第1部  令和2年度(2020年度)の中小企業の動向    第1章  中小企業・小規模事業者の動向    本章では、我が国経済の動向について概観するとともに、中小企業・小規模事業者の動向及び中小企業・小規模事業者を取り巻く経営環境について見ていく。    第1節 我が国経済の現状  始めに、我が国経済の動向について概観する。2020年は、新型コロナウイルス感染症(以下、「感染症」という。)の世界的流行に伴い、我が国経済には未曽有の事態が生じた。実質GDP成長率の推移を確認すると、2020年は前年比4.8%減となり、2019年を大きく下回った。2020年を通じた動きを見ると、2020年第1四半期及び第2四半期はマイナス成長が続いた。特に、2020年第2四半期は、感染拡大防止のための外出自粛等による内需の下押しや主要貿易相手国での経済活動の停止等による外需の大幅な減少により、前期比8.3%減となった。その後、国内外における社会経済活動の段階的な引上げに伴い、2020年第3四半期は前期比5.3%増、第4四半期は前期比2.8%増と2四半期連続のプラス成長となった。  次に、個人消費の状況について確認する。内閣府「消費総合指数」は、2020年3月に低下した後、4月に緊急事態宣言が発出された中で大幅に低下した。緊急事態宣言が段階的に解除された5月を底に上昇に転じたものの、11月以降再び低下しており、個人消費は足元では弱含んでいる。  続いて、経済産業省「商業動態統計」により個人消費の動向を供給側から確認する。卸売業は、2019年10月以降横ばい傾向で推移してきたが、2020年4月から5月にかけて大幅に低下した。6月以降は持ち直しの動きが見られるものの、感染症流行前の水準には戻っていない。小売業は、2019年10月以降上昇傾向で推移してきたが、3月から4月にかけて大幅に低下した。その後、6月に大きく持ち直し、感染症流行前の水準まで戻って推移している。  第1-1-4図は、総務省「サービス産業動向調査」を用いて、サービス産業の売上高について前年同月比を見たものである。2020年のサービス産業全体の動きを見ると、2020年2月以降は売上高が前年同月を下回って推移しており、特に2020年4月及び5月における売上高の落ち込みが大きかったことが分かる。また、サービス産業の中でも、「宿泊業, 飲食サービス業」、「生活関連サービス業, 娯楽業」で売上高が前年同月比で大幅に減少している。他方で、「情報通信業」の売上高を見ると、2020年2月以降は前年同月より減少して推移していたものの、10月からは前年同月とほとんど変わらない水準で推移しており、産業ごとに感染症流行による影響の度合いが異なる状況が見て取れる。  次に、企業の生産活動の状況について見ていく。第1-1-5図は、経済産業省「鉱工業生産指数」によって、鉱工業の活動状況を見たものである。感染症の影響により、2020年2月から5月まで鉱工業生産指数は大幅に低下した後、6月以降は一転し、10月まで勢いのある上昇が続いた。その後、11月、12月は増産が一服していたが、2021年1月は大幅上昇となり、回復傾向は続いているものの、2月は低下となった。  第1-1-6図は、経済産業省「第3次産業活動指数」によって、非製造業や広義のサービス業などの第3次産業に属する業種の生産活動を見たものである。第3次産業全体としては、感染症の拡大とそれに伴う緊急事態宣言が発出されたこともあり、2020年5月まで大幅な低下となった。その後、緊急事態宣言の解除等もあり、6月以降、5か月連続で上昇が続いたが、感染症の再拡大により、11月以降低下が続き、再び緊急事態宣言が発出された2021年1月は更に低下した。これを大きく「広義対個人サービス」と「広義対事業所サービス」に分けて確認すると、感染症流行により「広義対個人サービス」が相対的に大きな影響を受けていることが分かる。また、足元では「広義対個人サービス」が低下傾向で推移している一方で、「広義対事業所サービス」は均して見れば上昇傾向が続いており、サービスの提供先によって動きが異なる状況が見て取れる。  次に、輸出入や海外現地法人の活動状況など対外経済関係の動向について見ていく。第1-1-7図及び第1-1-8図は、地域別の輸出入数量指数の推移について見たものである。輸出数量指数は、2020年3月から5月にかけて急速に低下した後、上昇傾向で推移してきたが、足元で増勢が鈍化している。輸入数量指数は、2020年2月に感染症が拡大した中国において生産活動が停止した影響により一時的に急減した後は、中国の生産再開に伴って急速に上昇するという動きが見られた。また、足元では全体として持ち直しの動きが見られる。  続いて、我が国企業の海外現地法人の売上高の推移を見たものが第1-1-9図である。2020年2月に感染症が拡大した中国では、2020年第1四半期に売上高が大幅に減少した後、増加に転じ、感染症流行前の水準を上回って推移している。また、中国以外の地域では2020年第2四半期に売上高が大きく減少し、その後は増加傾向に転じ、感染症流行前の水準に戻りつつある状況が見て取れる。  続いて、インバウンド需要の動向として、訪日外国人数の推移を確認する。感染症の拡大防止のための入国制限や渡航自粛などにより、2020年2月から訪日外国人数は大きく減少し、4月以降はゼロ近傍の水準で推移している。    第2節 中小企業・小規模事業者の現状    本節では、中小企業・小規模事業者に焦点を当て、業況、収益、投資、資金繰り、倒産状況などといった中小企業・小規模事業者の動向や中小企業・小規模事業者を取り巻く状況について確認していく。    1.業況  始めに、(株)東京商工リサーチ「第14回新型コロナウイルスに関するアンケート調査」を用いて、感染症による中小企業の企業活動への影響について確認したものが第1-1-11図である。これを見ると、感染症の流行により多くの中小企業が影響を受けていることが分かる。  続いて、中小企業の業況について、中小企業庁・(独)中小企業基盤整備機構「中小企業景況調査」(以下、「景況調査」という。)の業況判断DIの推移を確認する。中小企業の業況は、リーマン・ショック後に大きく落ち込み、その後は東日本大震災や2014年4月の消費税率引上げの影響によりところどころで落ち込みはあるものの、総じて緩やかな回復基調で推移してきた。2019年に入ると、米中貿易摩擦の影響による外需の落ち込みや、2019年10月の消費税率引上げに伴う一定程度の駆け込み需要の反動減などの影響もある中で、業況判断DIは低下傾向に転じた。2020年前半の動きを見ると、感染症流行による経済社会活動の停滞により、業況判断DIは急速に低下し、第2四半期にリーマン・ショック時を超える大幅な低下となった。その後は2期連続で上昇したものの、2021年第1四半期は再び低下した。  この業況判断DIを地域別に見たものが第1-1-13図である。これを見ると、いずれの地域においても、2020年第2四半期に業況判断DIは急速に低下し、その後回復傾向で推移したが、2021年第1四半期は再び低下した。  いて、業種別に業況判断DIを確認すると、建設業を除き、2020年第2四半期はリーマン・ショック時を下回る水準となり、その後はいずれの業種においても回復傾向で推移したが、2021年第1四半期は卸売業、小売業、サービス業で業況判断DIが低下した。また、2020年第2四半期に最も大きく低下したサービス業について、更に詳細な業種別の動きを確認すると、宿泊業、飲食業で特に大きく低下したことが見て取れる。    2.業績  次に、中小企業の業績について売上高と経常利益の状況を見ていく。中小企業の売上高は、リーマン・ショック後及び2011年の東日本大震災後に大きく落ち込み、2013年頃から横ばいで推移した後、2016年半ばより増加傾向となっていた。2019年以降は減少傾向に転じた中で、感染症の影響により、中小企業の売上高は更に減少した。  中小企業の経常利益は売上高同様、リーマン・ショック後に落ち込んだが、その後は緩やかな回復基調が続いてきた。2020年に入ると、感染症の影響により、中小企業の経常利益は減少に転じたが、足元で再び増加に転じる動きが見られる。  続いて、中小企業の売上高の動向を業種別に見ると、2020年第2四半期は多くの業種で前年同期と比べて売上高が減少し、「生活関連サービス業、娯楽業」で71.8%減、「宿泊業、飲食サービス業」で43.3%減と特に大きな影響があったことが見て取れる。    3.設備投資・ソフトウェア投資・研究開発投資・能力開発投資  次に、中小企業の投資の動向について見ていく。まず、中小企業の設備投資は、2016年以降はほぼ横ばいで推移してきたが、2020年に入ると減少傾向で推移している。  また、中小企業の設備投資実施割合の推移を確認すると、リーマン・ショック以降、緩やかに上昇傾向で推移してきたが、足元では低下から横ばい傾向で推移している。また、この設備投資実施割合を業種別に見ると、製造業において割合が相対的に大きく低下していることが分かる。  続いて、設備の過不足感について生産・営業用設備判断DIの推移を確認する。全体的に、2009年をピークに設備の過剰感が徐々に解消され、非製造業では2013年半ば、製造業では2017年前半に生産・営業用設備判断DIはマイナスに転じた。その後、製造業は2018年後半から不足感が弱まる傾向で推移していたが、2020年に入ると急速に過剰感が強まった。この過剰感が第1-1-21図で見た製造業の設備投資実施割合の低下につながっていると考えられる。足元では、製造業の設備の過剰感は弱まる傾向で推移している。また、非製造業においても2020年は設備の不足感が弱まっている。  第1-1-23図は、中小企業の設備投資計画について見たものである。2020年度の設備投資計画は、例年よりも低い水準で推移しており、第1-1-22図で見た設備の過剰感や感染症による先行きの見通しづらさなどにより、中小企業が設備投資に対して慎重姿勢を取っていることが見て取れる。  次に、IT関連指標としてソフトウェア投資の推移について確認する。中小企業のソフトウェア投資は、長期にわたって横ばい傾向で推移してきた。2020年に入っても、この傾向は変わらず、中小企業のソフトウェア投資は横ばいで推移した。また、中小企業のソフトウェア投資比率について見ると、設備投資が減少傾向となった一方で、ソフトウェア投資は横ばいを維持したため、足元で上昇傾向に転じている。  続いて、中小企業のソフトウェア投資計画を見ると、2020年度の実績見込みは前年度をやや下回る水準となっている。設備投資は前年度比10%以上の減少が見込まれる一方で、ソフトウェア投資は前年度比約4%の減少にとどまる見込みであり、感染症流行を契機としてソフトウェア投資の重要性は高まっていることがうかがえる。  次に、新たな付加価値を生み出すための研究開発活動について見ていく。第1-1-27図は、売上高に占める研究開発費の割合の推移である。これを見ると、中小企業の売上高に占める研究開発費の割合は、業種にかかわらず、ほぼ横ばいで推移しており、同業種の大企業に比べて低水準にあることが分かる。  また、研究開発を実施している中小企業の割合を示したのが第1-1-28図である。これを見ると、業種によって実施割合の水準は異なるものの、従業者規模が大きくなるほど実施割合が高い傾向にあることが見て取れる。研究開発を行うためには、十分な設備・人材・資金などの経営資源が必要であり、企業規模の小さな企業にとって、研究開発に取り組むことは必ずしも容易でないことが示唆される。  企業が新たな付加価値を生み出すための投資については、設備やソフトウェアへの投資や研究開発などに加えて、知的財産やブランド、人的資本など無形資産への投資の重要性が指摘されている。ここではそのうち人的資本への投資について現状を確認する。第1-1-29図は、能力開発を実施した企業の割合の推移である。中小企業における能力開発を実施した企業の割合は、製造業、非製造業共に上昇傾向で推移している。  続いて、能力開発を実施している中小企業の割合を業種別・従業者規模別に示したものが第1-1-30図である。研究開発投資と同様に、従業者規模が大きくなるにつれて実施割合が高くなる傾向が見て取れる。また、業種ごとに水準は異なるものの、研究開発投資と比べて業種の偏りが少なく、様々な業種で能力開発投資が実施されていることが分かる。  事業活動において資金の使途は様々であり、自社の経営戦略に応じて資金を投じることになる。ここからは、(株)帝国データバンクが「令和2年度取引条件改善に向けた施策のあり方に関する研究分析等事業」において実施したアンケート(以下、「取引条件改善状況調査」という。)の結果から、中小企業における資金の使途を確認する。第1-1-31図は、今後3年間で最も資金を投じたい分野について業種別に確認したものである。これを見ると、いずれの業種においても「国内の設備・施設等への投資の増加」の割合が最も高い。また、サービス業では「従業員の賃金の引き上げ」や「新規雇用の拡大」といった雇用に対して資金を最も投じたい企業の割合が、相対的に高いことが見て取れる。  第1-1-32図は、今後3年間で各分野に資金を投じるために必要な利益や余剰金の確保状況について、業種別・従業員規模別に確認したものである。これを見ると、いずれの業種においても「確保できていない」と回答する企業の割合は、従業員規模が小さいほど高い傾向にある。  この利益や余剰金の確保状況別に、今後3年間で最も資金を投じたい分野を見たものが第1-1-33図である。これを見ると、「十分に確保できている」、「ある程度確保できている」と回答した企業では、「国内の設備・施設等への投資の増加」、「国内の研究開発投資の増加」、「新規雇用の拡大」といった、成長に向けた投資を実施したいと考えている企業の割合が相対的に高い。これに対して、「確保できていない」と回答した企業では、「現預金の増加」、「有利子負債の削減」といった回答の割合が高く、成長に向けた投資が難しい状況にあることが見て取れる。    4.資金繰り・倒産・休廃業  次に、中小企業の資金繰りの状況について景況調査を用いて確認する。中小企業の資金繰りDIは、リーマン・ショック後に大きく落ち込み、その後は東日本大震災や2014年4月の消費税率引上げに伴い一時的に落ち込みが見られたものの、改善傾向で推移してきた。2019年以降はやや低下傾向で推移する中で、感染症流行による売上げの急激な減少と、それに伴うキャッシュフローの悪化により、2020年第2四半期に大きく下落した。これはリーマン・ショック時を大きく上回る下落幅となったが、第3四半期には大きく回復した。足元では、資金繰りDIは再び低下している。  続いて、中小企業向けの貸出金の推移について確認すると、2012年まではおおむね横ばいで推移してきたが、2013年以降は右肩上がりで推移しており、2020年も堅調に増加した。  次に、倒産件数の推移について確認する。我が国の倒産件数は、2009年以降は減少傾向で推移してきた中で、2020年は資金繰り支援策などの効果もあり30年ぶりに8,000件を下回る水準となった。また、これを規模別に見ると、倒産件数の大部分を小規模企業が占めていることが分かる。  続いて、業種別に2020年の倒産状況を確認する。第1-1-38図を見ると、感染症の流行によるインバウンド需要の消失や外出自粛などで大きな影響を受けた「サービス業他」を除く業種では、2020年の倒産件数が前年を下回ったことが分かる。また、前年を上回った「サービス業他」の内訳を見ると、「宿泊業」や「飲食業」において倒産が前年比で増加となっている。  第1-1-40図は、都道府県別に2020年の倒産状況を見たものである。これを見ると、2020年の倒産件数は前年と比べて増加が19府県、減少が26都道府県、同数が2県となっており、都道府県ごとに状況は異なることが見て取れる。  第1-1-41図は、負債総額1,000万円未満の倒産件数の推移を示したものである。これを見ると、2016年以降増加傾向で推移してきた中で、2020年は前年比23%増となり、これまでの増加ペースを上回って推移したことが分かる。  次に、休廃業・解散件数の推移について確認する。(株)東京商工リサーチの「休廃業・解散企業」動向調査によると、2020年の休廃業・解散件数は4万9,698件で、前年比14.6%増となった。また、(株)帝国データバンクの全国企業「休廃業・解散」動向調査によると、2020年の休廃業・解散件数は5万6,103件で、前年比5.3%減となった。調査ごとに傾向に差異は見られるものの、休廃業・解散の背景には構造的な要因として経営者の高齢化や後継者不足が存在することがいずれの調査においても確認されている。    5.商店街の現状  ここでは、商店街について、現状を見ていく。まず、商店街の最近の景況について確認すると、2018年度は「衰退の恐れがある/衰退している」と回答した割合が68%と最も多くなっているものの、2009年度と比べるとその割合は低下しており、景況は一定の改善が見られる。また、これを立地市区町村の人口規模別に見ると、人口規模が小さくなるにつれて「衰退の恐れがある/衰退している」と回答した割合が高くなっている。  次に、最近3年間の来街者数の変化について推移を見ると、2018年度は「減った」と回答した割合は依然として5割を超えているものの、2009年度以降その割合は改善傾向で推移している。続いて、来街者が減少した要因について見ると、2018年度は「魅力ある店舗の減少」が最も多くなっている。また、「地域の人口減少」を来街者の減少要因として回答する割合が、2009年度から2018年度にかけて著しく増加していることが見て取れる。    第3節 雇用の動向    感染症は企業の事業活動に大きな影響をもたらし、企業で雇用される労働者にも様々な影響が生じている。本節では、感染症流行による雇用環境への影響を概観するとともに、中小企業における雇用状況について見ていく。    1.我が国の雇用環境  始めに、雇用情勢を示す代表的な指標として、完全失業率と有効求人倍率の推移について確認する。完全失業率は、2009年中頃をピークに長期的に低下傾向で推移してきたが、2020年に入ると上昇傾向に転じた。足元では完全失業率が低下傾向に転じる動きが見られる。また、有効求人倍率も2020年に入り、大きく低下したが、足元では上昇傾向に転じる動きが見られる。  続いて、従業者と休業者の動きについて確認する。感染症の拡大を受けて全国に緊急事態宣言が発出された2020年4月に、休業者数が大幅な増加となり、それに伴い従業者数は減少した。その後、休業者数の減少とともに、従業者数も感染症流行以前の水準に接近しており、休業者の多くは失業に至らず、一時的な休業を経て、従業者に戻っている状況が見て取れる。2020年11月以降は感染症の影響により、休業者数は緩やかな増加傾向となったが、足元では再び減少に転じる動きが見られる。  この休業者について、男女別に休業者比率の推移を見ると、2020年4月の休業者比率の上昇幅は男性と比べて女性の方が大きかったことが分かる。その後は、男女共に休業者比率は感染症流行以前の水準まで戻ったが、11月以降は緩やかな上昇傾向にある(第1-1-50図)。また、業種別に休業者比率を見たものが第1-1-51図である。これを見ると、「宿泊業, 飲食サービス業」、「生活関連サービス業, 娯楽業」、「教育, 学習支援業」において、2020年4月に休業者比率が大きく上昇したことが分かる。5月以降は、いずれの業種でも低下傾向となり、感染症流行以前の水準に戻っていたが、足元では「宿泊業,飲食サービス業」、「生活関連サービス業,娯楽業」、「教育,学習支援業」において休業者比率は再び上昇傾向で推移している。  次に、雇用者数の動きを確認する。第1-1-52図は、男女別に正規の職員・従業員数と非正規の職員・従業員数について、前年同月差の推移を見たものである。これを見ると、2020年は正規の職員・従業員数がおおむね前年を上回って推移する一方で、非正規の職員・従業員数は前年を大幅に下回る状況が続いていることが分かる。  第1-1-53図は、2020年の雇用者数について業種別に前年差の状況を見たものである。これを見ると、「宿泊業,飲食サービス業」では正規の職員・従業員数、非正規の職員・従業員数が共に、前年より減少している。また、全体を通して非正規の職員・従業員数の減少が相対的に目立っている。  なお、第1-1-54図は業種別に雇用者の構成比を示したものである。これを見ると、「宿泊業,飲食サービス業」や「生活関連サービス業,娯楽業」は、非正規の職員・従業員の占める割合が相対的に高い業種であることが分かる。    2.中小企業の雇用状況  ここからは、中小企業の雇用をめぐる状況について見ていく。第1-1-55図は、景況調査を用いて、業種別に従業員の過不足状況を見たものである。2013年第4四半期に全ての業種で従業員数過不足DIがマイナスになり、その後は人手不足感が強まる傾向で推移してきた。2020年に入ると、この傾向が一転して、第2四半期には急速に不足感が弱まった結果、製造業と卸売業では従業員数過不足DIがプラスとなった。足元では、いずれの業種でも従業員数過不足DIはマイナスで推移している。  第1-1-56図は、従業者規模別に雇用者数の前年同月差の推移を見たものである。これを見ると、2020年4月以降に、従業者規模が「1〜29人」、「30〜99人」の企業において、雇用者数が前年より大きく減少している状況が見て取れる。  この従業者規模が「1〜29人」、「30〜99人」の企業について、業種別に2020年における雇用者数の前年同月比の推移を見たものが、第1-1-57図及び第1-1-58図である。従業者規模が「1〜29人」の区分では、「宿泊業, 飲食サービス業」、「生活関連サービス業, 娯楽業」において、前年同月比で大きく減少して推移していることが分かる。一方で、「情報通信業」では6月以降は前年を上回って推移している。従業者規模が「30〜99人」の区分では、「宿泊業, 飲食サービス業」において、前年同月比で大きく減少している状況が見て取れる。  続いて、企業の人材確保の状況について見ていく。第1-1-59図及び第1-1-60図は、従業者規模別に見た大卒予定者の求人数及び就職希望者数の推移である。まず、従業者数300人以上の企業では、就職希望者数が減少したものの、求人数も減少したため、2021年卒においても求人倍率は1倍を下回る状態が続いた。従業者数299人以下の企業では、求人数が減少した一方で、就職希望者数が大幅に増加したことによって、求人倍率は2020年卒の8.6倍から2021年卒の3.4倍に大きく低下した。依然として、求人数が就職希望者数を上回る状態は続いているものの、人手不足の課題を抱える中小企業にとっては、大卒の人材を確保しやすい状況に移りつつあると考えられる。  第1-1-61図は、各年上半期の転職者数の推移について、前職と現職をそれぞれ中小企業と大企業に分けて示したものである。これを見ると、2020年上半期はいずれも前年より転職者数が減少していることが分かる。  ここからは、取引条件改善状況調査の結果を用いて、中小企業の雇用状況について見ていく。第1-1-62図は、業種別に人員の過不足状況を確認したものである。これを見ると、「サービス業」において人員が「不足」と回答した企業が約5割と、相対的に多くなっている。「製造業」では人員が「不足」している企業が3割程度存在する一方で、「過剰」となっている企業も1割程度存在している。  また、人員の過不足状況を従業員規模別に見たものが第1-1-63図である。これを見ると、従業員規模が大きい企業ほど、人員が「不足」している企業の割合及び「過剰」となっている企業の割合が共に高くなる傾向があり、人員を適正な水準に維持することが難しい状況が見て取れる。  第1-1-64図は、直近1年間の売上高の動向別に、人員の過不足状況を見たものである。これを見ると、直近1年間の売上高が「増加」した企業で、人員が「不足」していると回答した企業の割合が高く、業績が拡大基調にある企業ほど人手不足の状況にあることが分かる。  第1-1-65図は、業種別に人員が不足している職種の状況を見たものである。これを見ると、「製造業」では「現場職」と回答した企業の割合が7割程度となっており、工場や店舗などでの働き手が特に不足していることが分かる。また、「サービス業」では「技術職(設計、システムエンジニア、デザイナー、運転手などの専門職)」が不足しているとする企業が7割程度と最も高くなっている。  第1-1-66図は、業種別に人員不足による影響を確認したものである。これを見ると、「サービス業」、「その他」において、「売上機会の逸失」と回答した企業の割合が最も高くなっている。「製造業」においては、「残業時間の増大」と回答する企業の割合が最も高く、「納期遅れなどのトラブル」と回答した企業の割合も相対的に高い。  続いて、業種別に人員過剰となっている職種の状況について見たものが第1-1-67図である。これを見ると、「製造業」では「現場職」が過剰であると回答する企業の割合が8割以上となっている。また、「サービス業」では「技術職」が過剰と回答する企業の割合が相対的に高い。  第1-1-68図は、業種別に人員過剰への対応方法について確認したものである。これを見ると、いずれの業種においても「雇用関係の助成金の活用」と回答する企業の割合が最も高くなっている。また、「新規採用の抑制」、「休業日を設定」、「残業時間の削減」と回答する企業の割合が相対的に高い一方で、「人員の削減」と回答した企業は1割程度にとどまっており、人員過剰の中でも雇用を維持しようとする企業が多いことが分かる。    第4節 取引環境と企業間取引の状況    本節では、取引条件改善状況調査の結果を中心に、感染症が企業間取引に与えた影響や、取引適正化に向けた現状と課題について確認していく。    1.取引環境  始めに、中小企業の取引環境を概観する。日本銀行「全国企業短期経済観測調査」を用いて、企業規模別に仕入価格DIと販売価格DIの動向を確認すると、2016年頃から仕入価格DIが上昇し、それに応じて販売価格DIも上昇した後、2018年からは仕入価格DI、販売価格DI共に低下に転じていた。2020年上半期もこの低下傾向が続いたが、下半期は仕入価格DI、販売価格DI共に再び上昇に転じている。また、販売価格DIから仕入価格DIを引いた数値である交易条件指数の推移について見ると、足元ではリーマン・ショック時のような交易条件指数の急激な悪化は見られない。    2.新型コロナウイルス感染症が企業間取引に与えた影響    @感染症流行前後の取引条件の変化  第1-1-71図は、最も多く取引をしている販売先との取引において、感染症流行前後の受注量の変化を業種別に見たものである。これを見ると、「製造業」で7割以上、「サービス業」、「その他」で5割以上の企業が、受注量が減少したと回答している。また、受注量が50%超の減少となった企業はいずれの業種でも、1割程度存在している。  これを競合他社と比較した総合的な優位性の有無別に見たものが、第1-1-72図である。これを見ると、優位性を有している企業の方が、感染症流行前後で受注量が減少したとする割合が低い傾向にあることが見て取れる。  第1-1-73図は、最も多く取引をしている販売先との取引において、感染症流行前後の受注単価の変化を見たものである。これを見ると、いずれの業種でも受注単価は「変化なし」と回答した企業が8割以上となっている。一方で、受注単価が減少した企業も1割程度存在している。  第1-1-74図は、最も多く取引をしている販売先との取引において、感染症流行前後の決済条件の変化を見たものである。これを見ると、ほとんどの企業で決済条件は変わらなかったことが分かる。  ここまでの結果から、感染症流行による需要減少によって、取引先からの受注量の減少は多くの企業で生じたものの、それに伴う取引条件の悪化は一部の企業にとどまったことが分かる。    A感染症流行前後の取引関係の変化  第1-1-75図は、代表的な取引先との取引関係について、感染症流行前後の変化を見たものである。これを見ると、いずれの業種においても8割以上の企業が感染症流行前後で取引関係に「変化なし」と回答している。他方で、1割程度の企業が「自社の立場が弱まった」と回答しており、事業環境の悪化が取引関係における立場の悪化につながっている企業も一定数存在している。  これを競合他社と比較した総合的な優位性の有無別に見たものが、第1-1-76図である。これを見ると、優位性を有していない企業の方が、感染症流行前後で取引関係における「自社の立場が弱まった」と回答とする企業の割合が高い傾向が見て取れる。  第1-1-77図は、リーマン・ショック時(2008年〜2009年)と感染症流行時(2020年)のそれぞれにおいて、販売先企業から不合理な計画変更や値下げなどの要請の有無について確認したものである。これを見ると、いずれの時期でも不合理な計画変更や値下げなどの要請があった企業が1割程度存在している。  また、リーマン・ショック時と比較した今回の要請度合について聞いたものが第1-1-78図である。これを見ると、半数程度の企業でリーマン・ショック時と比較して不合理な計画変更や値下げなどの要請度合が強まっている状況が見て取れる。  これらの結果から、感染症流行による事業環境の変化が、企業間の取引関係にもたらした影響は全体としてはそれほど大きくない一方で、一部では取引上の立場の悪化や不合理な計画変更や値下げなどの要請といったしわ寄せも生じていることが分かる。    B企業間取引におけるデジタル化  第1-1-79図は、業種別にリモート商談への対応状況を見たものである。これを見ると、感染症流行以前からリモート商談に対応していた企業は、「製造業」、「その他」で5%程度、「サービス業」で1割程度と多くはなかったが、感染症流行後にそれぞれの業種で2割から3割程度の企業が対応するようになったことが分かる。  また、従業員規模別にリモート商談への対応状況を見たものが、第1-1-80図である。これを見ると、従業員規模が大きくなるにつれてリモート商談に対応している企業の割合が高くなる傾向がある。また、感染症流行以前は従業員規模による対応状況に差はなかったが、感染症流行後に従業員規模が大きい企業において、リモート商談への対応の必要性が相対的に高まったことがうかがえる。  次に、第1-1-81図は業種別に電子受発注への対応状況を見たものである。これを見ると、感染症流行以前からいずれの業種でも3割以上の企業が対応していたことが分かる。また、感染症流行を契機として対応した企業は一定数にとどまっている状況が見て取れる。  また、従業員規模別に電子受発注への対応状況を見たものが、第1-1-82図である。これを見ると、従業員規模が大きくなるにつれて、電子受発注へ対応している企業の割合が高くなる傾向がある。  第1-1-83図は、リモート商談と電子受発注に対応したきっかけについて確認したものである。これを見ると、リモート商談で4割以上の企業、電子受発注で6割以上の企業が、取引先からの要請を受けて対応した状況が見て取れる。企業間取引におけるデジタル化対応では、自社の業務における必要性だけでなく、取引先の方針も踏まえて対応方針を検討する必要があるといえよう。    3.取引適正化の状況    @価格転嫁の状況  まず、受注側事業者における直近1年のコストの動向を確認する。第1-1-84図を見ると、原材料・仕入価格、人件費共に、「低下」と回答した企業は少なく、全般的にコストは横ばいから上昇傾向にあることが分かる。  第1-1-85図は、コスト全般の変動に対する価格転嫁の状況である。これを見ると、「概ね転嫁できた」と回答した企業は、いずれの業種においても2割以下である。また、3割以上の企業が「転嫁できなかった」と回答しており、依然として価格転嫁は企業間取引における課題となっている。  第1-1-86図は、価格転嫁の状況と販売先に対する価格転嫁の協議の申入れ状況との関係を見たものである。これを見ると、「概ね転嫁できた」、「一部転嫁できた」と回答した企業の大部分が、協議を申し入れた上で協議を行っている。一方で、「転嫁できなかった」と回答した企業の半数程度は、そもそも販売先に協議を申し入れることができていない。  第1-1-87図は、販売先との取引価格や単価の交渉機会の有無別に、協議の申入れ状況を見たものである。これを見ると、交渉機会が「設けられていない」企業は、「設けられている」企業と比較して、「販売先に協議を申し入れることができなかった」、「販売先に協議を申し入れたが、協議を行うことができなかった」と回答する割合が高い。コストの上昇を価格に転嫁するために必要な協議を行う上で、まずは取引価格や単価の交渉機会を設けることが重要であると考えられる。  第1-1-88図は、価格転嫁ができなかった企業に対して、販売先からその理由についての十分な説明の有無を聞いたものである。これを見ると、「十分納得できる理由の説明があった」と回答した企業は7.6%にとどまり、そもそも「説明はなかった」と回答した企業が4割以上存在する。発注側事業者には受注側事業者の申出に対して真摯に対応することが期待される。    A代金支払の状況  第1-1-89図は、製品の納品や役務の提供後の代金の支払期日を確認したものである。これを見ると、「製造業」では代金の支払期日が「2か月超」と回答した企業が3割以上存在している。また、いずれの業種においても、「1か月以内」と回答した企業の割合は2割から3割程度にとどまっている。  第1-1-90図は、代金の支払期日の決定方法を見たものである。これを見ると、支払期日を「自社が決定」と回答した企業は僅かだが、「販売先が一方的に決定」と回答した企業は3割以上存在している。  第1-1-91図は、代金の支払期日の決定方法別に見た、支払期日の状況である。これを見ると、支払期日を「販売先が一方的に決定」とした企業において、支払期日が「2か月超」となっている企業の割合が高い傾向がある。  第1-1-92図は、受取代金の手形割合を確認したものである。これを見ると、「サービス業」は代金を「すべて現金」で受け取っている企業の割合が相対的に高く、手形割合が10%以上の企業は少数である。一方で、「製造業」では「すべて現金」で受け取っている企業は3割程度にとどまり、手形割合が10%以上の企業が半数程度となっている。  第1-1-93図は、現金・手形等の支払手段の決定方法を見たものである。これを見ると、支払手段を「自社が決定」と回答した企業は1割程度だが、「販売先が一方的に決定」と回答した企業は3割以上存在している。  第1-1-94図は、現金・手形等の支払手段の決定方法別に見た、受取代金の手形割合である。これを見ると、支払手段を「販売先が一方的に決定」と回答した企業において、受取代金の手形割合が高い傾向がある。当然ながら、業種や業態の特殊性を考慮する必要があるものの、双方が納得する形で支払期日や支払手段を決定していくことが重要である。  第1-1-95図は、代金の一部を手形で受け取っている企業に対して、その支払サイトを確認したものである。これを見ると、いずれの業種においても、受取手形の支払サイトが60日以内の企業は1割から2割程度にとどまっている。また、支払サイトが120日超となる企業が1割程度存在している。  第1-1-96図は、代金の一部を手形で受け取っている企業に対して、手形割引料相当額を勘案した取引価格が設定されているかを確認したものである。これを見ると、いずれの業種でも「勘案されていない」と回答する企業が大部分を占めており、手形取引における課題となっている。  第1-1-97図は、代金の支払条件の改善時期と受取手形の支払サイトの短縮時期について見たものである。これを見ると、支払条件の見直し、支払サイトの短縮について、少しずつ進展している状況が見て取れる。他方で、支払条件が「改善されていない」、支払サイトが「短縮されていない」と回答する企業の割合は依然として高く、更なる改善に向けて継続的に取り組む必要がある。    第5節 中小企業・小規模事業者を取り巻くリスクへの対応    近年、台風等の自然災害や感染症流行など、我が国の中小企業に大きな影響を与える事象が相次いで発生している。堅調に事業活動を行っていたとしても、こうした予期せぬリスクにさらされ、事業の継続が困難になることがある。本節では、自然災害の影響や対応状況について確認するとともに、不測の事態が生じた際に影響を可能な限り小さくするための取組について見ていく。    1.自然災害の影響  我が国は世界の中でも自然災害が多く、2020年も令和2年7月豪雨等を始めとして、様々な自然災害が発生し、多くの中小企業の経営に影響をもたらした。  また、こうした災害に係る各種損害保険の支払保険金について見ると、近年発生している災害が過去と比較しても、規模の大きい災害であったことが分かる。  では、こうした頻発する自然災害に対する企業の対応状況について見ていく。第1-1-101図は、企業規模別に見た、自然災害への対応状況である。これを見ると、「十分に対応を進めている」、「ある程度対応を進めている」と回答した割合は、大企業が約5割であるのに対して、中小企業は約3割にとどまっており、大企業と比べて中小企業の自然災害へのリスク対応が進んでいない状況が分かる。  続いて、中小企業の自然災害への対応状況を時系列で見たものが第1-1-102図である。これを見ると、自然災害が頻発する中で、中小企業においても自然災害への対応が進みつつあることが分かる。  第1-1-103図は、中小企業に対して最も警戒する自然災害を聞いたものである。これを見ると、近年大きな被害をもたらしている「地震」や「水害(洪水、豪雨など)」への警戒が強いことが見て取れる。  第1-1-104図は、企業防災としての取組内容を見たものである。これを見ると、「社内連絡網の整備」、「非常時向けの備品の購入」、「飲料水、非常食などの備蓄」といった自然災害発生後、即時に必要となる項目への取組割合は高い。他方、「非常時の社内対応体制の整備・ルール化」、「事業継続資金の確保」などの割合はそれほど高くはないため、被災後に事業を継続するための備えは十分でない可能性が考えられる。    2.リスクへの備え  企業の事業活動に影響を及ぼすリスクは自然災害や感染症のまん延、テロなどの事件の発生、大事故、サプライチェーンの途絶、サイバー攻撃など多岐にわたっている。こうした不測の事態が発生しても、重要な事業・業務を中断させない、又は中断しても可能な限り短期間で復旧させるための方針、体制及び手順などを示した「行動計画」のことを「事業継続計画(BCP:Business Continuity Plan)」(以下、「BCP」という。)という。ここからは、中小企業のBCPに対する取組状況を見ていく。第1-1-105図は、企業規模別にBCPの策定状況について見たものである。これを見ると、「策定している」、「現在、策定中」と回答した企業の割合は、大企業が約4割に対して、中小企業は約2割となっており、大企業に比べて中小企業のBCP策定が進んでいない状況が分かる。  続いて、中小企業のBCPの策定状況を時系列で見たものが第1-1-106図である。これを見ると、大規模災害の頻発や感染症のまん延など企業を取り巻くリスクが顕在化する中、BCPの策定状況に大きな進展が見られないことが分かる。  第1-1-107図は、BCPを「策定していない」と回答した企業に対して、その理由を聞いたものである。これを見ると、BCPの策定が大きく進展していない主な背景として、BCP策定に関する人材やスキル・ノウハウの不足があると考えられる。また、そもそもBCPの策定に「必要性を感じない」と回答した企業が2割程度存在している。  第1-1-108図は、BCPを「策定している」、「現在、策定中」、「策定を検討している」と回答した企業に対して、事業の継続が困難になると想定しているリスクについて聞いたものである。これを見ると、感染症流行前は、「感染症」と回答した企業は約2割にすぎなかったが、感染症流行後は約7割と明確にリスクとして認識されていることが分かる。また、足元での事業環境の悪化から、「取引先の倒産」をリスクとして想定する企業の割合も増加している。  第1-1-109図は、BCPを「策定している」と回答した企業が感じている効果を示したものである。BCP策定の直接的な効果である「従業員のリスクに対する意識が向上した」のほかに、「事業の優先順位が明確になった」、「業務の改善・効率化につながった」と回答している企業が一定割合存在することが見て取れる。BCPの策定は、単にリスクへの対応力を高めるだけでなく、BCP策定のプロセスを通じて自社の事業を見直すきっかけとなっていることが分かる。また、2割程度の企業が「取引先からの信頼が高まった」と回答しており、BCPの策定は持続的な取引関係の構築にも資するといえよう。    第6節 まとめ    感染症の影響により、中小企業・小規模事業者を取り巻く環境は大きく変化し、企業経営にも甚大な影響が生じた。中小企業・小規模事業者の業況や業績、設備投資の状況は悪化した一方で、感染症の流行を契機としてソフトウェア投資の重要性が高まりつつある状況が見られた。また、業績の悪化が広く見られる中で、資金繰り支援策の効果などにより倒産は低水準にとどまっている。雇用環境については、非正規雇用を中心に影響が生じており、従業者規模の小さい企業の雇用者数が減少する一方で、中小企業・小規模事業者の一部では依然として人手不足の状況が続いていることが確認された。今後も感染症の影響による厳しい状況が続くと見込まれる中、中小企業・小規模事業者は多様な経営課題に対応することが求められている。    第2章 中小企業・小規模事業者の実態    本章では、我が国の中小企業・小規模事業者の多様性を示すとともに、重要な論点となっている労働生産性及び開廃業の状況について確認していく。    第1節 多様な中小企業・小規模事業者    始めに、中小企業・小規模事業者が企業数、従業者数、付加価値額の全体に占める状況について確認する。第1-2-1図は、業種別、企業規模別に企業数の内訳について見たものである。これを見ると、いずれの業種においても我が国の企業のほとんどが中小企業であることが分かる。  第1-2-2図は、業種別、企業規模別に従業者数の内訳について見たものである。全体について見ると、従業者数のうち約7割が中小企業で雇用されていることが見て取れる。また、「卸売業」、「サービス業」において中小企業の全体に占める割合が相対的に高くなっている。このうち、「サービス業」についてその内訳を示したものが第1-2-3図である。これを見ると、「生活関連サービス業,娯楽業」、「教育,学習支援業」において、従業者数のうち中小企業の構成比が高く、中小企業の雇用における存在感が大きいことが分かる。  第1-2-4図は、業種別、企業規模別に付加価値額の内訳について見たものである。全体として見ると、我が国の付加価値額の5割以上を中小企業が生み出していることが分かる。また、「卸売業」、「サービス業」では、付加価値額全体に占める中小企業の割合が相対的に高くなっている。このうち、「サービス業」についてその内訳を示したものが第1-2-5図である。これを見ると、「宿泊業,飲食サービス業」、「生活関連サービス業,娯楽業」、「教育,学習支援業」では、約7割の付加価値額が中小企業によって生み出されており、業種内での中小企業の存在感の大きさがうかがえる。  続いて、資本金及び常用雇用者数の観点から、企業の多様性を確認する。第1-2-6図は、業種別に資本金規模別の企業分布を見たものである。これを見ると、いずれの業種においても、個人事業者及び資本金5,000万円未満の企業が大半を占めていることが分かる。また、「小売業」、「サービス業」では、個人事業者の全体に占める割合が相対的に高いことが見て取れる。  第1-2-7図は、業種別に常用雇用者規模別の企業分布を見たものである。これを見ると、いずれの業種においても、常用雇用者数が50人未満の企業が大半を占めていることが分かる。また、個人事業者の割合が高い「小売業」、「サービス業」では、常用雇用者数が4人以下の企業の割合が約8割を占めており、他の業種と比べて構成比が高くなっている。  次に、中小企業の売上高、労働生産性の分布状況について見ていく。第1-2-8図は、横軸に売上高区分を1,000万円ごとに取り、縦軸に企業数の構成割合を取って、中小企業の売上高の分布状況を示したものである。中小企業の売上高の中央値は1,500万円で、売上高1,000万円以下に約4割の中小企業が存在していることが分かる。他方で、売上高10億円超の中小企業も約3%存在しており、中小企業でも売上高の大きい企業は存在していることが分かる。  第1-2-8図を「会社」と「個人事業者」に分けて、売上高の分布状況を確認したものが第1-2-9図及び第1-2-10図である。これを見ると、最も構成比の高い区分は「会社」、「個人事業者」共に、売上高1,000万円以下であるものの、その構成比は「会社」が1割程度に対して、「個人事業者」が7割程度となっており、「個人事業者」の方が似たような事業規模の企業が多いことが見て取れる。  第2節 中小企業・小規模事業者の労働生産性    将来的に人口減少が見込まれる中、我が国経済の更なる成長のためには、企業全体の99.7%を占める中小企業の労働生産性を高めることが重要である。本節では、中小企業・小規模事業者の労働生産性について現状を把握していく。第1-2-11図は、企業規模別に、従業員一人当たり付加価値額(労働生産性)の推移を示したものである。これを見ると、中小企業の労働生産性は製造業、非製造業共に、大きな落ち込みはないものの、長らく横ばい傾向が続いていることが分かる。  第1-2-12図は、企業規模別に上位10%、中央値、下位10%の労働生産性の水準を示している。これを見ると、いずれの区分においても、企業規模が大きくなるにつれて、労働生産性が高くなっている。しかし、中小企業の上位10%の水準は大企業の中央値を上回っており、中小企業の中にも高い労働生産性の企業が一定程度存在していることが分かる。反対に、大企業の下位10%の水準は中小企業の中央値を下回っており、企業規模は大きいが労働生産性の低い企業も存在している。  第1-2-13図は、企業規模別、業種別に労働生産性の中央値を比較したものである。これを見ると、業種にかかわらず、企業規模が大きくなるにつれて労働生産性が高くなることが見て取れる。  第1-2-14図は、大企業と中小企業の労働生産性の差分を用いて、労働生産性の規模間格差を業種別に示したものである。これを見ると、「建設業」や「情報通信業」、「運輸業,郵便業」、「卸売業」では大企業と中小企業の労働生産性の格差が大きいことが分かる。一方で、「小売業」や「宿泊業,飲食サービス業」、「生活関連サービス業,娯楽業」では、大企業も含め業種全体での労働生産性が低いこともあり、企業規模間の格差は比較的小さい。  また、第1-2-15図は労働生産性の規模間格差について、中小企業の労働生産性に対する大企業の労働生産性の倍率を用いて、業種別に示したものである。これを見ると、「小売業」や「生活関連サービス業,娯楽業」では、倍率で見ても企業規模間の格差が比較的小さいことが分かる。  第1-2-16図は、上位25%と下位25%の値の差分を用いて、同一企業規模内における労働生産性の企業間格差を業種別に示したものである。これを見ると、労働生産性の水準が相対的に低い「小売業」や「宿泊業,飲食サービス業」、「生活関連サービス業,娯楽業」では、同一企業規模内での企業間格差も小さいことが見て取れる。以上から、労働生産性の規模間格差や企業間格差の状況は、業種によっても大きく異なることが分かる。特に、業種全体として労働生産性の水準が低い「小売業」や「宿泊業,飲食サービス業」、「生活関連サービス業,娯楽業」においては、個別企業の経営努力や企業規模の拡大のみによって、労働生産性を大幅に向上させることは容易でない可能性も示唆される。  第3節 開廃業の状況    本節では、我が国の開業率及び廃業率について現状把握を行う。我が国の開業率は、1988年をピークとして低下傾向に転じた後、2000年代を通じて緩やかな上昇傾向で推移してきたが、足元では再び低下傾向となっている。廃業率は、1996年以降増加傾向で推移していたが、2010年からは低下傾向で推移している。  続いて、業種別に開廃業の状況を確認する。開業率について見ると、「宿泊業, 飲食サービス業」が最も高く、「生活関連サービス業,娯楽業」、「情報通信業」と続いている。また、廃業率について見ると、「宿泊業,飲食サービス業」が最も高く、「生活関連サービス業,娯楽業」、「小売業」と続いている。開業率と廃業率が共に高く、事業所の入れ替わりが盛んな業種は、「情報通信業」、「宿泊業,飲食サービス業」、「生活関連サービス業,娯楽業」であることが分かる。他方、開業率と廃業率が共に低い業種は、「製造業」、「運輸業,郵便業」、「複合サービス事業」となっている。  第1-2-19図は、都道府県別に開廃業の状況を見たものである。開業率について見ると、沖縄県が最も高く、福岡県、愛知県と続く。また、廃業率について見ると、長崎県が最も高く、青森県、福岡県と続いている。  第1-2-20図は、諸外国の開廃業率の推移と比較したものである。各国ごとに統計の性質が異なるため、単純な比較はできないものの、国際的に見ると我が国の開廃業率は相当程度低水準であることが分かる。  第4節 まとめ    本章では、我が国の企業数の99.7%を占める中小企業・小規模事業者の実態について、企業数や雇用、売上高等の観点から見てきた。その実態は、いずれの点においても、業種や経営組織によって異なり、極めて多様であることが確認された。また、重要な論点となっている中小企業の労働生産性及び開廃業の状況についても確認した。中小企業の労働生産性は長期的に横ばい傾向で推移しており、大企業との格差は業種を問わず存在していることを見た。その一方で、中小企業の中にも大企業の労働生産性を上回る企業が一定程度存在しており、こうした労働生産性の高い中小企業を増やしていくことが今後人口減少に直面する我が国にとって重要である。加えて、我が国の開廃業率は国際的に見て相当程度低水準であり、中小企業全体の生産性を向上させていく上での課題と考えられる。    第3章 中小企業・小規模事業者政策の方向性    ここまで、中小企業・小規模事業者の足元の状況を確認してきた。新型コロナウイルス感染症(以下、「感染症」という。)の影響により中小企業は引き続き厳しい状況にあり、影響については引き続き注視していくことが必要である。一方、感染症の影響による事業環境の変化により、課題も浮き彫りになってきた。中小企業・小規模事業者それぞれが、こうした事業環境の変化に応じて将来に向けた経営戦略を明確にすることも求められている。また、支援策についてもそうした中小企業・小規模事業者が目指す役割や機能に即したものにしていくことが必要である。本章では、中小企業・小規模事業者の多様性に着目するとともに、多様性を踏まえた今後の中小企業・小規模事業者政策の方向性について概観する。    第1節 中小企業の類型    2020年版中小企業白書においては、中小企業・小規模事業者の多様性に着目し、中小企業・小規模事業者に期待される役割・機能を、「グローバル展開をする企業(グローバル型)」「サプライチェーンでの中核ポジションを確保する企業(サプライチェーン型)」、「地域資源の活用等により立地地域外でも活動する企業(地域資源型)」、「地域の生活・コミュニティを下支えする企業(生活インフラ関連型)」の四つの類型に分類し、企業の特徴や実態を分析している。第1-3-1図は、業種別に、中小企業・小規模事業者が目指す類型を確認したものである。「情報通信業」や「製造業」において「グローバル型」を目指す企業の割合が高い一方、「小売業」や「生活関連サービス業, 娯楽業」では「生活インフラ関連型」を目指す企業の割合が高い。このように、業種によって異なるとともに、同じ業種内においても目指す類型が異なり、業種だけでは捉えきれない多様性が存在することが確認された。  第1-3-2図は、業種別・規模別に労働生産性を確認したものである。情報通信業や輸送用機械器具製造業は従業員規模が大きいほど労働生産性が高くなる一方、小売業や飲食サービス業は従業員規模が大きくなっても、労働生産性の上昇は小さいことがわかる。中小企業庁「中小企業政策審議会制度設計ワーキンググループ」(以下、「制度設計ワーキンググループ」という。)において、類型ごとの目指す方向性と支援の在り方について検討が行われた。四つの類型の特徴を踏まえ、「地域資源型」や「地域コミュニティ型」の企業については、規模拡大による労働生産性向上ではなく、持続的成長・発展を通じた地域経済や雇用の維持、「グローバル型」、「サプライチェーン型」の企業については、中堅企業への成長を通じて海外で競争できる企業を増やすというそれぞれの観点から、それぞれ支援を進めていくことが必要であることが示された。    第2節 地域資源型・地域コミュニティ型企業の目指す方向性と支援の在り方    本節では、制度設計ワーキンググループにおける検討を踏まえ、四つの類型のうち、地域資源型・地域コミュニティ型企業の目指す方向性と支援の在り方について紹介する。    1.地域の中小企業・小規模事業者の現状と課題  人口密度の低い地方ほど、商店街の衰退、働き手・働く場所の不足、地場産業の衰退などの課題に直面しており、こうした課題の解決は、地域の持続性確保の観点からも必要な取組である。小規模事業者には、こうした地域課題の解決に当たって中心的な役割を担うことが期待されている。一方、人口減少が加速し、域内需要の減少が進み、地域の中小企業・小規模事業者の事業の存立基盤が大きく揺らいでいる。第1-3-3図は、市区町村単位で人口の変化を示したものである。2045年の人口は、7割以上の市区町村で2015年に比べ2割以上減少する見込みである。今後、事業者が利益を獲得していくためには、域外への販路開拓が重要である。また、マークアップ率の向上につながる、「質の高い商品・サービスを相応の価格で提供すること」を目指す取組も重要である。    2.地域の中小企業・小規模事業者の支援の方向性  地域の中小企業・小規模事業者の現状を踏まえ、引き続き、小規模事業者の新たなビジネス構築や販路開拓の取組を支援することが重要な政策課題である。また、人口減少により、域内需要が減少していく中では、事業者による生産性向上の取組に加え、地域の需給バランスを踏まえた持続可能な経済圏の形成や、地域資源を最大限活用した域外需要の取り込みも必要である。その際、地域の担い手を特定の上、基礎自治体などが連携して、持続可能な地域経済モデルを確立することが重要である。    第3節 グローバル型・サプライチェーン型企業の目指す方向性と支援の在り方    グローバル型・サプライチェーン型の企業については、おおむね、企業規模が大きく、規模拡大・成長志向にある。このため、中堅企業への成長を通じて海外で競争できる企業を増やすという観点からの支援が必要である。中小企業の事業・規模拡大促進策においては、一般的に中堅企業への規模拡大の可能性が高い企業群を重点的に支援することが効果的であると考えられる。制度設計ワーキンググループにおいては、こうした観点も踏まえ、中小企業の事業・規模拡大を支援する法律などについて、新たな支援対象類型を創設することが検討されている。中小企業の成長・規模拡大の手法として、M&Aも効果的である。第1-3-4図は、吸収合併を実施した企業と、実施していない企業の労働生産性の推移を比較したものである。吸収合併を実施した企業の労働生産性が比較的高い水準となっていることがわかる。  令和3年度税制改正において、経営資源の集約化によって、生産性向上などを目指す計画の認定を受けた中小企業が、計画に基づくM&Aを実施した際の税制措置を創設することとした。制度設計ワーキンググループでは、中小企業のM&Aを促進するとともに、デューデリジェンスの実施を促すような支援の必要性や、所在不明株主の株式の買取り手続に必要な期間を短縮する措置を検討している。また、海外需要を獲得することも重要である。第1-3-5図は、中小企業の海外展開比率を確認したものである。中小企業の海外展開はわずかに上昇基調であるものの、特に直接投資を実施する中小企業は必ずしも多くない。  このため、(株)日本政策金融公庫は、2021年1月から中小企業の海外子会社に直接融資を行う仕組みを構築し、中小企業の海外展開支援を強化した。今後、中小企業の進出ニーズの高いASEAN諸国を中心に、対象国の拡大を検討していく。また、(独)中小企業基盤整備機構は、ファンドへの出資を通じて、出資先の販路開拓や組織管理体制の整備を支援し、中小企業の海外展開を支援している。    第4節 共通基盤の整備    いずれの類型においても、企業の活動を共に支えるための共通基盤として、大企業と中小企業の共存共栄関係の構築や、災害などに備える事業継続力強化の取組が重要である。    1.大企業と中小企業の共存共栄  感染症の影響が長引く中、中小企業の取引条件の悪化が懸念されている。「しわ寄せ」を防ぎ、大企業と中小企業が協力して感染症という危機を乗り越えるためには、取引の適正化を徹底することが不可欠である。経済産業省では、取引適正化の実現に向けて、産業界に対して自主行動計画の策定などを働きかけてきた。引き続き、取組状況をフォローアップしつつ、課題に応じた対策を講じていくことが必要である。また、個々の企業が、取引先との連携による生産性向上に取り組むことや、望ましい取引慣行の遵守を経営責任者の名前で宣言する「パートナーシップ構築宣言」の仕組みを構築した。今後、宣言する企業が増え、実効的な取組が広がることが期待される。    2.事業継続力の強化  自然災害や感染症などの危機に対応するためには、各企業が保険加入などの事前対策を講じてリスクに備えておくことが必要である。経済産業省では、2019年7月から事業継続力強化の認定制度を開始した。面(地域)で被災する自然災害への対応策として、サプライチェーン上の垂直的な連携や、組合などによる水平的な連携により、中堅・大企業を含めた複数事業者が連携した計画の策定も有効である。しかし、中小企業以外が連携事業継続力強化計画に参画しても、実質的な支援が受けられないことなどから、策定が進んでいない。そのため連携事業継続力強化計画を策定した中堅企業が、自然災害などにより影響を受けた場合には、一定の金融支援を受けられるような制度が検討されている。また、地方自治体などが中小企業に対して所在地域の災害リスクを周知することを促進し、中小企業が、ハザードマップを踏まえて計画を策定し、想定される災害をカバーする保険へ加入するなど、事前の備えを行うような促進策が検討されている。    第5節 まとめ    中小企業の多様性を踏まえ、中小企業の役割・機能によって、四つの類型に分類し、それぞれの特徴に合わせた支援策の方向性を確認した。第1節では、「グローバル型」、「サプライチェーン型」、「地域資源型」、「地域コミュニティ型」の四つの類型の特徴を確認し、それぞれの類型について成長や支援の在り方を確認した。第2節では、「地域資源型」、「地域コミュニティ型」の企業について、人口減少下における現状の課題や、規模拡大による労働生産性向上ではなく、持続的成長・発展を通じた地域経済や雇用の維持のための支援の方向性について確認した。第3節では、「グローバル型」、「サプライチェーン型」の企業については、中堅企業への成長を通じて海外で競争できる企業を増やすための支援の方向性について確認した。第4節では、いずれの類型の企業においても必要な、企業の活動を共に支えるための共通基盤として、大企業と中小企業の共存共栄関係の構築に向けた取組や、災害などに備える事業継続力強化に向けた取組の方向性について確認した。今後、それぞれの中小企業が目指す姿を実現するために必要な支援策の検討を進めていくことが必要である。その際、ウィズ・コロナ、そしてポスト・コロナを見据え、中小企業のIT化・デジタル化を進めていくことは不可欠である。また、いずれの姿を目指すにも、中小企業自身が経営戦略を明確にすることは重要であり、それを促す支援機関ネットワークの構築も課題である。    第2部 危機を乗り越える力    第1章 中小企業の財務基盤と感染症の影響を踏まえた経営戦略    第1部では、新型コロナウイルス感染症(以下、「感染症」という。)の流行が中小企業に甚大な影響を与えたが、倒産件数は低い水準で推移していることを確認した。一方で、財務状況が悪化し資金調達余力がなくなれば、事業の継続や成長に必要な投資や支出ができなくなる恐れがある。中小企業は、引き続き財務や資金繰りの状況に留意しながらも、感染症流行後の事業環境に適応することで、再び成長軌道に戻る取組も並行して進める必要に迫られている。    第1節 中小企業の財務基盤・収益構造と財務分析の重要性    本節では、感染症流行前の企業規模別の財務基盤・収益構造の推移や、中小企業の財務基盤・収益構造の多様性について、各種財務指標を用いて確認した上で、中小企業自身の各種財務指標に対する意識と感染症流行前の財務の安全性や収益性との関係性について分析する。    1.企業の財務基盤・収益構造の変遷    ここでは、企業の貸借対照表・損益計算書上の各項目や財務指標の推移について、財務省「法人企業統計調査年報」を用いて分析する。    @企業の資金調達構造  まず、企業の資金調達構造の変遷について、貸借対照表の「負債・純資産の部」から確認していく。第2-1-2図は、企業規模別に1社当たりの総資産の金額と、総資産に占める自己資本の割合(自己資本比率)及び借入金の割合(借入金依存度)の推移について見たものである。中規模企業の自己資本比率は、1998年度を底に上昇傾向にあり、2019年度時点では42.8%と、大企業の44.8%とほぼ同水準となっている。一方、小規模企業の自己資本比率は、2010年代に入ってから上昇傾向にあるものの、2019年度時点で17.1%と依然として低い水準にある。これに相対する形で、中規模企業では借入金依存度が低下傾向にあり、2019年度時点では34.0%と、大企業の30.8%とほぼ同水準となっている。小規模企業の借入金依存度については、比較的高い水準で推移しており、2019年度時点で60.1%となっている。中規模企業では、過去20年にわたり、借入金への依存度を下げて、財務面の安全性の改善を遂げてきたことが分かる。  次に、自己資本比率上昇の要因について確認していく。自己資本比率は、企業の中長期的な財務の安全性を示すといわれており、適正な水準は業態や企業の事業方針により異なるものの、自己資本比率が著しく低い場合には、例えば借入れが過剰であるとして金融機関から融資を受けづらくなるなど、その財務基盤の弱さが経営課題となる。株式発行による資金調達も一般に行われる大企業に比べ、金融機関などからの借入れによる資金調達に依存している中小企業の方が自己資本比率が低い傾向にあるが、それでも中規模企業が大企業並みの自己資本比率の水準を実現するに至った要因は何だろうか。第2-1-3図は、自己資本比率上昇の要因を、利益の蓄積によって変動する「利益剰余金」と、株式発行などによって変動する「資本金」「資本剰余金」を含むその他の項目(「資本金等」)に分けて確認したものである。足元では大企業と中規模企業の自己資本比率は同水準だが、中規模企業では利益剰余金が占める割合が高く、特に2000年代以降、利益の蓄積によって自己資本比率を改善させてきたことが分かる。一方、小規模企業では、2000年代までは利益剰余金の割合が少なく、マイナスに転じた年もある。2010年代に入ると、利益剰余金の割合が大きく増加しており、自己資本比率の上昇につながっている。    A企業の収益構造  以上より、2000年代以降の中規模企業及び2010年代以降の小規模企業における自己資本比率の上昇は、利益の蓄積との関係性が深いと考えられる。これを踏まえて、ここからは企業規模別の収益構造の変遷について確認していく。第2-1-4図は、企業規模別に1社当たりの売上高及び経常利益の推移について見たものである。これを見ると、利益剰余金の推移と同様、中規模企業では2000年代から、小規模企業では2010年代から経常利益が増加していることが分かる。また、売上高は横ばい基調の中で売上高経常利益率が改善しており、中小企業が収益力を高めてきたことが分かる。  一方で、コストの構造に着目すると、大企業と中規模企業の間に違いが見られる。第2-1-5図は、損益分岐点比率の推移について見たものである。損益分岐点比率とは、売上高が現在の何%以下の水準になると赤字になるかを表す指標であり、売上高の減少に対する耐性を示す。これを見ると、大企業の損益分岐点比率は2019年度時点で60.0%にまで改善している一方、中規模企業では85.1%、小規模企業では92.7%と、改善はしているものの大企業との格差が大きくなっている。売上高が大きく減少するような局面での耐性は、大企業に比べて低いことが推察される。    B企業の資産構成  最後に、調達した資金の使途(資産構成)の変遷について、貸借対照表の「資産の部」を基に確認していく。まず大企業を見ると、2000年代から総資産に占める有形・無形固定資産の割合が低下する一方、投資有価証券の割合が大きく上昇している。国内での設備投資から海外関係会社などを通じた海外展開、あるいはM&Aへ資金を振り向けてきたことが推察される。中規模企業でも、大企業ほどではないものの、2010年代に入ると設備投資の割合が低下し、投資有価証券の割合が上昇し始めている。また、現金・預金等の推移を見ると、中規模企業では2000年代以降、小規模企業では2010年代以降、緩やかに増加している。  以上から、大企業では2000年代に、海外投資やM&Aなどにより事業を拡大したことで、投資有価証券の割合を増加させつつも、内部留保も堅調に積み上げており、借入金依存度は横ばいで推移していることが推察される。中規模企業では、大企業と同様に投資有価証券の割合の上昇が見られるも、2000年代以降借入金の削減に徹しており、かつ現預金の割合も緩やかに高まるなど、大企業ほどは資金調達を通じた事業拡大に取り組んでいない傾向にあることが推察される。小規模企業では、2000年代までは低い収益性が課題となり、高い借入金依存度が続いていたが、2010年代に入ると、中規模企業と同様に収益力が改善し、借入れを削減する傾向にシフトしつつあることが推察される。    2.中小企業の財務基盤・収益構造の多様性  前項では、平均的な中小企業像で見ると、財務の安全性、収益性共に改善傾向にあったことを確認したが、一方、中小企業の財務基盤・収益構造は、規模や業態によって多種多様である。本項では(株)東京商工リサーチの保有する「財務情報ファイル」も活用しながら、中小企業の各種財務指標の分布について分析する。第2-1-7図は、中規模企業について、業種別に財務の安全性を表す自己資本比率及び借入金依存度(2019年度時点)の平均値を見たものである。自己資本比率を見ると、宿泊業、飲食サービス業では低く、製造業や情報通信業では高くなっている。  第2-1-8図は、業種別に自己資本比率(2019年時点)の分布を見たものである。宿泊業や飲食サービス業では債務超過の企業の割合が高いことから、自己資本比率の平均値を押し下げている可能性がある。2019年版中小企業白書では、2007年度から2016年度の中小企業の自己資本比率の推移について分析しており、リーマン・ショック以降、中小企業の間でも、利益を確保し自己資本比率を改善できている企業と、そうでない企業の二極化が進んでいる可能性について言及しており、堅調に収益を確保してきた企業とそうでない企業での格差が大きくなっている可能性もある。  第2-1-9図は、業種別に収益性を表す売上高経常利益率(2019年度時点)の平均値について見たものである。宿泊業、飲食サービス業では低く、建設業や情報通信業では高くなっている。  第2-1-10図は、業種別に売上高経常利益率(2019年時点)の分布について見たものである。宿泊業や生活関連サービス業、飲食サービス業では赤字企業の割合が多い一方、卸売業や小売業では5%以上の高い利益率を確保できている企業の割合が低くなっているなど、ここでも業種の特性に応じた分布の違いが見られる。  第2-1-11図は、業種別に売上高の減少への耐性を示す損益分岐点比率(2019年度時点)の平均値について見たものである。宿泊業や飲食サービス業では高く、卸売業や建設業では低いことが分かる。すなわち、宿泊業や飲食サービス業は売上高の減少への耐性が低く、卸売業や建設業は高いということが分かる。  第2-1-12図は、業種別に損益分岐点比率(2019年時点)の分布について見たものである。製造業や卸売業では90%未満の企業の割合が特に高く、赤字に転落しにくい傾向にあると推察される。また、宿泊業や娯楽業では100%以上(赤字)の企業も多い一方で、90%未満の割合が半数を超えており、業種の中でのばらつきも見られる。  以上、ここでは中小企業の財務基盤・収益構造の多様性について、業種の観点から確認した。財務の安全性や収益性の水準を向上させるのは、業態により難易度が異なるものの、財務基盤が特に弱い状態が続くことは、繰り返し訪れる事業環境の変化を乗り越える上で課題となり得る。業態の近い他社と比較して、自社の財務基盤・収益構造がどのような状態にあるのかを把握しておくことが重要である。    3.中小企業の資金繰り管理・財務分析    自社の財務の安全性・収益性の状況を正しく知る上では、資金繰りや財務指標について把握できていることが前提となる。本項では、中小企業の財務や資金繰りに対する意識と、財務面で感じている課題や財務の安全性・収益性との関係性について、確認していく。なお、ここからは、(株)東京商工リサーチが「令和2年度中小企業の財務基盤及び事業承継の動向に関する調査に係る委託事業」において実施した、中小企業を対象としたアンケート「中小企業の財務・経営及び事業承継に関するアンケート」(以下、「財務・経営・事業承継に関するアンケート」という。)を用いて、分析していく。なお前項で見てきたとおり、中小企業の自己資本比率は利益の蓄積によって改善を遂げてきている。一概には言えないものの、一つの見方として、自己資本比率が高い企業ほど過去堅実に収益を上げてきたと捉えることができる。本節では、財務の安全性を示す自己資本比率と、収益性を示す売上高経常利益率を用いて、安全性・収益性の高低についても一部分析している。    @業績・資金繰りの管理  第2-1-13図は、業績や資金繰りの先行きについて誰が主体的に管理しているか見たものである。「経営層」、「社内の担当者」と回答した企業の割合が高いことが分かる。  第2-1-14図は、「経営層」、「社内の担当者」が業績・資金繰りの管理をしている企業が、今後の業績・資金繰り予測について、社内で共有できているかを見たものである。「十分できている」、「ある程度できている」と回答した企業が約7割いることが分かる。  業績・資金繰り予測の社内での共有状況別に、財務面で感じていた課題について見たのが第2-1-15図である。社内での共有が十分できている企業では、「特にない」と回答した企業の割合が約4割と比較的高いことが分かる。一方、できていない企業ほど、「固定費が高い」、「借入金が多い」、「売上高が低い」などを回答した企業の割合が高いことが分かる。  続いて、第2-1-16図は、業績・資金繰り予測の期間について見たものである。「4〜6か月後」まで管理していると回答した企業の割合が最も高いことが分かる。  業績・資金繰り予測の期間別に、財務面で感じていた課題について見たのが第2-1-17図である。予測期間が長いほど「特にない」と回答した企業の割合が高いことが分かる。また、予測期間が短いほど、「借入金が多い」、「手元現預金が少ない」、「借入れの返済負担が大きい」、「売上債権の回収が遅い」などを回答した企業の割合が高い傾向にある。  第2-1-18図は、業績・資金繰りの予測期間別に、売上高経常利益率及び自己資本比率の水準について見たものである。予測期間が長いほど、売上高経常利益率が高く、また自己資本比率の低い企業の割合が少ないことが分かる。  第2-1-19図は、感染症流行下で資金繰りが悪化し、金融機関からの資金調達を実施した企業の事例である。事例@は、資金繰り予測を行っていなかったために資金ショートを起こす可能性に直前まで気付くことができなかった事例である。事例Aは、6か月先までの資金繰り予測を金融機関に伝えたことで、申込金額満額の融資を得られた事例である。資金繰り予測は、有事の際の資金繰りのひっ迫度の把握や、金融機関とのコミュニケーションにおいても有用である。    A財務分析  第2-1-20図は、各種財務指標を計算しているかについて見たものである。「売上高経常利益率」、「損益分岐点売上高」、「自己資本比率」などでは、自社の指標を計算していると回答した企業の割合が高いことが分かる。  この中から、計算している企業が多かった売上高経常利益率、損益分岐点売上高(損益分岐点比率)、自己資本比率について、計算している企業と計算していない企業で各財務指標の水準に差異があるか見たものが、第2-1-21図である。売上高経常利益率は、計算している企業の方が高いことが分かる。また、損益分岐点比率も、計算している企業の方が低い、すなわち売上高の減少への耐性が高いことが分かる。自己資本比率も、計算している企業の方が「債務超過」、「0%以上20%未満」の企業の割合が低いことが分かる。  以上より、規模や業種だけでなく、中小企業自身の財務に対する意識と財務の安全性・収益性との間には密接な関係があることが分かった。事例2-1-1は、過去業績が悪化した際の反省から財務について学び、財務の安全性や収益性を改善し、現在は感染症流行下でも安定的に事業を継続している企業の事例である。これまで財務面への意識が低かった企業では、事例2-1-1のように、自社の財務状態について定量的に把握することが重要といえよう。    第2節 新型コロナウイルス感染症が与えた影響と資金調達の動向    前節では、大企業と比べて中小企業の方が売上高の減少に対する耐性が低いことについて確認した。感染症流行などの動向により売上高の減少が続くほど、中小企業の業績や資金繰りに影響を及ぼすこととなる。こうした背景の下、まずは足元の資金繰りの悪化を防ぐために、各種資金繰り支援策が措置された。また、多様な資金調達手段の動向や活用策についても注目が集まった。本節では、まず感染症が売上高や資金繰り面に与えた影響と、中小企業の資金調達の動向や支援策の活用状況について確認する。最後に、関心の集まった資金調達手段の概要についても紹介する。    1.感染症が売上高に与えた影響    @2020年の売上高  まず、2020年の年間の売上高を企業の特徴ごとに確認する。なお、ここで用いている数値は2019年の売上高を「100」とした場合の水準を表している。第2-1-22図は、2020年の年間の売上高を従業員規模別に比較したものである。これを見ると、75未満の企業の割合は従業員規模が小さいほど大きいことが分かる。  第2-1-23図は、2020年の年間の売上高を業種別に比較したものである。100未満の割合を見ると、宿泊業、飲食サービス業、生活関連サービス業で高く、建設業では低いことが分かる。  前図をさらに、2020年4月から5月の緊急事態宣言の発令期間が他県と比べて長かった9都道府県(以下、「感染拡大9都道府県」という。)に所在する企業と、その他の地域に所在する企業を比較したものが第2-1-24図である。これを見ると、飲食サービス業では、感染拡大9都道府県における75未満の割合が、その他の地域と比べて特に高いことが分かる。  業種別の2020年の売上高を顧客属性別に見たものが第2-1-25図である。ほとんどの業種で事業者向け(BtoB)の方が消費者向け(BtoC)よりも100以上の割合が高い一方で、製造業や卸売業・小売業では消費者向け(BtoC)の方が100以上の割合が高くなっている。消費者向けのサービスは対面が多いものの、製造業や小売業では、EC販売など、接触を避けた提供方法もとることができることから、こうした提供方法を展開できる業態かどうかで、影響に差が出ている可能性も考えられる。    A時系列で見た感染症の売上高への影響  感染症流行下の中小企業の事業環境は、新規感染者数の増減や政府・自治体の要請によって刻々と変わっていった。年間では前年並みの売上高を確保できていても、一時的に大きな売上高の減少を経験した企業も存在すると思われる。ここでは、2020年の各企業の売上高(前年同期比)の変遷について、時系列で確認していく。第2-1-26図は、2020年1月から10月のうち、前年同月比で最も売上高が減少した月を見たものである。宿泊業、飲食サービス業では、緊急事態宣言が発令された4月及び5月の回答割合が8割超である一方、建設業、製造業、卸売業では7月以降の回答割合が約4割と最も多く、業種によってばらつきが見られる。  第2-1-27図は、業種別に前年同期比で最も売上高が減少した月の売上高について見たものである。単月で見ると、多くの企業が売上高の大幅な減少を経験している。前節にて、中小企業の損益分岐点比率は、中規模企業は85.1%、小規模企業で92.7%であることを確認したが(前掲第2-1-5図)、これに鑑みると、売上高の水準が「50以上75未満」や「50未満」の状態が続けば、事業の継続に相当の負荷がかかるものと推察される。  第2-1-28図は、四半期ごとの売上高の推移について、業種別に見たものである。まず「100以上」の割合を見ると、多くの業種で4〜6月に減少(製造業、卸売業、情報通信業などでは7〜9月でも減少)して底を打った後、10〜12月には全ての業種で上昇していることが分かる。また75未満の割合を見ると、全ての業種で4〜6月に増加した後、10〜12月に低下している。ただし、特に宿泊業、飲食サービス業、生活関連サービス業、娯楽業などでは、依然として1〜3月に比べて高い水準にとどまっている。  全体的に、10〜12月にかけてやや改善傾向にある要因としては、10月前後は国内の新規感染者数が比較的低位で推移していたこと、我が国での感染症流行から半年以上が経過し、企業が新しい生活様式の中で事業を継続するための戦略の見直しを進めたこと、などが考えられる。このうち、企業側の対応と売上高の回復の関係については、後節で検証する。第2-1-29図は、財務省「法人企業統計調査季報」を基に、四半期ごとの経常利益の変動要因について、限界利益と固定費に分けて、企業規模別に見たものである。限界利益とは、売上高から変動費を差し引いたものである。中小企業では、売上高の大幅な減少局面を迎えたリーマン・ショック発生前後の2008年・2009年、感染症発生前後の2019年・2020年ともに、固定費の削減も行われている傾向にあることが分かる。結果的に、足元の2020年10-12月期では、中小企業の経常利益は前年同期に比べて増加しているものの、感染症以前の収益構造に戻ったわけではないことには注意が必要である。    2.感染症流行の影響を踏まえた資金繰り支援    売上高の減少により利益水準が下がり、資金繰りの維持に問題が生じたり、すぐには問題がなくても将来の不確実性に備えたりするために、資金調達が必要となった企業が増加したものと考えられる。このような状況下、政府や金融機関では大規模な資金繰り支援を実施した。本項では、感染症流行後に実施された代表的な各種資金繰り支援策の実績について確認していく。なお、支援策の概要についてはコラム2-1-1を参照されたい。    @給付金・助成金  感染症の影響を受ける事業者の事業継続を下支えするため、持続化給付金や家賃支援給付金などによる支援が実施された。第2-1-30図は、持続化給付金の給付実績を見たものである。持続化給付金は、2020年5月1日に申請受付を開始し、2021年2月末時点で、約423万件、約5.5兆円の給付を行った。  第2-1-31図は、家賃支援給付金の給付実績を見たものである。家賃支援給付金は、2020年7月14日に申請受付を開始し、2021年2月末時点で、約101万件、約8,800億円の給付を行った。  第2-1-32図は、雇用調整助成金(新型コロナウイルス感染症の影響に伴う特例)の支給実績について見たものである。雇用調整助成金は、2020年1月24日以降の期間、感染症の影響を受けて事業の縮小した事業者に対して累次の特例措置を講じ、2021年2月末までに約267万件、約2.9兆円の支給を行った。    A融資・保証・条件変更  第2-1-33図は、政府系金融機関である(株)日本政策金融公庫及び(株)商工組合中央金庫における融資承諾件数の推移について見たものである。(株)日本政策金融公庫は、外的要因により一時的に業況が悪化している企業への貸付制度「セーフティネット貸付」に加えて、2020年3月17日に「新型コロナウイルス特別貸付」の取扱いを開始し、申込みが急増した。また、(株)商工組合中央金庫でも危機対応業務の一つとして「新型コロナウイルス感染症特別貸付」を立ち上げ、申込みが急増した。  第2-1-34図は、信用保証協会への信用保証の承諾件数の推移について見たものである。2020年3月までにセーフティネット保証4号、同5号、危機関連保証の認定制度が立ち上がり、5月1日から民間金融機関における実質無利子・無担保融資制度が立ち上がると、これに伴う信用保証の申込件数が急増した。  金融機関による資金繰り支援には、新規融資の実施のほか、既往債務の条件変更もある。第2-1-35図は、金融機関における貸付け条件の変更の申込み・実行件数の推移について見たものである。2020年3月以降の銀行における貸付け条件変更の申込みは4月にピークを迎え、その後減少傾向にあるも毎月相応の申込みが続いている。申込みに対する実行率は99%を超えており、金融機関がほとんど申込みを断っていないことが分かる。  既存の借入金の返済猶予に関する相談については、金融機関のほか、中小企業再生支援協議会にも窓口が設置された。第2-1-36図は2020年4月以降の中小企業再生支援協議会における一次相談対応件数の推移について見たものである。2020年4月1日に「新型コロナウイルス感染症特例リスケジュール実施要領」が制定されると、中小企業再生支援協議会に対する支援の相談が増加した。    B中小企業における支援策の活用状況  第2-1-37図は、感染症流行後に活用した支援策について、従業員規模別に見たものである。持続化給付金は従業員規模の小さい企業、雇用調整助成金は従業員規模の大きい企業で活用した割合が高いことが分かる。  業種別に見たのが第2-1-38図である。宿泊・飲食・生活関連サービス業では、ほとんどの支援策で活用割合が高いことが分かる。感染症の影響が大きかったこれらの業種では、各種支援策の支援対象要件に該当した企業が多いことが推察される。    3.感染症流行下における中小企業の資金繰りの動向  感染症流行の影響と資金繰り支援策の実施を踏まえて、本項では中小企業側の資金調達動向や資金繰りに対する意識の変化について分析する。    @資金調達環境の変化と金融機関の貸出態度  ここでは、感染症の影響と大規模な資金繰り支援を踏まえて、中小企業の資金調達環境の変化を確認する。第2-1-39図は業況判断DI、第2-1-40図は資金繰り判断DIについて、企業規模別に見たものである。業況判断DIについては、2020年に入り大企業・中小企業共にリーマン・ショック以来の大幅な低下となっている一方、資金繰り判断DIについては、低下はしたものの水準としては比較的高く、0付近又はプラスの水準で推移していることが分かる。  第2-1-41図は、金融機関の貸出態度を示す貸出態度判断DIを見たものである。大企業では小幅な下落にとどまり、中小企業では横ばいを維持し、DIの水準が大企業と逆転している。過去のショックと比較して、貸出態度の消極化がほとんど見られなかったことが、資金繰り判断DIの低下を小幅にとどめたものと推察される。  中小企業側から見た金融機関の貸出態度が横ばいを維持したことを踏まえて、ここからは金融機関側の企業向け貸出残高の推移を見ていく。第2-1-42図は、貸出先の企業規模別に、企業向け貸出残高の推移を見たものである。中小企業向けの貸出残高は2014年以降増加傾向にあったが、感染症流行の影響を踏まえて更に大幅に増加している。また、大企業の増加率は2020年4-6月期でピークアウトしている一方、中小企業の増加率は2020年7-9月期にかけて上昇していることが分かる。7-9月期に入っても中小企業では資金需要がピークアウトしていない、金融機関が積極的な融資姿勢を崩していないことなどが推察される。10-12月期は大企業、中小企業ともに横ばいで推移している。  第2-1-43図は、中小企業向け貸出残高の推移について、中小企業向けに貸出しを行う金融機関の業態別に見たものである。減少傾向にあった政府系金融機関の貸出残高が2020年に入り大幅に増加していることが分かる。また、リーマン・ショックの起きた2008年以降は、国内銀行・信託では貸出残高が減少傾向にあったが、感染症流行下では大幅に増加している。民間金融機関においても、実質無利子・無担保融資制度を活用しながら、積極的な融資姿勢を示したことが推察される。  以上、感染症流行後に実施された各種支援策による支援実績について確認した。こうした大規模な資金繰り支援が、中小企業の一時的な資金繰りの維持に寄与し、資金繰り判断DIの悪化や倒産件数の増加を抑えた可能性がある。一方で、新規融資の実施や既存借入金の返済猶予による資金繰り支援は将来の要返済額を減らしたわけではなく、支援を受けた中小企業は今後の返済に備える必要がある。    A資金調達の動向    (1)財務キャッシュフローの動向  ここからは、資金調達の動向について見ていく。第2-1-44図は、(株)東京商工リサーチが保有する「財務情報ファイル」を基に、財務キャッシュフローがプラスの企業の割合について、時系列で見たものである。財務キャッシュフローとは、営業活動や投資活動のために調達した資金の増減を示し、借入金の返済や配当による資金の流出より、新規借入れや増資による資金の流入が多い場合にプラスとなる。これを見ると、2020年の財務キャッシュフローがプラスの企業の割合が増加しており、金融機関の貸出残高が増加していたことと整合的である。  第2-1-45図は、2019年及び2020年における財務キャッシュフローがプラスの企業の割合について、自己資本比率別に見たものである。資産超過の企業では、自己資本比率が低いグループほど、2019年と比べた2020年の財務キャッシュフローがプラスの企業の割合の増加幅が大きいことが分かる。  第2-1-46図は、同様に売上高経常利益率別に見たものである。自己資本比率と同様に、黒字企業では利益率が低いグループほど2019年と比べた2020年の財務キャッシュフローがプラスの企業の割合の増加幅が大きいことが分かる。  このように、自己資本比率が低いグループや、売上高経常利益率が低いグループの方が、借入れが増加した企業の割合の増加幅が大きいことから、比較的借入れ依存度の高いグループにおいて一層借入れ依存度が高まり、今後財務の安全性が二極化していく可能性が考えられる。(2)金融機関からの資金調達第2-1-47図は、感染症流行後に金融機関から新たな借入れを行ったかを聞いたものである。これを見ると、感染症の影響が大きかった宿泊業、飲食サービス業、生活関連サービス業などで高い割合となっていることが分かる。  同様に、2019年時点の自己資本比率別に見たものが第2-1-48図である。これを見ると、資産超過の企業では、自己資本比率が高いほど新たな借入れを行っていない企業の割合が高く、財務キャッシュフローの動向と整合的である。  第2-1-49図は、新たな借入れを行った企業における、調達した資金の使い道について見たものである。業種を問わず、「手元現預金の積み増し」を回答した企業の割合が高いことが分かる。業種別に見ると、宿泊業では、「赤字補てんや当面の資金繰り」と回答した企業の割合が他の業種に比べて高く、「手元現預金の積み増し」、「デジタル化」、「新製品・サービスの開発や新規事業の立ち上げ」と回答した企業の割合が低いことが分かる。また、飲食サービス業では、「感染症対策」「新製品・サービスの開発や新規事業の立ち上げ」と回答した企業の割合が比較的高く、感染症を契機とした取組に特に資金調達を必要としている可能性が考えられる。    B手元現預金に対する意識の変化  第2-1-50図は、安定的な事業継続のために必要だと考える現預金水準が月商の何か月程度と考えているかについて見たものである。感染症流行後、3か月未満と回答する企業の割合が減少し、3か月以上と回答する企業の割合が増加していることが分かる。不確実性に備えるため、手元現預金の積み増しが必要と考えている企業が増加したものと推察される。  第2-1-51図は、手元現預金の推移について企業規模別に見たものである。2020年を見ると、実際に、感染症流行を契機に中小企業が手元現預金を増加させていることが分かる。  第2-1-52図は、企業規模別・業種別に、手元流動性の前年同期比成長率について見たものである。大企業、中小企業共に、感染症の影響の大きかった宿泊業、飲食サービス業、生活関連サービス業などで手元流動性が大幅に上昇している。売上高が減少したこと、手元現預金を積み増したこと、双方が手元流動性の上昇に寄与していることが推察される。  第2-1-53図は、有利子負債償還年数の推移について見たものである。有利子負債償還年数とは、有利子負債を営業キャッシュフローで割ったものであり、営業キャッシュフローの水準を毎年同程度確保できた場合、何年で有利子負債を返済できるかを示す指標である。これを見ると、中小企業では、売上高が大きく減少した2020年4-6月期で大きく上昇していることが分かる。他方、分子を有利子負債から現金・預金を差し引いたもので算出した場合においては、上昇幅が小さくなっており、また大企業よりも低い水準で推移していることが分かる。手元現預金の積み増しが進む中、借入れの総額だけでなく、手元現預金では返済できない借入金額の推移についても、注視が必要である。    C設備投資に対する意識の変化  第2-1-54図は、企業規模別・業種別に、固定資産の前年同期比成長率を見たものである。一般に、資金繰りが悪化した際、外部からの資金調達が十分にできなかった場合、資産の売却などにより資金の確保を検討することになるが、2020年4-6月期以降、多くの業種では前年より固定資産が増加している傾向にあることが分かる。一方、中小企業の宿泊業、飲食サービス業では大幅に減少していることが分かる。  第2-1-55図は、企業規模別に、設備投資額の前年同期比成長率の推移を見たものである。リーマン・ショックの際に比べると落ち込みは小さいものの、2020年に入り、マイナスに転じていることが分かる。  投資に対する意欲が冷え込む一方、投資を検討している企業の意向には変化が見られる。第2-1-56図は、企業規模別に設備投資のスタンスの変化について見たものである。中小企業では、感染症流行前の2019年から「維持更新」が低下、「情報化への対応」や「新事業への進出」が上昇していたが、感染症流行後の2020年にその傾向が加速している。  第2-1-57図は、感染症が設備投資の実施判断に影響を与えたか別に、2020年の投資計画における設備投資の目的について見たものである。影響のあった企業の方が、「合理化・省力化」、「情報化関連」、「新規事業の進出」、「倉庫等物流関係」、「新製品の生産」の回答割合が高く、「設備の代替」、「維持・補修」の回答割合が低いことが分かる。  以上より、感染症の影響を踏まえて、平時より多くの企業が現預金の積み増しのために資金調達を実施していること、投資支出に対しては消極的になっている傾向が分かった。一方、感染症流行下でも投資意欲のある企業では、単なる維持・更新ではなく、デジタル化や新事業への進出といった分野へ投資スタンスが変化していることも分かった。事例2-1-2は、過去の反省から先行き不透明な事業環境においても、設備投資を継続する企業の事例である。事例2-1-2のようにすぐには投資に踏み切る必要のない企業でも、事例2-1-3のように、不況期の仕事の減った時間を活用して次の投資機会を従業員とともに見定めていくことは重要であるといえよう。    4.関心の高まる多様な資金調達手段  感染症流行後、大規模な資金繰り支援策が講じられたが、今後の景況感が見通しづらい中、手形貸付けや証書貸付けといった、中小企業にとって一般的な手法以外の資金調達手段にも関心が集まった。本節では、感染症流行下で注目が集まった資金調達手段の概要と、中小企業が活用する上での利点や課題について、紹介していく。    @コミットメントライン  まず、「コミットメントライン」について見ていく。コミットメントライン(銀行融資枠)とは、銀行と企業があらかじめ設定した期間及び融資枠の範囲内で、企業の請求に基づき、銀行が融資を実行することを約束(コミット)する契約のことである。当座貸越とは異なり、融資の実行を金融機関側が拒絶することができないのが特徴である。非常時以外に資金の引き出しを行わないことを前提とする「スタンドバイライン」と、いつでも資金引き出しが可能である「リボルビングライン」の2種類がある。また、契約方法にも、貸手(個別の金融機関)と借り手(企業)が相対で契約を締結する「バイラテラル方式(相対型)」と、アレンジャー(幹事金融機関)を中心に、複数の金融機関と一つの契約書に基づき、同一条件でコミットメントライン契約を締結する「シンジケート方式(協調型)」の2種類がある。第2-1-58図は、「コミットメントライン」の契約先数・利用先数の推移について見たものである。2012年頃から増加傾向にあり、2020年に入ると契約先数が更に増加した。こうした動きは特に大企業で顕著に見られた。  コミットメントラインを活用する利点としては、@「安定的な経常運転資金枠の確保」やA「マーケット環境の一時的な変化など、不測の事態への対応手段の確保」などが挙げられる。感染症流行下で需要が増加したのはAであると推察される。@「安定的な経常運転資金枠の確保」としては、突発的に大口の仕入れ資金需要が発生したりする業態で、活用検討の余地がある。あるいは、複数の金融機関との取引を継続する中で借入れ過多となった財務基盤を改善するために活用するという手法もある。  A「マーケット環境の一時的な変化など、不測の事態への対応手段の確保」としては、自然災害などの事業継続リスクに備える場合に活用の余地がある。例えば、地震発生時にあらかじめ定めた融資限度額や金利条件で貸出しを行う、震災リスク対応型のコミットメントラインなどがある。一方で、留意点としては、金利とは別に手数料(コミットメントフィー)を支払う必要がある点や、契約締結に際しては所定の審査があり、財務状態が一定水準以上である必要がある点が挙げられる。感染症を契機に手元現預金の確保への意識が高まっているが、有事に備えてあらかじめ資金を確保するだけでなく、有事の際に資金を確保できる環境を整えることも一つの戦略といえる。    A資本性劣後ローン  続いて、「資本性劣後ローン」について見ていく。企業が資金を調達する方法は、金融機関や投資家からお金を借り入れる「デット・ファイナンス」と、株式を発行することで資金調達を行う「エクイティ・ファイナンス」の主に2通りがあるが、その中間形態(「メザニン・ファイナンス」)も存在し、資本性劣後ローンはその中の一つである。資本性劣後ローンは貸手にとってはリスクの高い金融商品であり、中小企業においてはこれまで政府系金融機関による融資が中心だったが、感染症流行による取引先への影響を踏まえて、民間金融機関でも資本性劣後ローンの取扱いが増加している。  呼称は金融機関によっても異なるが、金融庁では「償還条件」、「金利設定」、「劣後性」の観点から十分な資本的性質が認められる借入金を「資本性借入金」と呼んでおり、急激な経営環境の悪化により資本の充実が必要となった企業への支援の手法として有用であるとしている。主な特徴としては以下が挙げられる。活用の利点として、第1に、償還期限にまとめて返済を行う「期限一括償還」であることが挙げられる。事業拡大や事業再生のために一定期間の資金流出を免れない企業では、毎月の返済負担がなく、資金繰りが一時的に改善する。第2に、金利設定が業績連動型のため、拡大した事業や再生中の事業の業績が軌道に乗るまでの間、金利負担を抑えることができる。第3に、金融機関の審査の際、資本性劣後ローンが自己資本として見なされる点が挙げられる。債務超過だった企業では、一時的に財務状況が改善したものとして扱ってもらえるため、融資判断にプラスの影響があるといえる。活用の留意点として、好業績の際は通常の融資と比較して、高い金利を支払う必要がある。また、資本的性質はあるものの、実態としては返済が必要な借入金である点には注意を要する。償還期限までに、返済原資を確保するか、金融機関からの前向きな継続支援が得られる財務状態まで改善しておく必要がある。目先の資金繰りの緩和ではなく、事業拡大や事業再生を目的とした資金調達手段としての活用が期待される。具体的な活用例については、コラム2-1-2の中でも紹介しているので参照されたい。    Bエクイティ・ファイナンス  資本性劣後ローンと異なり、調達資金の返済が不要な資金調達手段として、株式発行による資金調達(「エクイティ・ファイナンス」)がある。近年はベンチャー・キャピタルなどの、創業期・成長期の企業を対象とした支援ファンドのほか、中小企業の事業承継支援を目的とした事業承継ファンドや、足元では感染症流行により経営状態が悪化した企業に対し経営改善を行う事業再生ファンドも登場し始めている。第2節で見たとおり、中小企業では利益の蓄積により自己資本比率を高めており、エクイティ・ファイナンスにはなじみが薄い。株式発行により議決権割合が変わったり、外部の株主の意向が入ったりすることには、家族経営の多い中小企業では抵抗感がある場合も少なくない。第2-1-61図は、中小企業のファンドの活用意向について見たものである。「既に出資を受け入れている」、「現在、出資候補者と調整中」、「増資による資金調達を検討している・検討する可能性がある」と回答した企業の割合は1割未満にとどまる。  増資による資金調達を検討している企業における、検討を開始した時期について見たのが第2-1-62図である。「コロナ感染拡大を踏まえて」検討する可能性があると回答した企業が3分の2を占めており、感染症流行を機に、感染症流行による影響を踏まえた財務面の見直しや、今後の経営戦略の見直しに当たり、ファンドの活用を検討している企業が増加していることが推察される。  第2-1-63図は、ファンドの活用意向別に、増資による資金調達に対する意識について見たものである。活用実績・意向のある企業では、活用意向のない企業と比べて、「借入れと異なり返済は不要で資金繰りが楽になる」、「出資者から、社内のガバナンス体制の強化や販路拡大など、経営に関する支援を受けることができる」を回答した企業の割合が高く、「経営者の持ち株比率が低下し、経営の自由度が低下する」、「出資者の候補が思い当たらない」を回答した企業の割合が低いことが分かる。  事例2-1-4は、中小企業の成長を支援するファンドを活用して大企業のノウハウも取り込みながら、「家族経営」から「企業経営」に進化させて、事業の成長を遂げた企業の事例である。大きな事業環境の変化に対応するために、財務基盤の強化だけでなく外部からの踏み込んだ支援についても模索している企業にとっては、ファンドの活用も一つの選択肢となり得るといえよう。その他、エクイティ・ファイナンスの手法として、株式を一般に公開する、すなわち株式上場(IPO)がある。株式上場の理由として、事例2-1-5は「仲間」を増やすことが、企業の成長につながると考えた点、事例2-1-6は産学連携の促進により研究開発の幅を広げることができると考えた点を挙げている。ステークホルダーを重視した経営が求められる代わりに、知名度の向上や組織改革につなげることができる手段であるといえよう。    Cクラウドファンディング  続いて、「オルタナティブ・ファイナンス」について見ていく。オルタナティブ・ファイナンスとは、インターネットを活用した資金調達全般を指しており、その類型やサービスの名称について明確な定義はないが、ここでは主に、「クラウドファンディング」と「トランザクションレンディング」の二つに分けて、それぞれ動向を確認する。第2-1-64図は、世界のオルタナティブ・ファイナンスの市場規模の推移について見たものである。2018年時点の世界の市場規模は3,050億ドルで、その過半を中国が占めている。中国では2017年をピークに減少に転じているが、2位の米国及びそれ以外の地域全体では、2015年以降増加傾向にある。インターネットを活用した資金調達手段が、世界的に浸透しつつあることが推察される。  クラウドファンディングとは、オルタナティブ・ファイナンスのうち、インターネットを通じて不特定多数の個人から資金を集める方法を指す。投資家が受け取るリターンによって、幾つかの形態に分けられる。第1に、「寄付型」とは、プロジェクトに対して資金提供者が寄付を行う形態で、商品やサービスなどのリターンは発生しない。第2に、「購入型」とは、資金提供者がリターンとしてモノやサービスを得る形態である。資金提供者は資金調達側がリターンとして設定した商品やグッズ、サービスなどを購入するような感覚で支援することができる。第3に、「融資型」とは、事業者が仲介し資産運用したい個人投資家から小口の資金を集め、大口化して借り手企業に融資する形態である。「P2Pレンディング」や「ソーシャルレンディング」とも呼ばれる。個人から集めた資金を融資するという性質を持っているため、支援者は金銭的なリターン(利息)を得ることができる。第4に、「株式型」とは、個人投資家へ未公開株式を提供する代わりに資金を募る形態である。投資家は出資先企業の詳細な情報を参考に投資を行い、非上場企業の未公開株を取得できることが特徴である。第2-1-65図は、クラウドファンディングの種類別に、国内の市場規模の推移について見たものである。「融資型」の規模が最も大きく、2019年時点で1,152億円となっている。一方で、「購入型」・「寄付型」の市場規模は「融資型」に比べると小さいが、2019年は年間で169億円だったが、2020年は上半期のみで223億円となっており、感染症が流行した2020年に入り急速に拡大している。  「購入型」が増加した理由として、クラウドファンディングを運営する事業者各社が、感染症流行下の事業者を支援するため、手数料を大幅に引き下げるキャンペーンを実施したことなどが影響していると考えられる。感染症の影響の大きかった飲食店やライブハウスなどで、「寄付型」や前払チケットをリターンとして提供する「購入型」の活用が増えたと言われている。事例2-1-7は、感染症流行により休業を余儀なくされたが、クラウドファンディングを活用して資金難を乗り越えた企業の事例である。こうした支援を通じて、中小企業においてもクラウドファンディングの存在や使い方が普及した可能性がある。  こうした背景を踏まえて、足元の中小企業のクラウドファンディングに対する活用実績や意向について見ていく。第2-1-67図は、クラウドファンディングに関する実績・意向について見たものである。活用の有無にかかわらずクラウドファンディングを知っていると回答した企業の割合は約9割となっており、中小企業にも広く知れ渡っているといえる。一方、クラウドファンディングを活用したことがある又は活用の意向のある企業の割合は約5%にとどまる。  活用実績又は活用する意向がある企業について、業種別に見たのが第2-1-68図である。宿泊業及び飲食サービス業では、活用実績・意向がある企業の割合が比較的高くなっていることが分かる。  第2-1-69図は、クラウドファンディングの今後の活用意向がある企業に対し、活用したい理由を聞いたものである。「アイデア勝負で資金調達できる」と回答した企業の割合が高いことが分かる。  クラウドファンディングを活用した資金調達の目的について見たものが、第2-1-70図である。感染症流行下では既存顧客から寄付を募る企業も見られたが、ここでは「新規顧客獲得・販路開拓」を回答した企業の割合が最も高く、次いで「試作品開発」などが続く結果となっている。クラウドファンディングは資金調達だけでなく新しい製品・サービスのテストマーケティングの手段として活用することもできる。感染症流行下で新たな製品・サービスの提供を検討している企業では、こうした資金調達手段を有効活用することも検討に値するといえよう。    Dトランザクションレンディング  最後に、トランザクションレンディングについて見ていく。トランザクションレンディングについても、統一的な用語の定義はないが、ここではECにおける販売実績や消費者のレビュー、会計ソフトの入力情報、金融機関の預金口座情報、クレジットカードや電子マネーの決済情報など、様々なデータをAIなどコンピュータープログラムを使って分析し、融資の可否を決める手法による資金調達のことを指す。金融機関の従来型の審査において、以前は使わなかった、あるいは使えなかったデータを活用するので、従来型の審査では資金を借りられなかった企業に資金調達の道を開く可能性があるといわれてきた。第2-1-71図は、中小企業におけるトランザクションレンディングに関する意向について見たものである。トランザクションレンディングを知っている企業の割合は約5割にとどまる。また、トランザクションレンディングを活用したことがある又は活用の意向のある企業の割合は約2%にとどまる。  第2-1-72図は、トランザクションレンディングの今後の活用意向がある企業に対し、活用したい理由を聞いたものである。「金融機関より審査負担が少ない」の回答割合が最も高いことが分かる。  回答割合は低かったが、トランザクションレンディングの活用の利点として審査期間が短いことが挙げられる。感染症流行下では、大規模な資金繰り支援が実施された結果、トランザクションレンディングを活用する企業は増えていないが、中には制度融資や給付金が実行されるまでのつなぎ資金の確保のために、試行的に活用した企業の存在が確認されている。サービスによっては申込当日に融資が実行されるケースもあることから、突然発生した資金ニーズなどに活用することができる。留意点としては、金融機関の融資と比較して金利が高く、また返済期間が短いことが挙げられる。事例2-1-8は、創業期に金融機関からは事業や収益性への理解を得られない中で、トランザクションレンディングを活用して資金を調達し、事業を成長させた事例である。また、事例2-1-9は、日中は金融機関に足を運ぶ時間もない中で、店舗のあいていない夜間においても申請できるトランザクションレンディングを活用し、手元資金に余裕を持たせることで安定した経営につなげている事例である。    Eまとめ  以上、本項では感染症流行下で関心が集まった資金調達手段の概要や中小企業における活用意向について確認した。「コミットメントライン」や「トランザクションレンディング」は突発的な資金需要に対応する上で、「資本性劣後ローン」や「エクイティ・ファイナンス」は事業戦略を大きく見直していく上で活用を検討する余地がある手段といえる。「クラウドファンディング(寄付型・購入型)」は、販路開拓や試作品開発における活用ニーズが高い一方、顧客とのつながりや消費者からの共感を感染症流行下の事業継続に活用するケースも見られた。いずれの資金調達手段もメリットとデメリットがあり、中小企業各社の特徴に合わせて活用されていくことが望まれる。中小企業においては、多様な資金調達手段を知っておくことで、事業環境が変化する中で自社の財務基盤・経営戦略に見合った資金調達を実施することができる。足元で大きく事業環境が変化する中で、こうした多様な資金調達手段の利点・課題について把握しておくことも、今後の戦略を見直していく上で有用といえよう。    第3節 危機を乗り越えていくために必要な中小企業の取組    予期せずして発生したコロナ・ショックを乗り切るため、大規模な資金繰り支援が実施され、倒産件数は低位で推移している。一方で、感染症流行による事業環境の変化を踏まえて、企業は事業の継続・成長や、借入金の返済原資の確保のため、再び収益力を回復させることが必要である。本節では、感染症の影響を小さく抑えられた企業や、感染症流行下でも回復を遂げている企業の特徴を分析し、ウィズ・コロナ、ポスト・コロナを見据えた経営戦略策定の重要性について、明らかにする。    1.過去の経営危機を乗り越えるための取組  感染症は多くの中小企業に影響を与えたが、こうした大きな危機は過去にも繰り返し発生してきた。ここでは、過去中小企業が乗り越えてきた経営危機と、それを乗り越えるために実施した取組について、確認する。第2-1-73図は、企業年齢別に、過去事業の大幅な見直しを迫られる危機(以下、「経営危機」という。)に直面したことがあるかを見たものである。約半数の企業が経営危機を経験したことが「ある」と回答しており、企業年齢の高い企業ほど、経験したことが「ある」と回答した企業の割合が高いことが分かる。  経営危機の背景にあった経済や事業環境の変化について、業種別に見たものが第2-1-74図である。リーマン・ショックなど経済危機に関する回答は製造業や卸売業で多く、東日本大震災など自然災害に関する回答は宿泊業や生活関連サービス業で多いことが分かる。  同様に、地域別で見たものが第2-1-75図である。近年では、リーマン・ショックに関する回答は関東地方、中部地方、近畿地方で多く、東日本大震災に関する回答は北海道・東北地方、関東地方で多いことが分かる。  第2-1-76図は、経営危機を乗り越える上で最も重要だった取組について見たものである。危機前の取組としては、「新事業分野への進出、事業の多角化」と回答した企業の割合が最も高いことが分かる。また、危機下の取組を見ると、「資金繰りの改善」と回答した企業の割合が最も高いことが分かる。  ここからは、危機下の取組がその後の経営パフォーマンスにどのように影響していったかについて、三菱UFJリサーチ&コンサルティング(株)が(株)日本政策金融公庫総合研究所からの委託を受けて、2014年に実施した「中小企業における持続的競争優位の源泉に関する調査」を基に見ていく。本調査では、調査時点の総資本利益率が2%以上の企業を経営パフォーマンスの高い企業と位置づけ、2%以上の企業と2%未満の企業が過去経営危機を乗り越える上で行った取組について比較分析を行っている。第2-1-77図は、経営危機を乗り越えるために行った事業戦略上の取組を見たものである。2%未満の企業の方が「特になし」と回答した企業の割合が高いことが分かる。経営危機を乗り越えるために、事業戦略の見直しを行うことの重要性が示唆される。  第2-1-78図は、経営危機を乗り越えるために行った取組(雇用・人材以外)について見たものである。2%以上の企業では、「新規顧客開拓」、「生産効率改善」、「高付加価値製品・サービスの拡充」と回答した企業の割合が高く、2%未満の企業と比べても高いことが分かる。  第2-1-79図は、経営危機を乗り越えるために行った取組(雇用・人材)について見たものである。2%以上の企業、2%未満の企業いずれでも「減給」、「賞与のカット」、「役員報酬カット」と回答した企業の割合が高いことが分かる。一方で、2%以上の企業では、2%未満の企業に比べて、「社内人材の教育・訓練」と回答した企業の割合が比較的高いことが分かる。  第1節でも確認したとおり、中小企業では損益分岐点比率が高く、急激な売上高の減少に対しては固定費の削減が短期的には大きな効果がある一方、危機を乗り越えて再び成長軌道に戻っていくためには、「高付加価値製品・サービスの拡充」「新規顧客開拓」「生産効率の改善」「社内人材の教育・訓練」といった、新たな経営戦略の策定や業務改革も並行して進めていく必要があると推察される。  2.経営計画の運用と感染症の影響の関係性  ここからは、今般の感染症の影響に関して分析していく。第2-1-80図は、感染症が業績にマイナスの影響を与えたと回答した企業に対し、売上高の水準の変化とは別に、同業他社と比較したときの影響の大小を聞いたものである。業種を問わず、小さかったと回答する企業が一定数存在する。同業種の中でも影響に差異があるということは、外的要因以外に、企業の備えに違いがあったことも考えられる。  経営方針や事業環境などを整理する手法の一つに、経営計画の策定がある。経営計画の策定や運用を通して、自社のおかれた事業環境や、その変化に対して取るべき行動を明確化し、経営改善のPDCAサイクルを回していくことが重要である。本項では、経営計画の運用(見直し)の状況と感染症のマイナスの影響の関係を比較分析していく。第2-1-81図は、経営計画の策定有無と、策定している場合の経営計画の策定期間別に感染症の影響について見たものである。経営計画を策定しているかどうかで感染症の影響は変わらない一方、経営計画の期間が長い企業の方が、影響がやや小さいことが分かる。  第2-1-82図は、感染症流行前における、経営計画の実績の評価や見直しの状況別に、感染症の影響について見たものである。経営計画を十分に見直してきた企業の方が、感染症の影響が小さいことが分かる。  第2-1-83図は、感染症流行前において、経営計画を見直して役に立った経験について見たものである。「自社の課題が整理された」、「円滑に資金調達ができた」と回答した企業の割合が高いことが分かる。「経営危機を乗り越えることができた」を回答した企業の割合は低いが、円滑に資金調達ができたことで危機に陥らなかった可能性も考えられる。  経営計画を見直して役に立った経験について、従業員規模別に見たものが第2-1-84図である。従業員数が多い企業ほど「事業のリスクを回避できた」「自社の課題が整理された」の回答割合が高いことが分かる。また、従業員数が小さい企業ほど「円滑に資金調達ができた」「従業員の雇用を守ることができた」の回答割合が大きいことが分かる。  一般的に、企業にとって経営計画を明文化する必要性が生じるかどうかは、従業員や株主、金融機関などのステークホルダーとの関係性にもよるが、経営計画を策定した場合には、それが足元の状況に即したものになっているか、点検していくことが重要である。こうした取組ができている企業では感染症流行下のような大きな事業環境変化にも強い可能性があることが推察される。第1部ではリスクに備える手段として、BCPの策定について触れたが、事例2-1-10のように、災害や感染症も事業の多々あるリスクの一つとして、経営計画の中に記載し、備えてきた企業も存在する。日頃から事業のリスクや経営課題を明確にしておくことが、予期せぬリスクが発生した場合への対応力も高まる可能性がある。    3.売上高回復企業の特徴  本項では、売上高回復の見通しと、売上高が既に回復している企業の意識や取組について分析することで、今後中小企業が危機を乗り越えるために必要な取組について確認していく。    @売上高回復の見通し  はじめに、売上高が感染症流行前の水準に戻ると予想する時期について見ていく。第2-1-85図は従業員規模別に比較したものであるが、従業員規模による違いは見られない。  第2-1-86図は、業種別に比較したものである。宿泊業、飲食サービス業、生活関連サービス業では回復に長期を要すると考えていることが分かる。また、飲食サービス業、生活関連サービス業では「戻ることはない」の回答割合が2割近くとなっている。  第2-1-87図は、顧客属性別に比較したものである。BtoCの方が、感染症流行前の水準に戻るまで長期を要すると考えていることが分かる。  第2-1-88図は、調査会社が世界18か国の1万5千人の個人に行ったアンケート結果である。感染症の収束後も利用を継続したいサービスについて、ネットショッピング(49%)、家での運動(43%)、モバイル決済(41%)、ビデオ通話(35%)、在宅勤務(27%)、ビデオ会議(27%)、食品宅配サービス(22%)が挙げられており、感染症の収束後も感染症を契機に拡大した需要が今後残っていく可能性もある。今後、売上高が戻らない前提で、感染症流行下で拡大した需要を捉えながら、収益構造や事業内容を見直していく必要性に迫られる企業が相応に出てくるものと考えられる。    A同業他社と比べた回復状況  第2-1-89図は、感染症流行により業績にマイナスの影響を受けた企業における、同業他社と比較した業績の回復状況について、業種別に見たものである。前節では宿泊業、飲食サービス業、生活関連サービス業などで感染症が売上高に与えた影響が大きかったことを確認したが、同業他社比では回復しているという認識を持つ企業は業種を問わず3割以上存在することが分かる。  そこで、前項で見た感染症による総合的な影響とは別に、感染症の影響により売上高が減少した後、大きく回復させた企業(以下、「売上高回復企業」という。)と、比較的回復していない企業に分けて、意識や取組の違いについて分析することで、今後中小企業が危機を乗り越えるために必要な取組について確認していく。具体的には、感染症流行後(4〜9月)に前年同月比で売上高が最も落ち込んだ企業の中で、落ち込みの度合いが近い企業群ごとに、売上高回復企業を約半数抽出し、その他の企業との比較分析を実施した。    B経営計画の見直しと売上高回復の関係性  第2-1-90図は、感染症流行前時点で、経営計画に対する定期的な評価・見直しを十分に実施してきたか見たものである。十分に見直している企業ほど、売上高回復企業の割合が高いことが分かる。  経営計画を策定している企業について、感染症流行下における計画の見直し状況別に、同業他社と比べた感染症のマイナスの影響別に見たものが第2-1-91図である。感染症の影響が大きかった企業ほど、見直している又は見直す予定のある企業が多いことが分かる。  感染症流行後の見直し状況別に、売上高回復企業の割合を見たのが第2-1-92図である。売上高回復企業の割合は、「見直した上で計画を実行している」と回答した企業で最も高いことが分かる。また、感染症の影響が大きかった企業の中で比較しても、同様に「見直した上で計画を実行している」と回答した企業が最も高いことが分かる。感染症の影響が持続する中で、計画の見直しに一早く取り掛かったかと、売上高が回復しているかの間には、関係があることが推察される。    C事業環境変化への対応状況と売上高回復の関係性  第2-1-93図は、感染症流行による事業環境変化の捉え方を見たものである。感染症の流行を事業の脅威(ピンチ)だと感じている企業ほど売上高回復企業の割合が低く、機会(チャンス)だと感じている企業ほど高いことが分かる。  第2-1-94図は、事業環境の変化に対し、柔軟な対応ができているかについて見たものである。柔軟な対応ができている企業ほど、売上高回復企業の割合が高いことが分かる。また、事業環境の変化を脅威と感じている企業でもそうでない企業でも、同様の傾向にあることが分かる。  同様に、業種別で見たものが第2-1-95図である。建設業を除き、柔軟な対応ができている企業ほど、売上高回復企業の割合が高いことが分かる。    D事業環境変化への対応に向けた取組    (1)新製品・サービスの開発・提供  柔軟な対応を実現していくために必要な取組として、新製品・サービスの開発・提供がある。第2-1-96図は、感染症流行後に新製品・サービスの開発・提供をどの程度実施しているか別に、事業環境の変化に柔軟に対応できていると感じているか見たものである。積極的に実施しているほど、「十分できている」、「ある程度できている」と回答した企業の割合が高いことが分かる。  「十分できている」、「ある程度できている」と回答した企業の割合を、より詳細に見たのが第2-1-97図及び第2-1-98図である。第2-1-97図では、感染症流行前から実施していたかどうかについても確認している。これを見ると、感染症流行前は実施していなかった企業でも、感染症流行後に積極的に実施している企業の方が、柔軟に対応できていると感じている企業の割合が高いことが分かる。  第2-1-98図は、業種別に見たものである。感染症の影響が大きかった業種を含め、すべての業種で実施している企業ほど、割合が高いことが分かる。    (2)新事業分野への進出  既存の事業の中で新たな製品・サービスを検討するほかに、他の事業分野に進出していく方法もある。第2-1-99図は、感染症流行後に新事業分野への進出をどの程度実施しているか別に、事業環境の変化に柔軟に対応できていると感じているか見たものである。積極的に実施しているほど、「十分できている」、「ある程度できている」と回答した企業の割合が高いことが分かる。  「十分できている」、「ある程度できている」と回答した企業の割合を、より詳細に見たのが第2-1-100図及び第2-1-101図である。第2-1-100図では、感染症流行前から実施していたかどうかについても確認している。これを見ると、感染症流行前は実施していなかった企業でも、感染症流行後に積極的に実施している企業の方が、柔軟に対応できていると感じている企業の割合が高いことが分かる。  第2-1-101図は、業種別に見たものである。飲食サービス業では「実施していない」企業における割合が「ある程度実施」している企業における割合を上回っている。また、生活関連サービス業では「積極的に実施」している企業と「ある程度実施」している企業の間で割合の差が少ないことも分かる。    (3)従業員の能力開発、トライアンドエラーの環境  事業環境の変化への柔軟な対応は、経営者だけでなく従業員を含めて企業全体が取り組んでいく必要がある。第2-1-102図は、感染症流行後に従業員の能力開発・ノウハウ取得のための研修の実施状況別に、事業環境の変化に柔軟に対応できていると感じているか見たものである。積極的に実施しているほど、「十分できている」、「ある程度できている」と回答した企業の割合が高いことが分かる。  「十分できている」、「ある程度できている」と回答した企業の割合を、より詳細に見たのが第2-1-103図及び第2-1-104図である。第2-1-103図では、感染症流行前から実施していたかどうかについても確認している。これを見ると、感染症流行前に「積極的に実施」していた企業では、流行後の実施状況にかかわらず割合が高いことが分かる。  第2-1-104図は、業種別に見たものである。感染症の影響が大きかった業種を含め、すべての業種で実施している企業ほど、割合が高いことが分かる。  第2-1-105図は、試行錯誤(トライアンドエラー)を許容する組織風土があるか別に、売上高回復企業の割合を見たものである。当てはまる企業ほど、売上高回復企業の割合が高いことが分かる。事業環境が変化する中でも失敗を恐れず新たな取組に挑戦し続けることが重要であるといえよう。  事例2-1-11や事例2-1-12は、感染症による影響を大きく受けたものの、感染症流行前から事業環境の変化に合わせて柔軟に経営戦略を見直してきていたことが、感染症流行の影響を乗り切る上でも功を奏している事例である。いずれも経営理念やビジョンが明確になっている点も特徴的である。企業や経営者が実現したい理念やビジョンは保ちつつ、事業領域や取組については柔軟な発想で見直しを進めていくことが重要といえよう。    4.支援機関の活用  ここまで、自社の財務基盤・収益構造を正しく把握し、当面の資金繰りを確保し、その上で経営計画を見直して事業環境の変化に対応していく重要性について述べてきた。これらを中小企業が自社で成し遂げられるかは、企業・経営者の経験値や事業の規模、感染症による影響の大小によっても異なると考えられる。特に感染症流行前から財務基盤が弱い企業や、感染症の影響を大きく受けた企業では、周囲の支援も活用しながら早めに今後の経営戦略の策定に取り組んでいく必要がある。    @財務・経営に関する社外への相談状況  第2-1-106図は、業績・資金繰りの予測に当たり社外の専門家へ相談しているか、感染症流行前の財務の安全性別に見たものである。安全性が低いほど、「十分に相談している」「ある程度相談している」と回答した企業の割合が高いことが分かる。  第2-1-107図は、財務分析の必要性を感じているが実施していない企業における今後の支援ニーズについて、財務の安全性別に見たものである。安全性が低いほど、「必要性を感じているが、方法が分からず金融機関等の助言を得たい」と回答した企業の割合が高いことが分かる。  第2-1-108図は、経営計画を策定している企業において、計画策定に当たり外部からの支援を受けているかについて、財務の安全性別に見たものである。安全性が低い企業ほど、感染症流行前から支援を受けている割合が高いことが分かる。  第2-1-109図は、経営計画の共有先について見たものである。財務の安全性が低い企業ほど「税理士・コンサルタント等」「金融機関(メインバンク)」と回答した企業の割合が高く、安全性が高い企業ほど「従業員」「株主」の割合が高い。  財務の安全性の低い企業の中には、業績改善のために、金融機関などの支援機関から計画の策定を促されていたり、金融支援を受けるために計画を策定したりしている企業が存在することが推察される。例えば、金融機関が貸付け条件の変更を認める際は、企業に対して経営改善計画の提出を求めることが多い。(株)東京商工リサーチが(独)経済産業研究所の委託を受けて2014年に実施した「金融円滑化法終了後における金融実態調査」では、条件変更を受け、経営改善計画を提出した企業のうち、イノベーションに係る取組を盛り込み、会社の将来像を明確に示している計画を作成した企業ほど、条件変更後のパフォーマンスが良い傾向にあることを明らかにしている。また、資金繰りに問題がなく、支援機関からの策定を求められていない企業でも、中小企業が主導的に経営計画を策定し、見直しをしていくことが、事業リスクの回避や経営課題の整理に役立つことは、本節で見てきたとおりである。コラム2-1-4やコラム2-1-5をはじめとする支援策も活用しながら、支援機関とともに今後の戦略を見直していくことも選択肢といえよう。    A金融機関への期待  第2-1-110図は、金融機関からの借入れがある企業の、メインバンクに対する評価について見たものである。融資に関する提案、融資以外に関する提案、いずれについても「やや不満」、「不満」と回答した企業の割合は非常に少ないことが分かる。一方で、融資以外に関する提案について、「満足」、「やや満足」と回答している企業の割合は、融資に関する提案に比べると、低いことが分かる。  第2-1-111図は、感染症流行前にメインバンクから受けた提案・支援と、今後受けたい提案・支援について見たものである。今後受けたい提案・支援としては、「特に当てはまるものはない」の割合が最も高いが、それ以外では「ビジネスマッチング」、「M&Aマッチング」、「人材面の支援」の順に高いことが分かる。また、近年関心の高まる「M&Aマッチング」や「デジタル化支援」、前節で見てきたとおり経営課題の可視化や戦略の見直しに資する「経営計画策定の支援」、その他事業環境の変化を乗り越える上で重要となる「人材面の支援」や「業務効率化の支援」と回答した企業の割合は、感染症流行前に提案・支援を受けた割合よりも比較的高いことが分かる。  事例2-1-13は、ローカルベンチマークを活用して、取引先の経営課題を整理し、解決策を提案する金融機関、事例2-1-14は感染症流行下の取引先企業の経営課題に担当者が気付き、迅速に解決策を講じた金融機関の事例である。また、事例2-1-15や事例2-1-16のように、技術開発や地域活性化といった分野で中小企業やスタートアップの支援を行うメガバンクも存在する。事例2-1-17は、金融機関のネットワークを活用し、支援先スタートアップと既存の中小企業をつなぐことで、双方の成長に貢献している。今後の経営戦略を検討する上で、金融機関から資金繰り以外の側面で支援を得られる余地がないか確認することも選択肢といえよう。    第4節 中小企業を取り巻く事業環境の変化への対応    前節では、感染症流行による事業環境の変化に柔軟に対応している企業の方が、売上高を回復させている傾向について見たが、事業環境の変化は感染症流行を機に生じたものに限らない。第2-1-112図は、感染症の流行による事業環境の変化をどう捉えているかについて見たものである。「これまでになかった新たな変化が生じた」と回答する企業が過半を占める一方、「従来からの変化が加速した」と回答した企業も存在することが分かる。  今後の経営戦略を検討する上では、感染症流行前からの事業環境の変化にも注目しておく必要がある。我が国は2011年以降人口が減少しており、内需の縮小や地方での過疎化が進む中で、デジタル化やグローバル化の波を取り込み、販路や経営資源を補完していくこと、また、消費や働き方が多様化する中で、消費者や従業員の価値観の変化に合わせてビジネスを変容させていくことは、今後も重要である。「デジタル化」については次章、「消費者の意識の変化」については2021年版小規模企業白書で分析を行っている。ここではそれ以外の、感染症の影響に限定されない大きな事業環境の変化として、「環境・エネルギー、SDGs/ESG」及び「グローバル化」について確認していく。    1.環境・エネルギー、SDGs/ESG  第2-1-113図は、感染症流行前の2019年に、中小企業に対して新たに進出を検討している成長分野を聞いたものである。「環境・エネルギー」と回答した企業の割合が最も高いことが分かる。  特に環境・エネルギーへの関心が高い背景として、SDGsやESG(以下「SDGs/ESG」という。)への注目度が高まっていることが考えられる。SDGsとは、2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」に記載された、2016年から2030年までの17のゴール(目標)と169のターゲットからなる国際目標である。SDGsを達成するためには、膨大な資金が必要であり、資金不足を解消していくには、公的な資金のみでなく、民間資金も活用されていくことが肝要であるといわれている。こうした背景の中、近年増加しているのがESG投資である。ESG投資とは、財務情報だけでなく、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)に関する取組も考慮した投資のことであり、2006年に国連が「責任投資原則(PRI)」を設立したことを契機に広がりを見せている。  第2-1-114図は、国・地域別のESG投資残高について見たものである。これを見ると、我が国におけるESG投資残高は2018年時点で約2兆2千億ドルと、欧米と比べて規模は大きくないものの伸長していることが分かる。  特にESGの「E」に当たる環境・エネルギー分野への関心が高まっている。欧州では気候変動対策を中心に環境に配慮した経済活動への投資、いわゆる「グリーン投資」により、感染症流行下・収束後の経済成長を目指す動きがある。我が国でも2020年12月に「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」が策定され、こうした政策的な後押しも背景に、企業が環境・エネルギー分野への参入や同分野での事業拡大が増加していくことが期待される。こうしたグローバルなトレンドがある一方で、中小企業では、エクイティ・ファイナンスにはなじみが薄い。中小企業にも環境に配慮した経済活動のための資金が行き渡るかは、中小企業における一般的な資金調達先である金融機関の動向による。ここでは、国内の金融機関におけるSDGs/ESG関連の投融資の動向について、環境省が実施した「2019年度ESG地域金融に関するアンケート調査」を基に確認する。  第2-1-115図は、ESG金融に対する認識について見たものである。「将来的な成長領域であり、資金需要が拡大していく」と回答した金融機関が約4割存在することが分かる。  第2-1-116図は、環境関連の投融資方針の策定状況について見たものである。「既に定めている」と回答した金融機関の割合は7%にとどまる一方、「定める方向で検討中である」「定める必要性は感じているが、検討ができていない」と回答した金融機関は55%存在することが分かる。事例2-1-18を始め、SDGs/ESGに関連する投融資に積極的に取り組む金融機関も存在する。中小企業を取り巻くESG金融の環境も変わりつつある。  第2-1-117図は、ESG関連の金融商品の提供状況について見たものである。ESG関連の金融商品を提供している(「提供していない」と回答しなかった)金融機関が34.1%にとどまることが分かる。  ESG関連の金融商品の提供における課題を見たのが第2-1-118図である。「投融資対象となりえるレベルの取組を実施できている顧客が少ない」、「営業担当にとって、同商品の特徴や評価方法等に関わる理解が不十分である」を回答した金融機関の割合が高いことが分かる。金融商品の開発や投資方針の策定だけでなく、営業担当がSDGs/ESGに対する知見を高めていくことも重要といえよう。  2020年3月に環境省が公表した「持続可能な開発目標(SDGs)活用ガイド(第2版)」では、中小企業がSDGsの活用によって期待できる四つのポイントを紹介している。一つ目が、企業イメージの向上である。SDGsへの取組をアピールすることで、多くの人に「この会社は信用できる」、「この会社で働いてみたい」という印象を与え、より多様性に富んだ人材確保にもつながるなど、企業にとってプラスの効果をもたらすことができる。事例2-1-19は、従来より環境・エネルギー分野を本業とする企業だが、アフリカ人との交流を通して、アフリカにおける企業イメージを向上させ販路開拓につなげている事例である。二つ目が、社会の課題への対応である。SDGsには持続可能な未来の実現のための様々な目標が網羅されており、これらの目標実現のための課題への対応は、経営リスクの回避とともに、社会への貢献や地域での信頼獲得にもつながる。三つ目が、生存戦略になる点である。今後はSDGsへの対応がビジネスにおける取引条件になる可能性もあり、持続可能な経営を行う戦略として活用できる。例えば、サプライチェーンを支える中小企業では、今後大企業でSDGsへの意識が高まれば、SDGsを意識した取引を要請されるようになる可能性もある。四つ目が、新たな事業機会の創出である。取組をきっかけに、地域との連携、新しい取引先や事業パートナーの獲得、新たな事業の創出など、今までになかったイノベーションやパートナーシップを生むことにつながる可能性がある。第2-1-119図は、消費者のSDGsの認知度の推移を見たものである。SDGsを「詳しく知っている」、「聞いたことはある」と回答する者の割合がそれぞれ高まっている。消費者向けに製品・サービスを提供する事業者では、SDGsを取り込んで製品・サービスの差別化にいかすことも選択肢といえよう。  SDGsに取り組むに当たっては、自社の経営理念やビジョン、経営課題を整理した上で、それとひもづけてSDGsをどう使うのか、何のために取り組むのかを整理することが重要である。    2.グローバル化  感染症の動向は国ごとに異なり、海外に販路や生産拠点を持つ中小企業には深刻な影響を与えた一方、我が国の人口が減少する中、海外需要獲得は引き続き重要である。まず、感染症流行以前の海外展開の動向について確認する。第2-1-121図は、企業規模別に、直接輸出企業の割合を見たものである。これを見ると、中小企業の輸出企業割合は長期的に増加傾向にあることが分かる。また、中小企業の輸出額と売上高に占める輸出額の割合の推移を見ると、足元では減少が見られるものの、長期的にはいずれも増加傾向にあることが分かる。  第2-1-123図は、輸出の有無別に製造業の業況判断DIの推移を示したものである。輸出企業の業況判断DIは、非輸出企業と比べて感染症流行後に大きく低下している。一方で、リーマン・ショックや東日本大震災といった非常時を除いて、輸出企業の業況判断DIは非輸出企業の業況判断DIを一貫して上回っており、外需を獲得し企業が成長する手段としての重要性がうかがえる。  感染症流行によって、海外に現地法人を持つ中小企業や、海外輸出を行う中小企業では、どのような意識の変化があっただろうか。ここからは、(独)日本貿易振興機構が実施した「2020年度日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」を基に、海外ビジネスを実施する企業における感染症流行の影響と、今後の意向について、確認する。第2-1-124図は、感染症の2020年度の売上高への影響を見たものである。海外向けにビジネスを行う企業の約6割が、マイナスの影響があったと回答している。  第2-1-125図は、マイナスの影響があった企業における、そのマイナスの影響の程度を見たものである。中小企業の海外売上高の減少幅の平均は41.0%と、国内売上高に比べて大きく、また大企業と比較しても大きいことが分かる。  第2-1-126図は、海外ビジネスの見直し方針について企業規模別に見たものである。中小企業では「販売戦略の見直し」を回答した企業の割合が高いことが分かる。  販売戦略の見直しと生産の見直しについて、細かく見ていく。それぞれの具体的な方針について見たのが第2-1-127図である。販売戦略の見直しでは「海外販売先(ターゲット)の見直し」、「バーチャル展示・商談会等活用の推進」、「越境EC販売開始・拡大」を回答した企業の割合が高いことが分かる。生産の見直しでは「生産数量・配分や生産品目の見直し」と回答した企業の割合が高いことや、「新規投資/設備投資の増強」と回答した企業の割合は「新規投資/設備投資の中止・延期」を上回っていることが分かる。  販売戦略の見直しの方針として「海外販売先(ターゲット)の見直し」が上位となっている背景として、世界各国での感染症流行の影響が異なっていることが考えられる。第2-1-128図は、我が国の輸出動向について、輸出先の国・地域別に見たものである。感染症流行後、ほとんどの国・地域で輸出が減少した一方、感染症が収束傾向にある中国では、増加を続けている。  海外販売先を見直していくための手段として有用と考えられるのが越境ECである。第2-1-129図は、今後国内外での販売においてEC利用を拡大する企業の割合について、企業規模別に見たものである。中小企業の方が利用拡大意欲が高く、また2020年に更に高まっていることが分かる。  第2-1-130図は、販売でECを利用している企業の内、越境ECを利用している企業の割合を見たものである。越境ECを利用している割合は2016年以降増加していることが分かる。また2020年について、企業規模別に見ると、中小企業の方が越境ECを利用している割合が高いことが分かる。  第2-1-131図は、米国及び中国の消費者による日本の事業者からのEC購入額の推移を見たものである。特に中国を中心に、越境ECの市場規模が拡大してきていることが分かる。  越境ECをはじめとする生産拠点の進出を伴わない海外輸出は、中小企業でも比較的取り組みやすい海外展開手法であり、感染症流行下でも海外進出のチャンスをつかむことができる可能性がある。事例2-1-20は、感染症流行の影響を踏まえて、中国での事業拡大、ベトナムでの事業縮小、ECの利用拡充と、各国の事情に合わせて戦略の見直しを検討する企業の事例である。    第5節 まとめ  本章では、感染症の影響を確認するとともに、中小企業における財務分析・経営戦略策定の重要性について、分析した。第1節では、感染症流行前の中小企業の財務基盤・収益構造の変遷や特徴について概観した。近年、平均的な中小企業の財務の安全性・収益性は大きく上昇してきた一方、売上高の減少への耐性については、大企業に比べて低いことを明らかにした。また、中小企業の財務基盤・収益構造は業種によっても異なり、財務面に対する意識との間にも関係性があることから、まずは中小企業自身が財務・収益の状況について把握することの重要性を示した。第2節では、感染症が中小企業の業績・資金繰りに与えた影響について、概観した。2020年4-6月期を中心に多くの中小企業が売上高の減少を経験し、実際に業績・資金繰り面に影響が出た企業だけでなく、今後のリスクに備えて手元現預金を積み増すためにも多くの中小企業が資金調達を実施したことを確認した。また、大規模な資金繰り支援策が講じられ、金融機関も積極的に融資を実行した結果、中小企業の資金繰り環境は大きくは悪化していないことも確認した。第3節では、感染症の影響を小さく抑えられた企業や、感染症流行下でも回復を遂げている企業の特徴を分析し、経営計画の見直しや、感染症流行による事業環境変化への柔軟な対応、柔軟な対応に向けた新製品・サービスの開発等の重要性を事例を交えて示した。また、財務基盤の弱い企業を中心に支援機関活用のニーズがあること、金融機関に対して期待が高まっている支援分野があることなどについても分析し、今後支援機関も巻き込みながら経営戦略を策定していくことの重要性を示した。第4節では、感染症流行以前からの中小企業を取り巻く事業環境の大きな変化として、「環境・エネルギー、SDGs/ESG」、「グローバル化」の動向について確認した。事業環境が急速に変化する中、まずは足元の資金繰り確保が最優先である。このためには、自社の財務基盤について点検し、支援策も活用しながら、落ち着いて事業継続に向けた策を検討する体制を整えることが重要である。その上で、時代が変化する中で、変化を事業の機会(チャンス)と捉え、前に進んでいくことは、平時に限らず、有事でも重要な取組である。改めて自社の経営理念や今後の経営戦略について検討し、今を好機と捉え、感染症以外の事業環境の変化にも目を向けながら、事業を見直していくことが、企業の再びの安定と成長につながるといえよう。    第2章 事業継続力と競争力を高めるデジタル化    第1章では、危機を乗り越えていくに当たっての財務基盤や収益構造の構築、支援策や支援機関の活用などに関する状況を示した。その上で、事業環境の変化への対応について分析を行った。本章では、(株)野村総合研究所が「令和2年度中小企業のデジタル化に関する調査事業」において実施した、中小企業を対象としたアンケート調査の結果を主に用いて、事業継続力の強化及び競争力の強化に向けた中小企業におけるデジタル化の取組について分析していく。    第1節 我が国におけるデジタル化の動向    本節では、感染症流行による中小企業におけるデジタル化に対する意識の変化について概観するとともに、我が国におけるIT投資の推移について明らかにしていく。    1.感染症流行による意識の変容  新型コロナウイルス感染症の流行は、企業を事業継続の危機にさらすとともに、我が国においてデジタル化の重要性を再認識させた。第2-2-1図は、感染症流行前後のデジタル化に対する意識の変化を示したものである。これを見ると、全産業では、感染症流行後において「事業方針上の優先順位は高い」若しくは「事業方針上の優先順位はやや高い」と回答する割合が6割を超えている。いずれの業種においても感染症流行後、デジタル化の事業方針における優先順位が流行前に比べて高くなっており、感染症の流行がデジタル化の重要性を再認識させる一つの契機となっていることが分かる。  第2-2-2図は、経済産業省が認定しているスマートSMEサポーター制度の認定を受けている企業に対して、感染症流行後のITツール・クラウドサービスの問い合わせ件数を示したものである。これを見ると、「前年対比で20%以上増加」した割合が最も多く、約3分の2の認定企業は、ITツール・クラウドサービスの問い合わせ件数が増加している。ITツール・クラウドサービスに対する企業側の関心が増していることが分かる。  第2-2-3図は、感染症流行を踏まえて、事業継続力の強化におけるデジタル化の重要性に関する意識の変化を示したものである。これを見ると、約3分の2の企業が事業継続力の強化における意識が高まったと回答しており、生産性向上のみならず、事業継続力の強化の観点からもデジタル化への意識が高まっていることが分かる。  2020年12月に取りまとめられた「DXレポート2」(第2-2-4図)では、感染症流行によって明らかになったDXの本質とは、事業環境の変化に迅速に適応する能力を身に付け、ITツール・システムのみならず企業文化を変革することにあると述べている。こうした変革は、経営トップが自ら主導していくことが必要であり、人々の固定観念が変化している今こそ、DXを本格的に推進する絶好(最後)の機会であると指摘している。  第2-2-5図は、企業がDXの具体的なアクションを組織の成熟度ごとに設計できるように、DXを3つの異なる段階に分解したものである。このうち、アナログ・物理データの単純なデジタルデータ化のことをデジタイゼーションと示し、典型的には、紙文書の電子化がある。また、個別業務・プロセスのデジタル化をデジタライゼーションと指している。第2-2-5図で示す構造は、Industry4.0などで定義されている構造と同一であり、世界的に共通して認識されている定義といえる。本章においては、3つの異なる段階いずれの概念も含んだ中小企業におけるデジタル化について分析する。    2.IT投資と労働生産性の関係  ITツールは、人々の生活のみならず、企業経営の生産性を向上させる身近な手段にもなっている。日進月歩の勢いでITツールの技術革新が進んでいく中で、企業を取り巻く環境も大きく変化していくことが想定される。  第1-1-25図(再掲)は、企業規模別にソフトウェア投資比率の推移を示したものである。情報通信技術の進展もあり、大企業は2010年以降上昇傾向で推移しているが、中小企業は低下から横ばいで推移していることが分かる。  第2-2-7図は、売上高IT投資比率と労働生産性の伸び率を示したものである。これを見ると、両者の間で明瞭な因果関係を確認することができないといえる。大規模な投資の場合には、導入期間が長期化し、従業員が習熟して新システムに移行することによる効果が現れるまでに時間がかかる可能性などといった要因が想定される。また、小規模なIT投資の場合には、導入期間が短く、影響する範囲も比較的小さいため、導入効果が短期間で顕在化する可能性も想定される。  宮川努・滝澤美帆・宮川大介(2020)では、ITツールの利活用が労働生産性と明瞭な関係を持たない背景には、デジタル化に対応するために必要のある取組が必ずしもIT投資と連動しておらず、表面的な改革にとどまっているという問題の可能性を指摘している。また、エリック・ブリニョルフソンら(2004)は、IT投資へのデータを基に理論モデルを作り、ITツールの活用における初期段階では、新技術に即した「組織改革」など無形資産への投資を行うことが重要であると提唱し、無形資産への投資を無視して全要素生産性(TFP)を計測すると誤った結果を導いてしまうことを指摘している。これらの先行研究を踏まえると、我が国の中小企業において、デジタル化を通じた労働生産性の向上に向けては、表面的なIT投資だけでなく、デジタル化の取組が組織内に浸透していくよう組織的に取り組んでいくことの重要性が示唆される。    第2節 中小企業におけるデジタル化に向けた現状    本節では、感染症流行に伴うデジタル化の取組の変化を明らかにするとともに、それぞれのITツール・システムの導入状況やIT人材、情報セキュリティ対策の現状などを確認する。    1.感染症流行前後のデジタル化に向けた取組の変化  本項では、感染症流行前後におけるデジタル化に向けた取組の変化について見ていく。第2-2-8図は、業種別に感染症流行に伴いデジタル化の取組において最も重要度が上がった項目を示したものである。これを見ると、全産業では「経営判断や業務プロセスの効率化・固定費の削減」を挙げる割合が約半数を占めており、「建設業」、「運輸業,郵便業」において多い傾向にあることが分かる。BtoCが主体である「宿泊業,飲食サービス業」や「生活関連サービス業,娯楽業」では、「新たな事業や製品、サービスの創出と改善」の割合が最も多く、「製造業」では、「サプライチェーンの最適化・生産プロセスの改善」、「学術研究,専門・技術サービス業」では、「情報セキュリティ対策の強化・法規制のクリア」を挙げる企業も一定数存在している。  第2-2-9図は、IT投資への予算が増える要因を日米比較したものである。これを見ると、米国企業は市場や顧客などの外部環境の変化を把握するためにIT投資の予算を投じている傾向にあるのに対して、日本企業はIT投資の予算の大半が働き方改革の取組や社内の業務効率化に振り分けられている傾向にあることが分かる。  第2-2-10図は、取引先属性別に感染症流行前後で取り組んだITツール・システムを活用した働き方改革の取組を示したものである。これを見ると、感染症流行後において、「Web会議」を挙げる割合が最も高いことが分かる。「Web会議」は、BtoB(45.4%pt増)、BtoC(41.7%pt増)いずれも増加しており、感染症流行を受けて急速に取組が広まっている。「テレワーク、リモート勤務」もBtoB(34.8%pt増)、BtoC(23.6%pt増)いずれも増加しており、柔軟な勤務形態の整備に向けた変化が見られる。他方で、「文書の電子化」や「社内の電子決裁」は、取組が進んでいないことが分かる。感染症流行を契機に、「テレワーク、リモート勤務」の環境整備が進んでいるものの、「文書の電子化」や「社内の電子決裁」などは進んでおらず、テレワークなどの更なる推進に向けては、様々な課題が散見されると考えられる。  第2-2-11図は、取引先属性別に感染症流行前後で取り組んだITツール・システムを活用した販売促進活動を示したものである。これを見ると、感染症流行後、BtoBでは「オンラインでの商談・営業」、BtoCでは「自社HPの活用」に取り組む企業が4割以上を占めていることが分かる。特に、感染症流行前後で「オンラインでの商談・営業」は、BtoC(24.8%pt増)においても増加しており、感染症流行の影響を受け、対面を減らそうとしているなど、販売促進活動における取組の変化がうかがえる。  以上、本項では感染症流行を契機として重要度の上がったデジタル化の取組について確認してきた。感染症流行を機に、業務効率化目的のデジタル化に力を入れていること、働き方改革・販売促進活動の取組に変化があったことが分かった。事例2-2-1では、清酒製造業において、感染症流行を機にSNSを活用したデジタルマーケティングに一層力を入れ顧客獲得に取り組んだ事例、事例2-2-2では、自社サイトのリニューアルなどを通じて、感染症流行下における巣籠もり需要を獲得した取組を紹介する。また、事例2-2-3のように、感染症流行前からテレワークを導入し、テレワークの定着化により、働きやすい職場づくりと優秀な人材の確保につなげている企業も存在しており、感染症流行を受けてコラム2-2-3のようなオンライン研修にも関心が高まっていることも紹介する。    2.ITツール・システムの導入状況  第2-2-12図は、ITツール・システムの導入状況を示したものである。これを見ると、「人事」や「経理」関連のITツールの導入が他の分野と比較すると、以前より進んでいることが分かる。「コミュニケーション」関連のITツールは、「1〜2年前から導入している」若しくは「新型コロナウイルス感染症流行を契機に導入した」と回答する割合が4割を超えており、働き方改革の取組が進んでいることが示唆される。「業務自動化」や「経営分析」関連のITツールについては、現段階では導入予定のない企業が6割前後を占めている。  第2-2-13図は、業種別のITツール・システムの導入状況を示したものである。これを見ると、「製造業」や「建設業」では、「生産管理」関連の導入、「卸売業」や「小売業」では、「販売促進・取引管理」関連の導入が進んでいる。他方で、「宿泊業,飲食サービス業」では、他業種に比べ全体的にシステム導入が遅れていることが分かる。  第2-2-14図は、IT投資額の推移別に、デジタル化推進による業績への影響を示したものである。これを見ると、IT投資額が増加傾向にある企業は、デジタル化の推進が業績に好影響を与えている割合が70%を超えており、IT投資を増加させたことにより、業績にプラスの影響を及ぼしていることが分かる。  事例2-2-4では、業務効率化と営業力強化の観点から、RPAの導入により定型業務の自動化を進め、社内のモチベーションアップにもつなげている企業の事例を紹介する。また、ITツールの導入にあたっては、コラム2-2-5のような支援サービスも活用し、自社のニーズに合ったITツールを選択していくことも重要と示唆される。    3.クラウドサービスの導入状況、今後の利用方針  第2-2-15図は、クラウドサービスの導入状況を示したものである。これを見ると、「グループウェア」におけるクラウドサービスの導入率が半数以上と最も高く、次いで「情報管理」、「コミュニケーション」関連のクラウドサービスの導入率が高くなっている。他方で、全体的に見ると、総じてクラウドサービスの利用は進んでいないことが分かる。  第2-2-16図は、従業員規模別に今後のクラウドサービスの利用方針を示したものである。これを見ると、全体では今後の利用拡大に積極的な企業が半数以下にとどまることが分かる。クラウドサービスは自社でサーバーを保有する必要がなく、利用するデータ量や時間などに応じて費用を支払うことから、規模の大きくない企業でも低コストで導入可能なものの、従業員数が多い企業ほど、クラウドサービスの利用拡大に積極的な傾向にあることが確認される。  第2-2-17図は、IT投資額の推移別に今後のクラウドサービスの利用方針の関係を示したものである。これを見ると、IT投資額が増加傾向にある企業は、クラウドサービスの利用拡大にも積極的なことが分かる。  第2-2-18図は、感染症流行を踏まえて、事業継続力の強化に向けたデジタル化に対する意識の変化別に、今後のクラウドサービスの利用方針を示したものである。これを見ると、事業継続力の強化の観点から感染症流行をきっかけとしてデジタル化への意識が高まっている企業は、クラウドサービスの利用拡大にも積極的な考えにある傾向が分かる。短期間で導入可能なクラウドサービスを導入することで、事業継続力の強化の観点からも環境変化に対して柔軟に対応を図ろうとしていることも考えられる。  以上、クラウドサービスの導入状況と今後の利用方針について確認してきた。事例2-2-5では、建設業において、工事の進捗管理や現場の安全確保に向けてクラウドサービスを効果的に活用する例を紹介している。また、事例2-2-6のように、クラウドサービスの活用により、子育て世代の女性の働きやすい職場環境づくりや情報共有の円滑化を図り、自社の清掃サービスの品質向上に取り組んでいる企業も存在する。    4.IT人材の確保と育成  次に、IT人材の確保と育成について見ていく。なお、本章におけるIT人材とは、ITツールの活用や情報システムの導入を企画、推進、運用する人材のことを総称している。第2-2-19図は、IT人材の確保状況を示したものである。これを見ると、デジタル化の取組全体を統括できる人材及びITツール・システムを企画・導入・開発できる人材は、半数以上の企業が確保できていないことが分かる。  第2-2-20図は、IT人材の所属部署を示したものである。これを見ると、ITツール・システムを企画・導入・開発できる人材及びITツール・システムを保守・運用できる人材は、半数以上の企業において「システム部門」に配置されていることが分かる。他方で、デジタル化の取組全体を統括できる人材は、「経営層(CIOなど)」に配置されている企業が一定数存在していることも確認される。  第2-2-21図は、IT人材の処遇を示したものである。これを見ると、大半の企業では、IT人材に対して他の従業員と同等、又はそれ以上の処遇を与えていることが分かる。しかしながら、ITツール・システムを企画・導入・開発できる人材及びITツール・システムを保守・運用できる人材は、7割以上の企業が他の従業員と同等水準の報酬にとどまっており、報酬面での課題が専門的なIT人材を確保できていないことにつながっている可能性も示唆される。  第2-2-22図は、IT人材の確保における課題を示したものである。これを見ると、「IT人材を採用・育成する体制が整っていない」と回答する企業の割合が半数以上を占めており、体制面での課題を抱えていることが分かる。  第2-2-23図は、IT人材の確保方法及び育成方法を示したものである。確保方法を見ると、「既存社員の育成」によりIT人材を確保する企業が最も多く、「何も実施していない」と回答する企業が2割を超えていることが分かる。育成方法を見ると、社員の主体性に任せている割合が最も高く、体系的な育成制度が十分に整っていないことが示唆される。  以上、IT人材の確保と育成の状況について確認してきた。事例2-2-7では、IT人材を確保した後に、既存社員との連携を強めていった結果、IoT関連製品の開発事業立ち上げに一体感をもって取り組むことができた事例を紹介している。また、コラム2-2-6のように、社外のIT専門家を活用することで、ITツールの導入を円滑化することも有用な手段の一つと考えられる。    5.情報セキュリティ対策  本項では、情報セキュリティ対策について見ていく。第2-2-24図は、中小企業におけるサイバー攻撃の被害イメージに関する認識状況を示したものである。情報セキュリティの問題は、自社の信用トラブルにも発展する恐れがある中、サイバー攻撃によって自社が被る被害についてイメージできている中小企業は、半数に満たないことが分かる。  第2-2-25図は、業種別にサイバー攻撃の被害状況を示したものである。これを見ると、全体の2割以上の企業が何らかの被害を受けていることが分かる。被害状況について「分からない」と回答している企業も一定数存在しており、潜在的な被害も含めると、相当数の企業が被害を受けていることが示唆される。「運輸業,郵便業」や「宿泊業,飲食サービス業」では、サイバー攻撃による被害を受けたと回答する割合が約1割と低いものの、「卸売業」や「情報通信業」では、4社に1社が被害を受けていることが確認される。  第2-2-26図は、従業員規模別にサイバー攻撃の被害状況を示したものである。これを見ると、従業員数が多い企業ほど、サイバー攻撃を受けている割合が高い傾向にあり、301人以上の企業では3割以上が被害を受けたことがあると分かる。  第2-2-27図は、業種別に情報セキュリティ対策の状況を示したものである。これを見ると、「十分に対策している」企業は、全体の14.2%にとどまることが分かる。第2-2-25図と比較すると、「情報通信業」は、サイバー攻撃の被害を受けた割合が高かったものの、「十分に対策している」と回答する割合が40.3%と最も多くなっている。被害を受けた割合が低かった「運輸業,郵便業」や「宿泊業,飲食サービス業」では、「あまり対策していない」若しくは「まったく対策していない」割合が3割を超えており、サイバー攻撃による被害が懸念される状況にあると考えられる。  第2-2-28図は、従業員規模別に情報セキュリティ対策の状況を示したものである。これを見ると、従業員数が301人以上の企業は、従業員数300人以下の企業と比べて、情報セキュリティ対策に取り組んでいる割合が高い傾向にあることが分かる。  第2-2-29図は、情報セキュリティ対策の内容を示したものである。これを見ると、製造業・非製造業共に、「ウイルス対策ソフト・サービスの導入」に取り組んでいる割合が90%を超えており、次いで「システム・データのバックアップ」、「ファイアウォールの導入」に取り組んでいることが分かる。「セキュリティポリシーの策定」は、資金をかけずに取り組むことができるが、製造業・非製造業共に、2割程度にとどまっていることも確認される。  第2-2-30図は、業種別に情報セキュリティ対策推進に当たっての課題を示したものである。これを見ると、「資金が不足している」という回答が最も多かった「宿泊業,飲食サービス業」を除き、いずれの業種においても「社内の検討・推進体制が整わない」や「セキュリティ対策を実施できる人材がいない」という課題を挙げる割合が最も多く、情報セキュリティ対策の体制面が追いついていないことが示唆される。  以上、情報セキュリティ対策の現状について確認してきた。事例2-2-8では、自社だけでなく取引先に対しても情報セキュリティ対策の啓発に取り組むことで、社内外で連携し情報管理体制の強化を図っている事例を紹介している。また、情報セキュリティ対策の体制構築に向けては、コラム2-2-8のように、情報セキュリティ対策に資する支援策も有用な手段の一つと考えられる。    6.事業継続力の強化に向けたデジタル化の取組  本項では、事業継続力の強化に向けたデジタル化の意識や業績への影響について見ていく。第2-2-31図は、業種別にデジタル化における事業継続力の強化に対する意識を示したものである。これを見ると、業種を問わず、事業継続力の強化を意識して、デジタル化に取り組んでいる割合が約6割を占めていることが分かる。  第2-2-32図は、従業員規模別にデジタル化における事業継続力の強化に対する意識を示したものである。これを見ると、従業員数が多い企業ほど、事業継続力の強化を意識して、デジタル化に取り組んでいる割合が高い傾向にあり、301人以上の企業では、約7割の企業が意識して取り組んでいることが分かる。  次に、第2-2-33図は、デジタル化における事業継続力の強化に対する意識別に、デジタル化の推進による業績への影響を示したものである。これを見ると、事業継続力の強化を意識して、デジタル化に取り組んでいる企業は、事業継続力の強化を意識せず、デジタル化に取り組んでいる企業と比較して、デジタル化の取組が業績にプラスの影響を及ぼした割合が高い傾向にあることが分かる。  最後に、第2-2-34図は、デジタル化における事業継続力強化への意識と労働生産性との関係を示したものである。これを見ると、事業継続力の強化を意識して、デジタル化に取り組んでいる企業における労働生産性の平均値が6,692千円/人と最も高いことが分かる。事業継続力の強化を意識せずデジタル化に取り組んでいる企業の労働生産性の平均値は、事業継続力の強化を意識してデジタル化に取り組んでいる企業の83.0%の水準となっている。  以上、事業継続力の強化に向けたデジタル化の取組について確認した。事業継続力の強化を意識してデジタル化に取り組む企業が一定数存在しており、業績面や労働生産性の水準から、様々な事業環境の変化に対する適応力を高めることを意識して、デジタル化に取り組む重要性が示唆された。事例2-2-9では、感染症流行下で安定的な医療器具の仕入・供給体制が懸念される中で、アジャイル型の設計開発力を強みに、医療現場の事業継続に貢献した企業を紹介する。    第3節 中小企業のデジタル化推進に向けた課題    本節では、前節で確認した中小企業におけるデジタル化の現状を踏まえた上で、デジタル化の推進に向けた課題について分析する。第2-2-35図は、業種別のデジタル化推進に向けた課題を示したものである。これを見ると、全産業では、「アナログな文化・価値観が定着している」が最も高く、次いで「明確な目的・目標が定まっていない」、「組織のITリテラシーが不足している」となっており、大半の業種における課題として上位を占めることが分かる。「卸売業」や「建設業」では、「長年の取引慣行に妨げられている」、「宿泊業、飲食サービス業」では「資金不足」を回答する企業が3割強存在していることも確認される。  第2-2-36図は、従業員規模別にデジタル化推進に向けた課題を示したものである。これを見ると、従業員数の多い企業ほど、アナログな文化・価値観の定着や組織のITリテラシー不足、長年の取引慣行といった課題を挙げる傾向にあり、変革に向けた組織の適応力に課題を抱えている企業が多いことが示唆される。従業員数の少ない企業では、明確な目的・目標が定まっていないことや資金不足といった課題を挙げる傾向にあり、組織体制の課題を抱えている企業が多いことが示唆される。  第2-2-37図は、デジタル化推進による効果別に、デジタル化推進に向けた課題を示したものである。これを見ると、効果が出なかったと実感している企業は、効果が出たと実感している企業に比べ、明確な目的・目標が定まっていないことや資金不足を挙げる割合が高い傾向にあることが分かる。効果が出なかったと実感している企業では、アナログな文化・価値観の定着を挙げる割合が半数を超えていることも確認される。資金不足は企業状況にも左右されるものの、デジタル化の推進に当たってはまず、組織における目的・目標を明確化させることが重要であると示唆される。  最後に、第2-2-38図は、スマートSMEサポーター制度の認定を受けている企業がデジタル化に取り組む取引・支援先である企業側に対して、デジタル化に向けて期待している状況・条件を示したものである。これを見ると、企業に対して「デジタル化に向けた明確な目的・目標がある」ことを期待する割合が最も多いことが分かる。また、「デジタル化に向けた明確な目的・目標がある」に次いで、「デジタル化のための予算が確保されている」、「デジタル化に向けた文化・価値観が定着している」を求める割合が高く、前掲の第2-2-37図の結果とおおむね整合していることが確認される。    第4節 中小企業におけるデジタル化に向けた組織改革    前節では、我が国の中小企業がデジタル化を推進していくに当たって、アナログな文化・価値観が定着していることや明確な目的・目標が定まっていないといった組織の適応力、組織体制に関する課題がハードルとなっていることを確認した。本節では、デジタル化の推進に向けた中小企業における組織的な行動・取組に着目し、課題を乗り越え、デジタル化を推進することができている企業の実態やデジタル化を推進していくための取組について分析していく。    1.デジタル化推進に向けた意識改革  まず本項では、中小企業における組織的な行動・取組の起点として、デジタル化推進に向けた意識について、社内の組織文化と経営者の関与という観点から見ていく。    @全社的な組織文化の醸成  第2-2-39図は、デジタル化に対する社内の意識を示したものである。これを見ると、約半数の企業では、デジタル化に積極的に取り組む文化が定着・醸成されつつあることが分かる。他方で、デジタル化に対する抵抗感が強い企業も約半数存在していることが確認される。  第2-2-40図は、デジタル化に対する社内の意識別に、デジタル化推進による業績への影響を示したものである。これを見ると、デジタル化に取り組むことに対して積極的な文化が醸成されている企業は、プラスの影響を及ぼした割合が75.9%を占めていることが分かる。デジタル化に取り組むことに対して抵抗感が強い企業では、「どちらとも言えない」の割合が56.2%を占めており、業績への寄与を実感できていないことが確認される。前節においても、「アナログな文化・価値観が定着していること」がデジタル化推進に向けた主な課題となっており、デジタル化の推進に当たっては、社内における意識を改善していくことが重要と示唆される。  第2-2-41図は、業種別にデジタル化に対する社内の意識について、デジタル化推進による業績への影響を示したものである。これを見ると、業種にかかわらず、デジタル化に取り組むことに対して積極的な文化が醸成されている企業は、デジタル化に取り組むことに対して抵抗感が強い企業と比較して、デジタル化の取組が業績にプラスの影響を及ぼした割合が高い傾向にあることが分かる。  第2-2-42図は、従業員規模別にデジタル化に対する社内の意識について、デジタル化推進による業績への影響を示したものである。これを見ると、従業員規模にかかわらず、デジタル化の推進に積極的な文化がある企業は、抵抗感が強い企業と比較して、デジタル化の取組が業績にプラスの影響を及ぼしていることが分かる。  第2-2-43図は、デジタル化に対する社内の意識と労働生産性との関係を示したものである。これを見ると、全社的にデジタル化に積極的に取り組む文化が定着している企業における労働生産性の平均値が6,841千円/人と最も高く、次いで、積極的に取り組む文化が醸成されつつある企業が高い傾向にあることが分かる。全社的にデジタル化に対する抵抗感が強い企業の労働生産性の平均値は、全社的にデジタル化に積極的に取り組む文化が定着している企業の約6割の水準となっている。  最後に、第2-2-44図は、デジタル化に対する社内の意識別に、組織文化醸成に向けた取組を示したものである。これを見ると、デジタル化に対する社内の意識にかかわらず、「抵抗感が少ない部分から徐々にITツール・システムを導入している」企業が半数以上を占めていることが分かる。他方で、デジタル化に取り組むことに対して積極的な文化が醸成されている企業は、「社内の各層にデジタル化の目的・目標などを丁寧に説明している」・「研修など、社員のITリテラシーを高める取組を実施している」の割合が抵抗感の強い企業と比べて高い傾向にある。社内での対話・コミュニケーションを丁寧に実践し、デジタル化に向けた土壌を築いていくことが重要であることが示唆される。  以上、デジタル化に対する積極的な組織文化を醸成し、自社内に浸透していくようデジタル化の推進に向けて組織的に取り組んでいくことが重要であることが示唆された。デジタル化に積極的な組織文化の醸成に向けて、社内の丁寧なコミュニケーションを実践していった例として、事例2-2-10では、宿泊業において、デジタル化に対する社内の不安を地道に取り除くことを重視し、デジタル化に積極的に取り組む意識を浸透させていった事例を紹介している。    A経営者の積極的な関与  次に、デジタル化の推進に向けた経営者の関与について見ていく。第2-2-45図は、デジタル化の推進に対する経営者の関与度について示したものである。これを見ると、「経営者が積極的に関与している」という企業が約3割存在していることが分かる。他方で、システム部門や現場の責任者などに一任しており、経営者は関与していないという企業も約2割に上ることが確認される。  第2-2-46図は、デジタル化の推進に対する経営者の関与度別に、デジタル化推進による業績への影響を示したものである。これを見ると、経営者が積極的に関与している企業は、プラスの影響を及ぼした割合が75.0%を占めていることが分かる。システム部門や現場の責任者などに一任し、経営者は関与していない企業では、半数以上の企業が「どちらとも言えない」と回答しており、業績への寄与を実感できていないことが確認される。  第2-2-47図は、業種別にデジタル化の推進に対する経営者の関与度について、デジタル化推進による業績への影響を示したものである。これを見ると、業種にかかわらず、デジタル化の推進において、経営者が積極的に関与している企業は、システム部門や現場の責任者などに一任し、経営者は関与していない企業と比較して、業績にプラスの影響を及ぼしている割合が高い傾向にあることが分かる。  第2-2-48図は、従業員規模別にデジタル化の推進に対する経営者の関与度について、デジタル化推進による業績への影響を示したものである。これを見ると、従業員規模にかかわらず、デジタル化の推進において、経営者が積極的に関与している企業は、業績にプラスの影響を及ぼしている割合が高いことが分かる。  第2-2-49図は、デジタル化の推進に対する経営者の関与度別に、デジタル化推進に向けた課題の状況を示したものである。これを見ると、経営者が積極的に関与している企業は、アナログな文化・価値観の定着や明確な目的・目標が定まっていないといった課題を課題として認識する割合が低くなっていることが分かる。  第2-2-50図は、デジタル化の推進に対する経営者の関与度と労働生産性との関係を示したものである。これを見ると、経営者が積極的に関与している企業における労働生産性の平均値が6,440千円/人と最も高く、次いで、ある程度関与している企業が高い傾向にあることが分かる。経営者は関与せず、システム部門や現場の責任者などに一任している企業の労働生産性の平均値は、経営者が積極的に関与している企業の86.7%の水準となっている。  以上、デジタル化推進に向けた経営者の関与について確認した。デジタル化の推進に向けては、全社的な意識を醸成するだけでなく、経営者が重要な経営課題と捉えて、システム部門や現場の責任者と連携しながら、自ら積極的に取り組んでいくことが重要であることが示唆された。事例2-2-11では、人材不足に悩む貸切りバス業において、経営者自らITツールを活用した新しいサービスを開発し、デジタル化による他社との差別化を図っている企業を紹介する。    2.デジタル化に向けた方針の策定    次に本項では、中小企業における組織的な行動・取組として、デジタル化推進に向けた事業方針とデジタル化の方針の策定について見ていく。    @事業方針及びデジタル化の取組において重視す  る項目第2-2-51図と第2-2-52図は、業種別に、事業方針及びデジタル化の取組において最も重視する項目を示したものである。第2-2-51図を見ると、全産業では、事業方針においては、「新たな事業・商品・サービスの創出・改善」が最も高く、次いで「取引関係の構築・改善」、「組織管理体制の見直し」となっている。他方で、第2-2-52図を見ると、デジタル化の取組においては、「経営判断・業務プロセスの効率化、固定費の削減」が最も高く、社内改善の取組が重視されている傾向が分かる。  第2-2-53図と第2-2-54図は、従業員規模別に、事業方針及びデジタル化の取組において最も重視する項目を示したものである。第2-2-53図及び第2-2-54図を見ると、従業員数が多い企業では、事業方針においては、「新たな事業・商品・サービスの創出・改善」、デジタル化の取組においては、「経営判断・業務プロセスの効率化・固定費の削減」を重視する割合が高い傾向となっている。従業員数が少ない企業では、事業方針においては、「取引関係の構築・改善」、デジタル化の取組においては、「新たな事業・製品・サービスの創出・改善」を重視する割合が高い傾向にあり、事業方針とデジタル化の取組において重視する項目に違いが見られることが分かる。    Aデジタル化の方針を含んだ事業方針の立案  第2-2-55図は、業種別にデジタル化の方針を含んだ事業方針の立案について示したものである。これを見ると、情報通信業を除くいずれの業種においても、事業方針の中に、デジタル化の方針・目標が含まれていない企業が半数以上を占めていることが分かる。  第2-2-56図は、従業員規模別にデジタル化の方針を含んだ事業方針の立案について示したものである。これを見ると、従業員数が多い企業ほど、事業方針の中に、デジタル化の方針・目標が含まれている企業が増加していく傾向にあることが分かる。  第2-2-57図は、経営者年齢別にデジタル化の方針を含んだ事業方針の立案について示したものである。これを見ると、経営者の年齢が若い企業ほど、事業方針の中に、デジタル化の方針・目標が含まれている企業の割合が高い傾向となっていることが分かる。  第2-2-58図は、デジタル化の方針を含んだ事業方針の有無別に、デジタル化推進による業績への影響を示したものである。これを見ると、事業方針の中に、デジタル化の方針・目標が含まれている企業は、プラスの影響を及ぼした割合が75.9%を占めていることが分かる。事業方針の中に、デジタル化の方針・目標が含まれていない企業では、半数以上の企業が「どちらとも言えない」と回答しており、業績への寄与を実感できていないことが確認される。  第2-2-59図は、業種別にデジタル化の方針を含んだ事業方針の有無について、デジタル化推進による業績への影響を示したものである。これを見ると、業種にかかわらず、事業方針の中にデジタル化の方針が含まれている企業は、デジタル化の取組が業績にプラスの影響を及ぼしている割合が高い傾向にあることが分かる。  最後に、第2-2-60図は、デジタル化の方針を含んだ事業方針の立案と労働生産性との関係を示したものである。これを見ると、事業方針の中にデジタル化の方針・目標が含まれている企業の労働生産性の水準は高い傾向にあることが分かる。  以上、デジタル化を個別の取組として捉えるのではなく、デジタル化の方針・目標を明確化し、事業方針の中に位置づけ、戦略的に取り組んでいくことが重要であると示唆された。事例2-2-12では、IoTシステムを独自に構築することに取り組んだことで、社内の生産性向上と新たな事業の柱とすることに成功した例を紹介する。    3.デジタル化推進に向けた組織づくり    本項では、中小企業におけるデジタル化推進に向けた組織づくりについて、社内の推進体制と社外との連携・協業という観点から見ていく。    @社内の推進体制構築  第2-2-61図は、デジタル化に向けた社内の推進体制を示したものである。これを見ると、約半数の企業は全社的にデジタル化を推進していることが分かる。他方で、3分の1以上の企業は、部署単位でデジタル化を推進している。  第2-2-62図は、デジタル化に向けた社内の推進体制別に、デジタル化推進による業績への影響を示したものである。これを見ると、全社的にデジタル化を推進している企業は、プラスの影響を及ぼした割合が76.6%を占めていることが分かる。部署単位で推進している企業では、4割強の企業が「どちらとも言えない」と回答しており、業績への寄与を実感できていないことが確認される。  第2-2-63図は、業種別にデジタル化に向けた社内の推進体制について、デジタル化推進による業績への影響を示したものである。これを見ると、業種にかかわらず、全社的にデジタル化を推進している企業は、業績にプラスの影響を及ぼしている割合が高い傾向にあることが分かる。  第2-2-64図は、従業員規模別にデジタル化に向けた社内の推進体制について、デジタル化推進による業績への影響を示したものである。これを見ると、従業員規模にかかわらず、全社的にデジタル化を推進している企業は、業績にプラスの影響を及ぼしている割合が高いことが分かる。  第2-2-65図は、デジタル化に向けた社内の推進体制別に、デジタル化推進に向けた課題の状況を示したものである。全社的に推進している企業は、アナログな文化・価値観の定着や明確な目的・目標が定まっていないといった課題を認識する割合が低いことが分かる。  最後に、第2-2-66図は、デジタル化に向けた社内の推進体制と労働生産性との関係を示したものである。これを見ると、全社的にデジタル化を推進している企業における労働生産性の平均値が6,690千円/人と最も高い傾向にあることが分かる。部署単位でデジタル化を推進している企業の労働生産性の平均値は、全社的にデジタル化を推進している企業の83.3%の水準となっている。  以上、デジタル化の推進に向けた社内の推進体制について確認した。デジタル化の推進に向けては、個別の部署単位で取り組むのではなく、組織全体で一丸となり推進していくことが重要であると示唆された。事例2-2-13では、IoTの活用による改善の意識を全社的に浸透させていった結果、生産性向上に成功し、その経験を基に、他社のデジタル化に向けた指導・助言に取り組んでいる例を紹介している。    A社外との共創による中小企業のデジタル化推進  次に社外との連携・協業の取組について見ていく。ここでは、中小企業のデジタル化に向けた有力な社外の存在と考えられるITベンダー、外部パートナー、公的支援機関の3者の観点から連携・協業の現状を分析する。    (1)ITベンダーの活用  まず、ITベンダーの活用について見ていく。第2-2-67図は、業種別にITベンダーの活用状況を示したものである。これを見ると、全産業の56.0%がITベンダーを活用したことがあると分かる。活用したことがある企業の割合は、「卸売業」が最も高くなっているが、「宿泊業,サービス業」では、約3社に1社の企業にとどまっており、業種間で活用状況に差が生じていることが確認される。  第2-2-68図は、取引先属性別にITベンダーの活用状況を示したものである。これを見ると、BtoBの企業はBtoCの企業と比較して、活用したことがある割合が高い傾向にあることが分かる。  第2-2-69図は、従業員規模別にITベンダーの活用状況を示したものである。これを見ると、従業員規模の大きい企業ほど、活用したことがある割合が高い傾向にあり、301人以上の企業では75.6%を占めている。20人以下の企業では、301人以上の企業の半数以下の割合(34.9%)にとどまることが分かる。  第2-2-70図は、ITベンダー活用の成果を示したものである。これを見ると、約8割の企業が一定の成果を感じていることが分かる。  第2-2-71図は、ITベンダーが取引先・支援先である企業側から求められていると考える能力・技量を示したものである。これを見ると、「業務プロセスの改善提案」を挙げる割合が最も高いことが分かる。  第2-2-72図は、ITベンダーに対して求める能力を示したものである。これを見ると、「保守・運用の能力」が最も高く、次いで「求める機能の着実な実現」、「システムの導入コストの安さ」の割合が高いことが分かる。第2-2-71図と比較すると、中小企業側とITベンダー側との間に認識のずれがあり、中小企業とITベンダー側が求める提案にミスマッチが生じている可能性が考えられる。  第2-2-73図は、従業員規模別に中小企業がITベンダーに求める能力を示したものである。これを見ると、上位3項目はいずれも大きな差異はないが、従業員規模の多い企業ほど「業務プロセスの改善提案」や「既存システムの改善提案」など踏み込んだ提案を求めている傾向にあることが分かる。従業員規模の多い企業は、社外のITベンダーからの提案も踏まえ、業務プロセスや既存システムなどの見直しを含んだデジタル化を推進していく考えにある傾向が示唆される。  第2-2-74図は、従業員規模別にITベンダー側の課題を示したものである。これを見ると、従業員20人以下では、販売チャネルや収益化の難しさを挙げる割合が高いことが分かる。従業員21人以上では、ユーザー目線での課題分析やニーズ把握に関する能力不足など顧客への価値提供を課題に感じる企業も一定数存在している。  第2-2-75図は、従業員規模別にITベンダー側の人材面での課題を示したものである。これを見ると、従業員20人以下では、「IT人材を採用・育成する体制が整っていない」、従業員21人以上では、「人材難によりIT人材を採用できていない」といった課題を抱えていることが分かる。  以上、ITベンダーの活用について一定の成果を感じる企業が多いものの、企業側の求める能力とITベンダー側が求められていると認識している能力について認識のずれが生じていることや、ITベンダー側の課題について確認した。事例2-2-14では、中小企業共通EDIの導入推進によりサプライチェーン全体でのデジタル化に取り組む企業と導入を支援したITベンダーの例を紹介している。また、事例2-2-15のように、体験型ラボの開設を通じて、自社製品・サービスの提案による新たな顧客獲得と地域のデジタル化推進への貢献を目指している企業も存在する。    (2)外部パートナーとの協業  次に、外部パートナーとの協業について見ていく。なお、本章における外部パートナーとの協業とは、他社と連携し、互いの技術・ノウハウを活用して新たな事業・商品・サービスの創出を実現する活動のことを総称している。第2-2-76図は、従業員規模別にデジタル化における外部パートナーとの協業状況を示したものである。これを見ると、従業員数が多いほど、連携・協業したことがある割合が高い傾向にあるが、全体では1割強にとどまることが分かる。  第2-2-77図は、製造業・非製造業別に、デジタル化における外部パートナーとの協業における課題を示したものである。これを見ると、製造業・非製造業共に、外部の協業先・仲介者が見付からないことを課題としている割合が高い傾向となっている。製造業においては、自社の技術・ノウハウの流出も懸念事項となっていることが分かる。  第2-2-78図は、デジタル化における外部パートナーとの協業状況別に、デジタル化推進による業績への影響を示したものである。これを見ると、デジタル化における協業をしたことがある企業は、業績にプラスの影響を及ぼしている割合が高い傾向にあることが分かる。  最後に第2-2-79図は、デジタル化の方針を含んだ事業方針の有無別に、デジタル化における外部パートナーとの協業による成果を示したものである。これを見ると、事業方針の中に、デジタル化の方針・目標が含まれている企業は、含まれていない企業に比べて成果が出たと実感している割合が高いことが分かる。デジタル化の方針・目標を明確化した上で外部パートナーとの協業により、自社の経営リソースを補いデジタル化に取り組む重要性が示唆される。  以上、外部パートナーとの協業について確認してきた。事例2-2-16では、大手システム会社や産・官・学の地域の210社・団体と連携し、サプライチェーン全体での効率化や情報共有についてデジタル化の観点から取り組む企業の例を紹介している。また、事例2-2-17のように、地域の生産者と連携し、果物の栽培データの有効活用による品質向上に取り組み、果物のブランド化に成功した自治体も存在する。最後に、事例2-2-18では、介護業界において、自社で蓄積された介護サービスの知見やデータを基に、大手企業との連携を図り、IoT・AIを活用した事業に取り組む例を紹介する。    (3)公的支援機関の活用  次に公的支援機関の活用について見ていく。第2-2-80図は、業種別にデジタル化における公的支援機関の活用状況を示したものである。これを見ると、業種にかかわらず、デジタル化の取組において公的支援機関を活用したことがある企業は2割程度にとどまっていることが分かる。  第2-2-81図は、IT人材の確保状況別に、デジタル化における公的支援機関の活用状況を示したものである。これを見ると、IT人材を確保できている企業は、確保できていない企業と比較して、公的支援機関を活用したことがある割合が高いことが分かる。  第2-2-82図は、製造業・非製造業別に、デジタル化において公的支援機関に求める能力を示したものである。これを見ると、「補助金・助成金の紹介」を除くと、製造業・非製造業を問わず「セミナーなどによる研修機会の提供」や「適切なITツールの提案」、「業務プロセスの改善提案」などの回答が多いものの、デジタル化における公的支援機関側からの提案に関する更なる認知度向上が期待される。  第2-2-83図は、公的支援機関活用の成果を示したものである。これを見ると、約7割の企業が一定の成果を感じたと実感していることが分かる。  第2-2-84図は、公的支援機関の活用状況別に、デジタル化推進による業績への影響を示したものである。これを見ると、デジタル化の推進において、公的機関を活用した企業は、業績にプラスの影響を及ぼしている割合が高い傾向にあることが分かる。  以上、公的支援機関の活用について、活用したことがある割合は少数にとどまるものの一定の成果を実感していることや業績にプラスの影響を及ぼしていることを確認した。最後に、第2-2-85図は、一例として関東経済産業局が(国研)産業技術総合研究所と連携して取り組んでいる支援施策及び北陸三県における公設試験研究機関の連携の取組である。コラム2-2-12のような地域一体型の支援連携の取組と併せて、活用を検討することも有用と考えられる。事例2-2-19では、中小企業診断士への相談や助言を基に、自社に合った社内のデータ連携の仕組みをゼロから構築し、勤怠管理などの効率化に取り組んだ事例を紹介する。    4.デジタル化推進に向けた業務変革  最後に、本項ではデジタル化推進に向けた業務の変革について、見ていく。第2-2-86図は、デジタル化の定着に向けた取組を示したものである。これを見ると、「日常的な改善活動」を挙げる企業が多いことが分かる。また、IT活用レベルの高い企業は、活用レベルの低い企業と比較すると「IT活用の継続的な見直し」や「IT活用に関する日常的な情報収集」に関して20%pt以上の差が生じている。  第2-2-87図は、デジタル化において実施した業務プロセスの見直しの範囲について示したものである。これを見ると、業務プロセスの一部を調整した企業が約半数存在していることが分かる。程度の差はあるが、半数以上の企業がデジタル化に伴う業務プロセスの刷新・調整を実施していることが確認される。  第2-2-88図は、従業員規模別にデジタル化において実施した業務プロセスの見直しの範囲について示したものである。これを見ると、従業員規模が大きい企業ほど、デジタル化において業務プロセスの見直しを実施している傾向にあることが分かる。  第2-2-89図は、デジタル化において実施した業務プロセスの見直しの範囲別に、デジタル化推進による業績への影響を示したものである。これを見ると、業務プロセスの全体を刷新、若しくは一部を調整した企業は、実施していない企業と比較して、プラスの影響を及ぼした割合が高いことが分かる。他方で、業務プロセスを変更していない企業では、半数以上の企業が「どちらとも言えない」と回答しており、業績への寄与を実感できていないことが確認される。  第2-2-90図は、業種別にデジタル化において実施した業務プロセスの見直しの範囲について、デジタル化推進による業績への影響を示したものを示したものである。これを見ると、業種にかかわらず、デジタル化の推進において、業務プロセスの見直しを実施した企業は、業績にプラスの影響を及ぼしている割合が高いことが分かる。  第2-2-91図は、従業員規模別にデジタル化において実施した業務プロセスの見直しの範囲について、デジタル化推進による業績への影響を示したものである。これを見ると、従業員規模にかかわらず、デジタル化の推進において、業務プロセスの見直しを実施した企業は、業績にプラスの影響を及ぼしている企業の割合が高いことが分かる。  第2-2-92図は、デジタル化を進めるに当たっての社内ルールの見直しの有無別に、デジタル化推進による業績への影響を示したものである。これを見ると、事業課題の解決のため、社内ルールの見直しを進め、その一環としてデジタル化を進めた企業は、デジタル化推進の取組によりプラスの影響を及ぼした割合が高い傾向にあることが分かる。  第2-2-93図は、従業員規模別にデジタル化を進めるに当たっての社内ルールの見直しについて、デジタル化推進による業績への影響を示したものである。これを見ると、従業員規模を問わず、デジタル化を推進する際、社内ルールを見直した企業は、業績にプラスの影響を及ぼした割合が高い傾向にあることが分かる。  最後に、第2-2-94図は、ITツール・システムの導入と業務プロセスの見直し方法について、労働生産性との関係を示したものである。これを見ると、業務プロセスの見直しに合わせてITツール・システムを導入する企業の労働生産性の平均値は、導入するITツール・システムに合わせて、業務プロセスの見直しを行う企業の84.4%の水準となっている。ITツール・システム起点で、業務プロセスの見直しを行っていくことが有効であることが示唆される。  以上、デジタル化に向けた業務プロセスと社内ルールの見直しについて確認した。デジタル化を単に推進するだけでなく、デジタル化の取組に合わせて、業務プロセスや社内ルールなどを調整し、社内環境を整えていくことが重要であると示唆された。自社のデジタル化に合わせて現場部門と間接部門が連携しながら、社内の改善活動を効果的に実践している一つの例として、事例2-2-20における製造業の取組を紹介し、本節の結びとする。    第5節 まとめ    本章では、中小企業におけるデジタル化の現状や、取り組んでいく上での課題、デジタル化を推進している企業の組織的な特徴などについて分析を行ってきた。第1節では、感染症の拡大によりデジタル化への意識が高まっていることや我が国におけるデジタル化の動向を概観し、IT投資と労働生産性の関係について明瞭な関係を現状では確認できないことが分かった。第2節では、中小企業におけるデジタル化の現状について分析した。感染症の拡大を受けて、Web会議やテレワーク、オンラインでの商談・営業に取り組む企業が増加しており、企業の意識の変化がうかがえることを確認した。ITツール・システムの導入状況については、業種間で差が生じていることや、クラウドサービスの今後の利用方針について積極的な企業が一定数存在していることが分かった。IT人材の確保と育成については、IT人材を約半数の企業が確保しつつあるものの、多くの企業がIT人材を育成する体制を整えられていない現状が分かった。情報セキュリティ対策については、対策に取り組んでいる企業も一定数存在するが、社内の検討・推進体制が整っていない体制面の課題が明らかになった。また、事業継続力強化に向けてデジタル化に取り組む企業においては、労働生産性が高い傾向が示された。第3節では、中小企業におけるデジタル化の課題について分析した。アナログな文化・価値観の定着や、明確な目的・目標が定まっていない、組織のITリテラシーの不足といった、自社組織における課題がデジタル化推進に向けた課題となっていることが示唆された。第4節では、中小企業におけるデジタル化に向けた組織改革について分析した。デジタル化に向けた全社的な意識の醸成や経営者の積極的な関与などに取り組む企業では、デジタル化の推進が業績に対してプラスの影響を与えており、労働生産性も高いことを確認した。また、デジタル化に向けた推進体制の構築やデジタル化と並行して業務プロセスの見直しに取り組む企業においても労働生産性が高く、重要な取組であると示唆された。社外との共創によるデジタル化においては、ITベンダーや外部パートナーとの協業、公的支援機関の活用に成功している事例を紹介し、自社に限らず社外と連携することも重要となることも確認した。昨今の感染症流行などの影響を受け、デジタル化の加速が期待される中、デジタル化に向けては経営者の関与や全社的な推進体制の構築をはじめとする組織改革が重要となってくる。事業方針と照らし合わせ、自社の現状に合ったデジタル化を模索していくことが欠かせない。しかし、デジタル化は課題解決の手段の一つであり、課題解決のためには、多面的なアプローチが求められると考えられる。我が国の今後の人口減少を見据えて生産性向上がうたわれている中、デジタル化の推進を一つの起点とし、従来の業務スタイルの脱却と新たな事業モデルの確立を目指していくことが、我が国経済を成長・発展させていくためには必要となろう。    第3章 事業承継を通じた企業の成長・発展とM&Aによる経営資源の有効活用    我が国の高齢化の進展に伴い、経営者の高齢化も進む中で中小企業の事業承継は社会的な課題として認識されている。我が国経済が持続的に成長するためには、中小企業がこれまで培ってきた価値ある経営資源を次世代に承継していくことが重要である。中小企業にとっても、事業承継は単なる経営体制の変更ではなく、更なる成長・発展を遂げるための一つの転換点になり得る。また従来、中小企業にとってのM&Aは事業承継策の一つとして注目されてきたが、近年では成長戦略の一つとしても関心が高まっている。本章では第1節で休廃業・解散や経営者の高齢化の状況も踏まえつつ、中小企業の事業承継の動向について分析する。第2節では、近年のM&Aに対する関心の高まりを概観し、中小企業のM&Aの動向について分析する。    第1節 事業承継を通じた企業の成長・発展    本節では、中小企業の事業承継の動向について分析する。はじめに、休廃業・解散や経営者の高齢化の状況について概観し、その上で事業承継の動向や事業承継実施企業のパフォーマンスについて分析する。また、新型コロナウイルス感染症の流行を受けて、経営者の事業承継に対する考え方の変化について分析する。    1.休廃業・解散の動向と経営者の高齢化    @休廃業・解散の動向  (株)東京商工リサーチの「2020年「休廃業・解散企業」動向調査」を用いて、休廃業・解散企業の現状について確認していく。休廃業・解散件数は、2019年までは4万件台の半ばで推移していたが、2020年は新型コロナウイルス感染症の影響などにより、調査開始以降最多となる4万9,698件となった。  第2-3-1図は、休廃業・解散企業の業種構成比を見たものである。2018年から2020年にかけて、休廃業・解散企業の業種構成比には大きな変化は見られない。第1-1-42図で確認したとおり、2020年は休廃業・解散件数が増加しているが、業種にかかわらず休廃業・解散が増加している様子が見て取れる。  第2-3-2図は、休廃業・解散企業の従業員規模を確認したものである。全ての業種において、休廃業・解散企業の95%以上は従業員20名以下の比較的小規模な企業であることが分かる。  次に、休廃業・解散企業の代表者年齢について確認すると、2020年は「70代」が最も多く41.8%となっている。また、70代以上が全体に占める割合は年々増加傾向にあり、2020年は59.8%となっている。  第2-3-4図は休廃業・解散件数と我が国企業の経営者平均年齢の推移を見たものである。近年、経営者の平均年齢は上昇傾向にあり、休廃業・解散件数増加の背景には経営者の高齢化が一因にあると考えられる。  第2-3-5図は、休廃業・解散企業の業歴別構成比を示したものである。これを見ると、業歴「5年未満」が14.6%となっており、比較的業歴の短い企業の休廃業・解散も生じていることが確認される。創業期に経営が軌道に乗らず、休廃業・解散に至ったものと推測される。  続いて、休廃業・解散企業の業績について見ていく。休廃業・解散した企業のうち、直前期の業績データが判明している企業について集計すると、2014年以降一貫して約6割の企業が当期純利益が黒字であることが分かる。  また、休廃業・解散企業の売上高当期純利益率を見ると、2018年から2020年にかけて、利益率が5%以上の企業が4分の1程度となっており、業績不振企業だけでなく、高利益率企業の廃業が一定数発生していることが分かる。  休廃業・解散企業の中には、経営者自身が事業を継続する意向がない企業も含まれることに留意する必要があるが、一定程度の業績を上げながら休廃業・解散に至る企業の貴重な経営資源を散逸させないためには、意欲ある次世代の経営者や第三者などに事業を引き継ぐ取組が重要である。    A経営者の高齢化  ここまで見てきたとおり、休廃業・解散企業に占める高齢経営者企業の割合は近年高まっており、休廃業・解散件数の増加の背景には我が国における経営者の高齢化が一因にあると考えられる。ここでは、経営者の高齢化の状況について分析していく。はじめに、経営者の平均年齢の推移について確認する。2009年以降、経営者の平均年齢が一貫して上昇していることが分かる。2019年には過去最高齢を更新し、経営者の平均年齢は62.16歳となっている。  次に、第2-3-9図は年代別に見た中小企業の経営者年齢の分布である。これを見ると、2000年に経営者年齢のピーク(最も多い層)が「50歳〜54歳」であったのに対して、2015年には経営者年齢のピークは「65歳〜69歳」となっており、経営者年齢の高齢化が進んできたことが分かる。足元の2020年を見ると、経営者年齢の多い層が「60歳〜64歳」、「65歳〜69歳」、「70歳〜74歳」に分散しており、これまでピークを形成していた団塊世代の経営者が事業承継や廃業などにより経営者を引退していることが示唆される。一方で、70歳以上の経営者の割合は2020年も高まっていることから、経営者年齢の上昇に伴い事業承継を実施した企業と実施していない企業に二極化している様子が見て取れる。  ここで、経営者の高齢化が企業の業績に与える影響について確認する。第2-3-10図は、経営者年齢別に増収企業の割合を見たものである。これを見ると、経営者年齢が30代以下の企業では増収割合が6割程度であるのに対し、80代以上の企業では4割程度となっており、経営者年齢が上昇するほど増収企業の割合が低下していることが分かる。  また、第2-3-11図は、経営者年齢別に増益企業の割合を見たものである。増収企業の割合ほど顕著ではないものの、経営者年齢が上昇するほど増益企業の割合がなだらかに低下していることが分かる。  これらより、売上高、利益ともに経営者年齢と負の相関があると考えられる。その背景について考察するために、経営者年齢別に企業の取組について、(株)東京商工リサーチが実施した「中小企業の財務・経営及び事業承継に関するアンケート」を基に確認していく。第2-3-12図は経営者年齢別に2017年から2019年の間の新事業分野への進出の状況について確認したものである。これを見ると、経営者年齢が若い企業ほど、新事業分野進出に取り組んだ企業の割合が高いことが分かる。  第2-3-13図は経営者年齢別に同期間の設備投資(維持・更新除く)の実施状況を見たものである。これを見ると、おおむね経営者年齢が若い企業ほど、設備投資を実施した企業の割合が高いことが分かる。  第2-3-14図は経営者年齢別に試行錯誤(トライアンドエラー)を許容する組織風土の有無を見たものである。これを見ると、経営者年齢が若い企業ほど、試行錯誤(トライアンドエラー)を許容する組織風土があるとする企業の割合が高い傾向にあることが分かる。  ここまで見てきたとおり、経営者年齢が若い企業ほど新たな取組に果敢にチャレンジする企業が多い様子が見て取れる。過去の中小企業白書においても、経営者年齢が若い企業ほど、長期的な視野に立って経営を行って事業を拡大しようとする意向が強くなる可能性を指摘しており、こうした取組や組織風土が売上高や利益などのパフォーマンス向上に影響している可能性が考えられる。  続いて、第2-3-15図は、経営者の事業承継・廃業の予定年齢について確認したものである。これを見ると、4割以上の経営者が65歳から75歳未満の間に事業承継・廃業を予定していることが分かる。第2-3-9図で見たとおり、2020年時点で65歳から74歳の経営者の占める割合は高く、既に多くの経営者がこの予定年齢に達していると考えられる。このことからも、事業承継や廃業に関する準備が直近の経営課題となっている経営者も多いと推察され、必要性を認識しながらも未着手の経営者は外部の支援機関の活用も含めて、早期に準備を進める必要がある。    2.事業承継の現状と事業承継実施企業のパフォーマンス    ここまで休廃業・解散と経営者の高齢化の状況について見てきたが、それらの状況も踏まえて、ここからは、中小企業の事業承継の現状について確認し、さらに事業承継実施企業のパフォーマンスについて分析する。    @事業承継の現状    (1)経営者交代  はじめに、事業承継の現状について見ていく。事業承継は一般的に「人(経営)」の承継のほか、株式を始めとした「資産」の承継などを含むが、ここでは、経営者の交代という観点から事業承継について分析する。第2-3-16図は、(株)東京商工リサーチの「企業情報ファイル」を基に集計した経営者交代数の推移である。これを見ると、経営者交代数は年間3万6千件前後で推移しており、毎年一定程度経営者交代が行われていることが分かる。  第2-3-17図は、経営者交代を実施した企業の交代前後の経営者平均年齢を従業員規模別に見たものである。これを見ると、規模が小さい企業ほど交代前の経営者年齢は高く、規模が大きい企業ほど交代前の年齢が低いことが分かり、規模が小さい企業では事業承継時期が相対的に遅い傾向にあることが分かる。一方で、交代後の経営者年齢は規模が小さい企業ほど低く、規模が大きい企業ほど高くなっており、規模が小さい企業の方が事業承継により経営者年齢が若返る傾向にあると言える。  続いて、第2-3-18図は、承継方法別に経営者交代前後の経営者平均年齢を見たものである。これを見ると、交代前の経営者年齢は同族承継で68.9歳、同族承継以外で63.2歳と、同族承継では事業承継時期が遅くなる傾向にあることが分かる。同族承継においては、子息などの後継者が一定の経験や年齢を重ねるのを待って事業承継するために、結果的に承継時期が遅くなっている可能性が考えられる。一方で交代後の経営者平均年齢は同族承継で46.8歳、同族承継以外で54.5歳と同族承継の方が若い年齢で経営者に就任していることが分かる。  次に、現在の経営者の就任経緯について確認する。これを見ると、半数以上の企業では、先代経営者の親族が経営者に就任していることが分かる。  続いて、近年事業承継をした経営者の就任経緯について確認する。これを見ると、近年同族承継の割合は減少しており、足元の2020年においては、内部昇格と同水準の34.2%となっていることが分かる。事業承継の方法がこれまで主体であった親族への承継から、親族以外への承継にシフトしてきていることが分かる。  (2)後継者有無の状況  続いて、(株)帝国データバンクの「全国企業「後継者不在率」動向調査(2020年)」を基に、後継者有無の状況について確認する。はじめに、第2-3-21図は後継者不在企業の割合(以下、「後継者不在率」という。)の推移を見たものである。後継者不在率は2017年の66.5%をピークに近年は微減傾向にあり、足元の2020年は65.1%となっている。  続いて、経営者年齢別に後継者不在率を確認する。これを見ると、60代では約半数となる48.2%、80代以上でも31.8%と、経営者年齢の高い企業においても後継者不在企業が一定程度存在していることが分かる。  また、第2-3-23図は業種別に後継者不在率を見たものである。製造業では57.9%、運輸・通信業では61.5%と比較的低い一方、建設業では70.5%、サービス業では69.7%となっており、業種によって差異があることが分かる。    (3)後継者有無別のパフォーマンス比較  後継者有無と企業パフォーマンスの関係について、両者は相関関係にあると言われている。例えば鶴田(2019)は負債比率、有利子負債利子率が高く、売上高成長率が低い企業は後継者が不在になる確率が高まることを指摘している。ここでは、(株)東京商工リサーチの「企業情報ファイル」を基に、後継者がいる企業(以下、「後継者有企業」という。)と後継者不在企業のパフォーマンスについて分析する。第2-3-24図は後継者有無別に、2015年から2019年の売上高成長率の中央値を見たものである。これを見ると、後継者有企業において売上高成長率が高い傾向にあることが見て取れる。  第2-3-25図は後継者有無別に、2015年から2019年の営業利益成長率の中央値を見たものである。これを見ると、差は大きくないものの、後継者有企業において営業利益成長率が高い傾向にあることが見て取れる。  第2-3-26図は後継者有無別に、2015年から2019年の従業員数成長率の中央値を見たものである。これを見ると、後継者有企業において従業員数成長率が高い傾向にあることが見て取れる。  以上より、本分析においても後継者有企業の方が総じてパフォーマンスが高く、後継者有無と企業パフォーマンスが相関関係にある様子が見て取れた。事業継続を希望しながらも後継者不在が課題となっている企業においては、後継候補者の選定や意思確認を進めるだけでなく、事業の見直しや経営改善に取り組むなど、企業の磨き上げに注力することも重要といえよう。    (4)後継者の選定  第2-3-27図は後継者有企業の承継方法について確認したものである。これを見ると、同族承継が67.4%となっており、後継者が決まっている企業の多くは経営者の親族への承継を予定していることが分かる。  また、第2-3-28図は現経営者の就任経緯別に後継者への承継方法について見たものである。創業者や親族から引き継いだ経営者は同族承継を予定する割合が高い一方、役員・従業員からの昇格や外部招へいなどにより就任した経営者は、自身と同じように内部昇格や外部招へいなどの第三者への承継を予定する割合が高い。  続いて、第2-3-29図は後継者を選定する際の優先順位について確認したものである。優先順位1位で最も高いのは「親族」(61.1%)で、次いで「役員、従業員」(25.0%)となっている。続いて優先順位2位を見ると、「役員、従業員」が最も高く5割を超えており、また「事業譲渡や売却」を検討する者も一定程度存在することが分かる。優先順位3位では、「事業譲渡や売却」、「外部招へい」を合わせると6割を超えている。このことから、多くの経営者はまず「親族」を第一候補として検討し、次いで「役員、従業員」、そして「事業譲渡や売却」、「外部招へい」の順に検討している様子がうかがえる。ただし、第2-3-20図で見たとおり、近年同族承継の割合が34%程度であることを考慮すると、必ずしも希望通りに親族への承継がかなわないケースも増えてきていると考えられ、事業継続の意志がある場合は早めに後継候補者の意思確認を進めていくことで、様々な選択肢を検討することが可能になるといえよう。    (5)後継者の取組  続いて、事業承継前後の後継者の取組について確認していく。はじめに、第2-3-30図は事業承継の意思を伝えられてから経営者に就任するまでの期間を見たものである。これを見ると、「5年超」の割合が最も高いが、「半年未満」や「1年〜3年未満」もそれぞれ2割程度となっていることが分かる。  次に、経営者の就任経緯別に事業承継の意思を伝えられてから経営者に就任するまでの期間を確認する。同族承継の場合は「5年超」の割合が最も高く、43.9%となっている。一方で、「外部招へい・その他」の場合は「半年未満」が45.5%と最も高くなっており、承継方法によって事業承継に向けた準備に充てられる期間に差があることが分かる。  続いて、第2-3-32図は現在の経営者が事業承継した際の経営方針について尋ねたものである。これを見ると、「先代経営者の取組の継承・強化」と「新たな取組に積極的に挑戦」の割合がいずれも40%程度と同程度であることが分かる。  次に、経営者の就任経緯別に現在の経営者が事業承継した際の経営方針について確認する。これを見ると、同族承継の場合は「先代経営者の取組の継承・強化」とする割合が高い一方、内部昇格や外部招へい・その他の場合は「新たな取組に積極的に挑戦」とする割合が高いことが分かる。  続いて、事業承継前の後継者の取組について見ていく。第2-3-34図は現経営者が事業承継前5年程度の間に承継に向けて実施した取組について確認したものである。これを見ると、「先代経営者とともに経営に携わった」が最も多く、58.2%の経営者が取り組んでいることが分かる。次いで、「他社での勤務を経験した」や「自社事業の技術・ノウハウについて学んだ」が3割を超えている。  次に、第2-3-35図は、就任経緯別に現経営者が事業承継前5年程度の間に承継に向けて実施した取組について確認したものである。これを見ると、「その他」、「特になし」を除く全ての項目において同族承継が最も高い割合となっていることが分かる。第2-3-31図で見たとおり、同族承継においては事業承継の意思を伝えられてから就任するまでの期間が長いことを考慮すると、承継に向けて様々な準備に取り組んでいる様子がうかがえる。一方で、「外部招へい・その他」においては、「特になし」とする者が37.9%となっており、準備期間の短さが影響している可能性が考えられる。  続いて、事業承継後の後継者の取組について見ていく。第2-3-36図は現経営者が事業承継後5年程度の間に意識的に実施した取組について確認したものである。これを見ると「新たな販路の開拓」が最も多く、44.9%の経営者が取り組んでいることが分かる。次いで、「経営理念の再構築」や「経営を補佐する人材の育成」が3割を超えている。  第2-3-37図は、就任経緯別に現経営者が事業承継後5年程度の間に意識的に実施した取組について確認したものである。承継前の取組と比べると、就任経緯別の傾向の差は小さく、就任経緯にかかわらず後継者が様々な取組にチャレンジしている様子がうかがえる。  続いて、第2-3-38図は事業承継時の経営方針別に現経営者が事業承継後5年程度の間に意識的に実施した取組を見たものである。これを見ると、事業承継時の経営方針について「どちらとも言えない」と回答している者は、ほとんどの取組において意識的に実施した割合が低く、また3分の1以上が「特になし」としている。このことから、事業承継時に経営方針について明確にしていることが事業承継後の新たな取組へのチャレンジにつながることが示唆される。    (6)事業承継の課題  第2-3-39図は、現経営者の事業承継に対する課題について確認したものである。これを見ると、「事業の将来性」が最も多く、半数以上の企業で課題となっていることが分かる。次いで、「後継者の経営力育成」や「後継者を補佐する人材の確保」など事業承継後の経営体制に関するものが上位となっている。  続いて、第2-3-40図は後継者への承継方法別に事業承継の課題を見たものである。「事業の将来性」については、承継方法にかかわらず半数以上の経営者が課題として捉えていることが分かる。また同族承継や内部昇格の場合は、「後継者の経営力育成」や「後継者を補佐する人材の育成」の割合が高い。さらに内部昇格の場合は、「後継者を探すこと」も20.9%と他の承継方法と比べ高くなっており、役員・従業員の中から適任者を選定することが課題となっている様子がうかがえる。一方で、外部招へいの場合は、「近年の業績」や「従業員との関係維持」の割合が高い。「近年の業績」が課題となっていることで、外部招へいという手段を検討している可能性も考えられる。  ここまで中小企業の事業承継の現状について見てきた。承継方法が親族内承継から親族外承継へとシフトしつつあることを確認したが、承継方法にかかわらず後継者の意思確認も含めて計画的に承継の準備に取り組むことが重要である。事例2-3-1は、従業員の中から後継者を選定するに当たって全従業員にアンケートを実施し、適任の後継者を選定した事例である。また、事業承継に関する問題は自社だけでなく、取引先などステークホルダーの関心も高い。事例2-3-2は、取引先から事業承継について指摘されたことをきっかけに事業承継計画を策定し、事業承継を実現した事例である。    A事業承継実施企業のパフォーマンス  続いて、事業承継が企業パフォーマンスに与える影響について分析していく。これまで、事業承継が企業のパフォーマンスに好影響を及ぼす可能性が指摘されてきた。例えば、2019年版中小企業白書では「傾向スコアマッチング」及び「差の差分析」の手法を利用して、事業承継が他の要因をコントロールした上でも、企業の売上高や総資産を押し上げる効果があることを指摘している。ここでは、事業承継実施企業が承継後どの程度パフォーマンスを向上させているのかについて、(株)東京商工リサーチの「企業情報ファイル」を用いて分析する。    (1)事業承継後のパフォーマンス  第2-3-41図は、事業承継実施企業の承継後5年間の売上高成長率(同業種平均値との差分)を見たものである。これを見ると、事業承継の1年後が最も高いものの、2年目から5年目までも一貫して同業種平均値を上回っており、事業承継実施企業が同業種平均値よりも高い成長率で推移していることが分かる。  次に第2-3-42図は、同様に当期純利益成長率を見たものである。事業承継の1年後から5年後まで同業種平均値を20%前後上回っており、事業承継実施企業が同業種平均値よりも高い成長率で推移していることが分かる。  次に第2-3-43図は、同様に従業員数成長率を見たものである。事業承継の1年後から5年後まで同業種平均値を0.5%前後上回っており、事業承継実施企業が同業種平均値よりも高い成長率で推移していることが分かる。    (2)承継時の状況別、事業承継後のパフォーマンス  ここでは、「(1)事業承継後のパフォーマンス」で見たパフォーマンス指標について、事業承継時の状況別に分析する。まず、第2-3-44図は事業承継時の後継者の年齢別に分析したものである。これを見ると、全ての指標において、事業承継時の年齢にかかわらず事業承継後の成長率が同業種平均値を上回っており、事業承継後パフォーマンスが向上していることが分かる。特に事業承継時の年齢が39歳以下においては成長率が高い傾向にある。  続いて、第2-3-45図は各パフォーマンス指標について、承継方法別に分析したものである。これを見ると、承継方法によって多少の成長率の差はあるが、いずれの承継方法においても事業承継実施企業の成長率が同業種平均値を上回っていることが分かる。  続いて、第2-3-46図は事業承継時の業績傾向(増収、減収)別に各パフォーマンス指標について分析したものである。これを見ると、増収企業の方が成長率は高いものの、減収企業であっても事業承継後の成長率は同業種平均値を上回っており、承継後にパフォーマンスが向上していることが分かる。  以上より、本分析で見たパフォーマンス指標については、事業承継時の状況により多少の差はあるものの、総じて事業承継実施企業が同業種平均値を上回っていることが見て取れた。先代経営者や後継者は、事業承継が単なる経営者交代の機会ではなく、企業の更なる成長・発展の機会であることを認識した上で、事業承継に向けた準備や承継後の経営に臨むことが重要であるといえよう。事例2-3-3は、後継者が中心となり新たな視点で商品開発を行ったことで、利益率の高い新ブランドや新たな販売経路を獲得した事例である。また、事例2-3-4は本社工場の移転拡張を契機に事業承継を推進し、事業承継後に後継者の下で事業規模を拡大させている事例である。    3.新型コロナウイルス感染症を踏まえた事業承継意向の変化  新型コロナウイルス感染症(以下、「感染症」という。)の流行が企業の経営環境に大きな影響を及ぼしているが、事業承継の検討・準備にはどのような影響を与えているだろうか。ここでは、大同生命保険(株)の「大同生命サーベイ(2020年9月)」を基に感染症を踏まえた事業承継の意向の変化について分析する。第2-3-47図は感染症流行を受けて、事業承継の考え方や方向性に変化があったかを確認したものである。これを見ると、16.1%の経営者の心境に変化があったことが分かる。  次に、第2-3-48図は感染症流行による事業承継に対する心境の変化の具体的内容を確認したものである。「事業承継の時期を延期したい」が32.5%と最も高く、次いで「事業承継の時期を前倒したい」が27.4%となっている。感染症流行を受けて、一部の企業では、事業承継時期を前後にずらすなど、承継計画の転換に迫られている様子がうかがえる。  次に、第2-3-49図は事業承継の意向別に、感染症流行による事業承継の考え方や方向性の変化を見たものである。これを見ると、「事業承継に向け、譲渡・売却・統合(M&A)を検討」や「事業承継したいが、候補者なし」とする経営者は、「心境に変化があった」と回答する割合が高いことが分かる。  次に、第2-3-50図は事業承継の意向別に、感染症流行による事業承継に対する心境の変化の具体的内容を見たものである。「事業承継に向け、後継者決定済み」や「事業承継に向け、譲渡・売却・統合(M&A)を検討」とする経営者は「事業承継の時期を前倒したい」とする割合が高い。一方で、「事業承継に向け、候補者あり」や「事業承継について未検討」とする経営者は「事業承継の時期を延期したい」とする割合が高い。  以上より、感染症流行が一部の企業の事業承継に対する考え方や方針に影響を与えている様子が見て取れた。感染症流行を受けて事業承継に対する考え方に変化があった経営者は外部支援機関に相談することも有益な取組と考えられる。事例2-3-5は、感染症の影響により一度廃業を決意したものの、よろず支援拠点の助言を受けて後継者が業態転換も行った上で事業承継した事例である。    第2節 M&Aを通じた経営資源の有効活用    M&Aにはなじみのない中小企業も多かったが、近年、事業承継の選択肢として、あるいは企業規模拡大や事業多角化の手段などとして中小企業にとっても身近な存在になりつつある。本節では、中小企業のM&Aの動向や実施意向について分析する。はじめに、M&Aの動向について概観した上で、(株)東京商工リサーチの「中小企業の財務・経営及び事業承継に関するアンケート」を基に、中小企業のM&A実施意向について分析する。最後に、感染症流行の影響を踏まえたM&Aに対する考え方の変化について確認する。    1.中小企業のM&Aの動向  はじめに、我が国企業のM&Aの件数について確認する。(株)レコフデータの調べによると、M&A件数は近年増加傾向で推移しており、2019年には4,000件を超え、過去最高となった。足元の2020年は感染症流行の影響もあり前年に比べ減少したが、3,730件と高水準となっている。これらはあくまでも公表されている件数であるが、M&Aについては未公表のものも一定数存在することを考慮すると、我が国におけるM&Aは更に活発化していることが推察される。  また、第三者に事業を引き継ぐ意向がある中小企業者と、他社から事業を譲り受けて事業の拡大を目指す中小企業者等からの相談を受け付け、マッチングの支援を行う専門機関として、事業引継ぎ支援センターが全都道府県に設置されている。第2-3-52図は、事業引継ぎ支援センターの相談社数と成約件数の推移を見たものである。これを見ると、相談社数・成約件数ともに近年増加傾向にあることが分かる。このことからも大企業だけでなく、中小企業においてもM&A件数が増加していることが分かる。  こうした中小企業のM&A件数増加の背景には、経営者のどのような意識の変化があるだろうか。第2-3-53図は10年前と比較した中小企業のM&Aに対するイメージの変化について確認したものである。これを見ると、買収することについては33.9%で、売却(譲渡)することについても21.9%で「プラスのイメージになった」としており、いずれも「マイナスのイメージになった」を大きく上回り、M&Aに対するイメージが向上してきていることが分かる。  続いて、第2-3-54図は経営者の年齢別に、10年前と比較したM&Aに対するイメージの変化を見たものである。これを見ると、買収すること、売却(譲渡)することのいずれも、経営者年齢が若い企業ほど「プラスのイメージになった」とする割合が高いことが分かる。また買収することについては、全ての年代で「マイナスのイメージになった」とする割合は5%以下となっている。ただし、売却(譲渡)することについては、買収することに比べると、経営者年齢が高まるほど、「プラスのイメージになった」と「マイナスのイメージになった」の差が縮まっていることが分かる。  続いて、第2-3-55図は、地域別にM&Aに対するイメージの変化を見たものである。これを見ると、買収すること、売却(譲渡)することのいずれも地域による傾向の差は見られない。都市部の企業だけでなく、地方部の企業にとってもM&Aが身近な手段になってきている様子がうかがえる。  事例2-3-6では、M&Aにより地元企業同士がグループ会社化し、それぞれの強みをいかしてグループ全体で事業拡大を図る企業を紹介している。    2.M&A実施意向  ここまで見たとおり、我が国全体のM&Aの件数増加やM&Aに対するイメージの向上に伴い、今後中小企業のM&Aが更に浸透していくと考えられる。本項では、(株)東京商工リサーチの「中小企業の財務・経営及び事業承継に関するアンケート」を基に、今後の中小企業のM&Aの実施意向について分析していく。    @M&A実施意向  はじめに第2-3-56図は、中小企業のM&A実施意向を確認したものである。これを見ると、3割程度の中小企業において、何らかの形でM&Aを実施する意向があることが分かる。買い手・売り手の別に見ると、買い手意向がある企業の割合が19.1%と高く、売り手意向がある企業は5.6%となっている。また、買い手・売り手両方の意向があるとする者も4.1%存在する。  続いて、第2-3-57図は、M&A実施意向別に希望する相手先企業の規模を確認したものである。買い手として意向のある企業では「自社より小規模」を希望する割合が高く、売り手として意向のある企業では「自社より大規模」を希望する割合が高いことが分かる。  続いて、第2-3-58図は、M&A実施意向別に希望する相手先企業の業種を確認したものである。買い手として意向のある企業では「同業種」が54.2%、「異業種・業種関連あり」が37.6%となっており、自社と関連する業種を希望する割合が高い。一方で、売り手として意向のある企業では「異業種・業種関連なし」が30.7%となっており、買い手として意向のある企業と比較すると、幅広い業種で相手先企業を検討している様子がうかがえる。  続いて、第2-3-59図は、M&A実施意向別に希望する相手先企業の地域を確認したものである。これを見ると、買い手として意向のある企業では相手先企業を比較的近隣の地域で検討している一方、売り手として意向のある企業では「その他国内全域」が46.8%と最も高く、広いエリアで相手先企業を検討していることが分かる。  続いて、第2-3-60図は、M&A実施意向別に希望するM&Aの形態について確認したものである。これを見ると、買い手として意向のある企業、売り手として意向のある企業のいずれも「垂直統合(商流の川上や川下企業との統合)」よりも「水平統合(同業種同業態企業との統合)」を希望する傾向にあることが分かる。  続いて、第2-3-61図は、M&A実施意向別に相手先企業の探し方について確認したものである。買い手として意向のある企業、売り手として意向のある企業のいずれも金融機関や専門仲介機関に依頼する割合が高い。また、売り手として意向のある企業では、「事業引継ぎ支援センター」や「商工会議所・商工会」に紹介を依頼する割合が相対的に高く、身近な公的機関に相談するケースも多いことが分かる。    A買い手としてのM&A実施意向  ここからは、買い手としてのM&A実施意向のある企業について詳しく分析していく。はじめに、第2-3-62図は、過去のM&A実施有無別に買い手としてのM&A実施意向を見たものである。これを見ると、過去にM&Aを実施したことのある企業では、「買い手意向あり」が53.7%となっており、実施したことがある企業で特に買い手の意向が強いことが分かる。  続いて、第2-3-63図は、経営者年齢別に買い手としてのM&A実施意向を見たものである。これを見ると、経営者年齢が若い企業ほど「買い手意向あり」の割合が高いことが分かる。特に、経営者年齢が30代以下の企業では4割以上で買い手意向がある。  続いて、第2-3-64図は、従業員規模別に買い手としてのM&A実施意向を見たものである。これを見ると、従業員規模が大きい企業ほど「買い手意向あり」の割合が高いことが分かる。  続いて、買い手としてのM&A実施意向別に財務面の特徴について分析する。第2-3-65図は、買い手としてのM&A実施意向別に売上高増加率の中央値について表したものである。これを見ると、買い手として意向のある企業では、売上高増加率が高い傾向にあることが分かる。  続いて、第2-3-66図は、買い手としてのM&A実施意向別に売上高営業利益率の中央値について表したものである。これを見ると、買い手として意向のある企業では、売上高営業利益率が高い傾向にあることが分かる。  続いて、第2-3-67図は、買い手としてのM&A実施意向別に自己資本比率の中央値について表したものである。これを見ると、買い手として意向のある企業では自己資本比率は低い傾向にあるものの、大きな差は見られないことが分かる。  以上より、財務面の特徴に着目すると、自己資本の状況にかかわらず、成長基調にある企業や収益性の高い企業で買い手としてのM&Aを検討している割合が高いことが見て取れる。  続いて、第2-3-68図は、買い手としてのM&Aを検討したきっかけや目的について確認したものである。これを見ると、「売上・市場シェアの拡大」が最も高く、次いで「新事業展開・異業種への参入」となっており、他社の経営資源を活用して企業規模拡大や事業多角化を目指している様子がうかがえる。また「人材の獲得」や「技術・ノウハウの獲得」なども上位となっている。  続いて、第2-3-69図は、希望するM&Aの形態別に買い手としてのM&Aを検討したきっかけや目的について確認したものである。これを見ると、水平統合の場合はほとんどが「売上・市場シェアの拡大」を目的としている一方で、垂直統合の場合は「新事業展開・異業種への参入」や「人材の獲得」、「技術・ノウハウの獲得」の割合も高いことが分かる。  続いて、第2-3-70図は、買い手としてM&Aを実施する際に重視する確認事項について見たものである。「事業の成長性や持続性」が最も高く6割を超えており、「直近の売上、利益」、「借入等の負債状況」と続いている。  次に第2-3-71図は、希望するM&Aの形態別に買い手としてM&Aを実施する際に重視する確認事項について見たものである。これを見ると、水平統合の場合は「直近の売上、利益」や「借入等の負債状況」など財務面を重視する傾向にあり、垂直統合の場合は、「既存事業とのシナジー」や「事業の成長性や持続性」など事業そのものを重視する傾向にあることが分かる。  次に第2-3-72図は、買い手としてM&Aを実施する際の障壁について確認したものである。これを見ると、「期待する効果が得られるかよく分からない」、「判断材料としての情報が不足している」、「相手先従業員等の理解が得られるか不安がある」が上位となっていることが分かる。  次に第2-3-73図は、過去のM&A実施有無別に買い手としてM&Aを実施する際の障壁について見たものである。これを見ると、過去実施したことのない企業の方がおおむね障壁となっている事項が多く、特に「期待する効果が得られるかよく分からない」や「判断材料としての情報が不足している」では、実施有無で差が大きいことが分かる。初めてM&Aを実施する企業においては、M&A支援機関などを有効活用し、情報収集や判断の助言を求めるなどのサポートを受けることも重要と考えられる。また、実施したことがある企業では「仲介等の手数料が高い」とする割合も高く、コストが障壁になっている様子がうかがえる。これらの企業を中心に、近年増加している低コストのオンラインマッチングサービスなどのニーズが今後更に高まっていくことが考えられる。  ここまで見てきたとおり、近年中小企業の買い手としてのM&A実施意向が高まっており、成長のための身近な手段になりつつある。事例2-3-7は、自社単独での成長戦略からM&Aによる成長戦略に転換し、首都圏進出を加速させた企業の事例である。また、事例2-3-8は業績不振に陥った同業他社から事業や従業員を引き継ぎ、事業多角化を実現した企業の事例である。さらに近年では個人事業者や起業家が買い手となり、M&Aを実施するケースも増えつつある。事例2-3-9は、後継者人材バンクを活用して、大手企業を早期退職した個人が中小企業の経営資源を引き継いだ事例である。    B売り手としてのM&A実施意向  続いて、売り手としてのM&A実施意向のある企業について詳しく分析していく。はじめに、第2-3-74図は、後継者有無別に売り手としてのM&A実施意向を見たものである。これを見ると、後継者がいない企業において、「売り手意向あり」の割合が高いことが分かる。  次に第2-3-75図は、経営者年齢別に売り手としてのM&A実施意向を見たものである。これを見ると、経営者年齢による売り手意向の差は大きくなく、「80代以上」を除く全ての年代において10%前後となっていることが分かる。一方で、「80代以上」においては売り手としてのM&A実施意向のある割合は低く、4.7%となっている。  次に第2-3-76図は、従業員規模別に売り手としてのM&A実施意向を見たものである。これを見ると、従業員規模が小さい企業ほど売り手としてのM&A実施意向のある割合が高いことが分かる。  次に第2-3-77図は、売り手としてのM&Aを検討したきっかけや目的について確認したものである。「従業員の雇用の維持」や「後継者不在」といった事業承継に関連した目的の割合が高い一方、「事業の成長・発展」も48.3%と高く、約半数の企業が成長のために売り手としてのM&Aを検討していることが分かる。  次に第2-3-78図は、経営者年齢別に売り手としてのM&Aを検討したきっかけや目的について確認したものである。世代間の差に着目すると、おおむね経営者年齢が高い企業では「従業員の雇用の維持」や「後継者不在」といった事業承継に関連した目的の割合が高い傾向にあることが分かる。一方で、「事業や株式売却による利益確保」の割合は経営者年齢が若い企業で高い傾向にある。  次に第2-3-79図は、売り手としてM&Aを実施する際に重視する確認事項について見たものである。これを見ると「従業員の雇用維持」が82.7%となっており、ほとんどの経営者が売却・譲渡後の従業員の雇用維持を重視していることが分かる。  次に第2-3-80図は、経営者年齢別に売り手としてM&Aを実施する際に重視する確認事項について見たものである。世代間の差に着目すると、40代以下や50代の若い年代では「経営陣や従業員の人柄や意向」を重視する割合が高く、60代や70代以上の高い年代では「自社名や自社ブランドの存続」を重視する割合が高くなることが分かる。  続いて、第2-3-81図は、売り手としてM&Aを実施する際の障壁について見たものである。「経営者としての責任感や後ろめたさ」が最も高く、30.5%となっている。第2-3-53図で見たとおり、売り手としてのM&Aに対するイメージは向上してきているものの、現在でもM&Aの意志決定の際にこうした心理的側面が大きく影響していることが分かる。従業員の雇用維持を重視する経営者が多いことを考慮すると、特に従業員に対する後ろめたさのような感情がM&Aの障壁になっている可能性が考えられる。また、「相手先(買い手)が見付からない」や「仲介等の手数料が高い」といった実務的な障壁の割合も高く、売り手としてのM&Aを支援する仕組みの更なる充実が期待される。  ここまで見てきたとおり、売り手としてのM&Aを検討する際には従業員の雇用継続に高い関心がある企業が多いが、M&A実施後の雇用継続の状況は実際どのようになっているだろうか。第2-3-82図は実際にM&Aを実施した企業(買い手企業)に対し、売り手企業の従業員の雇用継続の状況について確認したものである。これを見ると、8割以上の企業でM&A実施後も全従業員の雇用を継続していることが分かる。第2-3-68図で見たとおり、人材や技術・ノウハウの獲得を目的にM&Aを実施する企業も多いことを考慮すると、M&A実施後も売り手企業の従業員の雇用が継続されるケースは多いと考えられる。従業員の雇用継続を重視する売り手企業においては、買い手企業のM&Aの目的も見極めつつ、交渉の過程において、従業員の雇用継続の希望を明確に伝えていくことが重要と言える。  また第2-3-83図は同様に売り手企業の経営者の処遇について確認したものである。これを見ると、半数以上の企業において、売り手企業の経営者がM&A実施後も何らかの形で事業に関与していることが分かる。  ここまで見てきたとおり、様々な目的で中小企業の売り手としてのM&Aに対する関心が高まっている。事例2-3-10は、後継者不在により廃業も検討していた中で移住者に第三者承継し、事業を継続した企業の事例である。また、事業承継の手段としてだけでなく、自社の成長や再生を目的に売り手としてのM&Aを実施する企業も増えている。事例2-3-11は、生産の効率化や販路拡大、経営基盤の安定化による成長を目的に、M&Aにより他社の子会社となる選択をした企業の事例である。事例2-3-12は、M&Aによる資金面・経営面の支援を受けて経営再建を果たした企業の事例である。    C新型コロナウイルス感染症の流行を踏まえた中小企業のM&A実施意向の変化  第2-3-84図は感染症流行前と2020年10月時点でのM&A実施意向について確認したものである。これを見ると、感染症流行前後での差は大きくはないものの、「買い手として意向あり」とする割合は低下し、「売り手として意向あり」とする割合は高まっていることが分かる。  第2-3-85図は感染症流行を受けて、買い手としてのM&A実施意向がなくなった理由について確認したものである。これを見ると、「事業戦略の見直し」や「自社事業の立て直し」を理由として挙げる企業が多く、従来の成長戦略からの転換を迫られてM&Aを断念した様子がうかがえる。  一方で、感染症流行後でもM&Aを推進し、成長戦略を描く企業も存在する。事例2-3-13では、ポスト・コロナを見据えて歴史ある地元ホテルをM&Aにより事業承継した企業を紹介している。    3.中小企業のM&Aを支援する機関  ここまで見てきたように、近年中小企業にとってもM&Aは身近な手段の一つとなってきている。このようなM&Aに対する関心の高まりを受けて、事業引継ぎ支援センターやM&A仲介業者、金融機関など様々な機関(ここでは「M&A支援機関」という。)において中小企業のM&Aを支援する取組が行われている。ここでは、(株)レコフデータの「中小M&Aに関するアンケート調査」を基に、中小企業に対するM&A支援機関の実態について支援機関ごとの特徴に着目し、分析していく。はじめに、第2-3-86図はM&A支援機関別に対応することの多い買い手企業のM&Aのきっかけや目的を確認したものである。事業引継ぎ支援センターでは、「人材の獲得」を目的とする買い手企業が最も多く、「売上・市場シェアの拡大」、「新事業の展開・異業種への参入」が上位となっている。事業引継ぎ支援センター以外では、「売上・市場シェアの拡大」の割合が特に高い傾向にあることが分かる。また金融機関やその他支援事業者では、「取引先や同業者の救済」や「地域の産業や雇用の維持」の割合も相対的に高い傾向にある。  第2-3-87図はM&A支援機関別に対応することの多い売り手企業のM&Aのきっかけや目的について確認したものである。事業引継ぎ支援センターや金融機関では、「後継者不在」や「従業員の雇用の維持」の割合が特に高いことが分かる。また、M&A仲介業者やその他支援事業者では、「事業や株式売却による利益の確保」や「事業の成長・発展」を目的とする売り手企業も一定程度存在することが分かる。  第2-3-88図はM&A支援機関別に売り手側相談者の業績傾向について確認したものである。これを見ると、事業引継ぎ支援センターでは「赤字傾向」が56.3%となっており、業績不振企業の相談にも多く対応している様子が見て取れる。一方で、M&A仲介業者では「黒字傾向」が47.9%となっており、業績好調企業が譲渡の相談に行っている様子がうかがえる。  第2-3-89図はM&A支援機関別に対応することが多い売り手企業の相談内容について確認したものである。これを見ると、事業引継ぎ支援センターでは、「承継の手法に関する相談」や「承継の相手に関する相談」など、事業承継についてある程度検討が進んだ段階で相談に来るケースが多いことが分かる。一方で、金融機関では、「承継すべきかどうかの相談」の割合が最も高く、事業承継に関わる検討の初期段階で相談を受けている様子が見て取れる。なお、中小企業庁では2021年4月より、「事業承継・引継ぎ支援センター」を開設し、円滑な事業承継・引継ぎを推進することとしている。  第2-3-90図は事業引継ぎ支援センターに対し、他のM&A支援機関と比べた事業引継ぎ支援センターの特徴について確認したものである。「相談の敷居の低さ、金額の安さ」や「話しやすさや相談者への経営理解」が上位となっており、事業者が気軽に相談に行きやすいことが特徴と捉えていることが分かる。  続いて、第2-3-91図は民間M&A支援事業者に対し、他の支援機関と差別化している要素について確認したものである。支援事業者別の差に着目すると、M&A仲介業者では、「M&Aの専門性」、金融機関では「話しやすさや相談者への経営理解」や「接触頻度」、その他支援事業者では「M&A以外の経営課題に対するサポート」の割合が高く、支援事業者によって差別化している要素に違いがあることが分かる。  ここまで見てきたとおり、M&A支援機関によって対応することが多い相談者や差別化している要素など特徴に違いがある。M&Aを検討している中小企業では、自社の状況に合わせて適切なM&A支援機関に相談することが重要といえよう。最後に第2-3-92図はM&A支援機関が中小企業のM&Aに対するイメージの変化をどう捉えているのかを確認したものである。これを見ると、買収すること、売却(譲渡)することのいずれも、「プラスのイメージになった」とする割合が9割前後となっており、ほとんどのM&A支援機関が中小企業のM&Aに対するイメージの向上を実感していることが分かる。このような中小企業のM&Aへの関心の高まりを受けて、オンラインマッチングサイトなど新たな形での中小企業のM&Aを支援するプラットフォームも増加している。今後、中小企業の課題やニーズに沿った形でM&A支援が更に充実していくことを期待したい。    第3節 まとめ    本章では、中小企業の事業承継の動向とM&Aに対する関心の高まりについて見てきた。第1節では、休廃業・解散や経営者の高齢化の状況を踏まえて、事業承継の動向について分析した。事業承継の意向を確認したところ、親族への承継を希望する経営者が多いものの、近年の事業承継は親族内承継から親族外承継にシフトしていることが確認された。また、事業承継を実施した企業の承継後の業績を分析したところ、後継者の年齢や事業承継の方法などにかかわらず、総じて事業承継実施企業のパフォーマンスが同業種平均値を上回っていることが分かった。先代経営者や後継者が、事業承継が単なる経営者交代の機会ではなく、企業の更なる成長・発展のための転換点であることを認識した上で、事業承継に向けた準備や承継後の経営に臨むことの重要性を指摘した。第2節では、近年M&Aの件数が増加していることを踏まえて中小企業のM&Aの実施意向について分析した。M&Aに対するイメージは「プラスのイメージになった」と感じる経営者が多いことが分かった。また、特に過去にM&Aを実施したことがある企業や経営者年齢が若い企業などでは買い手としてのM&A実施意向が高く、売上・市場シェアの拡大など成長戦略の手段として検討している企業が多いことが分かった。また、過去M&Aを実施したことがない企業では、「期待する効果が得られるかよく分からない」ことや「判断材料としての情報が不足している」ことがM&Aの障壁となっている割合が高く、M&A支援機関のサポートの重要性を指摘した。一方で、雇用維持などの事業承継策としてだけでなく、事業の成長・発展や事業再生を目的に売り手としてのM&Aを検討する企業も一定程度存在することを確認した。事業承継は、企業が更に成長するための転換点と言える。M&Aもまた買い手・売り手双方にとって企業の成長につながる機会と言える。事業承継やM&Aを通じて、これまで企業が培ってきた経営資源を有効活用し、我が国の中小企業が更なる成長・発展を遂げることを期待して、本章の結びとしたい。