合計が約4割となっており、借入れでの資金調達では、やりたかったチャレンジができなかったと感じている企業が一定数存在する様子がうかがえる。 第2-2-160図は、資金調達の手法として、今後増資を検討したいと考えるかを確認したものである。全体では、「積極的に活用したい」、「機会があれば活用を検討したい」と回答した企業の割合が合わせて37%となっており、売上規模別で見ると、売上規模の小さい企業では少し割合は下がるものの、エクイティ・ファイナンスの活用に関心がある企業が一定程度存在することが分かる。また、第2-2-161図は、増資による資金調達を検討したいと回答した企業に対して、その理由について確認したものである。全体及びいずれの売上規模においても、「収益化までに時間がかかる新しい事業にチャレンジができる」の回答割合が最も高くなっており、次いで「アフターコロナを見据え、事業転換のための投資ができる」、「中長期的な目線で研究開発等ができる」と回答している企業の割合が高くなっている。返済の必要がない資金というエクイティ・ファイナンスの特徴が、新規事業や事業転換といった取組のための資金として適していると考えている事業者が一定程度存在することがうかがえる。 最後に、第2-2-162図はエクイティ・ファイナンスを既に利用している企業に対し、メリットを確認したものである。これを見ると「資金繰りの安定化」と回答した企業の割合が最も高くなっており、次いで「ガバナンスの強化」や「出資元からの人材面での支援」と回答した企業も一定数存在する。資金調達においてエクイティ・ファイナンスを活用することは、資金繰り面での効果以外にも、人材面での支援などの効果も期待できるといえよう。 以上、本項では感染症流行以降、借入金の過剰感を感じている企業の割合が増加し、また借入金の過剰感を感じている企業において、新たな資金調達への懸念を感じている企業の割合が高いことを確認した。また、債務の過剰感を感じている企業においても成長を目指す意向を持つ企業が半数程度存在することや、新しいチャレンジや事業転換といったリスクを伴う投資のために、エクイティ・ファイナンスの活用意向を持つ企業も存在することを確認した。 事例2-2-23では、ファンドからの出資と合わせて、人材やDXのノウハウを受け入れることで、それまで十分に進んでいなかった業務のDX化を急速に進め、経営改善につなげている企業の事例を紹介している。経営者は日々の業務に忙殺され、成長や事業転換に向けた取組に着手できていない場合も多く、ファンドなどによる支援を通じて比較的中長期を見据えた経営戦略などを描くことで、事業者自身が成長に向けた気付きを得て、成長につながる可能性も考えられる。また、コラム2-2-6では、証書貸付けなどの、中小企業にとって一般的な資金調達以外の新たな資金調達手段として、近年注目されているオルタナティブ・ファイナンスについて紹介している。 4.スタートアップ ここでは、我が国のスタートアップを取り巻く現状について概観する。 第2-2-163図は、国内スタートアップ企業の資金調達額の推移を示したものである。資金調達額は2019年にかけて一貫して増加傾向にあり、感染症流行の影響があった2020年に一時落ち込むものの、2021年には再び増加していることが分かる。 続いて、第2-2-164図は、投資家側から見たスタートアップへの投資額の推移を、投資家のタイプ別に示している。2020年において一度落ち込んでいるものの、2014年以降はおおむね増加傾向にあり、2021年は感染症下であったものの、VC(ベンチャーキャピタル)や事業法人などによる投資額が増加しており、1兆円を超えていることが分かる。 続いて、第2-2-165図は、G7諸国におけるベンチャーキャピタル投資(対GDP比)の比較を示したものである。これを見ると、日本のベンチャーキャピタル投資額の対GDP比は0.03%であり、G7諸国の中ではイタリアに次いで低いことが分かる。日本におけるスタートアップ向けの投資額は増加傾向にあるものの、米国などと比較すると依然として大きな差があり、スタートアップの資金調達環境の整備が求められている状況にある。 続いて、第2-2-166図は起業家に対して、起業に当たり最も影響を受けた人を確認したものである。これを見ると、「身の回りにいた起業家」や「同じ思いの友人」の回答割合が高くなっていることが分かる。身近に起業家や起業を目指す人がいる環境が、起業においては重要といえよう。 また、第2-2-167図は周囲に起業家がいる人の割合を確認したものである。これを見ると、日本では身近に起業を経験した人が他国に比べて低くなっていることが分かる。 第2-2-168図は、起業家が考える、日本で起業が少ない原因を示したものである。これを見ると、「失敗に対する危惧」の回答割合が最も高く、次いで「学校教育」、「身近に起業家がいない」となっていることが分かる。日本において起業を目指す人の数が増えていくためには、こうした失敗に対するリスクが抑えられることや、身近に起業を考える人が増えるような環境の整備が求められているといえよう。 最後に事例2-2-24では、ファンドに限らず、企業や個人などからのエクイティによる資金調達や政府系金融機関などからの借入れによる資金調達を活用し、研究開発投資を行うことで、高品質な人工ダイヤモンド結晶の実用化に成功し、市場ニーズを捉えて業績を急拡大させている企業を紹介している。 第5節 まとめ 本章では、企業の成長を促す経営力と組織について分析した。 第1節では、ブランドの構築・維持に向けた取組状況や取組内容を概観した。ブランドの構築・維持に取り組んでいる企業においては、ブランドが取引価格の維持・引上げにつながっていることが確認された。またデザイン経営の取組状況についても確認し、ブランドコンセプトを明確化することや、社内外へ浸透させることにより、ブランド力を高めることの重要性を事例を交えながら確認した。 第2節では、中小企業における能力開発や人事評価制度などの人的資本投資に関する取組について分析した。計画的なOJT研修やOFF-JT研修を実施している企業の方が、売上高増加率が高く、積極的に従業員の能力開発に取り組むことの重要性を指摘した。また、人事評価制度や、給与体系の整備、福利厚生施策の実施など、総合的な人事施策の重要性について確認した。さらに、フリーランス人材などの外部人材の活用が中小企業の競争力を高める可能性について確認した。中小企業経営は経営者一人だけでは成り立たない。重要な経営資源である人材とともに、組織として経営課題を克服していく必要がある。従業員の能力を引き出すためには、従業員が存分に活躍できる環境を整えることが重要である。こうした人的資源投資に関する取組を通じて、我が国の中小企業がさらに発展していくことを期待したい。 第3節では、経営理念・ビジョンに着目し、掲げている内容や浸透に向けた取組について分析した。複数のステークホルダーを意識した経営理念・ビジョンを掲げる企業が多いことや、自社の存在意義や目指す未来像を継承する重要性、環境の変化に応じ再構築していく意義を確認した。また、組織内の浸透を課題とする企業が少なくない中で、全社的に浸透している企業は従業員の自律的な働き方の実現に寄与していることや経営判断のより所となっていることを確認した。 次に、経営戦略の策定における外部環境及び内部環境の情報収集・分析状況を概観し、情報を分析し経営戦略に十分に反映させている企業の割合が多くはないことを確認した。また、経営戦略を定期的に見直すことや、社内に浸透させることの重要性についても確認した。 さらに、中小企業経営者に着目し、経営者の特徴を確認しつつ、経営力を高める取組について分析した。経営者の多くは、経営に関する学習状況を十分に確保できていないと認識していることや、経営者が学習時間を意図的に確保している企業の方が、売上高増加率の水準が高い傾向にあることを確認した。また、経営者が学習するだけでなく、学習した内容を経営や業務で実践することの重要性を指摘した。 第4節では、感染症下での海外展開の状況を概観し、中小企業において越境ECの利用割合が増加傾向にあることを確認した。また、脱炭素化やビジネスと人権といった共通価値に対する認識や取組状況について概観し、中小企業における取組が十分に進んでいない状況を確認した。さらに感染症下で過剰債務に悩む企業が少なくないことを確認した。最後にスタートアップ企業を取り巻く状況についても概観した。 第3章 共通基盤としての取引適正化とデジタル化、経営力再構築伴走支援 本章では、共通基盤としての取引適正化とデジタル化、経営力再構築伴走支援について確認していく。 第1節 取引適正化と企業間取引 本節では、(株)東京商工リサーチが実施した「令和3年度取引条件改善状況調査」の結果から、中小企業における感染症流行後の企業間取引の状況を確認する。 第2-3-1図は、最も多く取引している販売先との取引において、業種別に、2021年の受注量及び受注単価の変化について見たものである。業種に関わらず、4割程度の企業で、2020年と比べると受注量が減少していることが分かる。一方で、製造業では4割程度、サービス業やその他業では3割程度の企業で、受注量が増加しており、一部の企業では、感染症流行による影響から回復している様子も見て取れる。また、受注単価については、業種に関わらず、減少しているのは2割程度となっており、多くの企業では横ばいか増加傾向となっている。 第2-3-2図は、業種別に、感染症下での販売先数の変化について見たものである。いずれの業種も2割超の企業で、販売先数が「減少した」と回答していることが分かる。一方で、1割未満ではあるものの、感染症下においても販売先数を増加させている企業も存在する。 第2-3-3図は、業種別に、感染症下で販売先数を増加させた企業の増加要因について見たものである。これを見ると、いずれの業種においても、多くの企業が「既存事業で域内(従来の商圏内)の販路を拡大」と回答していることが分かる。また、製造業では、「既存事業で域外の販路を拡大」や「新規事業に進出し、販路を拡大」の割合が相対的に高いことが分かる。 第2-3-4図は、感染症下での販売先数の変化の状況別に、取引先との接触頻度について見たものである。これを見ると、販売先数を増加させている企業では、接触頻度も増加させている割合が相対的に高く、販売先数を減少させている企業では、接触頻度も減少している割合が高いことが分かる。リモート商談など、コミュニケーション方法が多様化する中で、適切な接触頻度を維持する姿勢が重要といえよう。 第2-3-5図は、企業間取引におけるデジタル化の状況について見たものである。これを見ると、いずれも5割前後の企業が既に対応済みであることが分かる。また、リモート商談については、2020年に対応した企業が3割超と高く、感染症の流行を契機に多くの企業が対応したことが分かる。電子受発注については、4割程度の企業が2019年以前から対応していたことが分かる。 第2-3-6図は、企業間取引におけるデジタル化に対応したことによる効果について見たものである。リモート商談においては、感染症対策として対応した企業が多いものの、「出張コストを減らすことができた」や「遠方の取引先との交渉が可能になった」といったコスト削減などの効果を実感する企業が多いことが分かる。電子受発注においては、「生産性が向上した」や「業務の定型化・マニュアル化が可能になった」といった業務効率化に関する効果が上位となっている。 第2-3-7図は、業種別に、直近1年間の各コストの動向について見たものである。いずれにおいてもコストが低下している企業は1割程度となっており、多くの企業では、コストが横ばいから上昇傾向にあることが分かる。 第2-3-8図は、業種別に、直近1年のコスト全般の変動に対する価格転嫁の状況について見たものである。これを見ると、「概ね転嫁できた」と回答したのはいずれの業種においても2割未満である。「転嫁できなかった」と回答したのは製造業やサービス業では4割超、その他業でも3割超となっている。 第2-3-9図は、コスト変動を価格転嫁できなかった際の対応について見たものである。これを見ると、7割超の企業で価格転嫁できていないことが、利益の減少に直結していることが分かる。こうしたことからも、依然として価格転嫁は企業間取引における課題となっている様子が見て取れる。 第2-3-10図は、直近1年間の各コストの変動に対する価格転嫁の状況について見たものである。製造業やその他業では、原材料・仕入価格の変動は比較的価格転嫁できているものの、エネルギーコストや労務費の変動は価格転嫁できていない様子が見て取れ、コストの内容によっても、価格転嫁の可否が異なっていることが分かる。また、サービス業では、原材料・仕入価格の変動についても、「転嫁できなかった」とする割合が5割程度と相対的に高い。 第2-3-11図は、取引価格や単価の交渉機会の有無別に、コスト全般の変動に対する価格転嫁の状況について見たものである。これを見ると、販売先との交渉機会が設けられていない企業では、「価格転嫁できなかった」とする割合が6割超と高い。価格転嫁に向けては、販売先との交渉の機会を設けることが重要である。 第2-3-12図は、取引価格や単価の交渉の機会のきっかけについて見たものである。「自社から提案する」や「販売先・自社の双方から提案」が合わせて9割超となっており、交渉機会を設けるためには、自社から積極的に提案する姿勢が重要といえよう。 第2-3-13図は、販売先との交渉の機会が設けられていない要因について見たものである。「取引関係が長く交渉の機会が不要であるため」が5割程度と最も高い。一方で、「商慣行として提案が難しい状況にある」や「販売先の意向が強いため」といった回答も3割超となっており、適正な価格転嫁に向けて、発注側事業者においては、受注側事業者が価格交渉をしやすい環境を提供するような取組が期待される。 第2-3-14図は、業種別の価格転嫁の達成状況について見たものである。これを見ると、「金属」や「放送コンテンツ」などにおいて、価格転嫁が進展している様子が見て取れる。 第2節 中小企業におけるデジタル化とデータ利活用 本節では、(株)東京商工リサーチが「令和3年度中小企業実態調査委託費(中小企業の経営戦略及びデジタル化の動向に関する調査研究)」において実施した、中小企業・小規模事業者を対象としたアンケート調査の結果を主に用いて、中小企業におけるデジタル化の取組とデータ利活用について分析していく。 中小企業白書(2021)では、感染症の流行を受けてWeb会議やテレワークなどに取り組む企業が増加するなど、我が国の中小企業においてデジタル化への意識の変化がうかがえることを示した。今回の白書では感染症の影響が長期化した中で、依然として中小企業におけるデジタル化の機運が醸成されつつあるかを概観した上で、取組状況の変化やIT投資の動向、データ利活用の取組などを確認していく。 1.デジタル化の優先順位の変化 第2-3-15図は、時点別に見た、事業方針におけるデジタル化の優先順位について示したものである。これを見ると、感染症流行前(2019年時点)から現在(2021年時点)に至るまで毎年徐々に優先順位は高まっており、事業方針におけるデジタル化の優先順位が高い又はやや高いと考える企業は2割以上増えていることが分かる。また、今後(感染症の収束後を想定)においても約7割の企業が優先順位は高い又はやや高いとしているように、現在よりも優先順位が更に高まる傾向にある。このように、感染症流行直後から高まった中小企業におけるデジタル化の機運は、今後も継続していくことが考えられる。 第2-3-16図は、業種別に前掲の第2-3-15図の結果を示したものである。これを見ると、感染症流行前は、優先順位が高い又はやや高いと考える企業が5割を超えていたのは情報通信業と学術研究専門・技術サービス業のみだったが、現在は生活関連サービス業・娯楽業を除く全ての業種で5割を超えていることが見て取れる。感染症流行前の時点で優先順位が高い又はやや高いと考える割合が低かった宿泊業・飲食サービス業においても約2割、生活関連サービス業・娯楽業も2割程度増加していることが分かる。 今後の方針としては、情報通信業と学術研究専門・技術サービス業に加えて、卸売業、建設業も優先順位が高い又はやや高いと考える企業が約7割となっている。 感染症流行前より大企業を中心としたデジタル化の機運が高まりつつあり、中小企業のデジタル化を支援する各種支援策も講じられていた中で、感染症の流行がそれまで優先順位が低い傾向にあった業種も含めて、デジタル化に取り組む意識を底上げする一つのきっかけとなったと考えられる。 第2-3-17図は、従業員規模別に前掲の第2-3-15図の結果を見たものである。これを見ると、従業員規模の大きい企業は、小さい企業と比べて優先順位が高い傾向にある。特に、従業員数が100人を超える企業は、優先順位が高い又はやや高いと考える割合が増加しており、今後の優先順位も8割以上が高い又はやや高いとしていることが見て取れる。 第2-3-18図は、今後のデジタル化の優先順位別に見た、感染症流行前後の各指標の変化と水準を示したものである。労働生産性の変化を見ると、優先順位が高い企業は、感染症による影響が比較的小さかった傾向にある。感染症の影響をある程度抑えられたことで、感染症収束後を見据えて、デジタル化に今後前向きに取り組んでいく意識も高くなっている可能性が考えられる。 他方で、手元流動性の水準を見ると、優先順位が低い企業の水準が高い傾向にある。また、自己資本比率の水準を見ると、優先順位の高低で明瞭な差が見られないことも確認される。このことから、優先順位が低い企業においては、必ずしも財務面の不安がデジタル化の優先度を検討する際の障壁となっているわけではないことが示唆される。 2.デジタル化の取組状況 次に中小企業におけるデジタル化の取組状況について確認する。「デジタルトランスフォーメーションの加速に向けた研究会DXレポート2(中間とりまとめ)」(経済産業省、2020、以下、「DXレポート2」という。)によれば、2020年に地域未来牽引企業を対象とした調査において、DXを実施しているのは1割にも満たず、全体の5割以上の企業がDXをよく知らない又は聞いたことがないと回答していることを指摘している。中堅企業が主な調査対象である調査での結果を踏まえて、DXレポート2では我が国の中小企業には、DXに取り組む以前の問題として、紙ベースや人手作業を中心とした業務フローから脱却できない企業が多くを占める可能性も示唆している。 この点、経済財政白書(内閣府、2021)においても、DXレポート2の内容を踏まえて、デジタル機器の導入や単なるアナログ情報のデジタル化にとどまらず、ビジネスモデルの変化をもたらすものがDXと指摘し、デジタル化の深度に応じてデジタイゼーション、デジタライゼーション、デジタルトランスフォーメーションと分類している(第2-3-19図)。 そこで(株)東京商工リサーチの調査では、DXレポート2や経済財政白書、DX推進指標(経済産業省、2019)、攻めのIT活用指針(経済産業省、2017)のフレームワークをもとに、デジタル化の取組状況を四つの段階に分けて、調査対象企業の取組段階を確認した。各段階は、〔1〕紙や口頭による業務が中心で、デジタル化が図られていない状態(段階1)、〔2〕アナログな状況からデジタルツールを利用した業務環境に移行している状態(段階2)、〔3〕デジタル化による業務効率化やデータ分析に取り組んでいる状態(段階3)、〔4〕デジタル化によるビジネスモデルの変革や競争力強化に取り組んでいる状態(段階4)に大別し、具体的な取組例も併記して調査している(第2-3-20図)。 第2-3-21図は、時点別に見た、デジタル化の取組状況を示したものである。これを見ると、感染症流行前(2019年時点)は、6割以上の企業が段階1〜2の状況にあり、デジタル化による業務効率化やデータ分析に取り組んでいなかったことが分かる。 感染症流行下(2020年時点)に入ると、段階3〜4と段階1〜2の割合がほぼ同水準となり、現在(2021年時点)は段階3〜4の割合が段階1〜2を上回っている。これまで取組が進んでいなかった若しくは全く取り組んでいなかった企業が感染症流行下でデジタル化の取組を進展させてきたことが見て取れる。他方で、段階4に到達している企業は約1割に過ぎず、段階1〜2の企業が4割以上を占めていることも確認される。 第2-3-22図は、感染症流行前と現在におけるデジタル化の取組状況をマトリクス図にしたものである。これを見ると、感染症流行前から段階が進んだ企業が3割以上となっている。段階2から段階3に進展した企業が最も多く、感染症流行下で業務効率化やデータの利活用を本格的に開始した企業が一定数存在したことが見て取れる。他方で、段階3から段階4に進展した企業は少なく、デジタル化を通じたビジネスモデルの変革や競争力強化を実現するハードルが低くないことが示唆される。 段階1及び段階2から進展しなかった企業も約4割に及ぶことも確認される 第2-3-23図は、従業員規模別に前掲の第2-3-21図の結果を示したものである。これを見ると、感染症流行前は、いずれの従業員規模においても、段階4の企業は1割に満たず、段階3を含めても3〜4割程度であったことが分かる。その後、感染症流行下で従業員規模の大きい企業がデジタル化の取組を進めた傾向にあり、現在は100人を超える企業の約8割が段階3〜4に到達している。他方で、5〜20人以下の企業は段階1〜2の企業が約5割となっている。 次に、第2-3-24図は、業種別に前掲の第2-3-21図の結果を示したものである。これを見ると、情報通信業は感染症流行前の時点で段階3〜4の企業が5割以上となっており、現在は7割以上となっている。卸売業は、情報通信業、学術研究専門・技術サービス業に次いで段階3の割合が現在は高く、5割以上となっている。サプライチェーンの中間流通を担い、販売・在庫などの情報が集まる卸売業において、データ分析やデジタル化による競争力強化に着手している様子がうかがえる。 宿泊業・飲食サービス業は、情報通信業に次いで段階4の割合が現在は高い一方で、運輸・郵便業に次いで段階1〜2の割合も高いことが見て取れる。運輸・郵便業は約6割、建設業は約5割の企業が現在も段階1〜2の状況にあり、他業種に比べて取組が進展していないことも確認される。 各業種における感染症流行前と比べたデジタル化の取組状況の増加率を見ると、感染症の影響が大きかった対面型サービス業なども含めて、全ての業種が段階3〜4の企業割合が3割以上増加していることが分かる(第2-3-25図)。 第2-3-26図は、現在のデジタル化の取組状況別に見た、労働生産性と売上高の変化率を見たものである。これを見ると、2015年時点の労働生産性の水準について段階1〜4で大きな差が見られなかった中で、2021年にかけての変化率としては、段階1〜2の企業は労働生産性が減少している一方で、段階3〜4の企業は労働生産性、売上高が増加していることが確認される。今回の調査結果で一概にはいえないが、デジタル化による競争力の強化やデータ利活用に取り組んでいることで、業績面にプラスの効果が現れていることも考えられる。 第2-3-27図は、感染症流行下の取組状況の進展別に見た、2019年から2021年にかけての労働生産性と売上高の変化率を示したものである。これを見ると、感染症流行下でデジタル化の取組が進展した企業は、進展しなかった企業と比べて労働生産性及び売上高の減少幅が小さく、感染症の影響が低い傾向にあったことが見て取れる。デジタル化による業務効率化やデータ利活用の取組が奏功した企業において業績面にプラスの効果があった可能性や、感染症による影響を抑えられた企業がデジタル化の取組段階を進展させた可能性が考えられる。 第2-3-28図は、経営者年齢別に見た、現在のデジタル化の取組状況を示したものである。これを見ると、若い経営者がデジタル化の取組を進めている傾向が見て取れる。他方で、経営者が70代以上の企業は、5割以上が段階1〜2となっている。 第2-3-29図は、現在のデジタル化の取組状況別に見た、感染症収束後の事業方針におけるデジタル化の優先順位を見たものである。これを見ると、優先順位が高い又はやや高いと考える企業が段階3は8割以上、段階4は9割以上となっている。他方で段階1〜2は、優先順位は高いと考える企業が1割程度にとどまることが分かる。 以上、本項では中小企業におけるデジタル化の取組段階について確認してきた。事例2-3-1では、対面型の営業スタイルからの脱却を図るべく、感染症流行下でDX推進室をゼロから立ち上げ、動画戦略を軸としたデジタル化に成功した中小製造業の事例を紹介する。 3.IT投資の現状 本項は我が国の中小企業におけるIT投資の現状を確認していく。2020年に(一社)日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)が実施した東証1部上場企業とそれに準じる企業を対象とした調査によれば、売上高に占めるIT投資額の中央値は1%となっており、約4割の企業が翌年度における投資額を増加する方針であることを示している。 第1-1-23図(再掲)は、企業規模別のソフトウェア投資比率の推移を示したものである。これを見ると、中小企業は大企業に比べて低いものの、2019年以降ソフトウェア投資比率は増加傾向で推移しており、感染症流行下もその動きを継続していたことが見て取れる。 第2-3-30図は、業種別に見た、2020年と2021年のIT投資額を示したものである。これを見ると、2020年及び2021年において、7割以上がIT投資を実施していることが分かる。2021年は2020年に比べて投資額を僅かながら増加している傾向も見て取れる。 業種別に見ると、感染症流行前からデジタル化の優先順位が高かった学術研究専門・技術サービス業や情報通信業は、売上高の2%以上投資している企業が約2〜3割となっており他業種に比べて高い傾向にある。デジタル化の取組段階の二極化の傾向が見られた宿泊業・飲食サービス業は、2021年に売上高の2%以上投資している企業が約2割存在する一方で、IT投資を行わなかった企業が約4割となっていることも分かる。デジタル化の取組状況(第2-3-24図)と同様、IT投資の姿勢も宿泊業・飲食サービス業の中で積極的な企業と保守的な企業で分かれつつあるものと考えられる。 段階1〜2の企業が多い運輸・郵便業は、IT投資を行っていない企業が3割以上となっており、建設業は売上高の1%未満の企業が6割以上となっている。建設業の場合には、感染症による工期遅れ・キャンセルや資材価格の高騰による業績への影響も背景として考えられる。 第2-3-31図は、2020年のIT投資額別に見た、2021年のIT投資額を示したものである。これを見ると、2020年に売上高の2%以上投資していた企業の約9割は、翌年も同水準のIT投資を実施していたことが分かる。2020年に売上高の1%以上2%未満投資していた企業も8割以上が売上高の1%以上の投資を継続しており、継続してIT投資に取り組んでいる姿勢が見て取れる。他方で、IT投資を実施しなかった企業の約9割は2021年も未実施だったことも確認される。 第2-3-32図は、感染症流行下の取組状況の進展別に見た、年間のIT投資額を示したものである。これを見ると、感染症流行下でデジタル化の取組が進展した企業は進展しなかった企業に比べてIT投資を実施している傾向が確認される。IT投資に資金を振り向けたことで、自社のデジタル化の取組段階を進展させることができている様子がうかがえる。 第2-3-33図は、IT投資額の内訳として最も多かったものを示したものである。これを見ると、2020年から2021年にかけて基幹システムなどのハードウェア費や働き方改革に向けたPC・デバイスなどの費用と回答した割合が低下した一方で、ソフトウェアの開発・利用費に投資を行ったと回答した割合が上昇したことが分かる。 情報通信白書(総務省、2021)によれば、2020年における世界のクラウドサービスの市場規模は2017年から倍増の3,281億ドルと高成長を遂げており、2023年には5,883億ドルに達すると指摘している。今回の調査はソフトウェアの開発費用と利用費を区分して集計していないが、ITツール・システムとしてクラウド型を主体とする企業が一定数見られ(第2-3-59図にて後述)、段階3〜4の企業を中心に今後クラウドサービスを拡大していく方針の企業が確認されている(第2-3-61図にて後述)。以上を踏まえると、システムを自社保有するのではなく、従量課金制などによりシステムを利用する中小企業が増えつつあることが示唆される。 第2-3-34図は、業種別に見た、IT投資額の傾向と今後の計画を示したものである。これを見ると、建設業は直近5年間で増加傾向にあった企業が5割以上となっており、全業種で最も割合が高いことが分かる。建設業は前掲の第2-3-30図によれば、2020年から2021年のIT投資額は他業種に比して低かったが、今後5年間のIT投資を増加する予定の企業が3割以上となっている。同業者との差別化に向けてデジタル化に取り組む地域の有力建設業者や、重層的な取引構造の中で大手ゼネコンに追随し、サプライチェーンの合理化に向けデジタル化に取り組む中小建設業者が斯業界のデジタル化の機運を高めていくものと思料される。 段階3の企業が約5割を占める卸売業や小売業は、直近5年間で増加傾向にあった企業が4割以上となっており、今後も投資を増やす予定の企業が3割以上となっている。今後の事業方針としてデジタル化の優先順位は高いと位置づける中で、IT投資を積極的に実施し、デジタル化の取組を発展させる意向を持つ企業が多いと考えられる。 段階3〜4の企業が6割以上を占める情報通信業や学術研究専門・技術サービス業は、直近5年間で毎期安定的に投資を実施してきた企業が約4割、今後5年間についても約7割が同水準のIT投資を計画していることが見て取れる。対面型サービス産業などと比べて感染症による企業活動の影響も限定的だった中で、今後も毎期安定してIT投資を継続していく姿勢にあることが確認される。 段階1〜2の企業が5割以上を占め、直近2年間のIT投資は未実施の企業が3割以上となっていた宿泊業・飲食サービス業と運輸・郵便業は、直近5年間のIT投資も未実施だった企業が約4割となっている。今後5年間もIT投資を予定していない企業がそれぞれ約3割、約2割となっている。このことから、外部環境の変化や感染症による影響などによらず、IT投資に対して保守的な姿勢を継続する企業が一定数存在していると考えられる。前掲の第2-3-32図の結果を鑑みると、IT投資を控えてきたことがデジタル化の取組が進展していない一因と思料される。 第2-3-35図は、現在のデジタル化の取組状況別に見た、今後のIT投資の計画を示したものである。これを見ると、段階3〜4は9割以上が増加又はおおむね同程度を予定している。他方で、段階2の約2割、段階1の約6割が減少又は実施しない予定となっている。 第2-3-36図は、IT投資額別に見た、手元流動性の水準を示したものである。手元流動性の水準は、IT投資を実施する前年の中央値を集計している。これを見ると、売上高の2%以上のIT投資を実施している企業の水準が最も高く、IT投資額の割合が低いほど手元流動性の水準も低い傾向が見て取れる。手元資金が安定している企業がIT投資に十分な資金を投下できていることが考えられる。手元資金が十分でない企業の場合には、金融機関による資金調達や補助金の活用などにより資金面を補っていく意義が示唆される。 他方で、2021年にIT投資未実施の企業の手元流動性の水準は、2020年にIT投資未実施の企業の水準から約0.6か月増加しており、2021年は「売上高の2%以上」に次いで高くなっている。前掲の第2-3-32図の結果を鑑みると、2021年にIT投資未実施の企業の大半は、2020年もIT投資を実施しなかった企業と考えられる。感染症流行下で金融機関からの資金調達や各種資金繰り支援策を活用しつつも、IT投資などの資金流出は控えたことで、手元資金が蓄積している様子がうかがえる。 IT投資は、事業活動の競争力を高める設備投資の一つの手段に過ぎず、有事において手元流動性の確保を優先することも重要な経営判断ではあるが、設備投資を抑えて必要以上に手元資金を持つことは、経営の効率性を損ねている可能性も示唆される。感染症収束後の事業展開に向け、IT投資を今後の選択肢の一つとして検討することも重要な経営判断であるといえるのではないだろうか。 第2-3-37図は、IT投資額別に見た、業務効率化の状況を示したものである。これを見ると、2020年、2021年いずれもIT投資額の比率が高い企業は、デジタル化による業務効率化を実感している傾向にある。他方で、売上高の2%以上投資していた企業において、4割以上が業務効率化を実感していないことも分かる。また、IT投資額が売上高の1%未満の企業も、4割以上が業務効率化を実感していることが確認される。 第2-3-38図は、IT投資額別に見た、デジタル化による競争力強化の状況を示したものである。これを見ると、前掲の第2-3-37図と同様、IT投資額の比率が高い企業が効果を実感している傾向にあるが、売上高1%未満の場合にも、「十分に効果があった」、「ある程度効果があった」企業が6割以上となっていることも確認される。 前掲の第2-3-32図の結果を鑑みると、デジタル化の取組を進展させる上でIT投資に資金を使うことは重要と考えられるが、金額の多寡にかかわらず、自社に合ったIT投資を実践している企業が業務効率化や競争力の強化につなげていると示唆される。 以上、IT投資の現状として同業種・異業種間でIT投資に対する姿勢に差が見られることや、自社の状況に応じてIT投資を実施していく意義などを確認した。 (独)情報処理推進機構(IPA)は、DX推進指標を用いて各企業がDXの取組を自己診断した結果を分析したレポート7内で、最初から多額のIT投資を実行する場合には、数年での費用回収が社内で求められ、結果的に苦しむ恐れがあると指摘している。その中で、IT投資の投資成果に対する評価として、成功か失敗の2択に絞られることを回避するため、段階的にIT投資を実施することで、投資効果を長い目で見極めていく視点も重要と提言している。今回の調査結果からも、自社にとって最適かつ十分なIT投資を模索していくことが重要といえるのではないだろうか。 4.デジタル化に取り組む際の課題 前項は中小企業におけるIT投資の現状を概観し、IT投資額の多寡にかかわらず、自社に合ったIT投資を実践していくことが重要と確認した。中小企業白書(2021)は、中小企業がデジタル化の推進に向けて、アナログな文化・価値観の定着や明確な目的・目標が定まっていないといった組織体制の課題を抱えることを指摘し、組織上の課題を乗り越えていく意義を指摘している。そこで本項は、具体的にデジタル化を検討若しくは着手していく際の課題を確認し、デジタル化に取り組む上でのポイントや効果を確認する。 第2-3-39図は、デジタル化の取組状況別に見た、デジタル化に取り組む際の課題を示したものである。これを見ると、段階2〜4いずれも「費用対効果が分からない・測りにくい」を挙げる割合が最も高く、約4〜5割の企業が課題としている。通常の設備投資と異なり、IT投資の場合には定量的な評価が困難なケースが多いことから、適切な費用対効果の測定に悩んでいる様子がうかがえる。 段階1の企業は、「デジタル化を推進できる人材がいない」を挙げる割合が最も高いことが見て取れる。他方で、段階2〜4を比較すると、推進する人材の不足を挙げる割合は上位段階ほど低くなっており、段階4は3割を下回っている。段階が進んでいる企業は、既存社員を配置転換しIT人材として育成することやデジタル化の取組において中心的な役割を担う人材を新規採用で確保していることが考えられる。 同じ人材面の課題として、「従業員がITツール・システムを使いこなせない」を挙げる割合は、いずれの段階も3割以上となっている。デジタル化の取組が発展していくに応じて高度なITリテラシーも求められると考えられ、段階を問わず、組織全体のITリテラシーを人材教育により底上げしていく意義が示唆される。 ITツール・システムを検討する際の課題である「適切なITツール・システムが分からない」を挙げる割合は、段階2〜3の企業において高い傾向にある。段階2〜3の企業は、ITツール・システムの導入経験が段階4の企業に比べて豊富ではないことから、最適なITツール・システムを選定するノウハウや知識の不足、情報収集に悩んでいる可能性が考えられる。 また、検討初期段階の課題として「どの分野・業務がデジタル化に置き換わるかが分からない」を挙げる割合は、下位段階ほど認識しており、段階1は約3割が回答している。段階1の企業は、業務の棚卸しが十分でないことからITツール・システムの導入可能性を検討できていない状況がうかがえる。 上位段階の企業は、情報流出の懸念を挙げる傾向にある。データ利活用が進み、事業活動に関わる機微情報も蓄積されていくことで、情報セキュリティ対策を課題としていることが見て取れる。 中小企業がデジタル化に取り組んでいく際に抱える課題は、取組段階に応じて異なることが確認された。中小企業のデジタル化を支援する外部専門機関やITベンダーにおいては、企業が直面している課題や潜在的なボトルネックに応じて、効果的な支援や提案が求められているといえるだろう。 第2-3-40図は、デジタル化の取組状況別に見た、デジタル化に関する情報の入手経路を示したものである。これを見ると、上位段階の企業が様々なルートから幅広く情報収集に取り組んでいることが分かる。他方で、段階2の2割以上及び段階1の5割以上の企業は、情報収集に取り組んでいないことも確認される。前掲の第2-3-39図の結果として、ノウハウや情報不足による課題を認識する企業も散見されることから、多面的なルートから情報収集を図っていくことも重要と考えられる。 第2-3-41図は、無償のデジタルスキル習得プログラムの活用状況を示したものである。これを見ると、活用経験のない企業が大半を占めるが、2割以上の企業が今後の活用に関心を示している。 近年では、Googleが提供しているGrow with Google、(株)NTTドコモが展開するgacco(ガッコ)など無償のデジタルスキル習得プログラムも充実しており、自社のITリテラシーを高めるサービスとして身近になりつつある。前掲の第2-3-39図の結果として、いずれの段階も組織全体のITリテラシーの底上げを課題とする企業が約3〜4割確認された中で、このような無償デジタルスキル習得プログラムの利用拡大は今後期待されるといえよう。 次に、IT投資に対する投資姿勢の背景について確認する。第2-3-42図は、デジタル化の取組状況別に見た、積極的なIT投資を行っている背景を示したものである。これを見ると、2021年にIT投資を積極的に行った理由として、「業務効率化などによるコスト削減効果を実感」を挙げる企業が最も多く、段階4の約7割、段階3の約6割が回答している。今後5年間でIT投資を増加する理由としても、同程度の企業が回答していることが見て取れる。同じく投資効果である「売上向上などによる業績へのプラス効果を実感」は、段階4で2021年のIT投資は3割以上、今後のIT投資は4割以上が背景として挙げている。このことから第2-3-38図で、適切な費用対効果の測定に悩む企業が多いことが確認されたが、デジタル化の取組が進展している企業は、ITツール・システムの適切な導入効果の把握がその後のIT投資を促進していることが推察される。 また、主に下位段階の企業は、業界内・同業他社の取組による影響、販売先・仕入先からの要請といった外的な要因も動機付けの一因となっていることも見て取れる。 第2-3-43図は、デジタル化の取組状況別に見た、積極的なIT投資を行っていない背景を示したものである。これを見ると、下位段階の企業において「必要性を感じない」という割合が高く、2021年のIT投資は段階1の6割以上、段階2の約4割が回答している。今後5年間のIT投資としても段階1の8割以上、段階2の6割以上が理由としている。下位段階の企業は、業務の棚卸しが十分でないために、ITツール・システムによる効率化の可能性を検討できず、必要性を実感できていないことが考えられる。支援機関においては、このような企業の経営者に対して、ITツール・システムの導入による業務改善や効率化の可能性に気付かせることが支援のファーストステップとして有用と示唆される。 2021年のIT投資の背景として、段階2〜3の企業は「投資効果がすぐには期待できないこと」を回答する企業が2割以上となっている。前掲の第2-3-42図で、ITツール・システムの導入効果の適切な把握がIT投資の動機となっていることを指摘したが、積極的なIT投資を行っていない企業においては、短期間での投資成果を追求し過ぎている可能性が示唆される。 第2-3-44図は、段階3〜4の企業において、デジタル化による業務効率化の状況を示したものである。これを見ると、段階4の約7割が業務効率化を実感しているものの、段階3の5割以上は、業務効率化の実感に現状至っていないことが見て取れる。 第2-3-45図は、デジタル化による業務効率化の状況別に見た、労働生産性の変化を示したものである。これを見ると、業務効率化を実感している企業は、労働生産性の上昇率が大きい傾向となっている。第2-3-42図を鑑みると、業務効率化による変化を把握できた企業がIT投資を継続し、より高度なデジタル化へと発展させていったことで、結果的に労働生産性の上昇にも寄与した可能性が考えられる。 (特非)ITコーディネータ協会は、支援先の中小企業に対して、ステップ氈`「の流れに従い、段階的にデジタル化の取組を高度化させていく重要性を提唱している(第2-3-46図)。その中で、第一のステップとしては、「作業の効率化」にマイルストーンを設定し、部分的なITツール・システムの導入に成功することで、そこに「全体最適のプロセス構築」の視点が加われば、ステップ以降の高度な取組を実現する起点になると指摘している。 今回の調査結果からも、まずは業務効率化を実感することができる小さな成功体験の獲得が重要と考えられる。第2-3-37図も踏まえると、中小企業の経営者は、身の丈に合ったIT投資による成功、すなわち「スモールスタート・クイックウィン」を強く意識していくこともキーポイントの一つといえるのではないだろうか。 第2-3-47図は、段階2〜4の企業において、デジタル化による取組効果を示したものである。これを見ると、取組段階が高い程、デジタル化による個々の効果を実感する割合が高いことが分かる。デジタル化の取組を進展させていくことで、競争力の強化に資する多様な効果を得られ、事業を成長させる新たな可能性も期待できると考えられる。 第2-3-48図は、段階2〜4の企業において、デジタル化による副次的な効果を示したものである。これを見ると、「働き方改革に貢献した」の割合が最も高く、次いで「取引先との関係・連携の強化につながった」、「組織風土の改革につながった」が高くなっている。また、第2-3-47図と同様、取組段階が高い程、個々の副次的な効果も実感する割合が高いことが分かる。 DX推進指標は、IT投資において適切なKPIを設定することやIT投資を評価する仕組みづくりの重要性を指摘している。その中で、一般にIT投資は経費の前年度比較などで評価されることが多いが、DXの本質とは「価値の創出」にあり、自社の経営がデジタル化によってどのように変化したかを把握することが重要としている。 IT投資は売上高や利益などの定量的な指標と直接紐づけられないケースやIT投資による効果が出るまでに時間を要するケースも多く、定量的なリターンやその確度を求めすぎて挑戦を阻害しないよう留意する必要がある。自社がIT投資により実現したい価値を明確化し、得られた効果を適切に把握していくことで、自社の事業活動に即したデジタル化の実現につながるのではないだろうか。 以上、本項では中小企業がデジタル化に取り組む際の課題やIT投資の背景について確認してきた。業務効率化をまずは重視した上で、定量・定性の両面から効果を適切に把握し、IT投資の意思決定を実践している企業がデジタル化の取組を発展させていると考えられる。支援機関としては、支援先企業が必要以上に短期間での投資効果を追求し、過度な投資効果を見積もらぬよう指導・助言していく役割が求められるといえるだろう。 事例2-3-2では、ITコーディネータの指摘で、運送業の高付加価値化をデジタル化の取組当初から目指すのではなく、自社のデジタル化の状況を踏まえて、業務プロセスの効率化や社内の情報共有から取り組んでいく重要性に気付き、感染症流行下でデジタル化の取組を進展させていった企業の事例を紹介する。 また事例2-3-3では、経営者が自らITリテラシーを高め、HPや動画を活用したマーケティングに取り組んだことで、震災後の危機を新たな顧客獲得のチャンスに変えた老舗酒造業を紹介する。 5.目的別のITツール・システムの導入状況 前項では中小企業が抱えるデジタル化に取り組む際の課題やIT投資の背景について確認してきた。本項では具体的なITツール・システムの導入状況やクラウドサービスの活用状況について確認していく。昨今のITツール・システムは業務領域を横断し全社的に機能を発揮するものも少なくないが、今回の調査は以下の四つの導入目的に分類し、主に想定しているITツール・システムを例示している(第2-3-49図)。 第2-3-50図は、業種別に見た、コミュニケーション分野のITツール・システムの導入状況を示したものである。これを見ると、全体の6割以上が導入しており、導入を検討している企業を含めると7割を超えている。また、感染症流行前から導入していた企業と流行後に導入した企業の割合がほぼ同水準だったことも確認される。新しい生活様式への急速な対応が求められた感染症流行下で、社内外との情報伝達や意思疎通を図るツールを新たに導入した企業が多かったことが見て取れる。 業種別に見ると、情報通信業は8割以上、学術研究専門・技術サービス業は7割以上が導入している一方で、宿泊業・飲食サービス業、生活関連サービス業・娯楽業といった対面型サービス業、労働集約型産業である運輸・郵便業といった業種は導入率が5割を下回っている。 第2-3-51図は、業種別に見た、バックオフィス分野のITツール・システムの導入状況を示したものである。これを見ると、全体の約7割が導入していることが分かる。バックオフィス分野は、5割以上の企業が感染症流行前からITツール・システムを導入しており、前掲のコミュニケーション分野に比べて、導入が以前から進んでいたことが見て取れる。 業種別に見ると、コミュニケーション分野の導入率が高い情報通信業や学術研究専門・技術サービス業に加えて、卸売業や小売業、不動産・物品賃貸業も7割以上の企業が導入している。バックオフィスの省人化・省力化を図ることで、本業に集中し競争力を高めようとしている姿勢が見て取れる。他方で、宿泊業・飲食サービス業、生活関連サービス業・娯楽業、運輸・郵便業は、コミュニケーション分野と同様に導入率が他業種に比して低いことも確認される。 第2-3-52図は、業種別に見た、セールス分野のITツール・システムの導入状況を示したものである。これを見ると、導入している企業は約4割にとどまることが分かる。感染症流行後より導入した企業は1割を下回っており、感染症がセールス分野のITツール・システム導入には大きな影響を与えなかったと考えられる。他方で、導入を検討している企業が約2割となっており、中小企業でも今後広がっていく可能性も示唆される。 業種別に見ると、卸売業や小売業の導入率が約6割と高いことが分かる。多くの顧客を抱える中で、顧客データの利活用により合理化や競争力の強化を図ることや顧客情報の厳重な管理を徹底している様子がうかがえる。他方で運輸・郵便業や建設業といった業種は導入率が3割を下回ることも確認される。 第2-3-53図は、業種別に見た、サプライチェーン分野のITツール・システムの導入状況を示したものである。これを見ると、導入している企業は約3割にとどまることが分かる。セールス分野と同様、感染症流行後より導入した企業は1割を下回っており、感染症が導入促進に大きな影響は与えなかったことが見て取れる。 業種別に見ると、セールス分野の導入率が高い卸売業や小売業に加えて、製造業も約4割の企業が導入している。製造業は今後導入を検討する企業も2割以上となっており、デジタル化による生産・流通領域の高度化、モノづくりの高付加価値化を図ろうとする姿勢がうかがえる。 (独)中小企業基盤整備機構は、生産性向上に悩む中小企業・小規模事業者向けに使いやすい・導入しやすいと思われるビジネス用アプリケーションを紹介する情報サイト「ここからアプリ」を2019年3月から開設している。同サイトは、業種と活用する目的からアプリケーションを検索する機能が実装されており、実際に各アプリケーションを導入した企業の活用事例を参考とすることができる。 同サイトには219種類のビジネス用アプリケーションが掲載されており、52種類にカテゴリーを大別することができるが、テレワーク関連のアプリケーションが最も閲覧されている(第2-3-54図)。他方で、テレワーク関連に次いでECに関するアプリケーションの閲覧数が多いことも見て取れる。 第2-3-55図は、ITツール・システムの導入状況別に見た、売上高の変化率と自己資本比率の水準の状況を示したものである。これを見ると、いずれのITツール・システムの導入予定がない企業に比して、ITツール・システムを導入済若しくは検討中の企業は、売上高の上昇率が高い傾向にある。また、いずれも導入予定にない企業は債務超過の割合が約2割にも及ぶことも確認される。以上を鑑みると、セールス及びサプライチェーン分野のITツール・システムを導入予定にない企業には事業の成長意欲が乏しい企業も一定数含まれると考えられ、実態としては、セールス及びサプライチェーン分野のITツール・システムの導入を通じて、事業の高度化を見据える企業が少なくないものと期待される。 第2-3-56図は、分野別に見た、ITツール・システムの導入及び検討したきっかけを示したものである。これを見ると、コミュニケーション分野は「環境変化に伴う事業継続への危機感(感染症を含む)」が最も高く、次いで「働き方改革への対応」が高くなっている。事業継続力の強化や柔軟な職場環境の整備を意識した企業が、特に感染症流行下において積極的に導入を進めたものと考えられる。 バックオフィス分野は「働き方改革への対応」が最も高くなっている。また、他分野と比較すると、「外部機関からのアドバイス」がきっかけとなった割合が高いことも見て取れる。バックオフィスは企業間における業務内容の差が少ないことから、外部機関が他企業での導入経験を踏まえた助言や指導などを通じて、導入の側面支援を担っていたことが考えられる。 セールスとサプライチェーン分野は「社内からの要望」が最も高くなっている。営業や生産、流通などの事業活動に従事する社員の意向に応える形で、導入に至った企業が少なくないことが見て取れる。また、「社内からの要望」に次いで、「環境変化に伴う事業継続への危機感(感染症を含む)」を回答する割合も高いことが見て取れる。「同業他社との競争激化」を回答する企業が一定数いることからも、外部環境における自社の競争優位性を意識し、デジタル化による事業の高付加価値化を決断した企業も少なくないと考えられる。 四つの分野に共通するきっかけとしては、「他のITツール・システムの導入経験」を約2割の企業が回答している。先行するITツール・システムの導入実績やノウハウの蓄積がITツール・システムの導入を後押ししているものと考えられる。 他方で、取引先からの要請や同業者が取り組んでいたといった他の企業からの影響をきっかけとした企業はいずれの分野も1割程度にとどまる結果となった。 第2-3-57図は、ITツール・システムの導入状況別に見た、業務効率化の状況について示したものである。これを見ると、ITツール・システムを幅広く導入している企業は、業務効率化を実感している傾向が見て取れる。複数のITツール・システムを導入したことで相乗効果が創出されていることや、前掲の第2-3-56図でも確認された通り、ITツール・システムの導入経験・ノウハウが蓄積されたことで、自社のITリテラシーが底上げされ、効果的な活用に寄与しているなど好循環が生まれていることが示唆される。 第2-3-58図は、セールス・サプライチェーン分野の導入状況別に見た、デジタル化による取組効果を示したものである。これを見ると、いずれもITツール・システムを導入している企業は未導入の企業に比べて、総じてデジタル化に向けた取組の効果を実感している傾向が見て取れる。特に、「営業力・販売力の維持・強化」や「顧客行動、市場の分析強化」、「市場や顧客の変化への対応」といった顧客との関係構築・強化に資する効果を実感する割合が高くなっている。また、「商品・サービスの高付加価値化」を実感する割合も高い傾向にあることが確認される。 中小企業白書(2021)では、顧客情報や予約情報をシステムで一元管理するようになり、ホスピタリティの向上につなげた宿泊業の取組事例、IoTモニタリングシステムを導入し、生産効率を高めた製造業の取組事例を紹介しており、セールス・サプライチェーン分野の取組効果を指摘している。前掲の第2-3-56図を鑑みると、コミュニケーションやバックオフィス分野のITツール・システムの導入経験がある企業を中心に、セールス・サプライチェーン分野の導入を通じた競争力強化を図ることも有用と示唆される。 第2-3-59図は、分野別に見た、主に活用しているITツール・システムを示したものである。これを見ると、コミュニケーションやバックオフィスの分野はクラウド型やパッケージソフトが中心となっている一方で、セールス分野は約3割、サプライチェーン分野は約4割の企業がオンプレミス型を中心としていると分かる。 コミュニケーションやバックオフィス分野の導入率が高い背景には、オンプレミス型に比べて、短期間で比較的導入することが可能なクラウド型やパッケージソフトを活用していることが一因であると示唆される。 第2-3-60図は、感染症流行前後におけるデジタル化の取組状況の進展別に見た、主に活用しているITツール・システムを示したものである。これを見ると、デジタル化の段階が進展している企業はクラウド型を活用している傾向が見て取れる。中小企業が感染症流行下の短期間でデジタル化の取組を進展させた一因としても、クラウド型の活用が考えられる。 第2-3-61図は、デジタル化の取組状況別に見た、今後のクラウドサービスの活用方針を示したものである。これを見ると、デジタル化の取組が進展している企業がクラウドサービスの活用を拡大していく姿勢にあることが分かる。 第2-3-62図は、今後のクラウドサービスの利用方針の理由を示したものである。これを見ると、利用を拡大する方針の企業は、業務効率化の実感を挙げる割合が最も高く、情報セキュリティやコスト面をプラスに捉えた企業も4割程度見られる。他方で、利用を拡大する方針のない企業は、コスト面のデメリットを挙げる割合が最も高く、費用対効果に対する捉え方が分かれていることが見て取れる。同様に、情報セキュリティも3割以上が不安と感じていることが確認される。利用を拡大する方針のない企業は、費用や情報セキュリティに対する不安を過度に見積もっている可能性も考えられる。 また、利用を拡大する方針のない企業の約2割は、クラウドサービスを検討したことがないことも見て取れる。クラウドサービスの適切なメリット・デメリットの把握により、自社に適したITツール・システムを選定していくことが重要と思料される。 第2-3-63図は、デジタル化の取組状況別に見た、ITツール・システムの導入時に重視する取組を示したものである。これを見ると、段階3〜4において約8割の企業が自社に合った適切なITツール・システムの導入を重視している。また、自社業務の標準化や見直しを重視する企業も約5〜6割となっており、段階1〜2の企業と比べて、重視する姿勢に差が生まれている。段階1〜2の企業は、特に重視していない企業も一定数確認される。 適切なITツール・システムの選定及びデジタル化に向けた業務の棚卸しは、第2-3-39図の通り、課題とする企業も少なくないが、デジタル化の取組が進展している企業は、これらの視点を重視していることで、デジタル化による多様な効果の獲得にもつなげていると考えられる。 以上、本項では目的別のITツール・システムの導入状況や導入・検討したきっかけ、導入時に重視する取組を確認してきた。今後ITツール・システムの導入を本格的に進めていく企業においては、デジタル化の取組が進展している企業の取組を参考に、今後の導入可能性を検討していくことも重要といえるだろう。 事例2-3-4では、デジタル化による情報共有の円滑化を実現したことを足がかりに、AIを活用した自動作図システムの導入や製造現場のリモート化にも取り組み、自社の競争力強化につなげた企業の事例を紹介する。 6.データ・情報資産の管理状況 事業活動を行う中で、中小企業は様々な情報を取り扱っている。こうしたデータ・情報資産を利活用することで、事業拡大や経営の効果を高めるなど、事業活動をより効率的に進めていくことが重要である。 ここからは、セールスマーケティング、サプライチェーンにおけるデータ・情報資産の管理方法やデータベース化の有無の現状を確認する。中小企業におけるデータ・情報資産の管理状況を様々な角度で把握し、管理における課題や、電子化が進まない理由についても分析していく。 第2-3-64図は、情報の管理方法について示したものである。セールスマーケティングにおいては、「紙媒体のまま管理している」と回答する企業が約2割存在し、データベース化に至っている企業の割合は半数に満たない。 サプライチェーンにおいては、「紙のまま管理している」と回答する企業の割合が3割近く存在し、データベース化に至っている企業の割合は4割に満たない結果となっていることが分かる。 第2-3-65図は、情報の管理方法を業種別に示したものである。セールスマーケティングにおいては、「小売業」、「情報通信業」を始め、一定数の業種で「電子ファイルで管理し、データベース化している」と回答した割合が最も高くなっている。「紙媒体のまま管理している」と回答した企業の割合も業種によっては最も高くなっている。 サプライチェーンにおいても、「小売業」、「卸売業」などにおいて、「電子ファイルで管理し、データベース化している」と回答した企業が最も高いことが分かる。 「紙媒体のまま管理している」と回答した企業の割合は、業種間で差が見られる。 第2-3-66図は、2021年時点における、デジタル化の優先度別に見た情報の管理方法について示したものである。事業方針上の優先順位が高いほど、情報を電子ファイルで管理していることが分かる。 一方、デジタル化の優先度の順位付けが行われていない企業においては、電子化の取組が進んでいないことが分かる。また、事業方針上の優先度が高い、やや高い場合でも、データベース化に至る企業の割合は半数程度であり、特にサプライチェーンにおいてはデータベース化への障壁の高さがうかがえる。 第2-3-67図は、情報の管理方法で「紙媒体のまま管理している」以外を回答した企業に対して、データ入力方法を業種別に確認したものである。いずれの業種においても「主に従業員が手で入力している」と回答した企業の割合が最も高いことが分かる。 小売業、宿泊業・飲食サービス業においては、他業種と比較して、「主にシステムで自動でデータを入力している」と回答した企業の割合が高いことが分かる。また、情報通信業においては、他業種と比較してもデータの自動入力が進んでいないことが分かる。 サプライチェーンにおいても、おおむねセールスマーケティングと同様の傾向が見てとれ、いずれの業種において「主に従業員が手で入力している」と回答する企業の割合が最も高い。 第2-3-68図は、情報の管理方法で「紙媒体のまま管理している」と回答した企業に対して、電子化できない主たる理由について確認したものである。 セールスマーケティング、サプライチェーンのいずれも「電子化するにあたり手間がかかる」と回答した企業の割合が高いことが分かる。一方で「電子化するにあたり導入コストがかかる」と回答した企業の割合は、セールスマーケティング、サプライチェーンのいずれにおいても少数であった。 また、「特になし」と回答した割合は、セールスマーケティング活動においては約2割、サプライチェーンにおいては約3割であり、明確な必要性を感じていない企業も一定数存在することが分かる。 第2-3-69図は、情報の管理方法で「紙媒体のまま管理している」と回答した企業における情報の電子化ができない理由と、事業上のデジタル化の優先度合いの関係を確認したものである。 セールスマーケティング・サプライチェーンともに、デジタル化の優先順位が高い企業は「適したシステムが分からない」、「社内のITリテラシーの不足」と回答した企業の割合が高いことが分かる。優先度については前向きな意識を持ちつつも、デジタル化に関する知識や判断力のある人材が不足している可能性が示唆される。 「事業方針上の優先順位はやや低い」と回答した企業においては、セールスマーケティングでは「電子化する上で自社に合った方法が分からない」、「電子化するにあたり導入コストがかかる」と回答した割合が高いことが分かる。また、「電子化する目的・メリットがない、分からない」と回答した割合は、事業方針上の優先順位が高い、やや高い以外の企業で6割以上を占めており、紙媒体のまま管理することに、特段の不便さや不満を感じていないことが示唆されている。 第2-3-70図は、情報のデータベース化ができない理由について示したものである。セールスマーケティング、サプライチェーンともに「データベース化するにあたり手間がかかる」と回答した企業の割合が最も高いことが分かる。また、「導入コストがかかる」に比べ、「人材の不足」と回答した企業の割合が高いことから、コスト面より人材面における課題がデータベース化の障壁となっていることが示唆される。 7.利活用に向けた取組とその効果 これまで、データ・情報資産の管理方法やその課題について確認してきた。データ・情報資産を利活用していくためには、データの形式を統一・整理し、扱いやすいものとすることが必要であり、そのためにも、データのクレンジングや見える化といったプロセスが重要になる。ここでは、中小企業におけるそれらの取組状況や効果、課題について確認していく。 第2-3-71図は、データクレンジングの状況について示したものである。クレンジングができている企業は全体の1割台であり、データを保有していても、効率的な活用に至っていない企業が多い可能性がうかがえる。 第2-3-72図は、データのクレンジング状況別に見た、データの見える化の有無について示したものである。データのクレンジングができている企業の方が、データの見える化に至っている割合が高いことが分かる。見える化のためには、データクレンジングのプロセスが重要であることがうかがえる。 第2-3-73図は、データクレンジング、見える化の実施状況と、データ利活用の効果の実感の関係を確認したものである。データクレンジングと見える化の両方を実施している企業においては、「効果が出た」と回答した企業の割合が8割以上であることが分かる。データクレンジングや見える化を実施することで、データ利活用の効果が高まる可能性が示唆される。 第2-3-74図は、セールスマーケティング・サプライチェーンにおける分析の際の課題について示したものである。データベース化の状況にかかわらず、「データを分析する人材の不足」と回答した企業の割合が最も高いことが分かる。一方で、資金面を課題と感じている企業の割合は少なく根底の問題ではないことがうかがえる。また、データベース化を実施している企業においては、課題について「特になし」と回答した割合が高いことが分かる。中小企業においては、データ分析を担う人材不足が原因で、分析に基づく行動に移せていない可能性が示唆される。 第2-3-75図は、データの利活用において相談を実施した企業における、相談相手について示したものである。「ITベンダー」や「ITコンサルタント・ITコーディネータ」の回答割合が高く、デジタル化に関する技術的な相談を行っていることが示唆される。また、次いで「公認会計士・税理士」と回答した企業の割合が高く、日常的に関与する中で、デジタル化に関する相談を行っていることも示唆される。 続いて、事例とコラムについて紹介していく。事例2-3-5は、キクラゲを生産する企業で、機器の導入により生産環境をデータ化して管理することで、生産量の増加を実現した事例である。事例2-3-6は、スーパーを展開する企業で、会員カードによる顧客情報と購買情報を蓄積し、顧客に合わせた商品の告知を行うほか、店舗ごとの購買分析により店舗レイアウトを工夫している事例である。事例2-3-7は、眼鏡レンズの製造業で、梱包資材や事務用品の調達業務にかかる情報を、購買管理システムの導入により部門間で共有できるようにし、相見積りの確認業務を効率化し、購入価格の適正化を行っている事例である。事例2-3-8は、紙類の加工を行う企業で、加工データを紙媒体から電子化での管理に切り替え、データベース化を実施した結果、品質向上につながり単価の向上にも至った事例である。事例2-3-9は、洋菓子の製造販売を行う企業で、SNSの活用により、需要のあるエリアや顧客層を把握するほか、過去の売上データを分析し売上予測に役立て、売上増加・原価率削減を実施し、効率的な経営を行う事例である。いずれの企業も、抱えていた課題の解決のために電子化に着手し、情報資産・データ利活用を実践したことで、効果を実感している。 コラムでは、IoT化が進まない中小企業の現状に着目し、ファクトリーサイエンティストの育成について取り上げている。IoT化に取り組むための資金調達や新たな雇用などが難しくリソースが限られる中小企業では、自社内の人材がIoT化を実践できることが重要であることから、(一社)ファクトリーサイエンティスト協会では、育成講座を設置し、中小企業の生産性向上を促す取組を行っている。 第3節 経営力再構築伴走支援などの中小企業に対する支援の在り方 中小企業、小規模事業者が昨今置かれている状況は、大企業によるサプライチェーンの見直し、事業環境に影響を与えるような様々な制度改正、世界的な脱炭素・カーボンニュートラルやデジタル・トランスフォーメーション(DX)への動き、急速に進む人口減少、自然災害の頻発や新型コロナウイルスの感染拡大など、経営環境が激変する中で、厳しい状況にある。 こうした経営環境が変化し、先を見通すことが困難な時代においては、しっかりと経営課題を見極め、進むべき道を描いていくことが必要であり、第三者である中小企業支援機関や支援者が経営者に寄り添ってこの難しい課題に取り組むことが求められている。 中小企業、小規模事業者に寄り添って支援を行うことは、中小企業、小規模事業者の潜在力の発揮、政策の有効活用、ひいては日本経済の成長、発展にとって重要であり、これを担う中小企業支援機関、支援者は、大きな社会的役割を担っているといえる。本節では、ポストコロナ時代における中小企業支援の在り方について、見ていく。 1.支援機関によるサポートの現状と事業者の自己変革に向けた課題 ここでは、自社が取り組むべき課題を設定する前提となる、自社を取り巻く事業環境の把握状況について、外部の支援機関などによるサポートの有無別に確認していく。 〔1〕自社の事業環境の把握状況 ここでは、(株)東京商工リサーチが実施した「中小企業の経営理念・経営戦略に関するアンケート」を基に確認していく。第2-3-76図は、過去5年間での社外の相談相手からの助言の有無別に、マクロ環境に関わる情報収集・分析状況について見たものである。これを見ると、社外の支援機関などから助言を受けたことがある企業の方が、いずれの項目においても情報収集・分析を行っていると回答した割合が高いことが分かる。 第2-3-77図は、過去5年間での社外の相談相手からの助言の有無別に、市場環境に関する情報収集・分析状況について見たものである。外部の支援機関などから助言を受けたことがある企業の方が、いずれの項目についても情報収集・分析を行っていると回答した割合が高いことが分かる。 また、第2-3-78図は、過去5年間での社外の相談相手からの助言の有無別に、競合他社の情報収集・分析状況について見たものである。外部の支援機関などから助言を受けたことがある企業の方が、いずれの項目についても情報収集・分析を行っている割合が高いことが分かる。 最後に、第2-3-79図は、過去5年間での社外の相談相手からの助言の有無別に、自社の内部環境に関する情報収集・分析状況について見たものである。外部の支援機関などから助言を受けたことがある企業の方が、いずれの項目についても情報収集・分析を行っている割合が高いことが分かる。 ここまで見てきたように、支援機関などの社外からの助言を得ている企業の方が、自社を取り巻く事業環境を把握及び分析している傾向にあることが分かった。経営資源の限られる中小企業においては、経営課題の把握の前提となる、自社を取り巻く事業環境の分析のために、外部の支援機関などを活用することも重要といえよう。 〔2〕事業者の自己変革に向けた取組 ここからは、三菱UFJリサーチ&コンサルティング(株)が「令和3年度中小企業実態調査委託費(小規模事業者の経営環境変化に伴う地域での連携や課題解決への取組に関する調査研究)」において実施した支援機関を対象としたアンケート調査の結果を基に確認していく。第2-3-80図は、支援機関から見た、中小企業が自己変革を進める上で重要な取組について確認したものである。これを見ると、「経営課題の解決に向けた具体的な行動計画の策定」、「経営課題の把握」が重要であると回答した支援機関の割合が高いことが分かる。 〔3〕支援機関による支援の現状 続いて、支援機関による支援対象事業者への支援の現状について確認していく。第2-3-81図は、支援機関別に、支援対象事業者との面談頻度について見たものである。これを見ると、面談頻度が月に1回程度とする支援機関が多い傾向にあることが分かる。 第2-3-82図は、支援機関別に、支援対象事業者との面談時間について見たものである。商工会・商工会議所や金融機関では、「30分以上1時間未満」の割合が6割超と最も高く、中小企業診断士やその他支援事業者では、「1時間以上2時間未満」が最も高い。 さらに、第2-3-83図は、面談頻度別に、支援対象事業者との面談時間について見たものである。いずれの面談頻度においても1回の面談時間は「30分以上1時間未満」が最も多くなっている。 最後に、第2-3-84図は支援機関別に、支援対象事業者との対話状況について見たものである。これを見ると、金融機関においては、課題の把握に対話時間を費やす割合が高い一方、金融機関以外の支援機関においては課題解決のためのアドバイスに対話時間を費やす割合が高くなっている。全体としては課題解決、課題把握の双方に、対話時間が費やされていることが分かる。 2.今後の支援の在り方〜経営力再構築伴走支援モデル〜 〔1〕中小企業が迫られるビジネスモデルの革新 経営環境が不可逆的に変化する中にあって、大企業であっても、従来のビジネスモデルから脱却し、新たなバリューチェーンの構築、ビジネスモデルの組み換え、経営資源の大胆な再配分が必要となっている。その影響は、グローバル展開による成長を目指すグローバル型中小企業、独自技術によるスケールアップを狙うサプライチェーン型中小企業にも確実に及ぶ状況となっており、自社の技術力、製品の質、開発力、提案力などを基に、常に新しい販路を開拓する姿勢が必要となってくる(第2-3-85図)。 このように、不確実性の高い時代は、戦後復興期と異なり、唯一の正解は存在せず、こうすればうまくいくという必勝の方程式(ビジネスモデル)は、見出すことが困難となっている。様々な着想(アイデア)、基盤(シーズ)技術、人的つながり(ネットワーク)、売り方・買い方(マーケティング)等の経営資源のどこに成功の原石が埋もれているのか分からない状況にあっては、数多くの挑戦と苦難を積み重ねること、失敗したとしても再チャレンジすることが、新たな時代の未来を切り拓き、成長を実現することにつながるといえる。 〔2〕経営者に求められる「自己変革力」 これまでの新型コロナウイルス感染症流行下の2年間、緊急的な中小企業支援として、持続化給付金、一時支援金・月次支援金、事業復活支援金、実質無利子・無担保融資等の資金繰り支援、事業再構築補助金等の支援策が実施されてきた。 今後、ポストコロナ時代を迎えるに当たって、中小企業、小規模事業者においても「経営力そのもの」が大きく問われることになる。経営者自らが、環境変化を踏まえて経営課題を冷静に見極め、迅速果敢に対応・挑戦する「自己変革力」が求められている。 グローバル展開による成長を目指すグローバル型中小企業、独自技術によるスケールアップを狙うサプライチェーン型中小企業、さらには、地域資源を活かした事業で持続的発展を目指す地域資源型中小企業、地域に密着したサービスの維持・発展を目指す地域コミュニティ型中小企業、いずれの企業経営においても、大きな経営上の課題が出てきている時代にあり、まさに「経営力そのもの」の向上、「自己変革力」を身に付けることが求められている。 〔3〕中小企業・小規模事業者に対する第三者の支援の必要性 経営環境の変化が激しく、不確実性が高い時代において、経営改善を目指す場合であっても、成長を追求する場合であっても、中小企業、小規模事業者が有する限られた経営資源に鑑みれば、これを経営者が独力で行うことは難しい。そこで、第三者による支援が重要となってくる。 経営者、その支援者が取るべき基本的なプロセスは、「経営課題の設定→課題解決策の検討→実行→検証」であり、第2-3-86図のように、課題設定を「入り口」として課題解決を「出口」とするものである。 しかしながら、このプロセスは必ずしも一方向に流れるものではなく、課題解決策の検討の過程で課題設定に戻ったり、実行の過程で解決策の再検討を行ったりというように、行ったり来たりすることが多い。 〔4〕経営課題の設定に対する支援の重要性 これまで国や地方自治体は、中小企業、小規模事業者が直面する経営課題を解決するために利用できる様々な施策ツールを提供することに力を注いできたが、これは同時に、課題解決策の検討、実行プロセスにおける支援が広く行われてきたともいえる。その一環で補助金申請サポートのような伴走支援も行われてきた。 従来型の大量生産モデルに基づく産業構造の下で、中小企業、小規模事業者における経営課題がある程度共通していた時代においては、経営課題がどこにあるのかを見極めるプロセスをしっかり行わなくとも、課題解決策が大きく外れることがなかったため、こうした支援が比較的有効に機能してきた。 他方、経営環境の変化が激しく、複雑さを増した時代においては、企業の直面する課題は様々であり、効果的に経営課題を解決するためには、そもそも経営課題が何であるのかということについての正確な分析から入らなければならない。また、課題解決に取り組んでいる中で、別の経営課題に直面し、その課題分析を行った上でなければ効果的な経営改善に至らないといったケースも多々ある。 したがって、今日では、課題設定プロセスについて、課題解決策の検討プロセス等と同様、あるいはそれ以上にしっかりと支援することが求められる。その際、経営者本人にとっての「本質的経営課題」にまで遡って特定、把握することが重要である。 〔5〕経営者の「腹落ち」の必要性 経営環境の変化が激しい時代においては、経営を見直したり、成長を実現したりするために、直面する多くの課題を乗り越えていくことが必要である。その際、経営者には、困難な壁に直面してもやり切る意思、状況に応じて臨機応変に対応できる柔軟性、経営者の独りよがりにならず社全体を巻き込む統率力等が求められる。このように、経営改善や成長に向けた取組は、リーダーシップ研究者R・ハイフェッツ(ハーバード大)の考えに基づけば、既存の解決策が応用できる「技術的課題(Technical Problems)」ではなく、既存の解決策がなく、当事者のマインドセット自体を変える必要がある「適応を要する課題(Adaptive Challenges)」そのものである。このため、当事者である経営者が十分に「腹落ち」(納得)していなければ、その考えや行動を変えることはできず、誰かに言われたことを鵜呑みにするだけでは「腹落ち」には至らない(第2-3-87図)。 経営者が腹落ちすれば、当事者意識を持って、自ら能動的に行動を起こすようになる。すなわち、「内発的動機づけ」が得られ、困難があっても最後までやり切ることができるようになり、結果として企業・事業者の「潜在的な力」が引き出され、それが最大限発揮される。経営者がこのような状態に達すれば、経営課題の解決に向けて「自走化」できるようになったと評価でき、「自己変革力」を身に付けたといえる(第2-3-88図)。 他方、経営者が独力で腹落ちに至ることは容易ではない。多くの中小企業、小規模事業者に見られる、自己変革を妨げる典型的な障壁の中には、経営者が自社の課題に「向き合わない」姿勢が問題となっているケース、例えば、過去の成功体験などが「認知バイアス」となり、経営者が現実に向き合えなくなっているような例も少なくない。このような経営者は、経営環境を客観的に認識することができなかったり、複数の選択肢から最適なものを選び取ることが困難であったりするため、第三者である支援者から課題設定プロセスへの支援を受けながら、課題解決に向けた取組に腹落ちしていくのが通例である。また、腹落ちに至った後のフォローも支援者が行うことで「自己変革力」の会得までしっかりとした道筋が描かれたことになる(第2-3-89図)。 〔6〕「対話」を重視した支援モデル 経営者が「腹落ち」するための最善の方法は自ら答えにたどり着くことである。しかし、中小企業、小規模事業者の経営者が独力でそこに至ることは現実的には難しい。そのため、まずは第三者(支援者)に経営者自らの頭の中にある想いを伝えて「言語化」することが大事である。支援者は、相手の言葉にしっかりと耳を傾け(傾聴)、共感を示しつつ、適切な問いかけを通じて、相手の想いを整理していき、具体的な形に導いていく。このプロセスを踏むことで、経営者は考えが整理され、自ら答えにたどり着いたと実感することができ、結論に対して「腹落ち」することになる(第2-3-90図)。 第三者からの提案であっても「腹落ち」するためには、信頼できる人からの提案なのだと感じられることが必要である。そのためにも、支援者は経営者との対話を通して信頼感を醸成しなければならない。 これまであまりウエイトが置かれてこなかった経営課題の設定プロセスへの支援であるが、これは、他のプロセスへの支援と比べて、経営実態や経営環境についての深い理解と洞察が求められる支援である。この実現のためには、経営者、社員等との対話を重ね、分析するために十分な情報を最大限引き出すことが必要である。ここでも経営者や従業員との間で信頼関係を醸成することが重要である。 〔7〕経営力再構築伴走支援モデルの三要素 事業の成長、持続的発展を目指す中小企業、小規模事業者を支援する際に生じる問題点検型のアプローチの課題を解消するためには、まず目先にある問題の解決を目的に据えるのではなく、経営者の自己変革力、潜在力を引き出し、経営力を強化・再構築することを目的とすべきである。経営力再構築伴走支援を実施するに当たって踏まえるべきは、第2-3-91図に示す三要素である。 経営者の自己変革力を引き出し、経営力を強化する目的を達成するためには、経営者との対話、さらに必要であれば経営幹部、後継者や従業員等とも対話することが必要である。対話する際、相手の話をしっかりと聞き(傾聴)、相手の立場に共感することが重要であり、そのような姿勢によって、相手の信頼感を十分に得ることが支援の前提となる。傾聴によって聴き出した内容をベースとして、さらに問いかけを発することによって、相手の想い、考えを余すところなく言語化してもらうとともに、その問いかけによって相手の頭の中を整理し、出口の具体化を促していくのが「好ましい対話」であるといえる。 また、経営力強化のためには、経営者が取り組むべきことに腹落ち(納得)し、当事者意識を持って、能動的に行動することが必要である。「内発的動機づけ」が適切に行われれば、経営環境に変化が生じた場合であっても、経営者自身が自立的かつ柔軟に経営を正しい方向に導くことができると期待され、企業がその「潜在力」を最大限に発揮されることにつながる。これが「自己変革力」、「自走力」であり、この能力の涵養を意識して支援を行うことが望ましい(第2-3-92図)。 実際の支援に当たっては、例えば、経営の現状分析のためにローカルベンチマークを使う、経営の未来像を描くために経営デザインシートを使うといった、支援に当たっての具体的に有用な手法は多様にあり、これまで慣れ親しんだ手法がそれぞれの支援者にある。それを尊重し、自由に実施することが適当と考えられる。支援対象者やその置かれている局面によって、最適な手法を用いることが重要である。 〔8〕経営難に直面している中小企業、小規模事業者に対する支援のあり方 債務の過剰感があり、経営が厳しい中小企業、小規模事業者にとっては、目先の債務をどう返済するかが中心的な経営課題であり(第2-2-152図(再掲))、時間をかけて経営者の腹落ちを促したり、緻密な課題設定支援を行ったりしている余裕はない場合が多い。 こうした企業、事業者に必要な支援は、返済原資を得るための速やかな収益力改善支援、事業再生支援、場合によっては廃業を促し、円滑な廃業を支援しつつ、経営者の再チャレンジを促すことである。必要に応じて、経営者が嫌がるようなことをあえて迫る厳しい姿勢も重要となる。また、目先の危機を乗り越えるため、資金繰り支援等の課題解決支援策をまずは早急に利用するような割り切りも必要である。 したがって、経営者の腹落ちを促すことで企業の潜在力を引き出すこと、経営課題の設定への支援に力点を置く「経営力再構築伴走支援モデル」は、経営が危機に陥っていて、対策を講ずることが待ったなしの状況にある企業、事業者に向くモデルではなく、比較的健全に経営が行われていて、事業の成長、持続的発展を目指している企業、事業者や経営改善が必要ではあるが一定の時間をかける余裕がある段階にある企業、事業者を対象とすることが適当なモデルといえる。 〔9〕経営力再構築伴走支援モデルによる伴走支援の意義・可能性 課題設定と経営者の腹落ちに重きを置く「経営力再構築伴走支援モデル」について、大きく二つの意義・可能性があると考えられる。 一つ目は、中小企業政策の浸透力強化や裾野拡大である。これまで、中小企業、小規模事業者の様々な課題について予算、税等の課題解決ツールの施策が展開されてきたが、これを活用して実際にその課題を乗り越えて成果を出すまでには、更に経営上の様々なボトルネックがあることが多かった。経営力再構築伴走支援モデルは、経営者の課題設定力を高め、経営者や従業員の腹落ちによる潜在力を引き出すものであり、こうした経営上のボトルネックを乗り越え、中小企業、小規模事業者の成長力を一層高め、円滑な事業承継を促し、停滞している経営改善を後押しするといった実際の行動や成果に結びつく可能性を高めるものと考えられる。これは、予算の有効活用という観点からも重要である。 また、課題解決のための施策ツールに力点を置いた支援は、情報感度の高い一部の事業者にしか施策が届かない側面もあったのではないかと考えられる。経営力再構築伴走支援モデルにおいて、経営課題の設定プロセスにも力点を置くことにより、課題設定支援を通じて、これまで中小企業支援施策を利用する発想がなかった事業者にも施策を届けることが可能となり得る。 さらには、経営力再構築支援によって、より多くの中小企業・小規模事業者が「自己変革力・経営力」を身に付けることにより、国や自治体の提供する補助金等に頼らずとも、自ら成長や持続的発展を実現できることが期待される。 二つ目は、「新しい資本主義」に必要な「人への投資」の実現という意義・可能性である。中小企業、小規模事業者が自己変革力を発揮することで、付加価値を生み出す力が高まれば、賃上げや人材投資といった人的資本への投資余力を生み出す可能性が増すことになる。 また、全国で経営力再構築伴走支援を実施できるよう、支援人材の質的向上を図ることができれば、伴走支援を実施する者を通じて、中小企業の経営者、個人事業主、従業員という「人」の潜在力を引き出すことができる。このことは、間接的に「人」の能力を涵養するという意味において、広義の「人への投資」ともいえる。これにより、中間層を構成する多くの中小企業、小規模事業者が「経営力再構築伴走支援モデル」の開発・普及を通じてその潜在力を発揮することができれば、大企業と中小企業、小規模事業者の共存共栄、人口減少に打ち勝つ地域経済社会の創出等により、日本ならではの「新しい資本主義」を実現する可能性を高めることにつながる。 第4節 まとめ 本章では、共通基盤としての取引適正化とデジタル化、経営力再構築伴走支援について分析してきた。 第1節では、取引適正化と企業間取引について確認した。4割程度の受注側事業者において、2020年と比べると受注量が減少している一方で、増加している企業も3割程度存在しており受注が回復傾向にある企業も一定数存在することが確認された。一方で、原材料価格やエネルギーコストなどのコスト変動に対する価格転嫁が、依然として企業間取引における課題となっている様子が確認された。適正な価格転嫁に向けては、受注側事業者が取引における交渉力を高めるとともに、発注側事業者においては、受注側事業者が価格交渉をしやすい環境を提供するなどの取組を実施することが期待される。 第2節では、感染症流行直後から中小企業におけるデジタル化の機運が高まっており、感染症収束後を見据えた際にも、業種を問わず総じて高まる傾向が確認された。また、デジタル化の取組状況を4段階に分けると、感染症流行下でデジタル化の取組を発展させた企業が一定数見られることも分かった。IT投資に対する姿勢については企業間で差が見られ、金額の多寡にかかわらず、自社の状況に応じてIT投資を実施していく重要性を指摘した。他方で、デジタル化に取り組む際の課題として、適切な費用対効果の測定に悩む企業が多いことも確認された。業務効率化を先ずは重視した上で、定量・定性の両面から効果を適切に把握することが重要であると考えられる。最後にITツール・システムの導入状況としては、コミュニケーションやバックオフィス分野の導入が進むものの、セールスやサプライチェーン分野の導入は一部にとどまることも分かった。セールスやサプライチェーン分野のITツール・システムを導入する企業は、顧客との関係構築・強化に資する効果や商品・サービスの高付加価値化を実感する割合も高くなっており、今後導入が拡大していくことが期待される。また、中小企業のデータ・情報資産の管理状況や利活用の実態についても確認した。データベース化ができている企業は一定数存在する一方で、紙媒体での管理がされている企業の割合も高いことが確認された。電子化ができない・データベース化ができない要因としては、ITに関して知識や経験のある人材が在籍していないことや、そのような人材との接触の機会が少ないことが考えられ、2-3-5のコラムで紹介した育成講座の受講や、外部との相談を活用していくことは重要といえよう。取り扱うデータ・情報資産を精査することで、利活用の効果を実感できる割合が高まることからも電子化への着手に挑戦する意義があるものと考えられる。 第3節では、支援機関によるサポートの現状と事業者の自己変革に向けた課題、今後の中小企業支援の在り方について確認した。今後、ポストコロナ時代を迎えるに当たって、中小企業、小規模事業者においても「経営力そのもの」が大きく問われており、経営者自らが、環境変化を踏まえて経営課題を冷静に見極め、迅速果敢に対応・挑戦する「自己変革力」が求められていることを指摘した。また、経営者自身が自己変革を進めるに当たっては、経営課題の設定段階から、支援機関との対話による伴走支援を受けることが重要であると考えられる。